没落令息は、元許嫁の護衛騎士に買われ所有物になりました。

桜塚あお華

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第09話 働かせろ!没落令息の反乱

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 朝日がカーテン越しに差し込み、鳥たちの囀りが高く響く。
 ユリウスはふかふかのベッドの中で、大きなため息を一つついた。
 目覚めてまず出迎えたのは、完璧に淹れられた紅茶。
 用意された服、磨き上げられた靴。
 枕元には、季節の花が美しく飾られていた。

「……どこの王族ですか、私は」

 ぼやきながらもカップを手に取り、一口すする。
 香り、温度、味――すべてが完璧。
 美味しいし、だからこそ腹が立つ。

「これじゃあ、ペットと変わらないじゃないか!金で買われたけど!!」

 叫んだ直後――ノックもなしに、例の騎士が扉を開けた。

「おはよう」
「今の聞いてました!?」
「全部」
「盗聴のような魔道具でも仕掛けてるんですか!?」
「お前の声が大きいだけだ」
「黙って聞かないで、助言くらいしろ!」
「ペットではない」
「そういう問題じゃないの!」

 枕を手当たり次第に投げつけるも、カインは軽くキャッチし、静かに微笑むだけだった。
 穏やかな朝――しかし、ユリウスにとってはこれから監視と干渉の地獄の続きだった。

 昼頃辺り、ユリウスは叫ぶ。

「執事さん、皿洗い手伝わせてください!」

 突如厨房に現れたユリウスに、執事のグレアムは目を丸くする。

「……ゆ、ユリウス様のお手を煩わせるわけには……」
「いいから!何もしないで生きてると、罪悪感で死にそうなんですよ私!」

 言い切る勢いに押され、渋々タオルを渡すグレアム。
 ユリウスは袖をまくり、真剣な表情で皿を洗いはじめた。

「よし、これで少しは人間らし――」
「割れたら危ない」
「うわああああっ!?」

 振り返ると、皿はすでにカインの手の中。
 まるで最初からそこにいたかのように。

「だから音もなく出てくるなって言ってるでしょ!」
「滑りやすいし、手が荒れる」
「いや、皿洗いくらいっ――!」
「俺がやる」
「やるな!!」

 タオルも取り上げられ、ユリウスはなすすべなく立ち尽くす。
 隣で、グレアムが穏やかに笑んだ。

「お二人の共同作業、見ていて心が温まります」
「温まってるの私の怒りだけですッ!」

 叫んでいるユリウスの姿に、カイルは何処か楽しそうに静かに笑った。

 気を取り直し、少しは体を動かそうと、ユリウスは花壇の前にしゃがみ込む。
 土の香りに包まれながら、手入れを始めた。

「……土に触れるのも、悪くないな……」

 穏やかに呟いた、その刹那――背後に影が差す。

「日差しが強い」
「うわっ、また!?いや、自分で選んで庭に出てきたんですけど!!」

 見上げると、カインが大きな日傘を差し出していた。
 さらには冷えた水差しまで手渡してくる。

「喉が渇くだろう」
「至れり尽くせりすぎるわ!」
「見守るのも俺の役目だ」
「言い換えましょう。『監視』ってね!」

 ちょうどそこへ、メイド長のサラが現れる。
 いつもの微笑みで、まるで昼下がりの風のように軽やかに言う。

「まぁまぁ、まるで新婚のようですねぇ」
「違いますってばぁぁあああっ!」

 叫ぶユリウスをよそに、サラは「はいはい」と涼しい顔で去っていく。
 残された彼は、頭を抱えて空を仰いだ。

「……ほんと、どこまで世話を焼く気なんだこの男は」

   ▽

 日が傾く頃、ユリウスは書斎にいた。
 カインの仕事を手伝おうと、机に並ぶ書類を整理している。

「ふむ……この分類表、文字の配置が逆……」
「紙で手を切るかもしれない」
「……また出たあああっ!!」

 振り向けば、やはり隣にはカイン。
 当然のように座り、白い手袋を差し出してきた。

「これをつけろ」
「何なんですかこの完全防護体制は!」
「大切な手だから」
「いやそれ、比喩……仕事上の……」
「違う」
「違うのかよ!」

 抗議する間もなく、カインの手がユリウスの手を包む。
 ゆっくりと、まるで宝石でも扱うような手つきで、指先に手袋がはめられていく。

 ――どくん、と心臓が跳ねた。

「……な、なんでそんな優しい手つきなんですか」
「扱い方を間違えると、傷つくだろう」
「物扱いみたいに言わないでください!」

「違う……なんていうか、そうだな。宝物扱いみたいな感じだ」
「なっ……も、もっとタチ悪いわぁ……!」

 ユリウスは椅子から勢いよく立ち上がるが、耳まで赤く染まっていた。
 思考がうまくまとまらない。
 そんな彼を見て、カインはゆるやかに微笑む。

「お前の手は、剣よりも――花を持つのに、ふさわしい」

 ――時間が一瞬、凍った。

「……は?」
「汚すより、何かを育てているほうが、ずっと似合う」
「……っ」

 返す言葉を探す間に、胸の奥で熱が芽吹いていた。
 まるで一輪の花が、心の奥にふわりと咲いたような――そんな感覚。

「……意味、分かんないんですけど……」

 絞るようにそう言って、書斎を出ようとする。
 だが背を向けたユリウスの耳は、羞恥に染まり真っ赤だった。
 夜風が窓を揺らす。
 外の庭では、昼間ユリウスが整えた花壇の花が、月の光を浴びてゆらゆらと揺れていた。

「……ほんとに、何なんですかね、あなたは」

 誰にともなく呟きながら、ユリウスは静かに息を吐く。
 指先には、まだカインの体温が残っている気がした。

 ――剣より、花。

 その言葉が、どうしても頭から離れなかった。
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