誰からも愛される聖獣に転生したのに、推しにだけ嫌われています

羽里うめこ

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与えられた邸

「さあ、お邸へご案内いたしましょう。こちらです」

 上機嫌のダレンに促されるまま、彼について聖堂を出た。聖堂はゲームの中にも出てくる建物だが、何度も見たスチルとは細部が微妙に違う。ダレンルートで召喚されてくるヴォルフという聖獣も、どうやらすでにマグナルクにいるようだ。

(ラノベであるみたいな、ゲームの世界に転生――ってやつかと思ったけど、そうでもないっぽい。同じようで、少しずつ違う。パラレルワールドとか、そういうかんじなのかな……)

 やはりまだ頭がふわふわしていて、現実味もいまいちないし、うまく考えがまとまらない。
 石造りの柱がたくさん並んだ、人気のない広い廊下をどんどん進んで、いろんな扉をくぐるたびに、人の気配が増えていった。それに比例して、

「人間?」
「人間だ」
「どうして王城に?」
「アデル殿下に見つかったら八つ裂きにされちまうぜ」

 あちらこちらから、ひそひそとした声が聞こえるし、ものすごく視線を感じる。

(やっぱりこういう感じだよなあ~)

 薄々そんな予感はしていたが、リトは改めて訊いてみることにした。

「あ、あの、お城の中って、人間はいないんですか」
「ええ、残念ながら。王城で働く使用人たちの人事権の一切はアデル殿下が掌握していますから、ここにいるのはすべて魔族と、賓客の天族だけです」
「なるほど……」
「いまは多少居心地が悪いかもしれませんが、皆もじきに慣れるでしょう」

 ゲームの中でも、魔族は基本的には人間に対して無関心だと書かれていた。少しだけほっとしたリトは、自分が本当にどういう目で見られているのか、よくわかっていなかった。

「それにしても、透けるようにみずみずしい白い肌をしていたな」
「ほそい首だ、見たか? 片手で掴めてしまいそうだぜ」
「いったいどなたの稚児だろう。味見させてもらいたいな」

 魔族は決して、人間に対して無関心なわけではない。魔族だろうが天族だろうがそそられないものには興味がないし、それがとても魅力的なら、人間だろうとなんだろうとなんら気にしないのである。




 聖堂からどこをどう歩いてきたのか定かでないが、ワイルドガーデンというのだろうか、野趣あふれる草花にあふれた気持ちのよい庭園を抜けた先の、豪邸といって差し支えないおおきな邸を前にして、ダレンは「このお邸です」とにこやかに言った。

「こ……ここ?」
「ええ、そうです」
「えっと、他にも住んでるひとが?」
「いませんよ? リトさまのためのお邸ですから」

 ことんと首をかしげて笑い、ダレンは恭しくリトの手を引いて玄関前の階段へ足をかけた。なんだかお姫様にするみたいなことをされている。

「あの、ひとりで住むには大きすぎませんか?」
「聖獣の姿でも過ごして頂きやすいように、全体的におおきな造りになっているんですよ」

 なるほど、と納得しかけたリトだったが、ダレンが玄関扉(これも呆れるほど大きい)を開けた瞬間に目に飛び込んできた光景に、ぽかんと口を開けてしまった。

「おかえりなさいませ」

 天井の高い広々としたエントランスを囲うように、扇形に整列した二十人あまりの使用人らしき魔族たちが、こちらに向かって整然と頭を下げていた。
 ストップウォッチで測ってでもいたように、みな一斉に顔を上げる。そうして自らが仕える主人の姿を認め、ある者ははっと息を呑み、ある者は怪訝そうに眉をひそめた。

「人間?」

 声に出ていなくても、はっきりとそう聞こえてきそうだ。
 聖獣に仕えるはずだったのに、いざやってきたのがちんちくりんの人間だったら、たしかにそういう反応にもなるだろう。

 しかし、そんな彼らの中でただひとり、中央からすこし外れた位置に立つ、淡い若葉色の髪の青年だけは、しずかな表情でリトを見ていた。いわゆる執事服と呼ばれるようなかっちりとした一式を、一分の隙もなく着こなしている。
 澄んだペリドットのような静謐なひとみと目が合うと、彼はささやかにほほ笑みを返してくれた。どこか寂しげなうつくしい笑みにどきりとして、つい目を逸らしてしまう。

「皆さんの主をご紹介しましょう。わたしたちの呼び声に応えてマグナルクへ来てくださった、我らが守護者、リトさまです。諸事情で人間の姿となっていますが、リトさまが聖獣であられることに変わりありません。いいですね?」

 言外に何事か言い含めるようなダレンの言葉に、使用人たちは揃って頭を下げた。

「さて、リトさま。方々への挨拶まわりは明日からにして、今日はひとまずお邸でゆっくりなさってください。お疲れになられたでしょう」

 歩道橋の階段から落ちる瞬間まで感じていた、あの重苦しい疲労感はいつの間にか消え失せていたが、そういえば、ぼんやりとした眠気がある。あんなふうに大泣きしたからだろうか。

「ちょっと、寝たいかも、です」

 いま何時なのだろう。外の明るさ的にはまだ昼だ。だらしないって思われるかな、とネガティブな不安が胸をよぎったが、ダレンは「お部屋に行きましょう」とあまい声でささやいてやさしく肩を抱いてくれた。童貞が勘違いしてしまうからやめてほしい。

 先程ほほ笑みを返してくれたうつくしい青年が先に立って、絨毯敷きの階段を登り、吹き抜けになっている二階の廊下を奥へと進んで、突き当たりにある繊細な彫刻の施された扉を押し開いた。

「リト様の寝室でございます」

 青年が言う。高くも低くもない、心地いいベッドの中で夢うつつに聞く衣擦れみたいな、しずかでちょっとセクシーな声だ。
 案の定寝室もむだに広くて、ベッドも冗談みたいな大きさだった。見るからに高級そうな、品のいい調度品が揃えられている。まるで高級ホテルの一室のようだ。

(別世界すぎて現実味がない)

 リトはふらふらとベッドに歩み寄り、大きすぎるそれの端っこのほうにぼすんと腰を下ろした。マットレスがやわらかく沈む。

「夜にまた様子を見に来ますね」

 ダレンがしとやかに屈み込んで、すでにぼんやりとしているリトのこめかみのあたりに軽くくちびるを押し当てた。

(うわっ、びっくりした。おやすみのキスってやつ……?)

 こういった触れ合いにはまるで慣れていないので、あたふたしてしまう。そんなリトを愛おしげに見下ろして、ダレンはそのたおやかな指でそっとリトの横髪を梳いた。地肌をあまく掻かれて、うなじがぞくぞくする。

「おやすみなさい、リトさま」
「お、おやすみ、なさい……」

 ダレンが出て行ったあと、青年が用意してくれた夜着――肌触りのいい綿の、シャツワンピースのような生成りの衣服に着替えて、リトは広すぎるベッドの端っこのほうにもぞもぞと横になった。
 マットレスはほどよい固さで、羽毛の掛布はかるくてあたたかい。寝心地はいいが、居心地はあまりよくなかった。

 考えなければいけないことは山程あるのに、思考も気持ちも事態に追いつかない。さらりとしたリネンに素足をすべらせて目を閉じると、あっという間に意識が遠のいていった。



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