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第41話 墜ちる者と残される者【ルーカス視点】
神殿の上――塔の尖端に、ひとつの人影が見えた。
その輪郭は、あまりに小さく、儚い。
だが、俺にはすぐに分かった。
彼女――クララだ。
衣が風に翻る。彼女は、静かに柵の外側へ足を伸ばしていた。
まるで祈るように、ゆっくりと――まるで、舞うように。
「……やめろ、クララ!」
声が出たのと、足が動いたのは同時だった。
塔を駆け上がる。石の階段を跳ねるように。
一段踏み外せば、転げ落ちるだろうという速度で――そして、最後の踊り場から、彼女が身を投げようとした、その瞬間――俺は、その腕を掴んだ。
風が叫ぶ。
石の縁に指が食い込み、彼女の体が空中で揺れる。俺の手には、その重さと罪が伝わってくるようだった。
クララは驚いたように俺を見上げ、唇を震わせた。
「……やめて……放して……私は、もう……」
「黙れ」
俺は短く切り捨てた。
「死ねばすべてが赦されるとでも思ったか?」
俺の腕に伝わる体重が、少しずつ滑っていく。
だが、それでも俺は力を緩めなかった。この手を離していい理由なんて、ひとつもない。
「祈りで、命が戻るとでも?」
「……違う……私は、私は……ッ」
「お前の罪は、祈りでは贖えない。だが――生きて背負っていけ」
その言葉に、クララの目が大きく見開かれた。
「見届けろ。自分が壊した【聖女の座】がどう終わるのかを……奪った光が、どう人々に返っていくのかを――生きて、その目で見ろ。それが、お前に許された唯一の贖罪だ」
彼女が泣き出したのは、その直後だった。
抵抗する力もなく、ただ震えながら、俺の手を掴み返してきた。
俺はようやく、彼女の体を引き寄せ、石床に転がり込みながらその肩を抱き止める。
その時、階段の下から、誰かが駆け上がってくる音がした。
乾いた石の段に、靴音が激しく打ちつけられる。
息を切る音、袖が風をはらむ音、そのすべてが、塔の冷たい空気に濁りなく響いた。
「クララ!!」
俺はわずかに振り返った。
そこにいたのは――アリスではない。ヨシュアだった。
ベールを捨てた姿のまま、息を荒くして立っている。上着も羽織らず、髪は乱れ、額には汗が浮かんでいた。
けれど目だけは、澄んでいた。
怒りでも、悲しみでもない。
まるで燃える祈りのような、静かな決意が宿っていた。
「クララ……お前……!」
口にしたのは、それだけ。だが、その声だけでクララは震え、俺の中で言葉にできない何かがわずかに揺れた。
ヨシュアは、俺の背に守られるように座り込むクララを見つめたまま、何も言わなかった。
だがその視線には――すべてがあった。
怒りでも、憐れみでもない。
赦しですらない、【終わり】を告げる眼差しだった。
「……遅かったかと思った」
ヨシュアが低く言った。
俺は、わずかに眉を上げて返す。
「俺が、そんなに間抜けに見えるのか?」
「いや、そういうわけでは……その、ありがとうございます、ルーカス様…」
その声は、震えていた。
張り詰めていた糸が、どこかで切れていた。
俺は立ち上がり、少しだけ息を整えると、クララの肩に手を置いた。
彼女は、もう抗おうとはしなかった。涙に濡れた睫毛を伏せ、ただ俯いていた。
「こいつを……お前に預ける」
「……いいのか?」
「……ああ。だが、勘違いするなよ、ヨシュア」
俺は一歩だけ近づき、ヨシュアの肩にそっと手を置く。
「お前はこれで、復讐を果たしたわけじゃない。ここから先は、祈りでも怒りでもなく――【生きること】で語るしかない」
ヨシュアは、その言葉に目を細め、静かにうなずいた。
「……分かってる」
クララが、震える指先で塔の縁を掴んだまま、顔を上げる。
ヨシュアは、彼女に背を向けるでもなく、手を差し伸べるでもなく、ただ言った。
「立て、クララ。お前が落ちていい場所は、ここじゃない」
その声は、鋭くも、どこかあたたかかった。
切りつけるでも、責めるでもない。
まるで――かつてリリスが誰かに向けていた祈りのようだった。
その祈りが、救いではなく、罰として降りることもあるのだと、 俺は初めて知った。
その輪郭は、あまりに小さく、儚い。
だが、俺にはすぐに分かった。
彼女――クララだ。
衣が風に翻る。彼女は、静かに柵の外側へ足を伸ばしていた。
まるで祈るように、ゆっくりと――まるで、舞うように。
「……やめろ、クララ!」
声が出たのと、足が動いたのは同時だった。
塔を駆け上がる。石の階段を跳ねるように。
一段踏み外せば、転げ落ちるだろうという速度で――そして、最後の踊り場から、彼女が身を投げようとした、その瞬間――俺は、その腕を掴んだ。
風が叫ぶ。
石の縁に指が食い込み、彼女の体が空中で揺れる。俺の手には、その重さと罪が伝わってくるようだった。
クララは驚いたように俺を見上げ、唇を震わせた。
「……やめて……放して……私は、もう……」
「黙れ」
俺は短く切り捨てた。
「死ねばすべてが赦されるとでも思ったか?」
俺の腕に伝わる体重が、少しずつ滑っていく。
だが、それでも俺は力を緩めなかった。この手を離していい理由なんて、ひとつもない。
「祈りで、命が戻るとでも?」
「……違う……私は、私は……ッ」
「お前の罪は、祈りでは贖えない。だが――生きて背負っていけ」
その言葉に、クララの目が大きく見開かれた。
「見届けろ。自分が壊した【聖女の座】がどう終わるのかを……奪った光が、どう人々に返っていくのかを――生きて、その目で見ろ。それが、お前に許された唯一の贖罪だ」
彼女が泣き出したのは、その直後だった。
抵抗する力もなく、ただ震えながら、俺の手を掴み返してきた。
俺はようやく、彼女の体を引き寄せ、石床に転がり込みながらその肩を抱き止める。
その時、階段の下から、誰かが駆け上がってくる音がした。
乾いた石の段に、靴音が激しく打ちつけられる。
息を切る音、袖が風をはらむ音、そのすべてが、塔の冷たい空気に濁りなく響いた。
「クララ!!」
俺はわずかに振り返った。
そこにいたのは――アリスではない。ヨシュアだった。
ベールを捨てた姿のまま、息を荒くして立っている。上着も羽織らず、髪は乱れ、額には汗が浮かんでいた。
けれど目だけは、澄んでいた。
怒りでも、悲しみでもない。
まるで燃える祈りのような、静かな決意が宿っていた。
「クララ……お前……!」
口にしたのは、それだけ。だが、その声だけでクララは震え、俺の中で言葉にできない何かがわずかに揺れた。
ヨシュアは、俺の背に守られるように座り込むクララを見つめたまま、何も言わなかった。
だがその視線には――すべてがあった。
怒りでも、憐れみでもない。
赦しですらない、【終わり】を告げる眼差しだった。
「……遅かったかと思った」
ヨシュアが低く言った。
俺は、わずかに眉を上げて返す。
「俺が、そんなに間抜けに見えるのか?」
「いや、そういうわけでは……その、ありがとうございます、ルーカス様…」
その声は、震えていた。
張り詰めていた糸が、どこかで切れていた。
俺は立ち上がり、少しだけ息を整えると、クララの肩に手を置いた。
彼女は、もう抗おうとはしなかった。涙に濡れた睫毛を伏せ、ただ俯いていた。
「こいつを……お前に預ける」
「……いいのか?」
「……ああ。だが、勘違いするなよ、ヨシュア」
俺は一歩だけ近づき、ヨシュアの肩にそっと手を置く。
「お前はこれで、復讐を果たしたわけじゃない。ここから先は、祈りでも怒りでもなく――【生きること】で語るしかない」
ヨシュアは、その言葉に目を細め、静かにうなずいた。
「……分かってる」
クララが、震える指先で塔の縁を掴んだまま、顔を上げる。
ヨシュアは、彼女に背を向けるでもなく、手を差し伸べるでもなく、ただ言った。
「立て、クララ。お前が落ちていい場所は、ここじゃない」
その声は、鋭くも、どこかあたたかかった。
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