【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海

文字の大きさ
40 / 123

不倫相手からの電話は、良い話じゃない

しおりを挟む
 夫婦として長年連れ添うと、お互いが居るのは当たり前のように感じる。

   その当たり前の日常は、相手を思いやる気持ちを積み重ねて出来ている。
   思いやる気持ちは、押し付けるものではなく、自然にあるもの。
   自然にあるがゆえに、当たり前の日常が特別なものと思わずに、それを享受して慣れてゆく。

   慣れは油断に繋がり、油断は隙に。
 僅かに出来た隙に付け込まれ、当たり前の日常を手放す事になる。


   自宅に戻った政志は、リビングのソファーに深く腰掛け、背もたれに身を預けた。天井を仰ぎ、瞼を閉じる。

   離れていた僅かの間に、見違える程綺麗になった沙羅。その沙羅の白い首筋に残る赤い所有痕に、ジリジリと焼かれるような思いだ。  

   金沢で何があったのか。誰と会っていたのか。
   自らの不倫で離婚してしまった今、それを聞く事さえ出来ない。
    
   浮ついた気持ちの代償は、どんなに後悔してもしきれない程、あまりにも大きなものだった。

   政志は「はぁー」と大きなため息をつく。

 思考をかき消すように、サイドボードの上にある固定電話がうるさく鳴り出した。

 のっそりと起き上がり、イライラしながら受話器を取る。
   
「はい、佐藤です」

 少しの沈黙の後、聞き覚えのある声が聞こえて来る。

「……政志さん?」

「片桐……」

「ヤダ、いつもみたいに綾香って呼んで。あっ、もしかして、奥様がそばに居るの?」

   先日、別れ話しをしたのに片桐はそれをつっぱね、悪びれる様子も無く以前のように甘ったれた声で話し掛けてくる。

「家に電話をかけてくるな。それに先日話した通り、お前とは終わりにする」

「あら、そんな簡単に終われると思っているの? わたしのお腹には、政志さんの赤ちゃんがいるのよ」

 グッと言葉に詰まる。けれど、片桐との問題を片付けないと沙羅との再構築も望めない。

「その件は、弁護士を入れて話し合おう」

「そうね。先日奥様にお会いした時に離婚を考えているって言ってたもの。離婚が成立すれば、心置きなく政志さんと結婚できるもんね」

 別れ話を切り出してしている相手と、どうして結婚が出来ると思えるのか。片桐の自分勝手な思考に政志は辟易する。

「ねえ、子供って可愛いわよねぇ。政志さんは娘さんの事はやっぱり可愛いって思う?」

 ねっとりと脅しとも受け取れる言葉を吐いた後、片桐はフフフッと笑う。
 ゾクリと背筋に冷たい汗が流れ、政志は受話器を強く握りしめた。

「お前……。娘に何かするなら、ゆるさないからな!」
 
 思わず声を荒げる政志の怒号も意に介さず、片桐はクスクス笑い甘えた声でしゃべりだす。

「やだこわーい。そうよね、子供はやっぱり可愛いわよね。わたしのお腹の子供もきっと可愛いわよ。だ・か・ら・おろせだなんて言わないで、結婚してふたりで育てましょうね」

「……遊びでいいと、迷惑はかけないと言っていたじゃないか」

 言ったところでしょうがないと思いつつ、言葉が口をつく。
 最初に片桐に言われた「遊びでいいの……好きなんです。迷惑をかけないからお願い」という誘いにまんまと乗った自分を恨めしく思う。

「あら、女心と秋の空ってことわざもあるじゃない」

 話しが堂々巡りで埒が明かない。
 政志は、ため息交じりに片桐へ告げる。

「じゃあ、お腹の子供が俺の子だと言い張るならDNA鑑定を受けてもらう」

「何? 政志さんったら、わたしの事を疑っているの?」

「この先の一生を左右する事に慎重になるのは当然だ」

「……また、連絡するわ」

 返事を待たずに、通話が途切れた。
「おいっ!」と言っても、受話器からはツーツーツーと無機質な電子音が聞こえるだけだ。

「弁護士を頼むしかないか……」

 男女の別れ話で弁護士を入れるのは、大げさと思い二の足を踏んでいたが、弁護士に頼むのもいいのかもしれない。
 なにより、美幸の安全を考えたなら早めに動くしかないだろう。
  

 政志は、焦る気持ちを押さえつつ、スマホに入っている名刺アプリを立ち上げ、スクロールしていく。

   弁護士の知り合いなんて、仕事関係でしか心当たりがない。
   今回のような男女の痴情のもつれを仕事関係の弁護士に話すのは、ためらわれる。
   しかし、強迫とも取れるあやしい言動をする片桐を相手に、自分のプライドや出世欲などはかなぐり捨て、家族の安全を最優先に考えないと太刀打ち出来ないはずだ。

   自分にとって沙羅と美幸は、かけがえのない家族だ。
   失ってから気づいても遅いのかも知れない。でも、せめて自分の過ちのせいで家族が傷付くような事だけは、何としても避けたい。

   政志は、祈るような気持ちでスマホに呼び出した電話番号をタップした。
 プルルプルルと呼び出し音が聞こえて、留守番電話に切り替わる。
 苦々しい気持ちで壁にあるカレンダーを見れば、お盆休み中だったのを思い出した。

「お世話になっております。HANA HOMEの佐藤と申します。私事でありますが、先生にご相談したい事がございまして、お忙しいとは思いますがお時間をいただけますでしょうか。連絡先は090xxxxxxです。宜しくお願い致します」

 要件を伝え終えるとドッと力が抜け、ソファーに身を預けた。
 
「身から出た錆か……」 


 

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

極上御曹司と甘い一夜を過ごしたら、可愛い王子ごと溺愛されています

羽村 美海
恋愛
旧題:甘い一夜からの一途な再会愛〜御曹司はショコラティエールを可愛い王子ごとチョコよりも甘く溺愛する〜 .。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚ エタニティブックス様にて刊行していただきました。お読みいただいた皆さんのおかげです。ありがとうございます🌸🌷.* 翔視点の番外編「可愛い王子様の休日」公開中です。 .。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚ 二十二歳のショコラティエール・彩芽は自分に自信が持てず、恋愛未経験な奥手女子。ところがある日、かつて最悪な出会いをした王子様のようなイケメン・駿との再会から、甘い一夜を共にする。これは一夜限りの魔法――そう自分に言い聞かせていたのに、駿への想いを諦めた矢先、彼の子どもを授かったことに気づく。三年後、シングルマザーとなった彩芽は彼への想いを封印し、子育てと仕事に忙しくも充実した日々を送っていた。ところが再び目の前に現れた駿から熱烈求愛されて……!? 恋を知らない奥手女子と一途な御曹司の運命の再会ロマンス! .。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

楓乃めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

処理中です...