妹を殺された兄が、偽りの聖女候補になって王弟に溺愛されるまで~妹を殺した奴らに、ハッピーエンドなど与えない~

桜塚あお華

文字の大きさ
18 / 49

第18話 壊れゆく仮面

 天井には星を模した光が揺れ、静かな旋律が舞踏会の空気を染めている。それは、現実から切り離された幻想的な舞台のように見えてしまったのは気のせいだろうか?
 だがこのきらびやかな装飾も、虚栄と醜い欲望を覆い隠すための薄い膜に過ぎない。
 王城の奥――誰もが踏み入れぬ、特別な夜会の会場。
 そこは開催されていたのは仮面舞踏会。表情を隠し、本音を覆うために仮面が許される場所。

 【アリス】としてそこに立っていた。

 絹のような濃藍のドレスは、夜空の色をそのまま閉じ込めたかのように。華奢に整えられた身体には異質なまでに馴染まぬその衣装が、冷たく肌に張りついている。
 胸元には、祝福の紋章を象った銀の刺繍。長く伸ばした銀髪は夜会用に緩く巻かれ、仮面の奥からは琥珀の瞳が覗く。

(……胸が、少しきつい)

 姿形はアリスに似ているのだが、性別は変えられない。少しだけ胸を見せるようにしないといけないと頑張った結果、呼吸が少ししづらい感じになってしまった。
 自分自身に呆れながらも、俺は視線を向ける。
 その視線の先――仮面を纏ったルーカスが立っていた。
 彼の仮面は、黒曜石のように光を吸い込み、表情を完全に隠している。しかしその奥、金の瞳だけが俺を、ただ俺だけを見つめていた。
 その視線は、他の誰とも違う――【聖女】という偶像を崇めるものではなく、その内側――【真実】だけを、剥き出しの刃のように見つめている。
 この仮面舞踏会に来るのは初めてだ。
 そして目の前の男――ルーカスに、招かれた。
 あの男がわざわざ誘ってきたことには、きっと理由がある。俺はその意図を探るため、あえて誘いに乗った。

「来てくれて光栄だよ。アリス」

 その声は軽やかでありながら、どこか芯に熱を含んでいるように感じながら――相変わらず、きな臭い男だ。
 社交辞令ではないのであろうと感じながら、俺は静かに一礼する。

「……招待を断る自由があれば、良かったのですが」

 ヨシュアはそう返しつつも、仮面の下の表情は見せぬまま、差し出された手を取る。触れた瞬間、その手は驚くほど冷たかった。
 だが、決して離れなかった――まるで、鎖をかけるかのように。
 流れるようなワルツが始まり、足元に白い羽根がひとひら舞い落ちる。
 他の仮面たちは舞台装置のように空間を彩るだけの存在で、この空間の中心にいるのは――確かに俺たちだった。

「仮面舞踏会は初めてだろう?」
「ええ、このような舞台は、昔は考えられなかったので……」

 戸惑う素振りを見せながら答えると、ルーカスが囁くように言ってきたのに対し、俺は答えた。

「この国では、仮面の【中身【の方が、むしろ真実に近いものですから」

 俺の言葉に、ルーカスが小さく笑った。その笑い声は、わずかに喉の奥で震えているように感じながら。

「アリス、君は仮面をつけることに慣れているようだ……まるで、それが君の【素顔】であるかのように」

 その言葉に、胸の奥がわずかに軋む。彼は俺がただの【聖女】ではないと初めから気づいていたのだろうか?

「……王弟殿下こそこうした【演出】はお得意なのでは?全てを隠し、ただ真実だけを探る――それは、あなたの生き方そのもののようですわ」

 皮肉を込めて返しても、彼はまるで動じない。

「演出、か……いや、僕はただ、君の本当の【素顔】が見たいだけだよ。この仮面の裏にある、君の本質が」

 囁く声が鼓膜を撫でる。
 その声音には、執着と支配欲がわずかに滲んでいた。
 その瞬間、足の動きに合わせて俺の仮面の片側がふとずれる。

「あっ――」

 思わず手を伸ばそうとしたが、それより早くルーカスがそっと仮面を直した。
 だが――その刹那、彼の金の瞳が俺の琥珀色の目と、その横に残る仄かな火傷の痕を確かにとらえた。

 一瞬、ルーカスの表情が――凍る。

 驚愕でも、困惑でもない。
 それは【確信】――そして、「やはり、そうか」と言いたげな目をしている。
 その視線は、すべてを見抜いた者の静かな輝きを宿していた。

「……君の瞳は、夜より深い」

 仮面を直しながら、ルーカスは柔らかく微笑む。
 先ほどの冷たい表情は、跡形もなく消えていた。
 俺の心臓が、静かに軋む音を立てる。

(――知っていたのか? 最初から、すべて……)

 彼の言葉も、視線も、全てが計算されていたのか。
 俺が気づかぬうちに、彼は俺という存在を、少しずつ――支配しようとしていたのか。
 それでも、踊りは止まらない。
 仮面の奥で互いに真実を探り合いながら、俺たちは静かに、音もなく――踊り続けた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか

あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。 「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」 突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。 すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。 オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……? 最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意! 「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」 さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は? ◆小説家になろう様でも掲載中◆ →短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

魔物が棲む森に捨てられた私を拾ったのは、私を捨てた王子がいる国の騎士様だった件について。

imu
ファンタジー
病院の帰り道、歩くのもやっとな状態の私、花宮 凛羽 21歳。 今にも倒れそうな体に鞭を打ち、家まで15分の道を歩いていた。 あぁ、タクシーにすればよかったと、後悔し始めた時。 「—っ⁉︎」 私の体は、眩い光に包まれた。 次に目覚めた時、そこは、 「どこ…、ここ……。」 何故かずぶ濡れな私と、きらびやかな人達がいる世界でした。

僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

BL
記憶喪失の中目覚めると、知らない騎士の家で寝ていた。だけど騎士は受けを酷く嫌っているらしい。 騎士×???

『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ

よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。   剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。  しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。   それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。 「期待外れだ」 「国の恥晒しめ」   掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。  だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。 『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』  彼だけが気づいた真実。  それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。  これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。 【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。

【完】姉の仇討ちのハズだったのに(改)全7話

325号室の住人
BL
姉が婚約破棄された。 僕は、姉の仇討ちのつもりで姉の元婚約者に会いに行ったのに…… 初出 2021/10/27 2023/12/31 お直し投稿 以前投稿したことのあるBLのお話です。 完結→非公開→公開 のため、以前お気に入り登録していただいた方々がそのままお気に入り登録状態になってしまっております。 紛らわしく、申し訳ありません。 2025/04/22追記↓ ☆本文に記載ありませんが、主人公の姉は婚約破棄された時、主人公の学園卒業時に実家の爵位が国に返上されるよう、手続きをしていた…という設定アリ。