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不倫のケジメはつけてもらいます。
政志の勤めている住宅メーカーのHana Homeは主に、ファミリー層を販売のターゲットにしている。
『快適な暮らし 上質な暮らし 安心の我が家』のコピーでテレビコマーシャルも放送中だ。
安心の我が家をうたい文句にしているHana Homeの社員が、社内不倫で離婚ともなれば、風紀を乱したとして大きく評価を下げる事となる。
そうなれば、エリートコースを順調に上がってきた政志だが、これ以上の出世は難しくなるだろう。
それに、若く我が儘なところがある片桐は、遊びで付き合うならいいが、結婚となれば、家事にしても育児にしても不安があり過ぎる。
沙羅と別れてまで、結婚したい相手では無いのだ。
どちらにしても、沙羅と別れるのは政志にとってデメリットが多すぎる。
「ごめん、身勝手なのは重々承知している。でも、俺は離婚したくない。沙羅や美幸と離れたくないんだ」
焦ったように口にする政志に、沙羅は悔しそうに顔を歪ませた。
「そう思うなら、最初から不倫なんてしなければ良かったのよ。例え、片桐さんに誘惑されたとしても、政志さんが、それに乗った時点でこうなる事を予測できなかったのは、浅はかだったんじゃない?」
「それは……」
政志は言い淀む。
『遊びでいいの……好きなんです。迷惑をかけないからお願い』
始めて誘われたときに片桐から言われた、甘い悪魔のささやき。
今、考えれば、都合の良い言葉には毒が含まれているとわかる。
その毒を疑うことなく口にして、酔いしれた政志は、家庭と仕事の両方を失うかも知れないほどの痛手を負うことを、その時は想像もしていなかった。
言葉を無くし、うつむく政志を、沙羅は真っ直ぐに見据えた。
「これは、けじめをつける意味を込めて書いてもらいたいの。政志さんが有責なのは間違いないし、拒否するなら、調停でも裁判でもするから」
テーブルの上に離婚届を置き、政志へ差し出した。気丈に振舞う沙羅だったが、その手は小刻みに震えていた。
死を分かつまでと誓ったばずの結婚。その終焉をこんな形で向かえるのだ。
強気な姿勢を見せても、平静でなど居られない。
心の中は、悲しみに埋め尽くされていた。
裁判ともなれば、不貞の証拠が記録にも残り、一生の汚点になる。調停や裁判も辞さないという沙羅からの強い意志表示に、「もう、離婚届に名前を入れるしかないのだろうか」と、政志は大きくうなだれた。
「やはり、許してもらえないのか……。でも、俺と別れたら、頼れる人も無くて、この先どうやって生きていくんだ。それに、美幸の事はどうするんだ」
「もちろん、美幸の事が一番大事よ。でも、そのために不倫を無かった事にはするつもりはないの。だから、けじめとして籍は抜く。美幸の親権も譲らないわ」
沙羅は、覚悟を決めたようにスッと背筋を伸ばし、大きく息を吸い込んだ。
「ただ、夫婦としての籍は抜くけど、旧姓には戻さないで、このまま佐藤姓を名乗るつもりよ」
両親が鬼籍に入っている沙羅の元の戸籍は除籍になっている。どのみち新たに戸籍を作らねばならない。
「えっ? どういう意味だ」
「わかりやすく言えば、籍は抜くから、離婚。だけど、事実婚に近い状態で暮らすの。美幸のためにも表面的には半年間は今まで通りで……中学受験には両親揃っての面接だし、美幸の精神的安定にも別居は難しいでしょう? 中学受験が終わったら、その時の状況で再構築か、別居か、また話し合って決めたいと思っているわ」
離婚届けに記入すれば、それでお互いの道が分かれてしまうものだと思っていた政志だったが、まだ、再構築への道が残されている事に一縷の望みを見出す。
「沙羅……許してくれるのか?」
「勘違いしないで政志さんのことを許したわけじゃないのよ。もちろん、離婚するんだから慰謝料や財産分与の請求するわ。でも、美幸の事を考えたら、この選択が一番のような気がして……」
そう、本意では離婚して、政志と離れて暮らしたい。けれど、一人娘の美幸の事を考えれれば、両親が揃っているのベスト。特に美幸の目指している学校は受験時に両親揃っての親子面接がある学校だ。
もちろん、美幸の事を思っての決断だが、そればかりじゃない。
半年と期間を設けたのは、 頼れる身内が居ない沙羅の社会に出て生きて行くために、準備とリハビリ期間にあてるつもりだ。
誰かに養われるのではなく、自分で自分を養い、自立の道を探っていくために必要な時間。
沙羅や美幸と離れずに済むと聞いて、政志は安堵の息を吐き出した。
「わかった。今回の事が挽回できるように出来る限り努力する。もう一度、チャンスをくれてありがとう」
「……チャンスかどうかは、わからないわ。表面上は今までと変わらないけれど、籍を抜くって事はお互い独身に戻るのよ。美幸の親であるけれど、私たちの関係は、ただの同居人。だから、私も仕事を探して、少ないけれど生活費を入れたいと思っている。そのかわり、これまでと同じように家事は出来ないから、政志さんも自分の事は自分でして欲しいの」
「無理に仕事をしなくても、今まで通りに俺が食わして行くから……」
「それじゃ、籍を抜くのにおかしいわ。それに私も働きたいのよ」
「そうか……。でも、体がきついようなら俺が支えるから無理はするな」
自分を心配する政志の真剣な声に、沙羅は複雑な思いに駆られる。
片桐の事がなければ、政志は優しく良い夫だった……。
その優しさにつけ込まれたのかも知れない。
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくわ。あとね、離婚届を出すにあたって書いてもらいたいものがあるの」
沙羅は、離婚届とは別の用紙を茶封筒から取り出す。
それは、「離婚の際に称していた氏を称する届出」と「婚姻届不受理申出」だ。
「離婚の際に称していた氏を称する届出」は沙羅が離婚した後でも、旧姓に戻さずに、佐藤姓を名乗り続けるための用紙。
「婚姻届不受理申出」は、本人の意思とは別に勝手に婚姻届を提出されないための用紙だ。
『快適な暮らし 上質な暮らし 安心の我が家』のコピーでテレビコマーシャルも放送中だ。
安心の我が家をうたい文句にしているHana Homeの社員が、社内不倫で離婚ともなれば、風紀を乱したとして大きく評価を下げる事となる。
そうなれば、エリートコースを順調に上がってきた政志だが、これ以上の出世は難しくなるだろう。
それに、若く我が儘なところがある片桐は、遊びで付き合うならいいが、結婚となれば、家事にしても育児にしても不安があり過ぎる。
沙羅と別れてまで、結婚したい相手では無いのだ。
どちらにしても、沙羅と別れるのは政志にとってデメリットが多すぎる。
「ごめん、身勝手なのは重々承知している。でも、俺は離婚したくない。沙羅や美幸と離れたくないんだ」
焦ったように口にする政志に、沙羅は悔しそうに顔を歪ませた。
「そう思うなら、最初から不倫なんてしなければ良かったのよ。例え、片桐さんに誘惑されたとしても、政志さんが、それに乗った時点でこうなる事を予測できなかったのは、浅はかだったんじゃない?」
「それは……」
政志は言い淀む。
『遊びでいいの……好きなんです。迷惑をかけないからお願い』
始めて誘われたときに片桐から言われた、甘い悪魔のささやき。
今、考えれば、都合の良い言葉には毒が含まれているとわかる。
その毒を疑うことなく口にして、酔いしれた政志は、家庭と仕事の両方を失うかも知れないほどの痛手を負うことを、その時は想像もしていなかった。
言葉を無くし、うつむく政志を、沙羅は真っ直ぐに見据えた。
「これは、けじめをつける意味を込めて書いてもらいたいの。政志さんが有責なのは間違いないし、拒否するなら、調停でも裁判でもするから」
テーブルの上に離婚届を置き、政志へ差し出した。気丈に振舞う沙羅だったが、その手は小刻みに震えていた。
死を分かつまでと誓ったばずの結婚。その終焉をこんな形で向かえるのだ。
強気な姿勢を見せても、平静でなど居られない。
心の中は、悲しみに埋め尽くされていた。
裁判ともなれば、不貞の証拠が記録にも残り、一生の汚点になる。調停や裁判も辞さないという沙羅からの強い意志表示に、「もう、離婚届に名前を入れるしかないのだろうか」と、政志は大きくうなだれた。
「やはり、許してもらえないのか……。でも、俺と別れたら、頼れる人も無くて、この先どうやって生きていくんだ。それに、美幸の事はどうするんだ」
「もちろん、美幸の事が一番大事よ。でも、そのために不倫を無かった事にはするつもりはないの。だから、けじめとして籍は抜く。美幸の親権も譲らないわ」
沙羅は、覚悟を決めたようにスッと背筋を伸ばし、大きく息を吸い込んだ。
「ただ、夫婦としての籍は抜くけど、旧姓には戻さないで、このまま佐藤姓を名乗るつもりよ」
両親が鬼籍に入っている沙羅の元の戸籍は除籍になっている。どのみち新たに戸籍を作らねばならない。
「えっ? どういう意味だ」
「わかりやすく言えば、籍は抜くから、離婚。だけど、事実婚に近い状態で暮らすの。美幸のためにも表面的には半年間は今まで通りで……中学受験には両親揃っての面接だし、美幸の精神的安定にも別居は難しいでしょう? 中学受験が終わったら、その時の状況で再構築か、別居か、また話し合って決めたいと思っているわ」
離婚届けに記入すれば、それでお互いの道が分かれてしまうものだと思っていた政志だったが、まだ、再構築への道が残されている事に一縷の望みを見出す。
「沙羅……許してくれるのか?」
「勘違いしないで政志さんのことを許したわけじゃないのよ。もちろん、離婚するんだから慰謝料や財産分与の請求するわ。でも、美幸の事を考えたら、この選択が一番のような気がして……」
そう、本意では離婚して、政志と離れて暮らしたい。けれど、一人娘の美幸の事を考えれれば、両親が揃っているのベスト。特に美幸の目指している学校は受験時に両親揃っての親子面接がある学校だ。
もちろん、美幸の事を思っての決断だが、そればかりじゃない。
半年と期間を設けたのは、 頼れる身内が居ない沙羅の社会に出て生きて行くために、準備とリハビリ期間にあてるつもりだ。
誰かに養われるのではなく、自分で自分を養い、自立の道を探っていくために必要な時間。
沙羅や美幸と離れずに済むと聞いて、政志は安堵の息を吐き出した。
「わかった。今回の事が挽回できるように出来る限り努力する。もう一度、チャンスをくれてありがとう」
「……チャンスかどうかは、わからないわ。表面上は今までと変わらないけれど、籍を抜くって事はお互い独身に戻るのよ。美幸の親であるけれど、私たちの関係は、ただの同居人。だから、私も仕事を探して、少ないけれど生活費を入れたいと思っている。そのかわり、これまでと同じように家事は出来ないから、政志さんも自分の事は自分でして欲しいの」
「無理に仕事をしなくても、今まで通りに俺が食わして行くから……」
「それじゃ、籍を抜くのにおかしいわ。それに私も働きたいのよ」
「そうか……。でも、体がきついようなら俺が支えるから無理はするな」
自分を心配する政志の真剣な声に、沙羅は複雑な思いに駆られる。
片桐の事がなければ、政志は優しく良い夫だった……。
その優しさにつけ込まれたのかも知れない。
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくわ。あとね、離婚届を出すにあたって書いてもらいたいものがあるの」
沙羅は、離婚届とは別の用紙を茶封筒から取り出す。
それは、「離婚の際に称していた氏を称する届出」と「婚姻届不受理申出」だ。
「離婚の際に称していた氏を称する届出」は沙羅が離婚した後でも、旧姓に戻さずに、佐藤姓を名乗り続けるための用紙。
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