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第七十八話「命の気配と、新たな決意」
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夜。俺は今日も、リームさんたちと夕食の時間を過ごしていた。
火に炙られた干し肉と野菜のスープ。特別なものじゃないけれど、いつもどこか温かい味がする。イテルさんが笑いながらおかわりをよそってくれて、リームさんが「明日の計画は――」と話し始めると、なんでもない日常が心地よく感じられた。
「なんというか、災難だったな」
「俺に実害はなかったんですけど、ひやひやしましたよ」
「くくっ……それはそうだ。原因はケイスケが真面目にやりすぎたことから始まっているのだからな」
苦笑まじりにリームさんが続ける。
「真面目にって、俺は普通に掃除してただけなんですけどね」
「真面目に掃除をするお前くらいの子供の冒険者なんて、私はあまり見たことがないな。大抵は、面倒がって手を抜くか、不満顔で適当に済ませるやつばかりだぞ」
「そんなもんですか? あれはあれで楽しかったですけどね」
「糞集めにそんなことを思えるのは、お前くらいだと思うぞ?」
「それはちょっと心外ですね……俺だって、それなりに嫌ですよ、あれは」
テーブルの上にはランプの柔らかな明かり。いつもより少し多めに笑い声が交わされ、何気ない時間が流れていく。その空気が、妙に心地よかった。
ふと、何気なく視線を向けると、イテルさんが自分のお腹を優しくなでているのが目に入った。
「そういえば、イテルさんの予定日って、いつくらいなんですか?」
思い立って尋ねた問いに、イテルさんは柔らかな笑みを浮かべた。
「そうね……秋と冬のあいだだって、お医者様は言ってたわ」
「ビサワから戻ってくる頃、ですね」
「そうだな」
と、リームさんがうなずいた。
そのまま何気なく話は続くと思っていたのに、ふいにリームさんの表情が翳る。視線を虚空に向けて、言葉を探すように口を開いた。
「……今度は、無事に生まれてくれるといいがな」
「……今度は?」
聞いた瞬間、嫌な予感が背筋を走った。言ってからしまった、と思ったけれど、もう遅い。
リームさんは、顔を俺に向けて言った。
「そういえば、言ってなかったな。三年前にも子供ができたんだ。でも……そいつは、死産でな」
「そうだったんですね……」
俺は何も言えなかった。ただ、そんな過去があったなんて思ってもみなかった。
「残念だったわ……でもね、今度は大丈夫な気がするの。本当よ?」
イテルさんがそう言って、自分のお腹を見て明るく笑う。
言葉の端々に、無理してでも前を向こうとしている強さを感じる。だけど、胸の奥がチクリと痛んだ。
この世界の医療がどの程度発展しているのかはわからない。
医療の発達した日本ですら死産がゼロではないのに、こっちじゃもっと多いかもしれない。そんなことを思ったとき――ふと、命の精霊の存在が頭をよぎった。
胎児にも、命の精霊は宿っているのだろうか。
一人になったあと、リラに聞いてみた。
『もちろん、宿ってるよー』
影の中から、リラの念話が聞こえた。
「それなら……命の精霊に働きかければ、死産は防げるのか?」
『うーん、そんな簡単な話じゃないよー』
リラが珍しく真面目な声で言う。
『死産の原因って、いろいろあるんだよー。母親の状態かもしれないし、お腹の子供の問題、それか外的なのもあるしー。命の精霊は生命に宿っているけど、それを正常に保つ力を使うには、ちゃんと原因を知らなきゃダメなんだー』
「でも、うまく命の精霊に働きかけられれば、結果は変えられるかもしれないんだな?」
『……うん、可能性はある。ゼロじゃないよー』
だったら、やる価値はある。
俺はスマホを取り出し、『死産 原因』と辞書で検索してみた。
出てきた結果は――胎児の染色体異常、胎盤の異常、妊娠高血圧、糖尿病、感染症、栄養不良、ストレス……。
知れば知るほど、単純な話じゃないとわかる。これを魔法で全部カバーするなんて、簡単にはいかない。だけど……。
「検査する魔法があればいいのに……」
そう呟いた俺の脳裏に、日本での記憶が浮かぶ。
今度は妊婦健診と検索をかける。
出てきたのは、問診、超音波、血液検査……。
「……いや、検査できなくても、特定して、健康な状態に維持できればいい。要は、命の精霊にそれをしてもらえれば――」
それには魔法の詠唱が必要だ。俺が知っている回復魔法の詠唱は、ひとつだけ。
『命の精霊たちよ、わが手に集い集いて――あるべき姿に細胞を修復せよ……レパティオ』
この詠唱を、自分なりに改変できないか?
だって、光の魔法のときだって、俺は詠唱を変えて効果を変えることができた。
光球の色を、強さを、形を――。詠唱をカスタマイズする能力が、俺にはある。
だったら、母体や胎児に働きかける回復魔法も、俺のやり方で拡張できるはずだ。
「……そのためには、まずは知識だな」
回復魔法で思いつくのは、一つしかない。
『また教会に行くのー?』
「そうだ。明日の朝一番で、ヘズンさんを捕まえる」
『捕まえるって……まるで虫とか獣だねー』
「多分、またあそこで掃除してると思う。逃がさないぞ」
頭の中には、縄でぐるぐる巻きにされたヘズンさんが浮かんできて、思わず笑ってしまった。
俺は、イテルさんのさっきの笑顔を思い浮かべて、心の中でそっと誓った。
命が、今度こそ無事に生まれてくるように。
俺ができることは、たとえ小さくても全部やる。
魔法が可能にしてくれるなら、どんな方法でも学び、習得してみせる。
未来を守るために。
そして、かけがえのない命を、この世界に迎えるために。
火に炙られた干し肉と野菜のスープ。特別なものじゃないけれど、いつもどこか温かい味がする。イテルさんが笑いながらおかわりをよそってくれて、リームさんが「明日の計画は――」と話し始めると、なんでもない日常が心地よく感じられた。
「なんというか、災難だったな」
「俺に実害はなかったんですけど、ひやひやしましたよ」
「くくっ……それはそうだ。原因はケイスケが真面目にやりすぎたことから始まっているのだからな」
苦笑まじりにリームさんが続ける。
「真面目にって、俺は普通に掃除してただけなんですけどね」
「真面目に掃除をするお前くらいの子供の冒険者なんて、私はあまり見たことがないな。大抵は、面倒がって手を抜くか、不満顔で適当に済ませるやつばかりだぞ」
「そんなもんですか? あれはあれで楽しかったですけどね」
「糞集めにそんなことを思えるのは、お前くらいだと思うぞ?」
「それはちょっと心外ですね……俺だって、それなりに嫌ですよ、あれは」
テーブルの上にはランプの柔らかな明かり。いつもより少し多めに笑い声が交わされ、何気ない時間が流れていく。その空気が、妙に心地よかった。
ふと、何気なく視線を向けると、イテルさんが自分のお腹を優しくなでているのが目に入った。
「そういえば、イテルさんの予定日って、いつくらいなんですか?」
思い立って尋ねた問いに、イテルさんは柔らかな笑みを浮かべた。
「そうね……秋と冬のあいだだって、お医者様は言ってたわ」
「ビサワから戻ってくる頃、ですね」
「そうだな」
と、リームさんがうなずいた。
そのまま何気なく話は続くと思っていたのに、ふいにリームさんの表情が翳る。視線を虚空に向けて、言葉を探すように口を開いた。
「……今度は、無事に生まれてくれるといいがな」
「……今度は?」
聞いた瞬間、嫌な予感が背筋を走った。言ってからしまった、と思ったけれど、もう遅い。
リームさんは、顔を俺に向けて言った。
「そういえば、言ってなかったな。三年前にも子供ができたんだ。でも……そいつは、死産でな」
「そうだったんですね……」
俺は何も言えなかった。ただ、そんな過去があったなんて思ってもみなかった。
「残念だったわ……でもね、今度は大丈夫な気がするの。本当よ?」
イテルさんがそう言って、自分のお腹を見て明るく笑う。
言葉の端々に、無理してでも前を向こうとしている強さを感じる。だけど、胸の奥がチクリと痛んだ。
この世界の医療がどの程度発展しているのかはわからない。
医療の発達した日本ですら死産がゼロではないのに、こっちじゃもっと多いかもしれない。そんなことを思ったとき――ふと、命の精霊の存在が頭をよぎった。
胎児にも、命の精霊は宿っているのだろうか。
一人になったあと、リラに聞いてみた。
『もちろん、宿ってるよー』
影の中から、リラの念話が聞こえた。
「それなら……命の精霊に働きかければ、死産は防げるのか?」
『うーん、そんな簡単な話じゃないよー』
リラが珍しく真面目な声で言う。
『死産の原因って、いろいろあるんだよー。母親の状態かもしれないし、お腹の子供の問題、それか外的なのもあるしー。命の精霊は生命に宿っているけど、それを正常に保つ力を使うには、ちゃんと原因を知らなきゃダメなんだー』
「でも、うまく命の精霊に働きかけられれば、結果は変えられるかもしれないんだな?」
『……うん、可能性はある。ゼロじゃないよー』
だったら、やる価値はある。
俺はスマホを取り出し、『死産 原因』と辞書で検索してみた。
出てきた結果は――胎児の染色体異常、胎盤の異常、妊娠高血圧、糖尿病、感染症、栄養不良、ストレス……。
知れば知るほど、単純な話じゃないとわかる。これを魔法で全部カバーするなんて、簡単にはいかない。だけど……。
「検査する魔法があればいいのに……」
そう呟いた俺の脳裏に、日本での記憶が浮かぶ。
今度は妊婦健診と検索をかける。
出てきたのは、問診、超音波、血液検査……。
「……いや、検査できなくても、特定して、健康な状態に維持できればいい。要は、命の精霊にそれをしてもらえれば――」
それには魔法の詠唱が必要だ。俺が知っている回復魔法の詠唱は、ひとつだけ。
『命の精霊たちよ、わが手に集い集いて――あるべき姿に細胞を修復せよ……レパティオ』
この詠唱を、自分なりに改変できないか?
だって、光の魔法のときだって、俺は詠唱を変えて効果を変えることができた。
光球の色を、強さを、形を――。詠唱をカスタマイズする能力が、俺にはある。
だったら、母体や胎児に働きかける回復魔法も、俺のやり方で拡張できるはずだ。
「……そのためには、まずは知識だな」
回復魔法で思いつくのは、一つしかない。
『また教会に行くのー?』
「そうだ。明日の朝一番で、ヘズンさんを捕まえる」
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「多分、またあそこで掃除してると思う。逃がさないぞ」
頭の中には、縄でぐるぐる巻きにされたヘズンさんが浮かんできて、思わず笑ってしまった。
俺は、イテルさんのさっきの笑顔を思い浮かべて、心の中でそっと誓った。
命が、今度こそ無事に生まれてくるように。
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そして、かけがえのない命を、この世界に迎えるために。
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