没落令息は、元許嫁の護衛騎士に買われ所有物になりました。

桜塚あお華

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第25話 捕らえられた商人と黒幕の影

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 倉庫の奥、割れた木箱と倒れた男たちの間を抜けて、ユリウスとカインは進んでいた。
 床には、切れたロープの束や転がった金属片。
 焦げた匂いが、まだ残っている。

「……うわぁ……ここ、地獄の残り香だね……」

 リオが鼻をつまみながら、小声で呟いた。

「喋るな、足音を消せ」

 カインの低い声が飛ぶ。

「は、はいっ……!」

 パン袋を抱えたまま、リオはびくりと背筋を伸ばした。
 やがて、壁際で一人、縮こまるようにして座り込む影が見えた。

「……命だけは……命だけはお助けを……!」

 濁った声。小太りで、目元の弛んだ男――ヴァルドの姿だ。
 数日前まではユリウスを『商品』として見ていた男。
 しかし、その袖は泥に汚れ、額には脂汗。
 彼の震えは、恐怖というより『崩壊』に近い。
 そして、その恐怖の矛先はただ一人――カインであった。
 氷のように冷え切った瞳が、真っ直ぐヴァルドを射抜いていた。

「……誰の指示だ」

 低く、押し殺した声が倉庫に落ちる。

「な、なにがでございますか……?」
「お前が俺たちをこの倉庫に誘い込み、襲撃を仕掛けた事……そして、再びユリウスを市場に戻せと命じた者の名前だ」

 倉庫の天井を打つ雨音が、やけに遠く響く。
 沈黙を裂くように、ヴァルドの肩が大きく震えた。

「……わ、わたしはただ、命令されたのです!断れるはずがない……!」
「命令?」
「はい……貴族議会の……上層部の……お方です……」

 ユリウスがわずかに息を呑む。
 胸の奥に、嫌なざらつきが走った。

 ヴァルドは視線を伏せ、さらにしぼり出すように続ける。

「『ユリウス・グランフェルを市場に戻せ。貴族の手で再び』……と」

 その言葉に、ユリウスの手がかすかに震えた。

「そして……その命を受けたのは……」

 喉が鳴る。
 唾を飲み込むような仕草のあとに、彼が告げた名前にユリウスは納得した。

「……エドガー・リドフォード様、でございます」

 その名が放たれた瞬間、倉庫の空気が凍りつく。

「――っ……!」

 ユリウスの視界が、にわかに霞む。
 背筋を冷たいものが駆け上がる。

(エドガーが……?また俺を……)

 あの夜の記憶が甦る――暗い部屋に閉ざされた扉、背中を這う指の感触。
 自分の身体を『物』として扱われた記憶が。
 吐き気を堪えながら顔を上げると、カインの表情が、変わっていた。
 普段、どんな場面でも冷静な男が、今――明らかに、苦しげに顔を歪めていた。

「……まさか、エドガーが……」

 その声には、驚きよりも痛みが滲んでいた。

「カイン……?」

 ユリウスの呼びかけに、カインはゆっくりと振り向いた。
 その瞳の奥に、迷いがあった。
 まるで、心の底から何かを引きずり出されるような、そんな色。
 リオが小声でユリウスの袖を引く。

「ねえ……あの顔、ヤバくない? なんか、知ってる感じだよね」
「……黙って」

 ユリウスは唇を噛みしめ、目を逸らさずにカインを見つめた。
 カインはヴァルドに歩み寄り、静かに問う。

「もう一度聞く。『命令』は本当に、エドガー・リドフォードなのか」
「し、真実でございます! 嘘など申しません!」
「……その証拠は?」
「書簡です! 受け取りました! ……本国の封蝋と印章が!」

 震える手で内ポケットから取り出された封筒には、紫の薔薇――リドフォード家の印章がくっきりと押されていた。
 カインはそれを受け取り、しばらく無言で見つめた。
 手が、ほんのわずかに震えている。
 その微細な揺れを、ユリウスは見逃さなかった。

(……やっぱり、何か隠してる)

「……お前、エドガーに仕えていたことがあるのか?」

 問いに、カインは答えない。
 ただ、沈黙を落としたまま封筒を懐にしまい、ヴァルドに背を向けた。

「連行する。貴族議会にすべて提出する」
「お待ちを!どうか、お情けをっ!」

 ヴァルドの悲鳴が倉庫に響く。
 リオは耳を塞ぎながら、小さく呟いた。

「……あー、これ絶対ろくなことにならないやつだ……」

 雨が、倉庫の屋根を強く打ちつける。
 その音に紛れて、ユリウスは小さく息を吐いた。

(……やっぱり、逃げられないんだ)

 自分が『売られた』過去も。
 エドガーという名に縛られる現在も。
 そして――カインが言えずにいる『何か』も。

 倉庫の外、雨の向こうで、真実はまだその輪郭を見せてはいなかった。
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