悠久の放浪者

神田哲也(鉄骨)

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第五十一話「闇を切り裂く光」

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 夜の森を進むのは、正直、怖い。
 でも、それでもロビンが「村に帰りたい」と言った。
 気持ちはよくわかる。
 誘拐されて、あんな真っ暗な洞窟に閉じ込められて、それでもロビンは――この小さな子は、泣きながらでも「みんなを安心させたい」って、そう言ったんだ。

 俺はロビンを背負い、モンドさんは意識のないゲズを担いで、夜の森を進んでいた。
 俺の光の魔法が周囲を照らしているけど、森の中は深く、そしてどこか、じっとりとした気配が漂っている。
 夜の森は獣の領域。迂闊に明かりを灯して進むのは危険だってわかっている。でも、何もしなければ足元すら見えない。

 それでも、モンドの足取りはぶれない。
 ゲズという、まあまあ重そうな男を片肩に担いでいるっていうのに、疲れた様子も見せないあたり、さすが元冒険者というべきか。

 そんなときだった。

「……あと少しで森を抜けるはずだが、ケイスケ、少し待て」

 突然、モンドが立ち止まり、低く言った。
 言われるままに足を止め、前を見ると、森の奥、木々の隙間からちらちらと光が見える。

「あれって……捜索隊ですかね?」

 普通に考えればそうだ。村の人たちが松明を持ってこちらを探してくれているのだろう――と。
 けれど、モンドは黙ったまま、その光を睨みつけている。

「……モンドさん?」

 俺が不安になって声をかけると、彼は静かだが、明確な命令口調で言った。

「ケイスケ、明かりを消せ。早く!」
「え!? はい!」

 慌てて魔法を打ち消す。
 途端に、目の前が真っ暗になった。
 さっきまで見えていた森が、何もない空間みたいに消えていく。
 でも、さっき見えた光は――もう、そこにはなかった。

「……やっぱりか、くそ」

 モンドさんが、小さく吐き捨てるように呟いた。

「ねえ……どうしたの……?」

 背中のロビンが、不安そうに耳元で囁く。
 でもモンドさんは指を口に当て、静かに、静かにするよう示した。
 俺も、黙って頷く。

 その直後だった。
 「ザッ」という足音と共に、目の前に人影が現れる。

 二人。
 一人は剣を腰に下げた無精ひげの男。
 もう一人は、顔を布で隠し、弓を構えている。

 ……俺に、まっすぐ向けて。

 咄嗟にロビンの体を庇うように背を丸めた。
 心臓の音がうるさい。

「よう、そっちの小娘、こっちに渡せ。そしたら見逃してやる」

 無精ひげが言った。
 気の抜けたような、けれど腹の底から腐ったような声だった。

「悪くねぇ取引だろ? ガキ一人で、お前とそこのガタイのいいのが助かるんだ。命の値段ってのは案外安いんだぜ」

 俺の横で、モンドさんが低く唸った。
 明らかに――怒ってる。

「……ゲズが呼んだんですか、こいつら」

「ああ。間違いねぇ。こいつの体から匂いがする。裏切り者の匂いってやつだ」

 ゲズの顔は俯いていて見えない。
 でも、確かに――この二人と通じていたのだろう。
 ロビンを売るために。

 俺の中に怒りがこみ上げてくる。
 目の前の二人を、もう同じ人間とは思えなかった。

「モンドさん、この間のやつ、遠慮なくやります」

 俺がそう言うと、モンドさんは一瞬だけこちらを見て、頷いた。

「この間のって、お前……わかった。やっちまえ」

 ロビンの耳元に口を寄せて囁く。

「ロビン、目を閉じて。絶対に、見ないで」
「……うん」

 小さな声で返事が返ってくる。
 それを確認し、俺は小声で詠唱を始めた。
 この詠唱は、自分で組み立てた。
 光の精霊たちの力を一点に集中させ、対象の視覚に直接攻撃する術だ。

『輝ける精霊たちよ、集い集いて一筋の輝きとなり、かの者たちの目を焼け――フォティノ!』

 直後、森の暗闇が裂けるように光が走った。

 レーザービーム。
 それが一番近い。
 ほとんど反射的に顔を覆った俺でも、まぶたの裏が焼けるような感覚が残るほどの閃光だった。

「があああああああ!?」「目が!? 目があああ!?」

 二人の盗賊が、獣みたいに叫びながら地面に転げ回る。
 剣も弓も、手から離れて落ちていた。
 我ながら、これは人に向けてはいけないやつだとわかっていたが、これほどまでとは……。
 自分が行った行為に戦慄しているその隙に、モンドが――動いた。

 あまりにも速かった。
 一瞬のうちに間合いを詰め、振り下ろした剣で――奴らの手首を斬り落とした。
 鈍い音がして、血が噴き出す。

「ぎゃああああああ!!」

 人の声じゃなかった。
 それほどの痛みだったのだろう。

「ケイスケ、俺はこいつらの処理をしてから追いつく。ロビンちゃんと先に行け」

 その言葉の意味は、すぐに理解できた。
 処理――つまり、とどめを刺すということだ。
 仕留めそこなえば、また村の誰かが狙われるかもしれない。
 その責任を、モンドさんは一人で引き受けたのだ。

「……わかりました」

 俺は小さく頷いて、ロビンを背負い直す。

「大丈夫だよ、ロビン。もうすぐ村だ。がんばろう」
「うん……」

 森を抜けるまではまだ距離がある。
 でも、もう後ろは見なかった。
 ロビンにも、見せたくなかった。

 ただ、前だけを見て、夜の森を駆け抜けた。
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