悠久の放浪者

神田哲也(鉄骨)

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第六十二話「規約って、大事だよな?」

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「よーし! 次は規約の説明だな! 任せとけ、俺が教えてやるよ!」

 ダッジがいかにも頼りになる先輩風を吹かせて、俺の肩をバシバシと叩いてきた。まるで「俺について来れば安心だぜ」って言わんばかりだ。

 ……だけど。

「すみません。できれば、職員の方に説明していただきたいです。規約って大事だと思うので、しっかり理解しておきたくて」

 俺はリームさんからの忠告を思い出して、すかさずそう返した。

「えっ、職員に? いやいや、美人の受付嬢に近づきたい気持ちはわかるぜ? でもな、あいつら忙しいんだよ、無駄に時間取らせたら悪いだろ?」

 ダッジは気さくに笑いながら、俺の肩をもう一度叩いた。ああ、なるほど。ダッジの言葉からすると、ギルド職員に規約説明を頼むのは面倒をかけることになるって感じか。

 ――でも。

「お手すきの方がいれば、でいいです。もし難しいようなら、規約が書かれた書類をもらえないですか?」

 俺の返答に、ダッジは一瞬「うっ」と声を詰まらせた。

「……お、おう。まぁ、それならいいけどな。まったく、マジメだな、お前は」

 俺はただ笑って頭を下げた。親切心から声をかけてくれるダッジを無下にしたみたいで、ちょっと心が痛んだ。でも、リームさんの忠告を思い出す。――ギルドの規約はちゃんと把握しておけ。下手に人の言うことを鵜呑みにすると、痛い目を見かねないぞ。

「ステラさーん!」

 ダッジがカウンターにいる受付嬢に手を振った。細身で落ち着いた雰囲気の金髪の女性がこちらに微笑み返す。

「どうされましたか?」
「こいつがな、規約の説明を職員に頼みたいらしいんだよ。時間空いてるヤツ、いるか?」

 ステラさんは俺に優しく微笑むと、すぐに対応してくれた。

「でしたら、ハンスにお願いしましょう。彼なら規約について詳しいですから」

 ……ハンス? その名前を聞いた途端、ダッジの表情が曇った。

「えっ、あの偏屈親父? うーん……まぁいいか。じゃ、俺は依頼見てくるわ!」

 逃げるように足早に立ち去るダッジ。あの感じ……きっとハンスさんって人、相当クセの強い人物なんだろうな。

「こちらへどうぞ」

 ステラさんに案内されたのは、カウンターから少し離れた机だった。そこに座って待っていると、やってきたのは……なるほど、確かに「偏屈親父」ってあだ名も納得する風貌だった。
 銀髪オールバックに、ぎょろりとした目元を縁取る四角い眼鏡。無駄のない仕立ての服に、ピシッとした背筋。顔は険しく、口はへの字に結ばれている。

「ハンスだ。規約の説明をご希望とか?」
「はい、よろしくお願いします」
「うむ。では、要点だけをかいつまんで説明するが、それで問題ないな?」
「はい、大丈夫です」

 ハンスさんは卓上に広げた一冊の書類を手に取り、読み上げるようにしながら、淡々と話し始めた。

「冒険者ギルドの規約は全十条から成る。まずは、ランク制度からだ。冒険者は石、鉄、銅、銀、金の五階級に分類される」
「金が最上位ですね?」
「その通り。昇格は実績と評価によって決まり、逆に、一定期間依頼を受けなければ降格、あるいは除名もある」

 なるほど、依頼を受けること自体が義務……ってわけじゃないが、放置しすぎるとペナルティもあるのか。

「冒険者は依頼を選ぶ自由を有する。だが、引き受けた依頼の責任は全て個人に帰属する。不履行は制裁対象となるから、注意しろ」
「……制裁って、どんな?」
「依頼の内容によるが、最悪、資格の剥奪だ」

 怖……。ちゃんと責任持ってこなさないと大変なことになるな。

「また、冒険者同士のトラブルについては原則、当事者間で解決しろ。ギルドに頼むなら、仲介手数料がかかる」

 つまり、揉めたら金か……できるだけ平和にやるしかないな。

「銀級以上は緊急事態の際、ギルドからの召集命令に応じる義務がある。拒否すれば、制裁対象だ」
「召集命令……戦争とかですか?」
「魔物の大規模出現、あるいは国家的な緊急事態、だな」

 それって結構……ヤバい状況だよな。銀級以上ってすごい立場だ。

「ギルドの施設利用について。宿泊所、武器工房、学術資料館等はランクに応じて利用可能だ」
「学術資料館……?」
「魔物、遺跡、ダンジョンなど、各地の情報が記録されている。知識は命を守る武器でもある」

 おお、それは興味あるな……後で行ってみよう。

「依頼の危険度はギルドが査定し、適切なランクが指定される。ランク未満では受注不可。高危険度の場合、特別補償がある」
「補償って、金ですか?」
「金、装備、または名誉だ」

 名誉って……微妙だな。いや、大事かもしれないけど。

「報酬の一部はギルドへ納付する義務がある。これは冒険者支援に充当される」

 ああ、税金みたいなもんか。仕方ないな。

「禁止行為は、暴力、不正、ギルドの名誉を損なう行為全般。違反者は即時資格剥奪、場合により司法機関に通告される」

 ……肝に銘じておこう。

「定期的な資格更新試験を受ける義務がある」
「試験……?」
「実技、知識、判断力。逃げられんぞ?」

 うわあ……勉強しなきゃな。

「最後に、未成年者への不当行為は厳禁。略取、誘拐、暴力、すべて厳重に取り締まられる。対象依頼は事前審査あり」
「それは……しっかりしてますね」
「当然だ」

 ハンスさんはそれだけ言って、書類を閉じた。規約の紙も手渡され、俺は深く頭を下げた。

「ありがとうございました。すごく分かりやすかったです」
「……律儀なやつだな。珍しい」

 少し口元が緩んだ気がした。偏屈親父、ってわけでもなさそうだ。

「ありがとうございました」

 改めて礼を言って、俺はふうっと小さく息を吐いた。緊張感の続いた説明を終えて、ようやく肩の力が抜ける。とはいえ、ギルドの規約って意外と細かくて、思っていた以上に奥が深い。けど、こういうのを疎かにしないようにってリームさんも言ってたし、聞いて良かった。

「うむ。不明な点や、困ったことがあれば、すぐにギルドに相談するように」

 ハンスさんは椅子に座ったまま、真っ直ぐ俺を見てそう言った。その目には、さっきまでの堅さはなく、どこか実直さが滲んでいた。

「はい。あ、ちなみにギルドの運営する銀行があると聞いたんですが……」

 思い出して尋ねると、ハンスさんはふっと顎に手を当てて答えた。

「ああ。『竜の穴倉』のことか。あるにはあるが、利用できるのは鉄級以上だ」
「竜の穴倉……」

 冒険者ギルドの銀行の名前は『竜の穴倉』というらしい。かっこいい。なんだか財宝が積み上げられてる竜の巣を思い浮かべた。でも、言外に――俺が登録したての石級だから、今はまだ利用できない、って意味でもある。

「……そうですよね。分かりました」

 素直に頷くしかない。まあそりゃそうだ。なんの制限もなければ、口座作り放題でトラブルにもなりそうだし。信用ってのは、こういうところから積み上げていくもんだ。

「……真面目に活動していれば、鉄級などすぐだ。励みなさい」

 ハンスさんは少しだけ目を細めて、ぽつりとそう言ってくれた。その言葉が、不思議と嬉しかった。

「はい。頑張ります」

 思わず力強く返事をすると、ハンスさんは満足そうに一度だけ頷き、去っていった。
 ちょうどそのとき――

「おっ、終わったか?」

 タイミングを見計らったように、ダッジが手を振りながら近づいてきた。どこか安心したような顔をして、俺の肩をぽんぽんと叩いてくる。

「いやぁ、長かったなぁ。まさかあの偏……いや、ハンスとあんなに話すことになるとは」
「うん。でもちゃんと説明してもらえて良かったよ。分かりやすかったし」
「お、おう……ま、そういうのが好きな奴もいるからな!」

 ダッジは複雑そうな顔をしていた。うん、やっぱり人を見る目は、ちゃんと養っていこう。俺の心に、そんな新たな目標が芽生えていた。
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