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第11話 嫉妬騒動と、すれ違いの夜
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夜の帳が屋敷を静かに包み込んでいた。
煌びやかな昼の名残は、どこにもない。
天井のシャンデリアは灯されず、頼りない蝋燭の灯が揺れながら食堂を照らしている。
二人きりの食卓。
カインは無言のままスープポットを手に取り、淡々と皿に注ぐ。
その所作に乱れはなかった――けれど、どこか張り詰めていた。
カチン、と銀のスプーンが陶器に触れた瞬間、ユリウスはぴくりと肩を震わせた。
(……また、か)
目の前のスープは熱いはずなのに、指先は冷たかった。
いつもなら当たり前のように会話が交わされる食卓なのに今日は妙に、息苦しい。
「……なあ」
重い沈黙に耐え切れず、ユリウスは声を落とした。
「もしかして……怒ってる?」
返ってきたのは、低く乾いた声。
「別に」
あまりにも淡々とした言葉だ。
けれど、その一言がナイフのように胸に突き刺さった。
「お前が誰とどこで、何を話そうと……俺には関係ない」
まるで、それ以上話す価値はないとでも言いたげに。
ユリウスはスプーンを皿に置く。
細い指が、少しだけ震えているのを自覚する。
「……だったら、放っておけばいいだろ」
小さく吐き捨てるように言う。
しかし、どこか拗ねた子どもみたいに聞こえてしまう自分が悔しかった。
「放っておけるなら、とっくにそうしてる」
カインの声もまた、微かに震えていた。
感情を押し殺すような、低く掠れた音だった。
蝋燭の光が、ふたりの間に伸びた影を揺らす。
そのわずかな揺れが、まるで心の迷いそのもののようで。
「……なにそれ、どういう意味だよ」
「意味なんか、ない」
「嘘だ……お前、ずっと変だぞ?昼からずっと」
「お前の思い違いだ」
カインは視線を逸らす。
けれど、スープ皿の縁に触れた指先が微かに震えているのを、ユリウスは見逃さなかった。
「怒ってるくせに、認めないとか……」
言葉が途切れる。
けれど、次に出た言葉は、本人も驚くほど率直だった。
「嫉妬……してるのか?」
ほんの一瞬、時間が止まった気がした。
カインの瞳が揺れる。
蝋燭の光を映して、深い水底のような黒が淡くきらめいた。
「……するわけがない」
そう言ったその横顔は、どこまでも不器用だった。
「じゃあ、なんなんだよ……お前は」
感情が抑えきれなかった。
胸の奥で何かがじわじわと滲んでくる。
寂しさとも苛立ちともつかない、それはたぶん――自分でも気づきたくない想い。
「護衛だの心配だのって言い訳ばっかして、本当は……」
「ない」
「嘘だ!」
声が震えた。
痛みに近い熱が、喉の奥を灼く。
「そう言いながら、なんでそんな顔するんだよ……!」
気がつけば、ふたりの距離は思いのほか近かった。
机を挟んだ距離なのに、呼吸が触れ合いそうなほど、空気が張りつめていた。
「……カイン」
静かに、カインの名を呼んだ。
たったそれだけのことなのに、喉の奥がひりついた。
そして――カインが静かに椅子を引き、立ち上がる。
影がすっと長く伸びて、ユリウスの足元に触れた。
「俺は、お前の護衛で……だけど、お前を金で買った」
淡々と、けれどどこか――哀しそうに。
「……それ以上を、望むな」
その声は静かだった。
静かだからこそ、胸に染みるようだった。
ユリウスは息をのむ。
何かを言いたくて、でも声にならなくて。
「……そっか」
笑った――けれど、それは強がりの笑みだった。
「分かったよ、『ご主人様』」
立ち上がり、椅子の背を軽く叩く。
音が乾いて響いた。
歩き出す背中は、強く見えたかもしれない。
でも――本当は、どうしようもなく脆かった。
廊下に出たとたん、ひやりとした夜気が頬を撫でる。
けれど、それすら熱いと感じるほど、胸の内側はぐちゃぐちゃだった。
(……なんなんだよ、あいつ)
小さくつぶやいて、自室の扉を閉める。
その音が、やけに重たく響いた。
そして、残された食堂。
蝋燭の火が細く揺れる中、カインは席に座り直すこともなくただ静かに呟いた。
「……守るだけじゃ、足りないと気づいているのに……このままだと、壊してしまいそうで、怖いんだ」
その声は、誰にも届かない。
灯りも、温もりも、すでに遠く。
夜は、ゆっくりと深く沈んでいった。
煌びやかな昼の名残は、どこにもない。
天井のシャンデリアは灯されず、頼りない蝋燭の灯が揺れながら食堂を照らしている。
二人きりの食卓。
カインは無言のままスープポットを手に取り、淡々と皿に注ぐ。
その所作に乱れはなかった――けれど、どこか張り詰めていた。
カチン、と銀のスプーンが陶器に触れた瞬間、ユリウスはぴくりと肩を震わせた。
(……また、か)
目の前のスープは熱いはずなのに、指先は冷たかった。
いつもなら当たり前のように会話が交わされる食卓なのに今日は妙に、息苦しい。
「……なあ」
重い沈黙に耐え切れず、ユリウスは声を落とした。
「もしかして……怒ってる?」
返ってきたのは、低く乾いた声。
「別に」
あまりにも淡々とした言葉だ。
けれど、その一言がナイフのように胸に突き刺さった。
「お前が誰とどこで、何を話そうと……俺には関係ない」
まるで、それ以上話す価値はないとでも言いたげに。
ユリウスはスプーンを皿に置く。
細い指が、少しだけ震えているのを自覚する。
「……だったら、放っておけばいいだろ」
小さく吐き捨てるように言う。
しかし、どこか拗ねた子どもみたいに聞こえてしまう自分が悔しかった。
「放っておけるなら、とっくにそうしてる」
カインの声もまた、微かに震えていた。
感情を押し殺すような、低く掠れた音だった。
蝋燭の光が、ふたりの間に伸びた影を揺らす。
そのわずかな揺れが、まるで心の迷いそのもののようで。
「……なにそれ、どういう意味だよ」
「意味なんか、ない」
「嘘だ……お前、ずっと変だぞ?昼からずっと」
「お前の思い違いだ」
カインは視線を逸らす。
けれど、スープ皿の縁に触れた指先が微かに震えているのを、ユリウスは見逃さなかった。
「怒ってるくせに、認めないとか……」
言葉が途切れる。
けれど、次に出た言葉は、本人も驚くほど率直だった。
「嫉妬……してるのか?」
ほんの一瞬、時間が止まった気がした。
カインの瞳が揺れる。
蝋燭の光を映して、深い水底のような黒が淡くきらめいた。
「……するわけがない」
そう言ったその横顔は、どこまでも不器用だった。
「じゃあ、なんなんだよ……お前は」
感情が抑えきれなかった。
胸の奥で何かがじわじわと滲んでくる。
寂しさとも苛立ちともつかない、それはたぶん――自分でも気づきたくない想い。
「護衛だの心配だのって言い訳ばっかして、本当は……」
「ない」
「嘘だ!」
声が震えた。
痛みに近い熱が、喉の奥を灼く。
「そう言いながら、なんでそんな顔するんだよ……!」
気がつけば、ふたりの距離は思いのほか近かった。
机を挟んだ距離なのに、呼吸が触れ合いそうなほど、空気が張りつめていた。
「……カイン」
静かに、カインの名を呼んだ。
たったそれだけのことなのに、喉の奥がひりついた。
そして――カインが静かに椅子を引き、立ち上がる。
影がすっと長く伸びて、ユリウスの足元に触れた。
「俺は、お前の護衛で……だけど、お前を金で買った」
淡々と、けれどどこか――哀しそうに。
「……それ以上を、望むな」
その声は静かだった。
静かだからこそ、胸に染みるようだった。
ユリウスは息をのむ。
何かを言いたくて、でも声にならなくて。
「……そっか」
笑った――けれど、それは強がりの笑みだった。
「分かったよ、『ご主人様』」
立ち上がり、椅子の背を軽く叩く。
音が乾いて響いた。
歩き出す背中は、強く見えたかもしれない。
でも――本当は、どうしようもなく脆かった。
廊下に出たとたん、ひやりとした夜気が頬を撫でる。
けれど、それすら熱いと感じるほど、胸の内側はぐちゃぐちゃだった。
(……なんなんだよ、あいつ)
小さくつぶやいて、自室の扉を閉める。
その音が、やけに重たく響いた。
そして、残された食堂。
蝋燭の火が細く揺れる中、カインは席に座り直すこともなくただ静かに呟いた。
「……守るだけじゃ、足りないと気づいているのに……このままだと、壊してしまいそうで、怖いんだ」
その声は、誰にも届かない。
灯りも、温もりも、すでに遠く。
夜は、ゆっくりと深く沈んでいった。
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