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第18話 壊れゆく仮面
天井には星を模した光が揺れ、静かな旋律が舞踏会の空気を染めている。それは、現実から切り離された幻想的な舞台のように見えてしまったのは気のせいだろうか?
だがこのきらびやかな装飾も、虚栄と醜い欲望を覆い隠すための薄い膜に過ぎない。
王城の奥――誰もが踏み入れぬ、特別な夜会の会場。
そこは開催されていたのは仮面舞踏会。表情を隠し、本音を覆うために仮面が許される場所。
【アリス】としてそこに立っていた。
絹のような濃藍のドレスは、夜空の色をそのまま閉じ込めたかのように。華奢に整えられた身体には異質なまでに馴染まぬその衣装が、冷たく肌に張りついている。
胸元には、祝福の紋章を象った銀の刺繍。長く伸ばした銀髪は夜会用に緩く巻かれ、仮面の奥からは琥珀の瞳が覗く。
(……胸が、少しきつい)
姿形はアリスに似ているのだが、性別は変えられない。少しだけ胸を見せるようにしないといけないと頑張った結果、呼吸が少ししづらい感じになってしまった。
自分自身に呆れながらも、俺は視線を向ける。
その視線の先――仮面を纏ったルーカスが立っていた。
彼の仮面は、黒曜石のように光を吸い込み、表情を完全に隠している。しかしその奥、金の瞳だけが俺を、ただ俺だけを見つめていた。
その視線は、他の誰とも違う――【聖女】という偶像を崇めるものではなく、その内側――【真実】だけを、剥き出しの刃のように見つめている。
この仮面舞踏会に来るのは初めてだ。
そして目の前の男――ルーカスに、招かれた。
あの男がわざわざ誘ってきたことには、きっと理由がある。俺はその意図を探るため、あえて誘いに乗った。
「来てくれて光栄だよ。アリス」
その声は軽やかでありながら、どこか芯に熱を含んでいるように感じながら――相変わらず、きな臭い男だ。
社交辞令ではないのであろうと感じながら、俺は静かに一礼する。
「……招待を断る自由があれば、良かったのですが」
ヨシュアはそう返しつつも、仮面の下の表情は見せぬまま、差し出された手を取る。触れた瞬間、その手は驚くほど冷たかった。
だが、決して離れなかった――まるで、鎖をかけるかのように。
流れるようなワルツが始まり、足元に白い羽根がひとひら舞い落ちる。
他の仮面たちは舞台装置のように空間を彩るだけの存在で、この空間の中心にいるのは――確かに俺たちだった。
「仮面舞踏会は初めてだろう?」
「ええ、このような舞台は、昔は考えられなかったので……」
戸惑う素振りを見せながら答えると、ルーカスが囁くように言ってきたのに対し、俺は答えた。
「この国では、仮面の【中身【の方が、むしろ真実に近いものですから」
俺の言葉に、ルーカスが小さく笑った。その笑い声は、わずかに喉の奥で震えているように感じながら。
「アリス、君は仮面をつけることに慣れているようだ……まるで、それが君の【素顔】であるかのように」
その言葉に、胸の奥がわずかに軋む。彼は俺がただの【聖女】ではないと初めから気づいていたのだろうか?
「……王弟殿下こそこうした【演出】はお得意なのでは?全てを隠し、ただ真実だけを探る――それは、あなたの生き方そのもののようですわ」
皮肉を込めて返しても、彼はまるで動じない。
「演出、か……いや、僕はただ、君の本当の【素顔】が見たいだけだよ。この仮面の裏にある、君の本質が」
囁く声が鼓膜を撫でる。
その声音には、執着と支配欲がわずかに滲んでいた。
その瞬間、足の動きに合わせて俺の仮面の片側がふとずれる。
「あっ――」
思わず手を伸ばそうとしたが、それより早くルーカスがそっと仮面を直した。
だが――その刹那、彼の金の瞳が俺の琥珀色の目と、その横に残る仄かな火傷の痕を確かにとらえた。
一瞬、ルーカスの表情が――凍る。
驚愕でも、困惑でもない。
それは【確信】――そして、「やはり、そうか」と言いたげな目をしている。
その視線は、すべてを見抜いた者の静かな輝きを宿していた。
「……君の瞳は、夜より深い」
仮面を直しながら、ルーカスは柔らかく微笑む。
先ほどの冷たい表情は、跡形もなく消えていた。
俺の心臓が、静かに軋む音を立てる。
(――知っていたのか? 最初から、すべて……)
彼の言葉も、視線も、全てが計算されていたのか。
俺が気づかぬうちに、彼は俺という存在を、少しずつ――支配しようとしていたのか。
それでも、踊りは止まらない。
仮面の奥で互いに真実を探り合いながら、俺たちは静かに、音もなく――踊り続けた。
だがこのきらびやかな装飾も、虚栄と醜い欲望を覆い隠すための薄い膜に過ぎない。
王城の奥――誰もが踏み入れぬ、特別な夜会の会場。
そこは開催されていたのは仮面舞踏会。表情を隠し、本音を覆うために仮面が許される場所。
【アリス】としてそこに立っていた。
絹のような濃藍のドレスは、夜空の色をそのまま閉じ込めたかのように。華奢に整えられた身体には異質なまでに馴染まぬその衣装が、冷たく肌に張りついている。
胸元には、祝福の紋章を象った銀の刺繍。長く伸ばした銀髪は夜会用に緩く巻かれ、仮面の奥からは琥珀の瞳が覗く。
(……胸が、少しきつい)
姿形はアリスに似ているのだが、性別は変えられない。少しだけ胸を見せるようにしないといけないと頑張った結果、呼吸が少ししづらい感じになってしまった。
自分自身に呆れながらも、俺は視線を向ける。
その視線の先――仮面を纏ったルーカスが立っていた。
彼の仮面は、黒曜石のように光を吸い込み、表情を完全に隠している。しかしその奥、金の瞳だけが俺を、ただ俺だけを見つめていた。
その視線は、他の誰とも違う――【聖女】という偶像を崇めるものではなく、その内側――【真実】だけを、剥き出しの刃のように見つめている。
この仮面舞踏会に来るのは初めてだ。
そして目の前の男――ルーカスに、招かれた。
あの男がわざわざ誘ってきたことには、きっと理由がある。俺はその意図を探るため、あえて誘いに乗った。
「来てくれて光栄だよ。アリス」
その声は軽やかでありながら、どこか芯に熱を含んでいるように感じながら――相変わらず、きな臭い男だ。
社交辞令ではないのであろうと感じながら、俺は静かに一礼する。
「……招待を断る自由があれば、良かったのですが」
ヨシュアはそう返しつつも、仮面の下の表情は見せぬまま、差し出された手を取る。触れた瞬間、その手は驚くほど冷たかった。
だが、決して離れなかった――まるで、鎖をかけるかのように。
流れるようなワルツが始まり、足元に白い羽根がひとひら舞い落ちる。
他の仮面たちは舞台装置のように空間を彩るだけの存在で、この空間の中心にいるのは――確かに俺たちだった。
「仮面舞踏会は初めてだろう?」
「ええ、このような舞台は、昔は考えられなかったので……」
戸惑う素振りを見せながら答えると、ルーカスが囁くように言ってきたのに対し、俺は答えた。
「この国では、仮面の【中身【の方が、むしろ真実に近いものですから」
俺の言葉に、ルーカスが小さく笑った。その笑い声は、わずかに喉の奥で震えているように感じながら。
「アリス、君は仮面をつけることに慣れているようだ……まるで、それが君の【素顔】であるかのように」
その言葉に、胸の奥がわずかに軋む。彼は俺がただの【聖女】ではないと初めから気づいていたのだろうか?
「……王弟殿下こそこうした【演出】はお得意なのでは?全てを隠し、ただ真実だけを探る――それは、あなたの生き方そのもののようですわ」
皮肉を込めて返しても、彼はまるで動じない。
「演出、か……いや、僕はただ、君の本当の【素顔】が見たいだけだよ。この仮面の裏にある、君の本質が」
囁く声が鼓膜を撫でる。
その声音には、執着と支配欲がわずかに滲んでいた。
その瞬間、足の動きに合わせて俺の仮面の片側がふとずれる。
「あっ――」
思わず手を伸ばそうとしたが、それより早くルーカスがそっと仮面を直した。
だが――その刹那、彼の金の瞳が俺の琥珀色の目と、その横に残る仄かな火傷の痕を確かにとらえた。
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「……君の瞳は、夜より深い」
仮面を直しながら、ルーカスは柔らかく微笑む。
先ほどの冷たい表情は、跡形もなく消えていた。
俺の心臓が、静かに軋む音を立てる。
(――知っていたのか? 最初から、すべて……)
彼の言葉も、視線も、全てが計算されていたのか。
俺が気づかぬうちに、彼は俺という存在を、少しずつ――支配しようとしていたのか。
それでも、踊りは止まらない。
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