誰からも愛される聖獣に転生したのに、推しにだけ嫌われています

羽里うめこ

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ファーストキス

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「『はじめて』は大切なひとに捧げるものだと言うなら、俺は、あなたに捧げたいです」

 真摯な眼差しをした美貌の騎士が、リトを壁ドンしながらそんなことを言ってくる。

(どうしよう)

 リトは茫然とレヴィを見上げて、回らない頭でどうにか打開策を考えようとした。

「リト様……」

 レヴィはほとんど泣きだしそうな顔でひとみを揺らめかせ、リトを見つめている。

(うぅ……)

 馬車の中で泣き落とされたときのことを思い出し、リトはぐっと腹に力を入れた。今度こそ負けない。主らしい毅然とした態度で要求を跳ね除けてみせる。

「剣以外でも、あなたのお役に立ちたいのです。リト様、どうか……」

 空色のひとみから涙の雫が落ちて、とうとうその頬を濡らした。
 相変わらず絵画かのようなうつくしいその泣き顔に、リトは結局「わかった」とうなずいてしまったのだった。




 大きな窓から差し込んでくる傾いた西日の光で、学習室の中はほの暗い橙色をしていた。
 ところどころ剣だこのあるレヴィの手のひらが、そっとリトの頬へ添えられた。リトは胸に抱えたままの本を両腕で抱きしめて、きゅっと目を閉じた。

 レヴィが身を屈める気配がして、唇にやわらかな感触が触れた。

(あ……レヴィの、ファーストキス……)

 リトが奪ってしまった。誰からも愛される騎士の、はじめてのキスを。

 ただ触れただけのキスに、うるさいほど心臓が暴れている。
 いちど離れたそれが、またすぐに重なった。リトはそっと唇を開いて、レヴィを促すようにやさしく啄み返した。

(これは、マナの供給だから、キスだけじゃだめ、だから……)

 そう自分に言い聞かせながら、レヴィの唇のあわいへ舌先を差し込む。触れ合っているレヴィの唇が、驚いた様子で緊張するのがわかった。

(自分でえっちなキスおねだりするの、恥ずかしい……っ)

 ダレンもノアも、フェリックスもハロルドも、普段リトにマナの供給をしてくれている者たちはみな、色事に慣れた様子でリトをリードしてくれる。しかし、レヴィはそうではない。そもそもこれがファーストキスなのだ。

(レヴィにとっては、はじめてのキスなのに……大丈夫かな、気持ち悪くないかな……)

 万が一トラウマにでもなったら、あまりにも申し訳なさすぎる。恐る恐る差し入れた舌を動かしてみると、レヴィの歯列がゆるく開いて、彼の舌先が触れた。

「ん……っ」

 お互い、探り合うように舌先を絡めた。ぬるぬるとしてあたたかい粘膜同士が触れ合う。レヴィがふと唇を離して、はあ、と息を継いだ。

「リト様の舌……ちいさくて、やわらかい……」
「ぁ、ん……っ」

 かすれたささやき声のあと、両手で頬を挟まれたと思ったら、深く唇が重なった。

(あ、うそ……っ、きもちい……っ♡)

 勘がいいのか、リトの様子をよく観察しているのか、そのどちらもかもしれないが、レヴィの舌先は探り当てたリトの感じるところをやさしく丁寧に愛撫してくれた。

「ん、んぅ……っ♡ ん、っ♡」
「ふ……っ、ん、ん」

 水音に混じるレヴィの甘い吐息が色っぽくて、頭がくらくらしてくる。こちらからリードしてあげなければ、と思っていたのに、いつの間にかレヴィにされるがまま、からだをふるわせて感じてしまっていた。

「ん……っ♡ ん、……っ、♡」

 込み上げてきたあわい絶頂に背が反って、寄りかかっている本棚がガタガタと音を立てた。胸に本を抱えていてよかった、と思う。そうでなかったら、レヴィの背に両腕を回してはしたなく縋りついていたかもしれない。

「っは、ぁ、♡ はあ……♡」

 レヴィの唇が、ゆっくりと離れていく。甘くイってしまった余韻にふるえながら目を開けると、熱を孕んだ空色がじっとリトを見下ろしていた。いつだって清廉な百合のような彼の、その濡れた唇が、妙に艶めかしい。

「やっと、あなたのお役に立てた……」

 うれしいです、と幸福そうにほほ笑んだ己の護衛騎士に、リトはちいさな声で礼を言うことしかできなかった。



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