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10年ひと昔
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◇ ◇
部屋に残った健一は、革のソファーの背に凭れた。疲れたように息を吐き出しながら、天井を仰ぎ、皺が刻まれた眉間に手を当てる。
「時代が変わった……か」
健一が結婚した頃は、昭和のバブル景気で沸き立っていた。その景気の波に乗り事業拡大を進めるため、毎日、朝から晩まで仕事をするのが当たり前の時代だった。
景気が良いとはいえ、健一が引き継ぐのは地方の旅館。その旅館を維持するだけでも大変な作業だ。
今のようにネット予約などない時代、旅行の予約といえば、旅行情報誌に掲載されるか、地元の観光協会で紹介してもらうか、それと旅行会社からの予約だ。
毎日がむしゃらに走り回り、各所に頭を下げ、オススメのお宿に取り上げてもらおうと努力したものだ。
そんな、健一の結婚相手に両親が選んだのは、呉服屋の娘だった聡子だ。
花嫁修業と言われるお茶やお花の免状を持ち、もちろん着付けも完璧で、凛とした佇まいは老舗旅館の女将としての資質を備えていた。
ただ、聡子とのお見合いが決まった時、健一には、長年の恋人・一之瀬咲子があった。聡子と違い、おっとりとした咲子は、男として守ってあげたいタイプだ。
老舗旅館を支えるために、どちらが良いのかは、誰に聞かずとも明白だ。
泣く泣く咲子と別れ、聡子と夫婦に。
聡子と結婚してからというものの、時代の後押しもあったが、事業は急成長を見せ、全国各地にTAKARAホテルを展開させた。
長男の慶太も生まれ、傍目には順風満帆の人生。
それを思えば、両親の見立ては間違いなかった。
だが、いつも心に隙間風が吹いているような寂しさを抱え、手放してしまった女性を思い出していた。
そして、咲子との再会し、ズルズルと関係を続け、ふたつの家庭を持ってしまった。
不倫は文化とか、不倫は男の甲斐性などと、男の浮気が容認された時代。
10年ひと昔と言うなら、30年以上も前の健一の行いは、過去の遺物もしくは悪習。
今なら、倫理感が無いとか、道徳観念がどうとか、騒がれるだろう。
「さて、どうしたものか……」
健一の思考をさえぎるように、コンコンとノック音がした。
入って来たのは、秘書の中山だ。
「会長、お茶をお持ち致しました」
「ああ、ちょうど良い所に来てくれた」
健一が何かを思いついたように片眉を上げる。
「悪いが慶太の身辺調査をしてくれないか?」
「社長の身辺調査ですか?」
「ああ、早めに頼む」
そう言って、健一は、満足気に口角を上げた。
部屋に残った健一は、革のソファーの背に凭れた。疲れたように息を吐き出しながら、天井を仰ぎ、皺が刻まれた眉間に手を当てる。
「時代が変わった……か」
健一が結婚した頃は、昭和のバブル景気で沸き立っていた。その景気の波に乗り事業拡大を進めるため、毎日、朝から晩まで仕事をするのが当たり前の時代だった。
景気が良いとはいえ、健一が引き継ぐのは地方の旅館。その旅館を維持するだけでも大変な作業だ。
今のようにネット予約などない時代、旅行の予約といえば、旅行情報誌に掲載されるか、地元の観光協会で紹介してもらうか、それと旅行会社からの予約だ。
毎日がむしゃらに走り回り、各所に頭を下げ、オススメのお宿に取り上げてもらおうと努力したものだ。
そんな、健一の結婚相手に両親が選んだのは、呉服屋の娘だった聡子だ。
花嫁修業と言われるお茶やお花の免状を持ち、もちろん着付けも完璧で、凛とした佇まいは老舗旅館の女将としての資質を備えていた。
ただ、聡子とのお見合いが決まった時、健一には、長年の恋人・一之瀬咲子があった。聡子と違い、おっとりとした咲子は、男として守ってあげたいタイプだ。
老舗旅館を支えるために、どちらが良いのかは、誰に聞かずとも明白だ。
泣く泣く咲子と別れ、聡子と夫婦に。
聡子と結婚してからというものの、時代の後押しもあったが、事業は急成長を見せ、全国各地にTAKARAホテルを展開させた。
長男の慶太も生まれ、傍目には順風満帆の人生。
それを思えば、両親の見立ては間違いなかった。
だが、いつも心に隙間風が吹いているような寂しさを抱え、手放してしまった女性を思い出していた。
そして、咲子との再会し、ズルズルと関係を続け、ふたつの家庭を持ってしまった。
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10年ひと昔と言うなら、30年以上も前の健一の行いは、過去の遺物もしくは悪習。
今なら、倫理感が無いとか、道徳観念がどうとか、騒がれるだろう。
「さて、どうしたものか……」
健一の思考をさえぎるように、コンコンとノック音がした。
入って来たのは、秘書の中山だ。
「会長、お茶をお持ち致しました」
「ああ、ちょうど良い所に来てくれた」
健一が何かを思いついたように片眉を上げる。
「悪いが慶太の身辺調査をしてくれないか?」
「社長の身辺調査ですか?」
「ああ、早めに頼む」
そう言って、健一は、満足気に口角を上げた。
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