誰からも愛される聖獣に転生したのに、推しにだけ嫌われています

羽里うめこ

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歪な恋心

 さすがにヤリチンは言い過ぎたと思ったので、すぐに謝った。

「僕のこと、嫌いになっちゃった?」

 かなしげに視線を伏せるメリルの手を握って、リトは首を横に振った。

「ううん……びっくりしただけ」

 それに、リトだってセックスしていないだけで、恋人でもないたくさんのひととキスをしたり、えっちなことをしている。幻滅されてもおかしくないのに、まだ仲良くしてくれるかずきお兄ちゃんはいいひとだ。

「僕、高校が進学校だったでしょ? ほんとにずっと勉強ばっかりしてたから、大学入ったらその反動がきちゃって……自分で言うのもなんだけど、わりとモテてたし」
「かずきお兄ちゃん、イケメンだったもんね」
「でも、アンファンにハマって同人誌出すようになってからはそっちのほうが楽しくて、東京いるときはずっと付き合ってるひとはいなかったよ」
「そうなんだ」

(おれ、かずきお兄ちゃんのこと、ほんとになんにも知らなかったんだな)

 高校生だった頃のかずきお兄ちゃんのことは、正直覚えていない。凛斗も小さかったし、かずきお兄ちゃんも勉強で忙しくて、きっと隣の家の幼児のことなんか気にしている暇はなかったのだと思う。
 大学でわりとモテていたことも、恋愛対象が男性であることも、えっちな漫画を描いていたことも知らなかった。

 メリルとダレンが帰ったあと、リトは部屋でぼんやりしてしまった。

(かずきお兄ちゃんを好きになったきっかけって、なんだったんだろ)

 物心がついたときには、凛斗はもうお隣のお兄ちゃんのことが好きだった。やさしくてかっこよくて、絵を描くのがとても上手だった年上の幼なじみ。幼い凛斗にとっては、怒ったり叱ったりしない、ただ自分を甘やかしてくれるだけの大人という存在は、それだけで充分魅力的だったのかもしれない。

(アデルのことだって、おれはほんとはなんにも知らない)

 ソファにころんと横になって、クッションを抱きしめる。
 ゲームの中のアデルのことは、よく知っている。どのタイミングでどこに現れるか、どの選択肢を選べばイベントが見られるのか、どんな立ち絵で、どんな台詞を口にするのか。

 例えば、『マグナルク』をプレイしていなかった状態でここへ召喚されてきて、アデルと初めて会っていたら、

(ふつうに嫌いになってただろうな)

 どう考えても、最低最悪の初対面すぎる。そう思うとなんだかおかしくて、リトはつい笑ってしまった。

(でも、知りたいって思ったかもしれない。アデルのこと、もっとよく知りたい、って)

 きっと、それが正しい出会い方だったのだ。
 前世から手放せずにいるこの恋心がいびつな形をしていることを、リトはもうずっとまえから、ちゃんと気づいていた。




 次の金曜日、リトはいつものように聖殿からの帰り道に温室へ寄った。
 ダレンは先日植えた新種の薬草が気になるらしく、管理人と共に畑にいる。

「昨日ね、ノアとクッキー作ったんだ」

 硝子瓶に入れて持ってきたそれを手提げから取り出すと、ヴィンセントはなぜか両手で顔を覆って丸テーブルに突っ伏した。

「なに?!」
「ごめん、あまりにかわいいエピソードすぎてつらくなった」
「そんなに……?」

 よくわからないが、瓶を置いてヴィンセントの隣の椅子に腰かける。よろよろと身を起こしたヴィンセントが、丸テーブルの上のティーポットと茶葉を引き寄せた。薬草園で働いているひとたちもここを休憩所にしているので、茶器や湯を沸かす魔導具まで一式揃っている。

 クッキー作りは単なる暇つぶしだったが、工作しているみたいでたのしかった。たくさん焼いたので使用人の皆にもあげて、さっきヴォルフとダレンにもあげた。レヴィは型抜きを手伝ってくれたりもしたので、いちばん最初にあげた。うれしそうだった。

「いいなあ、かわいいご主人様とクッキー作りとか俺もしてみたい」
「してみたらいいのに」
「あいつがかわいかったのは精通するまでだよ」

 まあ確かに、フェリックスがクッキーを作るところはあまり想像できない。そもそも厨房に足を踏み入れたことなどなさそうだ。
 ヴィンセントが慣れた様子でティーポットに湯を注ぎ、コゼーをかぶせる。丸テーブルの上に頬杖をついたリトは、砂時計をひっくり返すその指先をぼんやりと眺めながら口を開いた。

「ね。ヴィンセントは、恋人いたことある?」
「なに、急に」
「なんとなく……」

 ここのところリアルな恋愛というやつの渦中にいるから、友達と恋バナをしてみたくなったのだ。

「まあ、ふつうにいたよ、昔は」
「そだよね」

 ヴィンセントは魅力的な青年だし、魔界にいるいまだって恋人がいないだけで、情人は複数いることを知っている。
 リトが瓶の蓋を開けて差し出すと、ヴィンセントは星の形のクッキーを一枚つまんで口に運んだ。

「おいし」
「ほんと? よかった」

 ノア監修なので、味は保証されている。ヴィンセントは咀嚼したクッキーを飲み込んで、砂時計へ視線を向けた。

「いちばん最後に付き合ってたひととは結婚の約束もしてたんだけど、俺んちがお取り潰しになって、だめになっちゃった」
「え?!」
「俺の父親、天界の地方都市を任されてる子爵だったの。でも税金ちょろまかしてたのが上にバレて、即刻廃爵、一家離散。
 婚約してた相手も貴族で、向こうのほうが家格が上だったしね。愛人ならともかく、没落貴族の、しかも犯罪者の身内とつがうわけにはいかなかったんだ」
「そんな……だって、ヴィンセントが悪いことしたわけじゃないじゃん!」
「それはそうなんだけど。でもまあ、結果的に俺と別れて正解だったんだよ。そいつ、宮廷で文官やってるときに皇帝陛下に見初められてさ。
 十六番目の皇子を産んで、いまは後宮で幸せに暮らしてるよ」
「え……十六番目の皇子って」

 リトははたと気が付いた。
 ヴィンセントの主であるフェリックス・エスター・ロクアニスは、天界の十六番目の皇子だ。

「フェリックスの母親……エスターが後宮入りしたとき、俺は皇都の商家で下働きしてたんだけど、どっから聞き付けたのか、いきなり宮殿から使者が来てさ。俺を捨てた罪滅ぼしなのかわかんないけど、産まれてくる子の侍従は俺がいいってエスターが言ってきかなかったの。で、上級使用人になるために堕天の館に放り込まれて、いまに至る。
 人生ってなにがあるかわかんないよね」

 砂時計の砂が落ちきるのを待って、フェリックスがコゼーを持ち上げた。カップに紅茶を注ぎ、リトの前へ置いてくれる。

「ありがと……」

 軽い気持ちで聞いた恋バナが思いのほか複雑な話で、リトはなんともいえない気持ちになってしまった。

「え、ごめん、こんなシリアスな空気になると思わなかった。ぜんぜん大丈夫だよ、エスターともべつにどろどろとかしてないし。別れたのだってすっごい昔だから」
「で、でもさあ~……」
「フェリックスも知ってるから、ヤッてるときわざと母親の話してきてムカつくんだよね」

 フェリックスの悪趣味なプレイはともかく、リトはどこかモヤモヤとした気持ちで紅茶に口をつけた。おいしい。ノアといっしょで、フェリックスもお茶を淹れるのが上手だ。

「フェリックスのお母さんのこと、結婚したいくらい好きだったんでしょ?」
「まあね」
「それなのに、そのひとが他のひとと作った赤ちゃんのお世話するの、つらくなかったの? おれだったら、ふつうにやだ……」

 リトがうつむくと、ヴィンセントはふっと笑って、リトの肩に片腕を回して抱きしめた。

「好きだったひとの赤ちゃんだから、うれしかったし、かわいかったよ。大事にして、守ってあげようって思った」
「あ……」

 リトははっとして顔を上げた。ヴィンセントはやさしい顔でほほ笑んでいる。
 リトにはわからないけれど、そういう形の愛もあるのだ。

「ごめん、おれ、なんにも知らないのに失礼なこと言って……」
「んーん。俺だって、いきなり後宮に呼び付けられたときは『は?』って思ったしね。守ってあげたい♡とか思ってられたのも、あいつが精通するまでだし」

(精通でいったいなにが……)

 ものすごく気にはなったが、あまり突っ込んで聞くような話でもない。
 リトはつまんだクッキーをひとくちかじって、ぽつんと言った。

「おれ、いままで誰とも付き合ったりしたことなくて」
「うん?」
「ひとを好きになったことはあるけど、なんていうか……ひとりよがりなんだ、ずっと」

 かずきお兄ちゃんのこともそうだし、アデルのこともそうだ。二次元のキャラクターと両想いになれるわけなんかなくて、でもそれで構わなかった。凛斗は、頭の中のアデルと恋愛ごっこをしているだけで充分だったから。

「恋愛なんて、誰だってひとりよがりなもんだと思うけど」

 ヴィンセントは大人びた顔をして言った。実際二百も年上なのだから、ヴィンセントはリトよりもずっとずっと大人だ。

「好きなひと、いるんだ?」

 ヴィンセントがしずかに訊いてくる。

「……いる、けど、もう失恋してる」
「えっ、リト様振るやつなんかいんの?!」
「いるよお」

 本気で驚いた様子のヴィンセントに、リトは思わず笑ってしまった。実際は振る以前の問題だし、失うだけの恋を育めてもいなかった。
 それでも、

(アデルのこと、まだ好きでいても、いいよね)

 いつか、この恋のいびつさを思い知らされる日がくるとしても――いまは、まだ。



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