79 / 123
10年ひと昔
しおりを挟む
◇ ◇
部屋に残った健一は、革のソファーの背に凭れた。疲れたように息を吐き出しながら、天井を仰ぎ、皺が刻まれた眉間に手を当てる。
「時代が変わった……か」
健一が結婚した頃は、昭和のバブル景気で沸き立っていた。その景気の波に乗り事業拡大を進めるため、毎日、朝から晩まで仕事をするのが当たり前の時代だった。
景気が良いとはいえ、健一が引き継ぐのは地方の旅館。その旅館を維持するだけでも大変な作業だ。
今のようにネット予約などない時代、旅行の予約といえば、旅行情報誌に掲載されるか、地元の観光協会で紹介してもらうか、それと旅行会社からの予約だ。
毎日がむしゃらに走り回り、各所に頭を下げ、オススメのお宿に取り上げてもらおうと努力したものだ。
そんな、健一の結婚相手に両親が選んだのは、呉服屋の娘だった聡子だ。
花嫁修業と言われるお茶やお花の免状を持ち、もちろん着付けも完璧で、凛とした佇まいは老舗旅館の女将としての資質を備えていた。
ただ、聡子とのお見合いが決まった時、健一には、長年の恋人・一之瀬咲子があった。聡子と違い、おっとりとした咲子は、男として守ってあげたいタイプだ。
老舗旅館を支えるために、どちらが良いのかは、誰に聞かずとも明白だ。
泣く泣く咲子と別れ、聡子と夫婦に。
聡子と結婚してからというものの、時代の後押しもあったが、事業は急成長を見せ、全国各地にTAKARAホテルを展開させた。
長男の慶太も生まれ、傍目には順風満帆の人生。
それを思えば、両親の見立ては間違いなかった。
だが、いつも心に隙間風が吹いているような寂しさを抱え、手放してしまった女性を思い出していた。
そして、咲子との再会し、ズルズルと関係を続け、ふたつの家庭を持ってしまった。
不倫は文化とか、不倫は男の甲斐性などと、男の浮気が容認された時代。
10年ひと昔と言うなら、30年以上も前の健一の行いは、過去の遺物もしくは悪習。
今なら、倫理感が無いとか、道徳観念がどうとか、騒がれるだろう。
「さて、どうしたものか……」
健一の思考をさえぎるように、コンコンとノック音がした。
入って来たのは、秘書の中山だ。
「会長、お茶をお持ち致しました」
「ああ、ちょうど良い所に来てくれた」
健一が何かを思いついたように片眉を上げる。
「悪いが慶太の身辺調査をしてくれないか?」
「社長の身辺調査ですか?」
「ああ、早めに頼む」
そう言って、健一は、満足気に口角を上げた。
部屋に残った健一は、革のソファーの背に凭れた。疲れたように息を吐き出しながら、天井を仰ぎ、皺が刻まれた眉間に手を当てる。
「時代が変わった……か」
健一が結婚した頃は、昭和のバブル景気で沸き立っていた。その景気の波に乗り事業拡大を進めるため、毎日、朝から晩まで仕事をするのが当たり前の時代だった。
景気が良いとはいえ、健一が引き継ぐのは地方の旅館。その旅館を維持するだけでも大変な作業だ。
今のようにネット予約などない時代、旅行の予約といえば、旅行情報誌に掲載されるか、地元の観光協会で紹介してもらうか、それと旅行会社からの予約だ。
毎日がむしゃらに走り回り、各所に頭を下げ、オススメのお宿に取り上げてもらおうと努力したものだ。
そんな、健一の結婚相手に両親が選んだのは、呉服屋の娘だった聡子だ。
花嫁修業と言われるお茶やお花の免状を持ち、もちろん着付けも完璧で、凛とした佇まいは老舗旅館の女将としての資質を備えていた。
ただ、聡子とのお見合いが決まった時、健一には、長年の恋人・一之瀬咲子があった。聡子と違い、おっとりとした咲子は、男として守ってあげたいタイプだ。
老舗旅館を支えるために、どちらが良いのかは、誰に聞かずとも明白だ。
泣く泣く咲子と別れ、聡子と夫婦に。
聡子と結婚してからというものの、時代の後押しもあったが、事業は急成長を見せ、全国各地にTAKARAホテルを展開させた。
長男の慶太も生まれ、傍目には順風満帆の人生。
それを思えば、両親の見立ては間違いなかった。
だが、いつも心に隙間風が吹いているような寂しさを抱え、手放してしまった女性を思い出していた。
そして、咲子との再会し、ズルズルと関係を続け、ふたつの家庭を持ってしまった。
不倫は文化とか、不倫は男の甲斐性などと、男の浮気が容認された時代。
10年ひと昔と言うなら、30年以上も前の健一の行いは、過去の遺物もしくは悪習。
今なら、倫理感が無いとか、道徳観念がどうとか、騒がれるだろう。
「さて、どうしたものか……」
健一の思考をさえぎるように、コンコンとノック音がした。
入って来たのは、秘書の中山だ。
「会長、お茶をお持ち致しました」
「ああ、ちょうど良い所に来てくれた」
健一が何かを思いついたように片眉を上げる。
「悪いが慶太の身辺調査をしてくれないか?」
「社長の身辺調査ですか?」
「ああ、早めに頼む」
そう言って、健一は、満足気に口角を上げた。
0
あなたにおすすめの小説
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
雨音。―私を避けていた義弟が突然、部屋にやってきました―
入海月子
恋愛
雨で引きこもっていた瑞希の部屋に、突然、義弟の伶がやってきた。
伶のことが好きだった瑞希だが、高校のときから彼に避けられるようになって、それがつらくて家を出たのに、今になって、なぜ?
アラフォー×バツ1×IT社長と週末婚
日下奈緒
恋愛
仕事の契約を打ち切られ、年末をあと1か月残して就職活動に入ったつむぎ。ある日街で車に轢かれそうになるところを助けて貰ったのだが、突然週末婚を持ち出され……
御曹司の極上愛〜偶然と必然の出逢い〜
せいとも
恋愛
国内外に幅広く事業展開する城之内グループ。
取締役社長
城之内 仁 (30)
じょうのうち じん
通称 JJ様
容姿端麗、冷静沈着、
JJ様の笑顔は氷の微笑と恐れられる。
×
城之内グループ子会社
城之内不動産 秘書課勤務
月野 真琴 (27)
つきの まこと
一年前
父親が病気で急死、若くして社長に就任した仁。
同じ日に事故で両親を亡くした真琴。
一年後__
ふたりの運命の歯車が動き出す。
表紙イラストは、イラストAC様よりお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる