妹を殺された兄が、偽りの聖女候補になって王弟に溺愛されるまで~妹を殺した奴らに、ハッピーエンドなど与えない~

桜塚あお華

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第24話 クララの絶叫【クララ視点】

 夜会の喧騒が、遠い幻聴のように耳の奥で鳴り続けている。
 グラスに注がれた葡萄酒は、喉を通るたびに苦く、焼けるように熱い。
 胸の内に渦巻くのは、怒り、屈辱、そして何より――恐怖。
 この城のすべてが、私を拒絶しているように見えた。完璧に磨き上げられた床も、きらめくシャンデリアも、祝福の音楽さえも――まるで示し合わせたかのように、私を嘲笑っている。

「……おかしいわ、何かが……何かが、違うの」

 ぽつりと漏れた声は、誰にも届かない。
 いいえ、届くはずがない。
 ユディス様は、私を見ない。
 ユリウス様も、セドリック様も、エミリオ様でさえ、私の視線を避ける。
 まるで、私が――【ヒロイン】である事を忘れてしまったかのように。

「違う……こんなの、違う!」

 私の物語は、どこで間違ったの?
 なぜ、誰も私を選ばない?
 なぜ、私だけが、こんなにも――孤独なの?

 答えは、最初から分かっていた。

 ――【アリス】。

 あの女が現れてから、すべてが狂い始めた。
 私が知っていた物語は一つ残らず、音を立てて崩れていく。
 王太子も、騎士団長も、大神官も、画家も――まるで磁石に引き寄せられるように、皆、あの女を見る。
 許せなかった。
 どうしても、許せなかった。
 リリスの代わりとして現れたあの女は、顔も、声も、立ち居振る舞いも。私よりも、ずっと――完璧な聖女に見えた。

「どうして……どうして、あの女ばかり……!」

 嫉妬が、内側から私を突き動かす。
 理性が、音を立てて剥がれていく。

 ――私は、見てしまったのだ。

 人払いされたバルコニーでアリスと王弟殿下、ルーカス様が向かい合い、言葉を交わし、そして――彼が、あの女のベールに口付ける瞬間を。
 手から、葡萄酒のグラスが滑り落ちた。
 砕けた破片が床に散る音と同時に、私の心も、粉々に砕け散る。

「嘘……嘘、嘘、嘘!!」

 視界が白く染まり、耳鳴りの中で、自分の声だけが響く。
 それは、悲鳴のようで、呪詛のようでもあった。

「違う……そのキスは、私のものだった……!」

 ――そう。
 私の知っている物語では、この夜会でルーカス様が私に告白するはずだった。
 彼は、このゲームの隠し攻略対象。
 条件も、選択肢も、すべて間違えていない。
 それなのに――なぜ?
 告白して、キスをして、結ばれる。それが【正しいルート】だったはずなのに。

「奪われた、奪われてしまったんだ……全部、あの女に……!」

 私は、割れたグラスの破片ごと、葡萄酒を喉へ流し込む。
 焼けるような痛みが、確かに私を生かしていた。
 手も、脚も、全身が震えている。
 それは怒りだけではない。
 世界そのものが、嘘だったのではないかという恐怖。

「……今、私が【聖女】なのに……!」

 気づけば、私は会場の中央へと歩き出していた。
 ドレスの裾が床を滑る音すら、もう聞こえない。
 集まる視線――嘲笑、困惑、哀れみ。

「ルーカス様は……私のものよ……!」

 声は震えていた、それでも止まらなかった。
 私の魂が叫んでいた。

「あのキスは、あの口付けは……私が受けるはずだったのに……!」

 ざわめきが広がり空気が凍りつく。

「……クララ様、何を言っているのですか?恥ずかしい真似はおやめなさい」

 セドリック様の声。
 完璧な笑顔。
 そして、冷たい瞳。

「黙って!」

 私は叫び、彼を指差した。
 震える指で、震える心のまま。

「あなたは、私を信じていたはずでしょう!あなたも……あの女の味方なのね!」

 セドリック様は、哀れむように首を振る。

「……クララ様。貴女は【人の形】を失いつつある」
「……なに?」
「ご自分の【物語】に囚われすぎて、現実が見えなくなった。貴女はもう【主人公ヒロイン】としての役割を果たせていない」

 その言葉が、深く、深く、胸を抉る。
 違う。狂っているのは、私じゃない。
 おかしいのは――この世界の方よ。

「……私が、主役なのに……」

 誰にも届かない呟き。
 誰もが、私を【狂った娘】を見る目で遠巻きにしている。
 だから――私は、笑った。
 誰も信じてくれない。
 誰も、私を見てくれない。

 ならば、この世界は――

「全部……敵よ……!」

 私は、胸の奥に刻まれた記憶を、固く、固く、握りしめる。この世界を壊すための、たった一つの手段。

 ――私は、このゲームの【隠しコマンド】を知っている。

 私がヒロインになれないのなら、この世界ごと、壊してしまえばいい。

 ――アリス。あの女は、私の物語を壊すために現れた【異物】なのだから。

「……許さない……絶対に……!」

 その呟きだけが、崩れゆく私の心をかろうじて繋ぎ止めていた。そして私は、その【記憶】を、誰よりも深く、歪に抱きしめ続けたのだった。
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