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第32話 愚か者の隣にて
祈りの場を後にした直後、俺はルーカスから声をかけられた。
「……少し、話をしよう。ここではない場所で」
断る理由はなった為、俺は頷いた。
そのままルーカスの後をついていくことにする。
▼ ▼ ▼
案内されたのは、王宮の裏庭だった。
広くはない。だが、見事に手入れされた薔薇の庭園。夜の空気はひんやりと冷たく、星一つない空が静かに世界を覆っていた。
ルーカスは庭の中央、石造りの小さな東屋に佇んでいた。蝋燭一つと、蒼白い月の光だけが、その輪郭をかろうじて照らしている。
「なんていうか、とても……静かですね」
俺が口を開くと、彼は振り返らずに答えた。
「静寂はいい。嘘も、祈りも、そして怒りも……全ての【声】が消える」
「祈りまで、ですか?」
「祈りもまた、人の【声】だ。そして声には必ず、欲望がある」
彼の言葉には、断罪も拒絶でもない。
ただ、あまりにも澄みきった現実だけがある。
ルーカスにベンチまで案内されたので、俺はそのままそのベンチに座ると、その隣にルーカスが座った。
まるで当たり前のように座ってくる姿に、俺は何も言えなかった。
そして、そのまま話を続ける。
「それでも、あなたはクララ様を止めなかった」
「止めなかったが……許したわけでもないぞ、俺は。君の言う通り、あの祈りは【偽り】だ。けれど、偽りであっても――民を救うなら、無価値とは言えない」
その声音には、わずかな寂しさがあった。
「……あなたの考える【真実】とは、何ですか?」
「アリス、君の【痛み】だよ」
突然【アリス】の名を言われた事に、ぴたりと、言葉が止まった。
「君は、誰よりも【正しさ】にこだわっている。クララ嬢が偽りの聖女であること。君の姉であるリリスの死が不自然だった事――それを訴えるために、君はこの世界に立った」
「それは……わたしにとって復讐ですよ。崇高な理屈じゃありません」
「そうかもしれない。だが、君はそれを【役割】として遂行している。まるで、自分が罪人であると分かっていながら舞台に立つ役者のように」
彼の視線が、俺の横顔を見据える。
「その姿が――私には、とても美しく思える」
「……美しさで言うなら、クララ様のほうが上です」
言い返した俺に、ルーカスは首を横に振る。
「だが、彼女には【覚悟】がない。選ばれなかった者としての痛みを、君ほど深く抱いてはいない」
ルーカスの言葉に、俺は黙るしかない。
静かに夜風がそっと吹き抜け、どこか湿った薔薇の香りを運んでくる。微かに香る匂いを感じながら。
「君は、まだ自分の【終わり】を知らない。だが、その終わりが訪れるまで――俺は、君の側にいようと思っている」
「……っ」
まるで当たり前のように、ルーカスがそう言った。
それを聞いて、笑うしかない。
「……愚か者ですね」
俺は小さく笑って、そう返す。
「愚かでもいい。それが、誰かの【救い】になれるなら」
その言葉は、嘗てリリスがよく口にしていた祈りの一節に、どこか似ていた。
だからこそ――喉の奥が、かすかに軋んだ。
(……なぜ、あなたがそれを口にする?)
言葉にはしなかった。けれど、心の奥で氷のような問いが疼く。あの夜、あの炎の中で――誰が、リリスを見殺しにしたのか。
だから俺は、そっと吐き捨てるように言った。
「それでも――あなたは、リリスを見殺しにした」
その言葉に、ルーカスは眉を一つも動かさなかった。
ただ、静かに――ほんのわずかに笑った。まるで、それをすでに知っていたかのように。
その笑みを見た瞬間、喉元がひやりと冷える。月明かりが彼の瞳に差し込み、そこに一切の言い訳も否定も映っていなかったのだ。
(……この男も、信じてはならない)
俺の中で、警鐘が鳴る。
信頼は、錯覚――例え手を差し伸べられても、それが刃でない保証はない。
「では、ルーカス様……あなたに問います」
俺は、一歩、彼に近づいた。
「クララ様が――いえ、もし私が本当にリリスだったとしても、あなたはその手を差し出しましたか?」
その言葉にルーカスは、少しだけ目を細めた。彼の眼差しは、どこまでも静かで、底が見えない。
そして、まるで詩でも読むかのような声で言った。
「……それでも、君が祈るなら――俺は、その声を聞く」
静かに俺は息を呑む。
その声は、告白でも肯定でもない。ただ一つの、【選択】だ。
この男は、きっと俺の名前がヨシュアであろうと、リリスであろうと、アリスであろうと――それでも【俺】として見ている。
そう信じた瞬間――腕を掴まれた。
「……っ」
驚く間もなく、手首を引かれる。
身体が軽く引き寄せられ、ルーカスの顔が、すぐ目の前に迫った。
距離は、息一つ分――その眼差しが、冗談ではないことを物語っている。
「――アリス」
低く、囁くような声。
その呼び方に、ヨシュアとしての心が揺れる。
「もし――俺が、リリスを殺した黒幕だったら、どうする?」
そんな言葉を、聞きたくなかったなんてどうしてあの時思ってしまったのだろうか?
「……少し、話をしよう。ここではない場所で」
断る理由はなった為、俺は頷いた。
そのままルーカスの後をついていくことにする。
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案内されたのは、王宮の裏庭だった。
広くはない。だが、見事に手入れされた薔薇の庭園。夜の空気はひんやりと冷たく、星一つない空が静かに世界を覆っていた。
ルーカスは庭の中央、石造りの小さな東屋に佇んでいた。蝋燭一つと、蒼白い月の光だけが、その輪郭をかろうじて照らしている。
「なんていうか、とても……静かですね」
俺が口を開くと、彼は振り返らずに答えた。
「静寂はいい。嘘も、祈りも、そして怒りも……全ての【声】が消える」
「祈りまで、ですか?」
「祈りもまた、人の【声】だ。そして声には必ず、欲望がある」
彼の言葉には、断罪も拒絶でもない。
ただ、あまりにも澄みきった現実だけがある。
ルーカスにベンチまで案内されたので、俺はそのままそのベンチに座ると、その隣にルーカスが座った。
まるで当たり前のように座ってくる姿に、俺は何も言えなかった。
そして、そのまま話を続ける。
「それでも、あなたはクララ様を止めなかった」
「止めなかったが……許したわけでもないぞ、俺は。君の言う通り、あの祈りは【偽り】だ。けれど、偽りであっても――民を救うなら、無価値とは言えない」
その声音には、わずかな寂しさがあった。
「……あなたの考える【真実】とは、何ですか?」
「アリス、君の【痛み】だよ」
突然【アリス】の名を言われた事に、ぴたりと、言葉が止まった。
「君は、誰よりも【正しさ】にこだわっている。クララ嬢が偽りの聖女であること。君の姉であるリリスの死が不自然だった事――それを訴えるために、君はこの世界に立った」
「それは……わたしにとって復讐ですよ。崇高な理屈じゃありません」
「そうかもしれない。だが、君はそれを【役割】として遂行している。まるで、自分が罪人であると分かっていながら舞台に立つ役者のように」
彼の視線が、俺の横顔を見据える。
「その姿が――私には、とても美しく思える」
「……美しさで言うなら、クララ様のほうが上です」
言い返した俺に、ルーカスは首を横に振る。
「だが、彼女には【覚悟】がない。選ばれなかった者としての痛みを、君ほど深く抱いてはいない」
ルーカスの言葉に、俺は黙るしかない。
静かに夜風がそっと吹き抜け、どこか湿った薔薇の香りを運んでくる。微かに香る匂いを感じながら。
「君は、まだ自分の【終わり】を知らない。だが、その終わりが訪れるまで――俺は、君の側にいようと思っている」
「……っ」
まるで当たり前のように、ルーカスがそう言った。
それを聞いて、笑うしかない。
「……愚か者ですね」
俺は小さく笑って、そう返す。
「愚かでもいい。それが、誰かの【救い】になれるなら」
その言葉は、嘗てリリスがよく口にしていた祈りの一節に、どこか似ていた。
だからこそ――喉の奥が、かすかに軋んだ。
(……なぜ、あなたがそれを口にする?)
言葉にはしなかった。けれど、心の奥で氷のような問いが疼く。あの夜、あの炎の中で――誰が、リリスを見殺しにしたのか。
だから俺は、そっと吐き捨てるように言った。
「それでも――あなたは、リリスを見殺しにした」
その言葉に、ルーカスは眉を一つも動かさなかった。
ただ、静かに――ほんのわずかに笑った。まるで、それをすでに知っていたかのように。
その笑みを見た瞬間、喉元がひやりと冷える。月明かりが彼の瞳に差し込み、そこに一切の言い訳も否定も映っていなかったのだ。
(……この男も、信じてはならない)
俺の中で、警鐘が鳴る。
信頼は、錯覚――例え手を差し伸べられても、それが刃でない保証はない。
「では、ルーカス様……あなたに問います」
俺は、一歩、彼に近づいた。
「クララ様が――いえ、もし私が本当にリリスだったとしても、あなたはその手を差し出しましたか?」
その言葉にルーカスは、少しだけ目を細めた。彼の眼差しは、どこまでも静かで、底が見えない。
そして、まるで詩でも読むかのような声で言った。
「……それでも、君が祈るなら――俺は、その声を聞く」
静かに俺は息を呑む。
その声は、告白でも肯定でもない。ただ一つの、【選択】だ。
この男は、きっと俺の名前がヨシュアであろうと、リリスであろうと、アリスであろうと――それでも【俺】として見ている。
そう信じた瞬間――腕を掴まれた。
「……っ」
驚く間もなく、手首を引かれる。
身体が軽く引き寄せられ、ルーカスの顔が、すぐ目の前に迫った。
距離は、息一つ分――その眼差しが、冗談ではないことを物語っている。
「――アリス」
低く、囁くような声。
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