妹を殺された兄が、偽りの聖女候補になって王弟に溺愛されるまで~妹を殺した奴らに、ハッピーエンドなど与えない~

桜塚あお華

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第44話 愚かな真実

 
 沈黙は、一拍。いや、正確には【間】だったのかもしれない。
 ルーカスは静かに何かを考えるようにしたあと、ようやくこちらを見た。驚きも、動揺もない。ただ、静かな目で。

「……そうだと言ったら、お前はどうする?」
「っ!!」

 それはあまりにも、あっさりとした肯定だった。ただ、驚く事しかできない。
 ルーカスは静かに笑いながら話を始める。

「この国は、腐っていた。神殿も、王族も、民衆も……すでに正義では回らなくなっていた」

 グラスを置く音が、乾いている。

「君の妹、リリスはそれを許せなかった。正しくあろうとしすぎた。清らかで、まっすぐで……」

 そこで、わずかに言葉を切る。

「――だからこそ、邪魔だった」

 胸の奥で、何かが軋んだ。
 思い出す。あの日、リリスがメモに残していたもの。

 ――セドリックは、聖女を信じていない。
 ――あの人の言葉には、いつも底が見えない。
 ――私が私であるうちに、本当の神に祈りたい。
 ――兄さま、ごめんなさい。

 リリスは気づいていたんだ、ルーカスの計画に。
 しかし、ルーカスの目的はユディスを王様にするのではなく、全てを滅ぼすために。
 それに、リリスは気づいてしまったからこそ、止めようとしたんだ。

「説得しようとしたんだろう。止めようとした……だから、消した」

 ルーカスの声には、後悔はない。
 あるのは、結果を受け入れた者の覚悟だけだった。

「実行したのはカイ……俺の従者だよ。命令で彼が刺して、落とした。事故に見せかけてな」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で、何かが切れた。
 気づいた時には、俺は短剣を抜いていた。刃先は、まっすぐルーカスの喉元を向いている。
 殺せる距離、殺す理由。十分すぎるほど、揃っている。
 それでも――ルーカスは、動かなかった。

「……殺さないのか?」

 ルーカスか静かにそのように俺に向けて言ってくるが、俺の手は動かなかった。
 震える手で真っ直ぐと、ルーカスに短剣を向けているのに。

「……それでも」

 低く、静かに。

「それでも、俺は信じていた」

 月明かりの下で、その目がこちらを射抜く。

「リリスを失って、何もない俺に手を伸ばし、俺に依存しようとしているお前を、俺は見ていた。ずっと、ずっっとだ」

 俺の手が、わずかに震えた。

「この罪を背負う覚悟で、ずっと……なのに、どうして大切な妹を殺したのがアンタなんだ!!」

 刃先が、わずかに下がる。

 ――この男は、逃げるつもりがない。赦しを乞う気も、言い訳をする気もない。

 ただ、すべてを知った俺に、選ばせている。
 殺すか、生かすか。
 胸の奥で、リリスの声がする気がした。

 ――兄さん。

「っ……リリス」

 ――いいよ、兄さんの好きにして。わたしは、大丈夫だから。

 唇を噛みしめながら、いつの間にか笑顔で隣に立っている大切な妹の声を、俺が聞く。
 これから考える事を、きっとリリスは許さないかもしれない。
 けど、何処かで、リリスは俺に向かって許してくれる言葉をかけてくれるかもしれない。

 太陽のような笑顔に、たった一人の妹。
 家族を失ってしまった時、炎の中で一生懸命リリスを守るために自分の身体だって犠牲にした。
 顔だって、火傷の痕が残ってしまった。
 故郷から王都に行く事になった時にかけた言葉が、最後の言葉になるなんて誰が想像しただろうか?

 ――行ってきます、兄さん。

 どうして、あの時引き留める事が出来なかったんだろうか?

 俺は、短剣を下ろした。
 剣を下ろすと同時に、俺の両目からあふれ出してきた涙に、ルーカスは何も言えない。

「ああ……ぁぁああああッ!」

 獣のように叫び、地面に短剣を突き付ける。
 叫んでいても、何度も後悔しても、もう遅い。
 大切な人を、【二度】も失ってしまったのだ。
 リリスも、そして目の前の男も、もう、いないのだから。
 何度も、何度も泣き叫ぶように俺は地面に拳を叩きつける。
 何度も。
 何度もなんどもナンドモ。

「ヨシュア」
「――ぁ?」

 声が枯れるまで泣き続けている俺の姿を惨めだと思ったのか、それともただの同情なのか――いつの間にかルーカスが俺の頬に手を伸ばす。
 小さな体を軽く持ち上げるようにしながら、そのまま俺を抱きしめる。
 一瞬何が起きたのか理解出来なかったが、そのままルーカスは俺の顔を近づけ、汚れた顔を舌で舐めた。

「惨めだな、ヨシュア」
「……惨めで、悪いか?」
「悪くない、ただ――」

 そのまま体をゆっくりと地面に寝かせるようにしながら、ルーカスは笑った。

「惨めで愚かで――愛おしい男に見える」

 これは罰なのか?
 それとも、罪なのか?
 信じようとしていた男に裏切られ、大切なモノを殺したのも目の前の男で――そんな俺は、結局妹の仇すら取れず、惨めに泣き叫び、愚かに男にいいように扱われるのだろうと理解したまま、ゆっくりと堕ちていくのを。

「……最低だな」
「よい誉め言葉だ」

 睨みつけながら答える俺を何処か楽しそうに笑うルーカスに、俺は獣のように噛みついた。

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