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第43話 沈黙の共犯者たち
神殿の奥は、ひどく静かだった。
あれほど祈りと声に満ちていた場所が、今は石と影だけを残している。
信仰が剥がれ落ちた後の空間は、こんなにも無機質なのかと――俺は、リリスのいない祭壇を前にして、そう思った。
ふと、気配がしたので振り向いてみるとそこに居たのはセドリックだった。
法衣を纏ったその姿は、以前と変わらない。背筋は伸び、表情は穏やかで、まるでこの場が【想定内】であるかのようだ。
「お呼びですか、アリス様……いえ、ヨシュア様」
名前を呼ばれた瞬間、わずかに目が揺れているかのように見えたのだが、それも一瞬だ。
俺は言葉を返さず、封書を机の上に置いた。
古い紙と焼け跡の匂い。そして――リリスの筆跡。
「……これは」
セドリックの声が、初めて僅かにかすれた。
「リリスが死ぬ前に残した封書だ。神託を受けたこと、神殿内部で何が行われていたか……全部、ここに書いてある」
さらに、もう一通。別の書簡――神託の文言が書き換えられた証拠。
「……あなたは、知っていたはずだ。リリスが“本当の【聖女】だったことを」
俺の言葉にセドリックは、沈黙した。
否定しないし、言い訳もしない。それが、この男のやり方だった。
「彼女は……不都合だった」
やがて、淡々とした声が落ちる。
「神殿改革には、あまりにも純粋すぎたのです。民に寄り添いすぎ、権威を保てなかった……だから――次の器が必要だったのです」
その瞬間、胸の奥が冷える。
「……それが、クララだったのか?」
「……」
俺の言葉に、セドリックは何も言わない。
「利益のために正義を切り捨てたんだな……だからこそ、頼みがある。もう、何も言わないでくれ」
そのまま、俺は手を伸ばす。
セドリックの首に手をかけてしまおうとしている俺自身がいる。
「――このままでは、俺は怒りでお前を殺しそうだから」
俺は、静かに言った。
それ以上の言葉は、いらなかった。神殿側の決定はすでに下っているのだ。そして、目の前の男は既に【罰】を受けている。
セドリックは、聖職を剥奪され、王都追放となった。
彼は最後まで、感情を見せなかった。
それが、この男の【祈り】だったのだったのかもしれない。
▽ ▽ ▽
ユディスと最後に会った時、彼は最初から泣いていた。
王族としての外套を脱ぎ、装飾も捨て、ただの男として、俺の前に立っていた。
「……アリス……」
その声には、何の飾りもなかった。
既に俺は【アリス】ではないのだが、ユディスは俺の名前など知らない。そして、これからも知る事はないのかもしれない。
「俺は……彼女を、愛していた。聖女でも、象徴でもなく……一人の女として」
その言葉を、俺は否定しない。
否定できなかった。
「でも、その愛は……彼女を縛ったんだ」
唇を噛みしめるようにしながら俺は、続ける。
「アンタが彼女に向けた感情は、リリスを【聖女の座】から引きずり下ろす理由になった」
ユディスの肩が、大きく震えた。
「……クララに、肩入れしたのは……自分の地位を守るためだ」
絞り出すような告白。
「リリスが正しいと認められれば、俺は――全てを失うと思った……」
俺は、はっきりと告げた。
「あんたの【愛】が、妹を殺したんだよ」
ユディスは、その場に崩れ落ちた。
声を殺し、顔を覆い、それでも泣き止むことはなかった。
「……赦されるなんて、思っていない。せめて……彼女の名を、否定しないでくれ……」
「それは、もう終わったことだ」
俺は、静かに答えた。
「リリスは、誰にも否定されない。俺が……そうさせた……だからこそ、、もう二度と、リリスの名を言わないでくれ。吐き気がする」
静かにそのように告げた俺に対し、ユディスは、何度も頭を下げ、そのまま王都を去った。
彼は王族としての地位を剥奪され、平民として今後暮らしていく事になるらしい――そのように言ったのは、誰だったか?
▽
「――それで、リリスを殺したのはアンタなのか、ルーカス様」
四人がこの王都を去った後、俺はすぐに向かったのはルーカスの所だった。
従者の方がまるで俺が来るのをわかっていたかのように、その扉を開けると、少し衣類をはだけさせながら酒を飲んでいる男の姿が目に映る。
月夜に照らされている目の前の男が、何処か美しいと思ってしまったのは気のせいだろうか?
だが、俺は目を逸らす事はない。
ルーカスは俺を見て、笑う。
「……どうして、そのように思ったんだ?」
「簡単だ。だって――」
俺は懐から短剣を取り出し、それをルーカスに見せる。
「あの時、『もし俺が、リリスを殺した黒幕だったら、どうする?』と言っただろう?」
あれほど祈りと声に満ちていた場所が、今は石と影だけを残している。
信仰が剥がれ落ちた後の空間は、こんなにも無機質なのかと――俺は、リリスのいない祭壇を前にして、そう思った。
ふと、気配がしたので振り向いてみるとそこに居たのはセドリックだった。
法衣を纏ったその姿は、以前と変わらない。背筋は伸び、表情は穏やかで、まるでこの場が【想定内】であるかのようだ。
「お呼びですか、アリス様……いえ、ヨシュア様」
名前を呼ばれた瞬間、わずかに目が揺れているかのように見えたのだが、それも一瞬だ。
俺は言葉を返さず、封書を机の上に置いた。
古い紙と焼け跡の匂い。そして――リリスの筆跡。
「……これは」
セドリックの声が、初めて僅かにかすれた。
「リリスが死ぬ前に残した封書だ。神託を受けたこと、神殿内部で何が行われていたか……全部、ここに書いてある」
さらに、もう一通。別の書簡――神託の文言が書き換えられた証拠。
「……あなたは、知っていたはずだ。リリスが“本当の【聖女】だったことを」
俺の言葉にセドリックは、沈黙した。
否定しないし、言い訳もしない。それが、この男のやり方だった。
「彼女は……不都合だった」
やがて、淡々とした声が落ちる。
「神殿改革には、あまりにも純粋すぎたのです。民に寄り添いすぎ、権威を保てなかった……だから――次の器が必要だったのです」
その瞬間、胸の奥が冷える。
「……それが、クララだったのか?」
「……」
俺の言葉に、セドリックは何も言わない。
「利益のために正義を切り捨てたんだな……だからこそ、頼みがある。もう、何も言わないでくれ」
そのまま、俺は手を伸ばす。
セドリックの首に手をかけてしまおうとしている俺自身がいる。
「――このままでは、俺は怒りでお前を殺しそうだから」
俺は、静かに言った。
それ以上の言葉は、いらなかった。神殿側の決定はすでに下っているのだ。そして、目の前の男は既に【罰】を受けている。
セドリックは、聖職を剥奪され、王都追放となった。
彼は最後まで、感情を見せなかった。
それが、この男の【祈り】だったのだったのかもしれない。
▽ ▽ ▽
ユディスと最後に会った時、彼は最初から泣いていた。
王族としての外套を脱ぎ、装飾も捨て、ただの男として、俺の前に立っていた。
「……アリス……」
その声には、何の飾りもなかった。
既に俺は【アリス】ではないのだが、ユディスは俺の名前など知らない。そして、これからも知る事はないのかもしれない。
「俺は……彼女を、愛していた。聖女でも、象徴でもなく……一人の女として」
その言葉を、俺は否定しない。
否定できなかった。
「でも、その愛は……彼女を縛ったんだ」
唇を噛みしめるようにしながら俺は、続ける。
「アンタが彼女に向けた感情は、リリスを【聖女の座】から引きずり下ろす理由になった」
ユディスの肩が、大きく震えた。
「……クララに、肩入れしたのは……自分の地位を守るためだ」
絞り出すような告白。
「リリスが正しいと認められれば、俺は――全てを失うと思った……」
俺は、はっきりと告げた。
「あんたの【愛】が、妹を殺したんだよ」
ユディスは、その場に崩れ落ちた。
声を殺し、顔を覆い、それでも泣き止むことはなかった。
「……赦されるなんて、思っていない。せめて……彼女の名を、否定しないでくれ……」
「それは、もう終わったことだ」
俺は、静かに答えた。
「リリスは、誰にも否定されない。俺が……そうさせた……だからこそ、、もう二度と、リリスの名を言わないでくれ。吐き気がする」
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彼は王族としての地位を剥奪され、平民として今後暮らしていく事になるらしい――そのように言ったのは、誰だったか?
▽
「――それで、リリスを殺したのはアンタなのか、ルーカス様」
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「……どうして、そのように思ったんだ?」
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