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第24話 罠と襲撃
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その夜、街の空気はどこかざらついていた。
昼間の雨の名残で、石畳が黒く濡れ、月の光を鈍く跳ね返す。
「……ここから先は、人気がなくなる」
カインが外套の裾を押さえながら言う。
「わかってます」
ユリウスは短く返したが、その手はわずかに震えていた。
怖くないはずなのに――胸の奥がざわつく。
そんな二人の後ろから、のんきな声が響いた。
「ねぇ、やっぱ夜は冷えるね! パン冷めちゃうよ!」
「……なんでまだ持ってるんですか」
ユリウスが振り返ると、リオがいつものようにパン袋を抱えていた。
月明かりの下でも笑顔だけは妙に明るい。
「いや、非常食! 潜入任務には炭水化物が必要でしょ!」
「お前、ほんとに来たのか……」
カインが半ば呆れながらも歩調を緩めた。
彼の視線は鋭いが、どこか諦めを含んでいる。
「だってさ、俺の情報がなきゃたどり着けなかったでしょ?」
「それはそうですけど……」
「でしょー?」
リオは得意げに鼻を鳴らし、
片手でパンを差し出した。
「ほら、エネルギー補給! 戦う前には糖分!あと勇気!」
「……勇気はパンに入ってません」
「気持ちの問題だよ、気持ちの!」
ユリウスが溜息をつく横で、カインが静かに言葉を挟んだ。
「――二人とも、声を落とせ」
その一言で空気が引き締まる。
三人は息を整え、街外れの細い道を抜けていく。
やがて、旧オルディア銀行の倉庫跡が見えてきた。
建物は黒ずみ、窓は板で打ち付けられ、月光の下で不気味な影を落としている。
「……ここ、だな」
カインが立ち止まり、低く呟く。
リオが軽く覗き込み、おどけた声を出した。
「わぁ、ホコリとカビと絶望の香り~」
「リオ、ふざけるな」
「ごめんごめん! でも、緊張ほぐした方がいいでしょ?……あーもう、こういう時にパンの香り嗅いで落ち着こ」
そう言って、袋の中からクロワッサンを取り出し、もぐもぐと食べ始める。
「……ほんとに食べるんですね」
「だってお腹空いたし」
ユリウスが呆れたように頭を押さえた。
けれど、そんな和やかな空気の奥――ユリウスの耳に、微かな音が届いた。
倉庫の奥から……金属が擦れるような、ひどく低い音。
「……今の、聞こえたか?」
リオがクロワッサンを止め、真顔になる。
「聞こえた……人の気配だ」
カインは無言で剣の柄に手を置いた。
「行くぞ……ここからは慎重に」
ユリウスは深く息を吸い、リオはパン袋を胸に抱きしめる。
「……お願いだから、パンが盾になりませんように」
その呟きに、ユリウスが思わず笑ってしまった。
「そんな盾いりませんよ」
「いいじゃん! 炭水化物の勇気だよ!」
二人のやり取りを聞いて、カインは短く言った。
「喋るな」
三人は顔を見合わせ、そして頷いた。
風が一瞬止み、夜の闇が深く沈み――その先に待つものを、まだ知らぬまま。
▽
夕刻、風がざわつき始める頃――街外れ、人気のない倉庫の前に三人の姿があった。
ユリウス、カイン、そしてリオ。
「ほんとにここ?どう見ても怪しさ満点なんだけど」
リオが肩にパン袋を担いだまま、眉をひそめて呟く。
「情報元は確かだ。写しの記録があると聞いた」
カインの声は低く、警戒を帯びている。
ユリウスは前を見据えながら、倉庫の錆びた扉に手をかける。
ごりり、と重い音を立てて開かれた内部には、埃まみれの木箱が無造作に積まれている。
空気は重く、湿っていた。
古い紙と、かすかに鉄錆の匂いが鼻をつく。
「なんだか、息が詰まりそうだね……」
リオがぽつりと呟く。
「……ここ、本当に記録が残ってるのか?」
ユリウスが小さく問いかける。
「足はつかない場所だ。あいつらが使うにはちょうどいい」
カインがそう答えた次の瞬間――木箱の陰から、気配が動いた。
「……ようこそ、お客様」
男の声と共に、倉庫の奥や高台、周囲の陰から一斉に黒ずくめの男たちが現れる。
仮面で顔を覆い、手には鈍く光る武器を持っており、数は――十人以上。
瞬時に、出入口も塞がれていた。
リオが後ずさり、ユリウスが思わず息をのむ。
「……罠、か」
カインの言葉とともに、剣が静かに抜かれた。
鞘を抜けた銀の刃が、薄闇の中で閃く。
「ユリウス、リオ。下がれ」
「っ、でも!」
「えっ、やだ、ちょ、俺パンしか――!」
「命令だ。ここは俺が――」
言い終えるよりも早く、一人の敵が飛びかかってきた。
カインは瞬時に前へ出て剣を振るう。
鋼と鋼がぶつかり、火花が散る。
一人、また一人と倒していくが、数があまりにも多い。
ユリウスの胸に、かつての無力な自分が蘇る。
『ただ守られるだけ』だった自分――何もできずに、ただ、見ていることしかできなかったあの日。
でも、もう違う。
(俺は……もう誰の所有物でもない)
脈打つ心臓がうるさいほどに鳴る。
ユリウスは近くの床に転がっていた石を掴み、ぎゅっと握りしめた。
「守られるだけなんて、もう嫌だ!」
その叫びと共に、ユリウスは咄嗟に近くの石を拾い上げた。
震える手で、それでも力いっぱい投げる。
放たれた石は、敵の手元を正確にかすめ、ナイフが床に落ちた。
「っ今だよ!」
リオの声が響く。
次の瞬間、カインは即座に動いた。
風のような速さで間合いを詰め、一撃を入れ、敵の男が呻き声を上げ、崩れ落ちる。
ユリウスは息を切らしながら、呆然とその光景を見つめていた。
何もできないはずの自分が――ほんの少しでも、助けになれた。
「……無理はするな」
「う……わ、悪い」
「だが、助かった」
低く静かな声――それだけで、ユリウスの胸の奥が熱くなる。
カインが一歩前に出て剣を構え、ユリウスは距離を取りながらも背中を合わせた。
リオは後方に下がり、パン袋を抱えたまま目を細める。
「逃げ道、見てくる!もし何かあったら、全力で叫んで!」
リオが走り出し、ユリウスは「頼んだ!」と叫んだ。
その声と同時に、カインの剣が再び閃く。
金属音が倉庫の空気を震わせる。
怒号、衝突、火花、ユリウスは不用意に近づかないよう周囲の物陰を確認しながら、
落ちた武器や木片を蹴り飛ばしてカインの動きを補助した。
(俺にできるのは、ほんの少し。でも、それでも――)
ただ守られるだけでは終わらせない。
その想いが、全身を突き動かしていた。
やがて、敵の動きが鈍くなり、倒れ伏した男たちの間を風が抜けていく。
残った者たちは沈黙し、無言のまま退いた。
「……終わった、か」
ユリウスが肩で息をしながら言う。
その手をそっと伸ばすと、カインが黙って受け取った。
震えていた指先を、強く、確かに握り返す。
「……カイン」
「ん?」
「ありがとう。でも……次は、もう少し早く俺に任せてくれてもいい」
カインは少しだけ黙り、そしてふっと目を細める。
「次は――お前が俺を守ってくれるか?」
その問いに、ユリウスは笑って、静かに頷いた。
背後から、リオの安堵の声が響く。
「……はー……心臓に悪いよ、ほんとに……! もうちょっと平和な調査しようよ、ね!?」
パンの香りがふわりと漂い、ユリウスは小さく笑った。
倉庫の隙間から差し込む光が、埃をきらめかせる。
さっきまで吹き荒れていた風が、どこか穏やかに変わっていた。
昼間の雨の名残で、石畳が黒く濡れ、月の光を鈍く跳ね返す。
「……ここから先は、人気がなくなる」
カインが外套の裾を押さえながら言う。
「わかってます」
ユリウスは短く返したが、その手はわずかに震えていた。
怖くないはずなのに――胸の奥がざわつく。
そんな二人の後ろから、のんきな声が響いた。
「ねぇ、やっぱ夜は冷えるね! パン冷めちゃうよ!」
「……なんでまだ持ってるんですか」
ユリウスが振り返ると、リオがいつものようにパン袋を抱えていた。
月明かりの下でも笑顔だけは妙に明るい。
「いや、非常食! 潜入任務には炭水化物が必要でしょ!」
「お前、ほんとに来たのか……」
カインが半ば呆れながらも歩調を緩めた。
彼の視線は鋭いが、どこか諦めを含んでいる。
「だってさ、俺の情報がなきゃたどり着けなかったでしょ?」
「それはそうですけど……」
「でしょー?」
リオは得意げに鼻を鳴らし、
片手でパンを差し出した。
「ほら、エネルギー補給! 戦う前には糖分!あと勇気!」
「……勇気はパンに入ってません」
「気持ちの問題だよ、気持ちの!」
ユリウスが溜息をつく横で、カインが静かに言葉を挟んだ。
「――二人とも、声を落とせ」
その一言で空気が引き締まる。
三人は息を整え、街外れの細い道を抜けていく。
やがて、旧オルディア銀行の倉庫跡が見えてきた。
建物は黒ずみ、窓は板で打ち付けられ、月光の下で不気味な影を落としている。
「……ここ、だな」
カインが立ち止まり、低く呟く。
リオが軽く覗き込み、おどけた声を出した。
「わぁ、ホコリとカビと絶望の香り~」
「リオ、ふざけるな」
「ごめんごめん! でも、緊張ほぐした方がいいでしょ?……あーもう、こういう時にパンの香り嗅いで落ち着こ」
そう言って、袋の中からクロワッサンを取り出し、もぐもぐと食べ始める。
「……ほんとに食べるんですね」
「だってお腹空いたし」
ユリウスが呆れたように頭を押さえた。
けれど、そんな和やかな空気の奥――ユリウスの耳に、微かな音が届いた。
倉庫の奥から……金属が擦れるような、ひどく低い音。
「……今の、聞こえたか?」
リオがクロワッサンを止め、真顔になる。
「聞こえた……人の気配だ」
カインは無言で剣の柄に手を置いた。
「行くぞ……ここからは慎重に」
ユリウスは深く息を吸い、リオはパン袋を胸に抱きしめる。
「……お願いだから、パンが盾になりませんように」
その呟きに、ユリウスが思わず笑ってしまった。
「そんな盾いりませんよ」
「いいじゃん! 炭水化物の勇気だよ!」
二人のやり取りを聞いて、カインは短く言った。
「喋るな」
三人は顔を見合わせ、そして頷いた。
風が一瞬止み、夜の闇が深く沈み――その先に待つものを、まだ知らぬまま。
▽
夕刻、風がざわつき始める頃――街外れ、人気のない倉庫の前に三人の姿があった。
ユリウス、カイン、そしてリオ。
「ほんとにここ?どう見ても怪しさ満点なんだけど」
リオが肩にパン袋を担いだまま、眉をひそめて呟く。
「情報元は確かだ。写しの記録があると聞いた」
カインの声は低く、警戒を帯びている。
ユリウスは前を見据えながら、倉庫の錆びた扉に手をかける。
ごりり、と重い音を立てて開かれた内部には、埃まみれの木箱が無造作に積まれている。
空気は重く、湿っていた。
古い紙と、かすかに鉄錆の匂いが鼻をつく。
「なんだか、息が詰まりそうだね……」
リオがぽつりと呟く。
「……ここ、本当に記録が残ってるのか?」
ユリウスが小さく問いかける。
「足はつかない場所だ。あいつらが使うにはちょうどいい」
カインがそう答えた次の瞬間――木箱の陰から、気配が動いた。
「……ようこそ、お客様」
男の声と共に、倉庫の奥や高台、周囲の陰から一斉に黒ずくめの男たちが現れる。
仮面で顔を覆い、手には鈍く光る武器を持っており、数は――十人以上。
瞬時に、出入口も塞がれていた。
リオが後ずさり、ユリウスが思わず息をのむ。
「……罠、か」
カインの言葉とともに、剣が静かに抜かれた。
鞘を抜けた銀の刃が、薄闇の中で閃く。
「ユリウス、リオ。下がれ」
「っ、でも!」
「えっ、やだ、ちょ、俺パンしか――!」
「命令だ。ここは俺が――」
言い終えるよりも早く、一人の敵が飛びかかってきた。
カインは瞬時に前へ出て剣を振るう。
鋼と鋼がぶつかり、火花が散る。
一人、また一人と倒していくが、数があまりにも多い。
ユリウスの胸に、かつての無力な自分が蘇る。
『ただ守られるだけ』だった自分――何もできずに、ただ、見ていることしかできなかったあの日。
でも、もう違う。
(俺は……もう誰の所有物でもない)
脈打つ心臓がうるさいほどに鳴る。
ユリウスは近くの床に転がっていた石を掴み、ぎゅっと握りしめた。
「守られるだけなんて、もう嫌だ!」
その叫びと共に、ユリウスは咄嗟に近くの石を拾い上げた。
震える手で、それでも力いっぱい投げる。
放たれた石は、敵の手元を正確にかすめ、ナイフが床に落ちた。
「っ今だよ!」
リオの声が響く。
次の瞬間、カインは即座に動いた。
風のような速さで間合いを詰め、一撃を入れ、敵の男が呻き声を上げ、崩れ落ちる。
ユリウスは息を切らしながら、呆然とその光景を見つめていた。
何もできないはずの自分が――ほんの少しでも、助けになれた。
「……無理はするな」
「う……わ、悪い」
「だが、助かった」
低く静かな声――それだけで、ユリウスの胸の奥が熱くなる。
カインが一歩前に出て剣を構え、ユリウスは距離を取りながらも背中を合わせた。
リオは後方に下がり、パン袋を抱えたまま目を細める。
「逃げ道、見てくる!もし何かあったら、全力で叫んで!」
リオが走り出し、ユリウスは「頼んだ!」と叫んだ。
その声と同時に、カインの剣が再び閃く。
金属音が倉庫の空気を震わせる。
怒号、衝突、火花、ユリウスは不用意に近づかないよう周囲の物陰を確認しながら、
落ちた武器や木片を蹴り飛ばしてカインの動きを補助した。
(俺にできるのは、ほんの少し。でも、それでも――)
ただ守られるだけでは終わらせない。
その想いが、全身を突き動かしていた。
やがて、敵の動きが鈍くなり、倒れ伏した男たちの間を風が抜けていく。
残った者たちは沈黙し、無言のまま退いた。
「……終わった、か」
ユリウスが肩で息をしながら言う。
その手をそっと伸ばすと、カインが黙って受け取った。
震えていた指先を、強く、確かに握り返す。
「……カイン」
「ん?」
「ありがとう。でも……次は、もう少し早く俺に任せてくれてもいい」
カインは少しだけ黙り、そしてふっと目を細める。
「次は――お前が俺を守ってくれるか?」
その問いに、ユリウスは笑って、静かに頷いた。
背後から、リオの安堵の声が響く。
「……はー……心臓に悪いよ、ほんとに……! もうちょっと平和な調査しようよ、ね!?」
パンの香りがふわりと漂い、ユリウスは小さく笑った。
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