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第38話 開廷 ― 聖女裁断の儀
鐘の音が、王都の空を震わせていた。
低く、重く、まるで祈りとは逆の方向へ人々を導くようなその音はまるで【始まりの合図】として、街に染み込んでいく。じわじわと、侵食していくかのように。
王都の中心――神殿前の広場は、すでに民衆で埋め尽くされていた。貴族、騎士、平民、物売りの子供、農夫の娘、王の配下、そして――神官たち。ありとあらゆる立場の者が、ひとつの【答え】を求めて集っていた。
俺は、火傷の痕を隠すようにしながら、ベールををつけてその壇上に立っていた。
(今日で全てを流してやる……リリス、お前がどうしてそのような運命に会わなければならないのか。それを全て……)
ずっと目指してきた場所だった。
失ったものを、暴かれたものを、偽られた記憶を、すべて晒す場所。
大切な妹であるリリスを奪ったこの国に、【真実】という裁きを下す舞台だ。
正面には、もう一人の【聖女】――クララがいた。
彼女は白い礼服を纏い、金色の祈祷石を胸に、あくまでも神に仕える者の姿で立っていたのだが――その肩は微かに震えていた。
その視線は俺を見ているようで、見ていなかった。焦点の合わない目にこわばった口元。冷たく塗り重ねられた信仰の化粧。
――クララ、お前は、まだ自分を【選ばれし者】だと思っているのか?
ざわ……と風が抜けた。
群衆がざわめくたびに、空気の密度が変わっていく。
この場に漂っているのは祈りではない。信仰でもない。それは、不安と恐れと、誰かを断罪したいという名もなき衝動だった。
――この国は、何かを裁きたがっている。
壇上に立つのは、王宮から派遣された特使。
王に仕える老齢の神官であり、この国の象徴的な【公正】を担う者の一人。
彼が、重々しく巻物を広げると、空気がぴたりと止まった。
「本日ここに、『聖女裁断の儀』を開廷する」
その一言が、雷のように響いた。
誰かが息を呑み、誰かが首元を押さえる。
そして全ての視線が、再び、俺とクララに集中した。
「神の御名において問う。この王国において、真に神に選ばれし聖女は、いずれか。アリスか、クララか。我々は、その真偽を問うためここに集まった」
クララが一歩前に出た。
その足取りは、かろうじて保たれていた。
だが、その動きはどこかぎこちなく、背筋の硬さには怯えが滲んでいた。
彼女は口を開く。
「私は……選ばれた者です。神の啓示を受け、この国に祈りをもたらしてきました……わたしこそが、【真の聖女】です……!」
声を張っていた。
だが、どこか空虚に感じるのは気のせいだろうか?
クララの言葉の裏に、【神】ではなく、まるで自分自身を隠すかのように。
あるのは、【何か】かの恐れのように。
それは信仰ではなく、依存だった。
(……お前は、何を祈ってきた?)
胸の奥で、問う。自分が神に愛されたいだけの祈りで、誰を救える?
リリスの祈りは、誰かのためだった。お前の祈りは、ただ自分を守るための装飾にすぎない。
風が再び吹く。
ベールの内側の頬に、冷たい空気が触れる。
俺は、ゆっくりと視線を上げた。
その向こう、群衆の中――黒い外套を纏った男がいた。
(……ルーカス)
彼は俺の姿を一瞬だけ見つめて、それから何も言わずに背を向けた。
その背中に、言葉にはならない何かが込められていた。
(……演じきれ、俺の【アリス】……そう言いたかったのか)
俺は足元に力を込める。
今、ここで。
すべての仮面を剥がす時が来た。
俺が背負ったもの。
俺が捨てたもの。
俺が、守りたかったもの。
その全てを、この場に晒す覚悟はできている。
(リリス……見ていてくれ)
俺は、すべてを告げる。
たとえこの国の全てが敵になっても、あの日、炎の中で消えたお前の祈りを――俺がこの声で、今、取り戻す。
聖女裁断の儀、開廷――裁きの時が、ついに始まりと同時に、俺は自分の衣類に手をかけた。
低く、重く、まるで祈りとは逆の方向へ人々を導くようなその音はまるで【始まりの合図】として、街に染み込んでいく。じわじわと、侵食していくかのように。
王都の中心――神殿前の広場は、すでに民衆で埋め尽くされていた。貴族、騎士、平民、物売りの子供、農夫の娘、王の配下、そして――神官たち。ありとあらゆる立場の者が、ひとつの【答え】を求めて集っていた。
俺は、火傷の痕を隠すようにしながら、ベールををつけてその壇上に立っていた。
(今日で全てを流してやる……リリス、お前がどうしてそのような運命に会わなければならないのか。それを全て……)
ずっと目指してきた場所だった。
失ったものを、暴かれたものを、偽られた記憶を、すべて晒す場所。
大切な妹であるリリスを奪ったこの国に、【真実】という裁きを下す舞台だ。
正面には、もう一人の【聖女】――クララがいた。
彼女は白い礼服を纏い、金色の祈祷石を胸に、あくまでも神に仕える者の姿で立っていたのだが――その肩は微かに震えていた。
その視線は俺を見ているようで、見ていなかった。焦点の合わない目にこわばった口元。冷たく塗り重ねられた信仰の化粧。
――クララ、お前は、まだ自分を【選ばれし者】だと思っているのか?
ざわ……と風が抜けた。
群衆がざわめくたびに、空気の密度が変わっていく。
この場に漂っているのは祈りではない。信仰でもない。それは、不安と恐れと、誰かを断罪したいという名もなき衝動だった。
――この国は、何かを裁きたがっている。
壇上に立つのは、王宮から派遣された特使。
王に仕える老齢の神官であり、この国の象徴的な【公正】を担う者の一人。
彼が、重々しく巻物を広げると、空気がぴたりと止まった。
「本日ここに、『聖女裁断の儀』を開廷する」
その一言が、雷のように響いた。
誰かが息を呑み、誰かが首元を押さえる。
そして全ての視線が、再び、俺とクララに集中した。
「神の御名において問う。この王国において、真に神に選ばれし聖女は、いずれか。アリスか、クララか。我々は、その真偽を問うためここに集まった」
クララが一歩前に出た。
その足取りは、かろうじて保たれていた。
だが、その動きはどこかぎこちなく、背筋の硬さには怯えが滲んでいた。
彼女は口を開く。
「私は……選ばれた者です。神の啓示を受け、この国に祈りをもたらしてきました……わたしこそが、【真の聖女】です……!」
声を張っていた。
だが、どこか空虚に感じるのは気のせいだろうか?
クララの言葉の裏に、【神】ではなく、まるで自分自身を隠すかのように。
あるのは、【何か】かの恐れのように。
それは信仰ではなく、依存だった。
(……お前は、何を祈ってきた?)
胸の奥で、問う。自分が神に愛されたいだけの祈りで、誰を救える?
リリスの祈りは、誰かのためだった。お前の祈りは、ただ自分を守るための装飾にすぎない。
風が再び吹く。
ベールの内側の頬に、冷たい空気が触れる。
俺は、ゆっくりと視線を上げた。
その向こう、群衆の中――黒い外套を纏った男がいた。
(……ルーカス)
彼は俺の姿を一瞬だけ見つめて、それから何も言わずに背を向けた。
その背中に、言葉にはならない何かが込められていた。
(……演じきれ、俺の【アリス】……そう言いたかったのか)
俺は足元に力を込める。
今、ここで。
すべての仮面を剥がす時が来た。
俺が背負ったもの。
俺が捨てたもの。
俺が、守りたかったもの。
その全てを、この場に晒す覚悟はできている。
(リリス……見ていてくれ)
俺は、すべてを告げる。
たとえこの国の全てが敵になっても、あの日、炎の中で消えたお前の祈りを――俺がこの声で、今、取り戻す。
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