【完結】裸足のシンデレラは、御曹司を待っている

安里海

文字の大きさ
16 / 39

取り戻した記憶の先にあるもの

しおりを挟む
 ◇ ◇ ◇



「ママ、おじさん おきたの?」

「シンちゃん、少し静かにしてくれるかな? TV好きなの見ていいからお願いね」

「うん、わかった」

 話し声に意識を取り戻した直哉はゆっくりと瞼を開く。
 目に映ったのは見覚えのない天井、知らない部屋の中、ベッドの上に寝ているのがわかった。
 そして、初めて出会った頃より大人の女性になった遥香が覗き込んでいた。

「あ、柏木様。目覚めました? 大丈夫ですか?」

「…………」

 直哉が、混乱した頭の中で弾き出した答え。
 それは、5年前、事故に遭う少し前に沖縄に来ていた。そして、遥香と過ごした蜜月の日々があったという事だった。

「ここは?」

「すみません。頭を抱えたまま、意識を失われてしまって、近くのお医者様に見ていただくのに一番近い私の家に運び込んだんです。急に車の前に飛び出してしまって……。ごめんなさい、驚かれましたよね」

 車の前に遥香が飛び出して、慌ててブレーキを踏んだのを思い出した。

「いや。それより、怪我はなかった?」

「私は大丈夫です」

 直哉は、遥香に記憶が戻った事を告げようと布団から身を起こした。
 すると、そのセミダブルの布団の青いシーツは可愛らしいキャラクターの絵柄付いている。8畳ぐらいの部屋、壁際にある箪笥の上にはアルバムとぬいぐるみが並んでいた。

 ここは、遥香の部屋なのか?と、直哉は困惑した。

 その時、ドアの向こうから声が聞こえてくる。

「おーい、遥香。先生が見えたぞー」

 遥香と名前を呼び捨てにしている男性の声がした。そして、小さな子供の声も……。

「せんせい。こんばんは」

「お、シンくん。ちょっと見ないうちに大きくなったなぁ」

 遥香は顔をこわばらせ、立ち上がる。

「先生が見えたみたいです。念のため診察を受けてください」

 そう言って、部屋から出て行ってしまった。

 彼女を「遥香」と呼ぶ男性の声、子供の声、5年という月日は、人の暮らしを変えるには十分な時間が流れていたのだろう。

 やっと、記憶の扉が開き遥香といた時間を思い出した。
 それなのに5年の間に遥香にも時が流がれ、直哉とはかけ離れた、暮らしが出来上がっていた。

 現実を突きつけられ、何を伝えればいいのか、直哉は考えがまとまらなかった。

 ドアが開き年配の男性医師が入って来た。直哉は血圧や問診を受けている間もどこか上の空でやっと答える。
 診察が終わった頃、遥香が医師と入れ違いに部屋に入って来た。

 記憶が戻ったと告げて良いか。直哉の心に迷いが生じる。

 (今さら、迎えに来れなかったことを謝罪しても彼女を困らせるだけではないだろうか?
  彼女が幸せならば何も言わない方が良いのではないか?)

「あの、こんなむさくるしい所に運んでしまって、すみません。別邸の方だと駐車場から部屋まで距離があるので、車から動かすのが難しくて……」

「いや、俺の方こそすっかり迷惑をかけてしまって申し訳なかった。宿の方へ帰るよ」

「……あの、ちらかっておりますが、こちらからどうぞ」

 遥香が緊張した表情でガラガラと隣の部屋に繋がる引き戸を開けた。

 その部屋のTVの前に座っていた男の子がパッと顔を向ける。

「ママ、おじさんおきたの?」

「うん、もう帰るんだって……」

 その男の子の容姿に直哉は目を奪われた。
 まるで、子供の頃の自分がそこにいるのかと錯覚してしまうぐらいに、自分にそっくりだったのだ。

「ようちゃんも せんせいと かえっちゃったんだよ」

「陽太は先生を連れて来てくれただけだからね」

 遥香の口から男性の名前が語られたことに胸を焼かれながらも、帰ったという言葉に疑問を残した。

 直哉は、腰を低くして子供の目線で語りかける。

「おじゃまして、悪かったね。名前教えてくれる?」

「ボク、シンちゃん。4さい」

 男の子は親指をたたんだ小さな手を直哉に見せる。
 その符号に直哉の心臓の音が大きくなり、心の奥であきらめかけていた光が仄かに瞬きだす。

 (もしも、この子があの時に出来た子供だったなら、どんなに嬉しいことだろう。)

 遥香の暮らしを壊してはいけないと思いつつも記憶が戻った事を告げたくなる。
 でも、もし違っていたら……。
 その可能性がある以上、子供の居る前でしてはいけない話だ。
 直哉は、グッとこらえて笑顔を向けた。

「いろいろ迷惑をかけてしまった。ありがとう」

 遥香は表情を硬くして「はい」とだけ答えた。


 やっとほぐれていた遥香の表情も、再び作り笑顔が張り付いたものになっている。
 家庭を守らなけばという、意識が働いているのだろう。
 気を張りつめている遥香の様子に、記憶が戻ったと伝える決心がにぶりそうな直哉だった。

「お部屋まで、お送りします」

「いや、小さな子供を部屋に残していくのはよくない。一人で大丈夫だよ」

「これ、お車の鍵です。お車は駐車場へ、お買い物をされていた物はキッチンに運んであります」

 直哉は、あくまでもお客様として扱われている事に寂しく思いながら、遥香の手から鍵を受け取った。かすかに触れた手の温もりを追いかけてしまいたくなる。

「ありがとう……明日、少し時間を作ってくれるかな?」

「朝食後でもよろしいでしょうか? あの、具合が悪くなったらいつでも呼んでください」

「ありがとう。おやすみ」

 背を向けて別邸に向かう、その背中に遥香の「おやすみなさい」という声が追いかけてくる。
 後ろ髪を引かれる思いで、少し振り返り手を振った。

 駐車場を通り過ぎ、石畳を踏みしめる。すっかり暗くなった夜空に寂し気な三日月が浮かんでいる。視線を落とせば、プライベートプールがライトアップされ水面が幻想的に揺れていた。

 5年前、あのプールに遥香が落ちて、助けようと飛び込んだ。
 けれど、自分自身が抑え切れなくなり、貪るように求めてしまった。
 それなのに彼女は優しく受け入れてくれた。

 もしかして、あの時のに出来た子供では?
 直哉の胸に、そんな思いが過る。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

Calling

樫野 珠代
恋愛
住み込みのメイドとして働く朱里、25歳 次に雇われて行った先は、なんと初恋の相手の実家だった。 あくまでメイドとして振る舞う朱里に、相手が取った行動は・・・。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

貴方の✕✕、やめます

戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。 貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。 ・・・・・・・・ しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。 それなら私は…

32歳、恋愛未経験の私に彼氏ができました。お相手は次期社長で完璧王子なのに、なぜか可愛い。

さくしゃ
恋愛
32歳、恋愛未経験の私に彼氏ができました。お相手は次期社長で完璧王子なのに、なぜか可愛い。 「甘酒って甘くないんだ!」 ピュアで、 「さ、さお…ふしゅうう」 私の名前を呼ぼうとして呼べなくて。 だけど、 「し、しゅ…ふしゅうう」 それは私も同じで。 不器用な2人による優しい恋愛物語。 果たして私たちは 「さ…ふしゅぅぅ」 下の名前で呼び合えるのでしょうか?

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

処理中です...