6 / 48
第06話 食事とお世話ラッシュ、過保護の嵐
しおりを挟む
朝の騒動と言う名の羞恥風呂からなんとか生き延びたユリウスは、重い足取りでダイニングホールに向かっていた。
屋敷の中央にあるその部屋は、まるで王侯の晩餐会のように広い。
長いテーブルの端から端まで、並べられた銀器が朝日を反射している。
「……毎日これ、やるんですか」
「当然だ」
「食器磨くだけで何時間かかるんですか」
「俺は時間よりもお前の健康を優先する」
「会話が噛み合ってない!!」
ため息をつく間もなく、執事グレアムが静かに姿を現した。
年配だが姿勢はまっすぐ、目元には穏やかな皺が刻まれている。
「旦那様、朝食のご用意が整いました」
「……はぁ」
静かに息を吐いているユリウスを無視して、グレアムは恭しく一礼する。
カインは席につき、ユリウスに向かって当然のように手招きをした。
「座れ」
「命令形やめてください。私は使用人じゃ……いや、金で買われているからそれ以下か……」
「客でもない」
「じゃあ何なんですか!?」
「同居人」
「便利な言葉でまとめないで!!そもそも同居人で良いんですか!?」
渋々席につくと、すでに温かいスープが目の前に置かれていた。
黄金色に透き通ったその表面から、ふわりと香草の香りが立ちのぼる。
思わず手を伸ばそうとした瞬間、カイルが止める。
「待て」
「もしかして今度は犬扱い!?」
カインがスプーンを取ると慣れた手つきでスープを軽く吹き、温度を確かめた。
そして、満足そうに頷くと――そのままユリウスの前に差し出した。
「ほら、口を開けろ」
「なにこれ、幼児食ですか!?」
「熱いものは苦手だろう」
「そこまで分析しなくていい!」
スプーンを押し返しても、カインはまるで動じない。
まるで戦場のような攻防の末、ユリウスは観念してスプーンを奪い取った。
「……自分で食べます!」
「そうか。偉いな」
「子ども扱いするなあああっ!そもそも私は年上だぞ!!」
スープをなんとか飲み終えたと思ったら、次の攻撃が始まった。
カインはパン籠から柔らかな白パンを取り出し、器用に手でちぎり始める。
「……なにしてるんです?」
「お前の分だ」
「いや、自分でできる!」
「パンをちぎるのは貴族の習慣だ」
「誰の!?」
「俺の家では」
「ローカルルール押し付けるな!」
ちぎられたパンが皿の上に並んでいく。
それがまた、どれも形が整っていて無駄に美しいのが腹立たしい。
さらにカインは、皿をこちらに寄せながら穏やかに言う。
「バターは少なめにしてある。胃が弱いからな」
「……だからなんでそんなに私の情報に詳しいんですか」
「十年前から知っている」
「怖い!!記憶力お化けか!」
そのやり取りを、少し離れたところから執事グレアムが静かに見守っていた。
やがて、ふと目を細めて微笑む。
「……久々に旦那様の笑顔を拝見いたしました」
「笑ってました!?」
ユリウスが驚いてカインを見やる。
視線を向けると確かに――口元が、ほんのわずかに緩んでいた。
普段の鉄面皮が崩れたのを初めて見て、ユリウスは思わず言葉を失う。
「……そんな貴重な現象を見逃すとは」
「グレアム、仕事に戻れ」
「かしこまりました、旦那様……お二人とも、どうぞごゆっくり」
そう言って優雅に退室していくグレアム。
残された沈黙が、妙に気恥ずかしかった。
「……笑ってたんですね」
「そうか?」
「無自覚か!ああ……突っ込むの疲れた……」
ユリウスはパンをつつきながら、ちらりと横目でカインを見た。
確かに、この男は以前よりも穏やかに見える。
それが腹立たしいのか、安心するのか自分でもよく分からない。
「――なあ、カイン」
「なんだ」
「護衛って……普通、こういうことまでやるんでしたっけ?」
「昔からだ……俺はお前の剣であり盾であり、世話係だった」
「最後のだけ方向おかしい!」
「昔はこうして食事を運んで、薬を飲ませて、眠るまで見守っていた」
「護衛と介護の違いを教えたい!」
思わずテーブルを叩くと、カインは小さく首をかしげた。
「違うのか?」
「違います!ある意味、根本的に!」
「そうか……だが、俺にとってはどちらも『守る』ことだ」
カイルその一言が、不意に胸に刺さる。
声の調子はいつも通り淡々としているのに――なぜか、妙に優しい。
「……あのですね」
言葉を探しながら、ユリウスは紅茶を口に運ぶ。
「そういうことを真顔で言うのやめてください。誤解します」
「誤解?」
「……なんでもない!」
湯気の向こうで、カインが微かに笑った。
グレアムが残した言葉の意味を、ユリウスは今になって理解する。
――旦那様の笑顔。
確かにそれは、守られる側の顔ではなかった気がした。
屋敷の中央にあるその部屋は、まるで王侯の晩餐会のように広い。
長いテーブルの端から端まで、並べられた銀器が朝日を反射している。
「……毎日これ、やるんですか」
「当然だ」
「食器磨くだけで何時間かかるんですか」
「俺は時間よりもお前の健康を優先する」
「会話が噛み合ってない!!」
ため息をつく間もなく、執事グレアムが静かに姿を現した。
年配だが姿勢はまっすぐ、目元には穏やかな皺が刻まれている。
「旦那様、朝食のご用意が整いました」
「……はぁ」
静かに息を吐いているユリウスを無視して、グレアムは恭しく一礼する。
カインは席につき、ユリウスに向かって当然のように手招きをした。
「座れ」
「命令形やめてください。私は使用人じゃ……いや、金で買われているからそれ以下か……」
「客でもない」
「じゃあ何なんですか!?」
「同居人」
「便利な言葉でまとめないで!!そもそも同居人で良いんですか!?」
渋々席につくと、すでに温かいスープが目の前に置かれていた。
黄金色に透き通ったその表面から、ふわりと香草の香りが立ちのぼる。
思わず手を伸ばそうとした瞬間、カイルが止める。
「待て」
「もしかして今度は犬扱い!?」
カインがスプーンを取ると慣れた手つきでスープを軽く吹き、温度を確かめた。
そして、満足そうに頷くと――そのままユリウスの前に差し出した。
「ほら、口を開けろ」
「なにこれ、幼児食ですか!?」
「熱いものは苦手だろう」
「そこまで分析しなくていい!」
スプーンを押し返しても、カインはまるで動じない。
まるで戦場のような攻防の末、ユリウスは観念してスプーンを奪い取った。
「……自分で食べます!」
「そうか。偉いな」
「子ども扱いするなあああっ!そもそも私は年上だぞ!!」
スープをなんとか飲み終えたと思ったら、次の攻撃が始まった。
カインはパン籠から柔らかな白パンを取り出し、器用に手でちぎり始める。
「……なにしてるんです?」
「お前の分だ」
「いや、自分でできる!」
「パンをちぎるのは貴族の習慣だ」
「誰の!?」
「俺の家では」
「ローカルルール押し付けるな!」
ちぎられたパンが皿の上に並んでいく。
それがまた、どれも形が整っていて無駄に美しいのが腹立たしい。
さらにカインは、皿をこちらに寄せながら穏やかに言う。
「バターは少なめにしてある。胃が弱いからな」
「……だからなんでそんなに私の情報に詳しいんですか」
「十年前から知っている」
「怖い!!記憶力お化けか!」
そのやり取りを、少し離れたところから執事グレアムが静かに見守っていた。
やがて、ふと目を細めて微笑む。
「……久々に旦那様の笑顔を拝見いたしました」
「笑ってました!?」
ユリウスが驚いてカインを見やる。
視線を向けると確かに――口元が、ほんのわずかに緩んでいた。
普段の鉄面皮が崩れたのを初めて見て、ユリウスは思わず言葉を失う。
「……そんな貴重な現象を見逃すとは」
「グレアム、仕事に戻れ」
「かしこまりました、旦那様……お二人とも、どうぞごゆっくり」
そう言って優雅に退室していくグレアム。
残された沈黙が、妙に気恥ずかしかった。
「……笑ってたんですね」
「そうか?」
「無自覚か!ああ……突っ込むの疲れた……」
ユリウスはパンをつつきながら、ちらりと横目でカインを見た。
確かに、この男は以前よりも穏やかに見える。
それが腹立たしいのか、安心するのか自分でもよく分からない。
「――なあ、カイン」
「なんだ」
「護衛って……普通、こういうことまでやるんでしたっけ?」
「昔からだ……俺はお前の剣であり盾であり、世話係だった」
「最後のだけ方向おかしい!」
「昔はこうして食事を運んで、薬を飲ませて、眠るまで見守っていた」
「護衛と介護の違いを教えたい!」
思わずテーブルを叩くと、カインは小さく首をかしげた。
「違うのか?」
「違います!ある意味、根本的に!」
「そうか……だが、俺にとってはどちらも『守る』ことだ」
カイルその一言が、不意に胸に刺さる。
声の調子はいつも通り淡々としているのに――なぜか、妙に優しい。
「……あのですね」
言葉を探しながら、ユリウスは紅茶を口に運ぶ。
「そういうことを真顔で言うのやめてください。誤解します」
「誤解?」
「……なんでもない!」
湯気の向こうで、カインが微かに笑った。
グレアムが残した言葉の意味を、ユリウスは今になって理解する。
――旦那様の笑顔。
確かにそれは、守られる側の顔ではなかった気がした。
50
あなたにおすすめの小説
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
【完結】逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。
しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです…
本当の花嫁じゃないとばれたら大変!
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。
【完結】スパダリを目指していたらスパダリに食われた話
紫蘇
BL
給湯室で女の子が話していた。
理想の彼氏はスパダリよ!
スパダリ、というやつになったらモテるらしいと分かった俺、安田陽向(ヒナタ)は、スパダリになるべく会社でも有名なスパダリ…長船政景(マサカゲ)課長に弟子入りするのであった。
受:安田陽向
天性の人たらしで、誰からも好かれる人間。
社会人になってからは友人と遊ぶことも減り、独り身の寂しさを噛み締めている。
社内システム開発課という変人どもの集まりの中で唯一まともに一般人と会話できる貴重な存在。
ただ、孤独を脱したいからスパダリになろうという思考はやはり変人のそれである。
攻:長船政景
35歳、大人の雰囲気を漂わせる男前。
いわゆるスパダリ、中身は拗らせ変態。
妹の美咲がモデルをしており、交友関係にキラキラしたものが垣間見える。
サブキャラ
長船美咲:27歳、長船政景の年の離れた妹。
抜群のスタイルを生かし、ランウェイで長らく活躍しているモデル。
兄の恋を応援するつもりがまさかこんなことになるとは。
高田寿也:28歳、美咲の彼氏。
そろそろ美咲と結婚したいなと思っているが、義理の兄がコレになるのかと思うと悩ましい。
義理の兄の恋愛事情に巻き込まれ、事件にだけはならないでくれと祈る日々が始まる…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる