悠久の放浪者

神田哲也(鉄骨)

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第六十一話「冒険者登録」

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 リームさんと並んで通りを歩いていくと、徐々に目にする人たちの雰囲気が変わってきた。
 革や金属の鎧を身につけた人、鉄の兜をかぶった人、いかにも魔法使いっぽいローブ姿の人。そんな人たちが普通に通りを歩いている。

「そういえば、みんな普通に武器を提げてるんですね」

 ふと気になって、リームさんに尋ねてみた。確かにミネラ村でも武器を持った人はいたけど、ここは桁違いだ。通行人の半分以上が、何かしらの武装をしているように見える。

「そうだな。この領都では兵士や警邏でない者が武器を抜くことは禁止されているが……あまり意味はない法律だ」
「えっ、そうなんですか?」
「魔法もそうだ。攻撃性の高い魔法の使用は禁止されているが、それもあまり意味がない」

 どういうことだろう? 法律があるのに意味がないとは。

「冒険者はな、武器を使わずとも肉体がすでに凶器のようなものだ。特に肉体強化の魔法を常用している者は、素手で人を叩き潰すこともできる」

 ……たしかに。武器を持っていようがいまいが、危険な人は危険ってことか。そう思うと、今すれ違っている冒険者っぽい人たちが、ものすごく危険な存在に見えてきた。

「まあ兵士もそれなりの実力者が多いから、街中で凶行に及ぶような冒険者は滅多にいないよ」

 それは、たまにはいるということなのか?

「ちなみに、このハンシュークの冒険者ギルドには、ある特徴がある」
「特徴、ですか?」
「別名『岩のギルド』とも呼ばれている」
「岩の……ギルド?」

 どういう意味なんだろう。名前からして頑丈そうだけど。
 冒険者ギルドの何か体制みたいなものなのだろうか?

 そうしてたどり着いた冒険者ギルドは――想像の斜め上だった。

「……すんごい岩、ですね」
「だろう?」
「ていうかこれ、建物って言っていいんですか?」

 目の前にあるのは、まさに巨大な岩の塊だった。いや、ただの岩じゃない。どこからどう見ても天然の巨大岩。それを削って中をくり抜いたのか、ところどころに彫刻が施されている。入口には分厚い金属の扉があり、今は開け放たれているけど、まるで砦だ。
 二階や三階と思しき部分には窓があり、その縁にも彫刻が施されている。屋上のような部分には旗がはためいていて、それがなければ本当にただの岩山にしか見えない。

「この岩は戦士ガンガルドが運んできたと言われているが、真偽は不明だ」
「戦士ガンガルドって……勇者アレクシスの仲間の?」
「そうだ、そのガンガルドだ」
「マジか、半端ないな、ガンガルド……」

 流石にそれは冗談……と言い切れないのがこの世界だ。そんな伝説、普通なら笑い飛ばすところだけど、あの岩を前にすると妙に納得してしまう。

「まだ来ていないようだな」

 リームさんが辺りを見回すが、ダッジの姿は見えない。俺もそれにならって周囲を確認するが、やはり見当たらない。

「私はこれで帰るが、帰り道はわかるな?」
「はい。ありがとうございました」
「わからなくなったら城壁を目指すといい。道に迷った時は、高い建物を目印にするのが鉄則だ」
「はい!」

 リームさんは手を振って街の方へ戻っていった。その背中を見送って、俺はひとりギルドの前に立つ。
 しばらくすると、向こうの通りから見慣れた小柄な姿が現れた。ダッジだ。どうやら仲間と一緒らしい。二人の大柄な男と話しながら、こちらへ向かってくる。
 俺の姿に気づいたのか、ダッジが手を振って近づいてきた。

「おっ! 早いな。えーと、ケイスケだったよな?」
「はい、今日はよろしくお願いします」
「おう、任せておけ」
「……こいつか? 昨日言ってたやつは」
「小せえなあ」

 ダッジの背後で、大きな男たちがこちらを見下ろしてくる。いや、正確には見下ろすというより、見降ろされている感じだ。片方はスキンヘッドで、まるで大岩のような体つき。もう一人は長髪に髭、背は同じくらいだけど、目つきが鋭い。
 正直、二人ともその筋の人にしか見えない。ヤバそうだ。

「ダッジさんの仲間ですか? 俺はケイスケといいます。よろしくお願いします」

 でもどんな相手であれ、挨拶は大事だ。
 悪い印象でも持たれたらたまらない。

「おう。俺はバンゴだ」スキンヘッドの巨漢が腕を組みながら答える。
「ズートだ」長髪の男は短く名乗って、こちらをじっと見てきた。

 無言の圧がすごい。でも、きっといい人たちに違いない。うん、たぶん。

 …………たぶん。

「まあ、まずは何よりも登録だな。中に入ろうぜ」

 ダッジに促されて、巨大な岩の冒険者ギルドの中へと足を踏み入れる。

「よろしくお願いします。先輩がた」

 そう言った瞬間、ダッジの顔がニッと笑みでほころぶ。どうやら「先輩」って言葉が彼のツボを突いたらしい。

「おう、任せておけって!」

 ご機嫌な様子で俺の背をポンと叩くダッジ。こういうノリの人、嫌いじゃない。

 中に入ると、外見とは裏腹に中は明るかった。岩の塊のような建物の内側には採光用のガラス窓が多く設けられていて、陽の光が差し込んでいる。暗い洞窟の中みたいなものを想像していたけど、全然そんなことはなかった。
 目の前にはカウンターがあり、そこには五人ほどの受付員と、その奥で何やら忙しそうに動き回っている職員たち。カウンターの手前には椅子と机が並び、冒険者たちが何やら打ち合わせをしているようだ。

 視線を左にやると、大きな掲示板があった。そこには無数の紙が貼られていて、冒険者たちが真剣な表情でそれらを眺めている。依頼ってやつだろう。

「登録はこっちのカウンターだ。そういえばお前、登録料はあるんだよな? なければ貸してやるぞ」
「銀貨一枚ですよね? 大丈夫です」

 これはミネラ村での仕事の報酬でもらったお金だ。

「そうか、それなら安心だ。たまにいるんだよ、金必要だって知らないで来るやつがさ。俺はそういう奴には貸してやるけどな」
「ちなみに利息はいかほどですか? トイチとかじゃないですよね?」

 軽口のつもりで聞くと、ダッジは笑いながら肩をすくめた。

「ハハハ、まあそんなもんじゃないぜ……おっ、空いたから行くぞ」

 どうやらタイミングよく空いたらしく、ダッジがカウンターに向かって歩き出す。バンゴとズートは依頼の掲示板の方へ向かって行った。

「すみません、新規の登録を頼むよ」

 ダッジが声をかけたのは、五人いる受付員の中で一番見た目のいい女性だった。艶のある茶色の長髪にゆるいウェーブ、切れ長の瞳に通った鼻筋、そして真っ赤な口紅が印象的な厚い唇。色気というか迫力がすごい。

「あの……新規登録ですね。こちらの用紙に記入をお願いします」

 俺に向き直りながら、彼女は淡々と紙を渡してきた。視線は鋭いが、冷たいわけじゃない。
 紙には氏名、年齢、性別、出身地、それから特技や魔法適性などの欄が並んでいる。思ったより書くこと多いな。

「未成年ですよね? こちらの同意書にもご記入ください」

 追加で渡された書類を見て、俺は小さくため息をつく。見た目で判断されるのは仕方ない。まあ、若く見られること自体は悪いことじゃないか。

「お前、字は書けるのか? なんなら代筆してやるぞ?」

 横からダッジが口を挟む。多分親切心だろう。だけど、この国の読み書きはミネラ村でしっかり身につけた。ありがたいことにチート様のおかげでもある。

「大丈夫です。字は問題ないです」
「え? 書けるのか?」
「ええ」
「……ふーん、やるじゃん」

 ちょっと意外そうな顔のダッジ。でも、さっきの冗談に乗ってくれたり、この親切も含めて悪いやつじゃない。――いや、どうだろう? まあ、今のところはいい人っぽい。

 俺はさっそく紙に記入を始めた。
 名前は「ケイスケ」、年齢は十六。性別は男、出身はミネラ村でいいだろう。特技は……魔法の基礎が少し、とでも書いておこうか。魔法適性は、光属性に関しては使えることが証明されてるから、それも記入しておく。
 記入を終えて紙を提出すると、受付の女性は流れるような動作で確認し、にこりともせずに次の案内に移った。

「それでは、手数料の銀貨一枚をお支払いいただき、こちらの手をこの水晶玉にかざしてください」

 提示された水晶玉に手をかざすと、柔らかな光が俺の手を包んだ。

「魔力の波長確認、終了です。問題ありません。こちらが登録証になりますので、大切に保管してくださいね」

 手渡されたのは金属製の小さなプレートだった。表には「冒険者ギルド登録証」と刻まれており、裏には俺の名前と登録番号。まんま、ドッグタグだ。

「おめでとう、これで君も正式な冒険者です。良い依頼を見つけて、頑張ってくださいね」

 今度はにっこりと笑った受付のお姉さん。さっきまでの無表情からのギャップがすごい……これはダッジがこの人を選んだ理由、分からなくもないな。

「よっしゃ、無事登録完了だな。お疲れさん!」

 ダッジが背を叩いてきた。何気に叩かれる率高くないか俺?

「ありがとうございます、先輩」
「おうおう、もっと言ってくれていいぞ」

 満足げなダッジを見て、俺は少し笑った。

 これで、俺も冒険者。どんな依頼があるのか、ちょっと楽しみだ。
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