妹を殺された兄が、偽りの聖女候補になって王弟に溺愛されるまで~妹を殺した奴らに、ハッピーエンドなど与えない~

桜塚あお華

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第40話 クララの精神崩壊【クララ視点】

 誰かの声が遠くで響いていた。
 あれは、誰?誰が、あんな悲鳴をあげていたの?

 ――違う。あれは、私の声だ。

 私は、叫んでいた。

「違う、違う、違う……わたしは……聖女よ……っ!」

 声が、喉を切り裂くほどに響いた。
 頭の中で、何かが音を立てて崩れていく。
 瓦礫のように、次々と思い出す。
 あの日のことだ。
 リリスが――あの優しくて愚かだった【リリス】が聖堂で神託の光に包まれた、あの瞬間。
 空から光が差し、すべての者がひざまずいた。神官が、民衆が、そして王までも。
 でも、私だけは、理解できなかった。
 なぜ彼女なの?
 なぜ【ヒロイン】じゃないの?
 だって、私は知っていた。
 これはゲームの世界だ。
 私は転生者でヒロインクララに生まれ変わった。
 この国の結末も、攻略対象も、聖女の役割も、すべて知っているはずだった。
 この世界の【真の聖女】は、私のはずだった。
 リリス=グレイヴは私を邪魔する、ただの平民の女だったはず。哀れで、嫉妬深くて、報われない役回りの女のはずだった。

 なのに――違った。
 ゲーム通りになんて、進まなかった。
 リリスは微笑んでいた。
 祈っていた。神に、救いを乞わず、人々の幸せを願っていた。
 その祈りが、神に届いた瞬間――私は、すべてを失った。
 【転生者】だという優位も、知識も、使命も、あの光の前では無意味だった。
 私は――【選ばれなかった】んだ。
 その痛みが、いまだに胸に突き刺さっている。
 嫉妬じゃない。違う。これは【正義】だった。神の名のもとに、自分こそが世界を導くはずだったのに……!

 ――そして、あの夜。

 リリスが神殿の奥に閉じ込められたあの日。
 そこから火の粉が舞っており、天蓋が崩れ、光が揺れていた。
 誰も助けに来なかった。誰にも気づかれずに、私以外には。

『クララ様……! お願い……助けて……!』

 その声が、今も耳の奥にこびりついている。
 手を伸ばされた。熱に焼かれ、怯えた目がこちらを見ていた。私は、その手を見て――そして、振り払った。
 私は……私は……。

「……でも……でも、殺したのは、私じゃ……っ」

 息が苦しい。

「私は、ただ……ただ、選ばれたかっただけで……!」

 背を丸め、両手で頭を抱える。
 リリスを、突き落としたのは私?
 助けなかったのは、私?
 それとも――私の沈黙を利用した【誰か】が、手を下したの?
 セドリック?エミリオ?神殿?それとも……。

 (でも――結局【あの時】、私は見ていただけだ……あの子が炎に包まれていくのを……確かに見ていた)

「違う……そんなはず、なかった……私は聖女になるために転生したの……選ばれなかった世界なんて……ゲームじゃない……間違ってる……間違ってるのよ……っ」

 頭の中で、また瓦礫が崩れた。
 神も、ゲームも、ストーリーも。
 すべては――リリスの【祈り】によって、破壊された。
 そして今、私の中に残っているのは、ひとつだけだ。

 それは、【罪】

 それを、もう誰も代わってはくれない。
 私は泣きながら、笑った。
 どちらか分からない声が、喉から漏れていく。

「リリスは……悪役だったのよ……っ。だから……死ぬ運命だったはずなのに……っ」

 でも、リリスは、死ななかった。
 あの子の【祈り】は、生きていた。ヨシュアの声になって、今、この国に響いている。

 じゃあ――リリスを殺したのは、誰?

 私じゃない?
 私なの?
 ……私、だった。

 ゆっくりと立ち上がる。
 どこかで鐘の音が鳴っている。
 神殿の上、古い尖塔の上。誰も鳴らしていないはずの鐘が、ひとりでに揺れていた。
 その音に引かれるように、私は歩き出す。
 祈りの道。嘘の道。
 すべての終わりへ向かって――。
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