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青い空の下で
しおりを挟む直哉は、スマホを取り出し、画面をタップした。
呼び出し音が鳴った瞬間に通話に切り替わる。それだけで、遥香がどんなに真哉の情報を待ちわびていたのかがわかった。
『もしもし、シンちゃん見つかったの?』
「ああ、別邸の物置小屋の中で寝ていたんだ。ケガもないよ」
『良かった。シンに何かあったらどうしようかと思った』
通話越しでも、遥香が安堵する様子が伝わって来る。
「本当に無事にみつけられて良かったよ」
『おばあも陽太も一緒に探してくれていたの。ふたりに迷惑かけちゃった』
「あとでお礼をしに伺わせてもらうと伝えて置いてもらえるかな」
『うん、伝えて置く。とりあえず、そっちに行くね』
「待ってるよ」
通話が切れて、直哉はどうしたものかと考えあぐねる。
本当なら、真哉を抱きかかえて寝室に運んであげたい。けれど、事故の後遺症のある足で、踏ん張りが利かずに抱えた状態で転んだりしたなら、それこそ真哉にケガを負わせてしまいかねない。
「シンちゃん。ダメなパパで、ごめん」
もう一度、頭を撫でると、真哉が身じろぎ、瞼がピクピクとしている。
「う、ううん」
薄っすら瞼を開いた真哉は、辺りを見回した。
自分が何故ここに居るのか思い出せないでいる様子だ。
「ママは?」
「いま来るよ。パパとお部屋に入ろうか」
「パパ、だっこして」
「ごめん、パパは、足が悪いから抱っこできないんだ」
「えー、ようちゃんは だっこしてくれるのに」
「……ごめん」
すると、真哉は不意に思い出したかのように大きく目を見開き、立ち上がった。
「シンちゃん、とおくに いくのヤダ! ようちゃんやおばあと会えなくなるのヤダ!」
小さな手を握り、気持ちを吐露する真哉に、直哉は成す術もなく立ちすくむ。
突然現れたパパよりも、産まれた時から父親代わりに抱き上げてくれた人が大切なのは、当たり前の感情だ。
それが、いきなり親しい人と引き離され、遠く連れて行かれることに納得など出来なかったのだろう。
この騒ぎも、真哉の精一杯の抵抗なのだ。
ここでも、また、失ってしまった5年という月日を考えると、直哉は心が抉られるように痛む。
「シンちゃん……」
「とおくにいくのヤダ!」
そう叫んだと思った途端に直哉の横をスルリとすり抜け、庭の方へと真哉が走り出した。
直哉も慌てて追いかけるが、思ったように足が動かずに、距離が離れて行く。
城間別邸の入り口にある花ブロックから遥香がやって来るのが見えた。
それは、真哉も同じだったようで、遥香を避けようと急に方向を変えた。その瞬間、小さな体は、バランスを崩しプールへと落ちていく。
ザブーンと音を立て、水飛沫が上がった。
「シンちゃん!」
悲鳴のような遥香の声が聞え、信じられない出来事は、直哉にはスローモーションのように見えた。
いまは、真哉を助ける事しか考えられない。
服を着たまま、無我夢中で直哉はプールに飛び込む。
透明の水中にゆっくりと沈んでいく、真哉を捕まえると、水面より高い位置に抱き上げた。
「シンちゃん! 直哉さん!」
手を伸ばす遥香へと真哉を手渡すと、「うわーん」と真哉が声を上げて泣き出した。
泣きじゃくる真哉を遥香はギュッと抱きしめ、背中をポンポンとさする。
「もう大丈夫よ。心配したんだから」
そう言う遥香の顔も涙でぐちゃぐちゃだ。
直哉がプールから上がり、遥香を支えた。
悲鳴を聞いた陽太とおばあも駆けつけて来る。
ずぶ濡れの直哉と真哉を見て状況を察したようだ。
「シンちゃん、しわさるどーくとぅ(心配したんだから)」
「柏木さんも大丈夫ですか」
と、陽太が気を配る。
「はい、ご心配おかけしてすみません」
直哉は、ヒックとしゃくりをあげる真哉の頭を撫でた。そして、ゆっくりと語りかける。
「シンちゃん、いきなり遠くに行く事になって、びっくりしたよね。でも、パパは、シンちゃんが一緒に東京へ来てくれたら、うれしいと思ってる。シンちゃんとママとパパの3人で仲良く暮らして行きたいんだ。それに遠くに行くといっても、お休みの時に沖縄に来れるんだ。だから、シンちゃんが大好きな、おばあや陽太さんともまた会えるんだよ」
それを聞いて、遥香はハッとする。
「ママが、ちゃんとにシンちゃんに説明しなかったから、不安になちゃったんだね。ごめんね。いまみたいに、陽太やおばあにいつでも会うのは無理だけど、夏休みとかに遊びに来たら会えるんだよ」
「そーさね。シンちゃん、いつでもおいで」
「シンがもう少し大きくなって、ひとりで飛行機に乗って来れるなら、那覇空港まで迎えに行ってやるよ。いつでも会おうと思えば会えるんだから、心配すんな。それに離れて居てもビデオ通話とかで話しも出来るし、顔も見れるんだよ」
みんなに慰めれた真哉は「うん」とだけつぶやく。
遥香はもう一度、真哉を抱きしめた。
「シンちゃん、みんなシンちゃんが大好きで、シンちゃんが幸せになるように思ってくれているんだよ。だから、今日みたいに、心配させるような事はしないでね」
「うん、ごめんなさい。しんちゃん、パパとママといっしょにいく」
海からの爽やかな風が吹き、頬を撫でていく。
月桃の白い花が揺れ、鳥が羽を広げ空高く飛んでいる。
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