妹を殺された兄が、偽りの聖女候補になって王弟に溺愛されるまで~妹を殺した奴らに、ハッピーエンドなど与えない~

桜塚あお華

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第13話 政略の王子

 次に俺が対面したのは、この国の王太子――ユディス=ロレンツォだった。
 玉座の間にほど近い、王太子の私室。
 重厚な扉が開かれた瞬間、書物と古書の匂いが鼻をついた。
 それは、この国の歴史と、権力の変遷が積み重ねられた【匂い】。
 だが、その空気の奥底にあるのは、確かな冷たさだった。
 故郷の砦にはなかった、理性という名の支配――それが、この部屋には満ちていた。
 ユディスは、窓辺の椅子に腰かけ、分厚い本に目を落としていた。姿勢は隙なく整えられ、一分の乱れもない。まるで一枚の完成された肖像画。
 けれど、その完璧さの裏にある【冷えきった心】を、俺は直感していた。
 彼は、クララとの婚約を控えた王太子。
 そして聖女候補という存在を、ただの【政治的道具】として扱う男だ。

「……どうぞおかけください。アリス」

 俺が声をかける前に、彼は視線を本から移し、静かに促した。
 その声は淡々としていて、まるで人間の感情を模した機械のようだった。
 感情の抑制ではない。最初から、感情を必要としていない声。
 それは、人を【個】として扱わない者の声だ。
 俺は彼の向かいに座り、聖女候補としての微笑みを浮かべた。リリスがよく浮かべていた、あの無垢な笑みをなぞるように。

「王太子殿下が、わたくしのような者にご関心をお持ちとは……光栄にございます」

 だがユディスの瞳は、俺の表情にも、言葉にも揺れなかった。彼の視線は目の前の人物を【観察対象】として扱う、それだけの光だ。

「関心ではありませんよ……価値を見極めるために、会話を交わすだけです。あなたがこの国の行く末に影響を与える存在であるならば――その重さを計る必要がある」

 彼は本を閉じ、真正面から俺を見つめた。
 その瞳には、一切の感情がない。
 まるで数字や構造物を見るかのように【アリス】という存在の構成を分析している。

「貴女は、元聖女・リリスの代わりだと聞いています。神殿はそう説明している……ですが、私は懐疑的です」

 ユディスはそう言い、間を置かず続けた。

「彼女が王宮に来る前に死んだという事実。それが偶然ではなく――この国の政治における何らかの調整だった可能性は高いと見ています」

 その言葉に、俺の心が静かに反応する。
 この男は、俺が知りたい【核心】にかなり近いところにいる。
 けれど、それは【情】からではない。ただの計算と構造の中の一点に過ぎない。

「神殿は【神の選定」と語る。だが、それは方便です。私は神を信じない。信じているのは未来を築く力だけです」

 ユディスは言い放ち、わずかに口角を上げた。
 その【笑み】には、何の温度もない。仮面ですらない、構造としての表情だった。
 彼の仮面と、俺の仮面は違う。
 俺は【怒り】と【復讐】を隠すために仮面をつけた。
 だが、彼は【感情】という概念そのものを政治の支配下に置いている。

「……あなたの言葉は、とても冷たい。けれど――それが、この国の【真実】なのでしょうね」

 俺は静かにそう答える。しかし、心の奥底では怒りが微かに軋んでいた。
 この男にとって、リリスの死は失われた命ではない。ただの構造の一部、過去の処理。

「真実など重要ではない。必要なのは正しく設計された未来だけです。アリス様、貴女にはその未来を支える力がある……それだけで過去は――どうでもいいのです」

 ユディスは再び本を開き、視線を戻した。
 それは、この場における俺の価値はすでに測定済みと告げる動作に見える。
 そして、彼にとって、俺との会話はすでに終了している。
 俺は静かに立ち上がり、部屋を後にする。
 ユディスが、リリスの死に【直接】関わっていた証拠は見えなかった。
 だが、彼は――その死を【利用した】のであろう。
 妹の死を、この国の設計図の一部として、合理的に消費したのだ。
 その冷徹な合理性。
 命を数字に変える政治思想。
 それこそが、この国を蝕む【毒】だ。
 だから俺は、この国を支配する者たちの歪んだ価値観を――俺の手で、すべて破壊すると決めた。
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