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取り戻した記憶の先にあるもの
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◇ ◇ ◇
「ママ、おじさん おきたの?」
「シンちゃん、少し静かにしてくれるかな? TV好きなの見ていいからお願いね」
「うん、わかった」
話し声に意識を取り戻した直哉はゆっくりと瞼を開く。
目に映ったのは見覚えのない天井、知らない部屋の中、ベッドの上に寝ているのがわかった。
そして、初めて出会った頃より大人の女性になった遥香が覗き込んでいた。
「あ、柏木様。目覚めました? 大丈夫ですか?」
「…………」
直哉が、混乱した頭の中で弾き出した答え。
それは、5年前、事故に遭う少し前に沖縄に来ていた。そして、遥香と過ごした蜜月の日々があったという事だった。
「ここは?」
「すみません。頭を抱えたまま、意識を失われてしまって、近くのお医者様に見ていただくのに一番近い私の家に運び込んだんです。急に車の前に飛び出してしまって……。ごめんなさい、驚かれましたよね」
車の前に遥香が飛び出して、慌ててブレーキを踏んだのを思い出した。
「いや。それより、怪我はなかった?」
「私は大丈夫です」
直哉は、遥香に記憶が戻った事を告げようと布団から身を起こした。
すると、そのセミダブルの布団の青いシーツは可愛らしいキャラクターの絵柄付いている。8畳ぐらいの部屋、壁際にある箪笥の上にはアルバムとぬいぐるみが並んでいた。
ここは、遥香の部屋なのか?と、直哉は困惑した。
その時、ドアの向こうから声が聞こえてくる。
「おーい、遥香。先生が見えたぞー」
遥香と名前を呼び捨てにしている男性の声がした。そして、小さな子供の声も……。
「せんせい。こんばんは」
「お、シンくん。ちょっと見ないうちに大きくなったなぁ」
遥香は顔をこわばらせ、立ち上がる。
「先生が見えたみたいです。念のため診察を受けてください」
そう言って、部屋から出て行ってしまった。
彼女を「遥香」と呼ぶ男性の声、子供の声、5年という月日は、人の暮らしを変えるには十分な時間が流れていたのだろう。
やっと、記憶の扉が開き遥香といた時間を思い出した。
それなのに5年の間に遥香にも時が流がれ、直哉とはかけ離れた、暮らしが出来上がっていた。
現実を突きつけられ、何を伝えればいいのか、直哉は考えがまとまらなかった。
ドアが開き年配の男性医師が入って来た。直哉は血圧や問診を受けている間もどこか上の空でやっと答える。
診察が終わった頃、遥香が医師と入れ違いに部屋に入って来た。
記憶が戻ったと告げて良いか。直哉の心に迷いが生じる。
(今さら、迎えに来れなかったことを謝罪しても彼女を困らせるだけではないだろうか?
彼女が幸せならば何も言わない方が良いのではないか?)
「あの、こんなむさくるしい所に運んでしまって、すみません。別邸の方だと駐車場から部屋まで距離があるので、車から動かすのが難しくて……」
「いや、俺の方こそすっかり迷惑をかけてしまって申し訳なかった。宿の方へ帰るよ」
「……あの、ちらかっておりますが、こちらからどうぞ」
遥香が緊張した表情でガラガラと隣の部屋に繋がる引き戸を開けた。
その部屋のTVの前に座っていた男の子がパッと顔を向ける。
「ママ、おじさんおきたの?」
「うん、もう帰るんだって……」
その男の子の容姿に直哉は目を奪われた。
まるで、子供の頃の自分がそこにいるのかと錯覚してしまうぐらいに、自分にそっくりだったのだ。
「ようちゃんも せんせいと かえっちゃったんだよ」
「陽太は先生を連れて来てくれただけだからね」
遥香の口から男性の名前が語られたことに胸を焼かれながらも、帰ったという言葉に疑問を残した。
直哉は、腰を低くして子供の目線で語りかける。
「おじゃまして、悪かったね。名前教えてくれる?」
「ボク、シンちゃん。4さい」
男の子は親指をたたんだ小さな手を直哉に見せる。
その符号に直哉の心臓の音が大きくなり、心の奥であきらめかけていた光が仄かに瞬きだす。
(もしも、この子があの時に出来た子供だったなら、どんなに嬉しいことだろう。)
遥香の暮らしを壊してはいけないと思いつつも記憶が戻った事を告げたくなる。
でも、もし違っていたら……。
その可能性がある以上、子供の居る前でしてはいけない話だ。
直哉は、グッとこらえて笑顔を向けた。
「いろいろ迷惑をかけてしまった。ありがとう」
遥香は表情を硬くして「はい」とだけ答えた。
やっとほぐれていた遥香の表情も、再び作り笑顔が張り付いたものになっている。
家庭を守らなけばという、意識が働いているのだろう。
気を張りつめている遥香の様子に、記憶が戻ったと伝える決心がにぶりそうな直哉だった。
「お部屋まで、お送りします」
「いや、小さな子供を部屋に残していくのはよくない。一人で大丈夫だよ」
「これ、お車の鍵です。お車は駐車場へ、お買い物をされていた物はキッチンに運んであります」
直哉は、あくまでもお客様として扱われている事に寂しく思いながら、遥香の手から鍵を受け取った。かすかに触れた手の温もりを追いかけてしまいたくなる。
「ありがとう……明日、少し時間を作ってくれるかな?」
「朝食後でもよろしいでしょうか? あの、具合が悪くなったらいつでも呼んでください」
「ありがとう。おやすみ」
背を向けて別邸に向かう、その背中に遥香の「おやすみなさい」という声が追いかけてくる。
後ろ髪を引かれる思いで、少し振り返り手を振った。
駐車場を通り過ぎ、石畳を踏みしめる。すっかり暗くなった夜空に寂し気な三日月が浮かんでいる。視線を落とせば、プライベートプールがライトアップされ水面が幻想的に揺れていた。
5年前、あのプールに遥香が落ちて、助けようと飛び込んだ。
けれど、自分自身が抑え切れなくなり、貪るように求めてしまった。
それなのに彼女は優しく受け入れてくれた。
もしかして、あの時のに出来た子供では?
直哉の胸に、そんな思いが過る。
「ママ、おじさん おきたの?」
「シンちゃん、少し静かにしてくれるかな? TV好きなの見ていいからお願いね」
「うん、わかった」
話し声に意識を取り戻した直哉はゆっくりと瞼を開く。
目に映ったのは見覚えのない天井、知らない部屋の中、ベッドの上に寝ているのがわかった。
そして、初めて出会った頃より大人の女性になった遥香が覗き込んでいた。
「あ、柏木様。目覚めました? 大丈夫ですか?」
「…………」
直哉が、混乱した頭の中で弾き出した答え。
それは、5年前、事故に遭う少し前に沖縄に来ていた。そして、遥香と過ごした蜜月の日々があったという事だった。
「ここは?」
「すみません。頭を抱えたまま、意識を失われてしまって、近くのお医者様に見ていただくのに一番近い私の家に運び込んだんです。急に車の前に飛び出してしまって……。ごめんなさい、驚かれましたよね」
車の前に遥香が飛び出して、慌ててブレーキを踏んだのを思い出した。
「いや。それより、怪我はなかった?」
「私は大丈夫です」
直哉は、遥香に記憶が戻った事を告げようと布団から身を起こした。
すると、そのセミダブルの布団の青いシーツは可愛らしいキャラクターの絵柄付いている。8畳ぐらいの部屋、壁際にある箪笥の上にはアルバムとぬいぐるみが並んでいた。
ここは、遥香の部屋なのか?と、直哉は困惑した。
その時、ドアの向こうから声が聞こえてくる。
「おーい、遥香。先生が見えたぞー」
遥香と名前を呼び捨てにしている男性の声がした。そして、小さな子供の声も……。
「せんせい。こんばんは」
「お、シンくん。ちょっと見ないうちに大きくなったなぁ」
遥香は顔をこわばらせ、立ち上がる。
「先生が見えたみたいです。念のため診察を受けてください」
そう言って、部屋から出て行ってしまった。
彼女を「遥香」と呼ぶ男性の声、子供の声、5年という月日は、人の暮らしを変えるには十分な時間が流れていたのだろう。
やっと、記憶の扉が開き遥香といた時間を思い出した。
それなのに5年の間に遥香にも時が流がれ、直哉とはかけ離れた、暮らしが出来上がっていた。
現実を突きつけられ、何を伝えればいいのか、直哉は考えがまとまらなかった。
ドアが開き年配の男性医師が入って来た。直哉は血圧や問診を受けている間もどこか上の空でやっと答える。
診察が終わった頃、遥香が医師と入れ違いに部屋に入って来た。
記憶が戻ったと告げて良いか。直哉の心に迷いが生じる。
(今さら、迎えに来れなかったことを謝罪しても彼女を困らせるだけではないだろうか?
彼女が幸せならば何も言わない方が良いのではないか?)
「あの、こんなむさくるしい所に運んでしまって、すみません。別邸の方だと駐車場から部屋まで距離があるので、車から動かすのが難しくて……」
「いや、俺の方こそすっかり迷惑をかけてしまって申し訳なかった。宿の方へ帰るよ」
「……あの、ちらかっておりますが、こちらからどうぞ」
遥香が緊張した表情でガラガラと隣の部屋に繋がる引き戸を開けた。
その部屋のTVの前に座っていた男の子がパッと顔を向ける。
「ママ、おじさんおきたの?」
「うん、もう帰るんだって……」
その男の子の容姿に直哉は目を奪われた。
まるで、子供の頃の自分がそこにいるのかと錯覚してしまうぐらいに、自分にそっくりだったのだ。
「ようちゃんも せんせいと かえっちゃったんだよ」
「陽太は先生を連れて来てくれただけだからね」
遥香の口から男性の名前が語られたことに胸を焼かれながらも、帰ったという言葉に疑問を残した。
直哉は、腰を低くして子供の目線で語りかける。
「おじゃまして、悪かったね。名前教えてくれる?」
「ボク、シンちゃん。4さい」
男の子は親指をたたんだ小さな手を直哉に見せる。
その符号に直哉の心臓の音が大きくなり、心の奥であきらめかけていた光が仄かに瞬きだす。
(もしも、この子があの時に出来た子供だったなら、どんなに嬉しいことだろう。)
遥香の暮らしを壊してはいけないと思いつつも記憶が戻った事を告げたくなる。
でも、もし違っていたら……。
その可能性がある以上、子供の居る前でしてはいけない話だ。
直哉は、グッとこらえて笑顔を向けた。
「いろいろ迷惑をかけてしまった。ありがとう」
遥香は表情を硬くして「はい」とだけ答えた。
やっとほぐれていた遥香の表情も、再び作り笑顔が張り付いたものになっている。
家庭を守らなけばという、意識が働いているのだろう。
気を張りつめている遥香の様子に、記憶が戻ったと伝える決心がにぶりそうな直哉だった。
「お部屋まで、お送りします」
「いや、小さな子供を部屋に残していくのはよくない。一人で大丈夫だよ」
「これ、お車の鍵です。お車は駐車場へ、お買い物をされていた物はキッチンに運んであります」
直哉は、あくまでもお客様として扱われている事に寂しく思いながら、遥香の手から鍵を受け取った。かすかに触れた手の温もりを追いかけてしまいたくなる。
「ありがとう……明日、少し時間を作ってくれるかな?」
「朝食後でもよろしいでしょうか? あの、具合が悪くなったらいつでも呼んでください」
「ありがとう。おやすみ」
背を向けて別邸に向かう、その背中に遥香の「おやすみなさい」という声が追いかけてくる。
後ろ髪を引かれる思いで、少し振り返り手を振った。
駐車場を通り過ぎ、石畳を踏みしめる。すっかり暗くなった夜空に寂し気な三日月が浮かんでいる。視線を落とせば、プライベートプールがライトアップされ水面が幻想的に揺れていた。
5年前、あのプールに遥香が落ちて、助けようと飛び込んだ。
けれど、自分自身が抑え切れなくなり、貪るように求めてしまった。
それなのに彼女は優しく受け入れてくれた。
もしかして、あの時のに出来た子供では?
直哉の胸に、そんな思いが過る。
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