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第七十七話「清掃作業と青筋の怒り」
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夕方の鐘が街に響くと同時に、俺たちの清掃作業は終了となった。
手にしていた最後の袋の口をぎゅっと縛って、俺は満足げにそれを足元に並べる。他の袋と合わせて、全部で十二袋。
最後の方は、もはや新たに落とされるモノを誰よりも早く見つけて拾う反射神経ゲームと化していた。
気がつけば、疲労感よりも達成感が勝っている。
「お前はよくやったな。評価報告は良くしておいてやる」
そう言って、ビルが俺の肩をぽんと叩いてくる。
無骨な手のひらは、ごつごつとして重みがあったが、そのひと言がなにより嬉しかった。
「ありがとうございます」
にっこりと頭を下げると、ビルの視線が後ろに流れる。
「だがお前らは駄目だ。報酬は渋られると思っておけ」
振り返れば、あの少年少女たち五人がばつの悪そうな顔で立っていた。どうやら作業中にさぼったり、ふざけたりしていたらしい。俺は自分のことで手一杯だったから気がつかなかったけど……まあ、予想はしてた。
ビルは銅級――それだけでも相当な実力者で、年齢的にも完全にベテラン冒険者の風格がある。その彼に睨まれた少年たちは、露骨に縮こまっていた。
しかし、そんな中。
「で、でもよ!」
先に俺に「クソ係よろしくー」と言ってきた赤髪の少年が、場の空気を読まずに口を開いた。
「そ、そいつだって、途中で教会のやつと話してさぼってたぞ! 俺は見てたんだからな!」
思わず眉をひそめる俺。なにそれ、逆ギレにも程があるだろ。
「そ、そうよ、私だって見たわ!」
別の少女まで、便乗してくる始末。
ビルの表情がこわばったのを、俺は見逃さなかった。
あー、これはまずい。少年、今すぐ黙った方がいいぞ。いや、ほんとに、マジで。
「……俺もそれは見ていた」
さらにビルが一言。静かな声だったけど、その中に張り詰めた糸のような緊張が込められていた。
でも、赤髪少年は気づかない。いや、たぶんもうパニックで自分が何を言ってるかもわかってないんだろう。
「ほら見ろ! だいたい、そいつだって何かズルをしてたに違いないんだ! じゃなきゃ、そんなに糞が集められるかよ!」
まあ確かにリラと協力して見つけていたが、作業自体は俺自身の手で行った。文句を言われる筋合いはないだろう。
黙って聞いているビル。彼のこめかみに浮かんだ青筋が、一本、また一本と増えていくのが見える。
やばいやばい、完全に地雷踏んでる。俺、当事者なのに胃が痛くなってきた。
「そいつのほうが怪しいんだよ! 俺なんか、ちゃんとやって――」
バチン!!
豪快な音が響いた。ビルの腕が風を切って振り抜かれ、赤髪の少年の顔面に直撃したのだ。
少年の身体が宙に舞い、2メートルは飛んだだろうか。地面に落ちて、そのままピクリとも動かなくなった。
……お、おい。マジで吹っ飛んだぞ。
「……何か他に言いたい奴はいるか?」
低い声。感情を押し殺しているのに、それでも空気が重くなる声。
その場にいた全員の背筋が凍りついた。たとえ俺が怒られる立場でないとはいえ、これはきつい。
あの便乗した少女が、今度は失禁していた。目をそらしたくなるような惨状だったが、俺はぐっとこらえて、咄嗟に声を出す。
「……あの、報告に行きませんか?」
場を変えたかった。というか、これ以上ここにいたくなかった。
ビルはしばらく黙っていたが、やがて深くため息をついてうなずいた。
「……そうだな」
そのままギルドに戻って報告を済ませると、俺の報酬は銅貨9枚。他の少年少女たちは銅貨3枚だったらしい。
元々の契約では、一律で4枚のはず。つまり俺は増額、彼らは減額という形になる。
公平といえば公平だけど……さすがにちょっと複雑だ。
「……生きてたよな、あの子」
念のために聞いてみると、ビルが苦笑まじりに頷いた。
「死んじゃいねぇ。ちょっと気絶してるだけだ」
ほっとしたけど、あんなにきれいに吹っ飛ぶもんなんだな……。
「じゃあな。また来るなら、お前なら歓迎だ」
「ありがとうございました」
「おう」
軽く手を振ってビルが去っていった。
『……それにしても、ケイスケ。人間って、あんなに空を飛ぶんだねー』
影の中から、リラの声が届く。
「いや、あれは飛んだというか、吹っ飛ばされたんだよ……」
『ふーん。あのビルって人、すごい力だね。光の魔法の適性はなさそうだけどー』
あれだけの衝撃を生む腕力、並の冒険者じゃ出せない。銅級って、やっぱり相当な強さなんだな……と、改めて思い知らされた。
ギルドの受付でも軽く褒められ、今日はそのまま家に帰ることにした。
道中、ふと頭を上げると、西の空に沈みかけの太陽が赤く燃えている。路地には人々の帰宅を急ぐ足音と、どこかで子どもがはしゃぐ声が混じっていた。
「……なんだかんだで、充実してたな」
そう独りごちると、リラがくすりと笑った。
『ケイスケは、ほんと変だよねー。糞を集めて楽しいとか、普通は言わないと思うよー?』
「やってみると奥が深いんだってば。反射神経とか、判断力とか……」
『はいはい、わかったわかった。変人認定は取り消してあげるー』
「そいつは重畳」
『ちょう、じょ……? 何ー?』
「それは良かったって意味だよ」
『ふーん?』
そんなやり取りをしながら、俺は夕暮れの街を歩く。
程よい疲労と達成感。
最後はまあ、アレだったが……。
「明日は土木作業でもやってみるかな」
『いいんじゃないー? それも楽しそうー』
明日の予定をたてながら、俺はのんびりと蹴りの途につくのだった。
手にしていた最後の袋の口をぎゅっと縛って、俺は満足げにそれを足元に並べる。他の袋と合わせて、全部で十二袋。
最後の方は、もはや新たに落とされるモノを誰よりも早く見つけて拾う反射神経ゲームと化していた。
気がつけば、疲労感よりも達成感が勝っている。
「お前はよくやったな。評価報告は良くしておいてやる」
そう言って、ビルが俺の肩をぽんと叩いてくる。
無骨な手のひらは、ごつごつとして重みがあったが、そのひと言がなにより嬉しかった。
「ありがとうございます」
にっこりと頭を下げると、ビルの視線が後ろに流れる。
「だがお前らは駄目だ。報酬は渋られると思っておけ」
振り返れば、あの少年少女たち五人がばつの悪そうな顔で立っていた。どうやら作業中にさぼったり、ふざけたりしていたらしい。俺は自分のことで手一杯だったから気がつかなかったけど……まあ、予想はしてた。
ビルは銅級――それだけでも相当な実力者で、年齢的にも完全にベテラン冒険者の風格がある。その彼に睨まれた少年たちは、露骨に縮こまっていた。
しかし、そんな中。
「で、でもよ!」
先に俺に「クソ係よろしくー」と言ってきた赤髪の少年が、場の空気を読まずに口を開いた。
「そ、そいつだって、途中で教会のやつと話してさぼってたぞ! 俺は見てたんだからな!」
思わず眉をひそめる俺。なにそれ、逆ギレにも程があるだろ。
「そ、そうよ、私だって見たわ!」
別の少女まで、便乗してくる始末。
ビルの表情がこわばったのを、俺は見逃さなかった。
あー、これはまずい。少年、今すぐ黙った方がいいぞ。いや、ほんとに、マジで。
「……俺もそれは見ていた」
さらにビルが一言。静かな声だったけど、その中に張り詰めた糸のような緊張が込められていた。
でも、赤髪少年は気づかない。いや、たぶんもうパニックで自分が何を言ってるかもわかってないんだろう。
「ほら見ろ! だいたい、そいつだって何かズルをしてたに違いないんだ! じゃなきゃ、そんなに糞が集められるかよ!」
まあ確かにリラと協力して見つけていたが、作業自体は俺自身の手で行った。文句を言われる筋合いはないだろう。
黙って聞いているビル。彼のこめかみに浮かんだ青筋が、一本、また一本と増えていくのが見える。
やばいやばい、完全に地雷踏んでる。俺、当事者なのに胃が痛くなってきた。
「そいつのほうが怪しいんだよ! 俺なんか、ちゃんとやって――」
バチン!!
豪快な音が響いた。ビルの腕が風を切って振り抜かれ、赤髪の少年の顔面に直撃したのだ。
少年の身体が宙に舞い、2メートルは飛んだだろうか。地面に落ちて、そのままピクリとも動かなくなった。
……お、おい。マジで吹っ飛んだぞ。
「……何か他に言いたい奴はいるか?」
低い声。感情を押し殺しているのに、それでも空気が重くなる声。
その場にいた全員の背筋が凍りついた。たとえ俺が怒られる立場でないとはいえ、これはきつい。
あの便乗した少女が、今度は失禁していた。目をそらしたくなるような惨状だったが、俺はぐっとこらえて、咄嗟に声を出す。
「……あの、報告に行きませんか?」
場を変えたかった。というか、これ以上ここにいたくなかった。
ビルはしばらく黙っていたが、やがて深くため息をついてうなずいた。
「……そうだな」
そのままギルドに戻って報告を済ませると、俺の報酬は銅貨9枚。他の少年少女たちは銅貨3枚だったらしい。
元々の契約では、一律で4枚のはず。つまり俺は増額、彼らは減額という形になる。
公平といえば公平だけど……さすがにちょっと複雑だ。
「……生きてたよな、あの子」
念のために聞いてみると、ビルが苦笑まじりに頷いた。
「死んじゃいねぇ。ちょっと気絶してるだけだ」
ほっとしたけど、あんなにきれいに吹っ飛ぶもんなんだな……。
「じゃあな。また来るなら、お前なら歓迎だ」
「ありがとうございました」
「おう」
軽く手を振ってビルが去っていった。
『……それにしても、ケイスケ。人間って、あんなに空を飛ぶんだねー』
影の中から、リラの声が届く。
「いや、あれは飛んだというか、吹っ飛ばされたんだよ……」
『ふーん。あのビルって人、すごい力だね。光の魔法の適性はなさそうだけどー』
あれだけの衝撃を生む腕力、並の冒険者じゃ出せない。銅級って、やっぱり相当な強さなんだな……と、改めて思い知らされた。
ギルドの受付でも軽く褒められ、今日はそのまま家に帰ることにした。
道中、ふと頭を上げると、西の空に沈みかけの太陽が赤く燃えている。路地には人々の帰宅を急ぐ足音と、どこかで子どもがはしゃぐ声が混じっていた。
「……なんだかんだで、充実してたな」
そう独りごちると、リラがくすりと笑った。
『ケイスケは、ほんと変だよねー。糞を集めて楽しいとか、普通は言わないと思うよー?』
「やってみると奥が深いんだってば。反射神経とか、判断力とか……」
『はいはい、わかったわかった。変人認定は取り消してあげるー』
「そいつは重畳」
『ちょう、じょ……? 何ー?』
「それは良かったって意味だよ」
『ふーん?』
そんなやり取りをしながら、俺は夕暮れの街を歩く。
程よい疲労と達成感。
最後はまあ、アレだったが……。
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