没落令息は、元許嫁の護衛騎士に買われ所有物になりました。

桜塚あお華

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第26話 ユリウスは俺のモノだ

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 激しい雨の中での一件から数時間後。
 夜の帳がすっかり降りたカイン邸の応接間には、静けさが戻っていた。
 だが、その静けさの中にあるのは――平穏ではなく、張りつめた緊張。
 壁のランプが低く灯り、磨かれた大理石の床に二人の影が滲むように伸びていた。
 カインは黙ってユリウスの前に立っていた。
 その瞳は深く、どこまでも暗く。
 けれど確かに、激しい感情を湛えていた。

「……ユリウス」

 名を呼ぶ声が、やけに低く、震えていた。
 ユリウスが顔を上げた瞬間――ふいに、力強い腕が彼を抱き寄せた。

「……っ!?な、なにを……!」

 背中にまわされた腕は容赦がなく、けれど決して乱暴ではない。
 ただ、強く、強く。
 まるで、二度と手放さないと誓うようにカインの腕がユリウスを締め付けている。

「もう……二度と、誰にもお前を触れさせない」

 その囁きは、耳元に熱く落ちた。
 低く、息の混じった声にユリウスの心臓が痛いほど跳ね上がる。

「ユリウスは――俺のものだ」

 言葉と同時に、腕に力がこもる。
 けれど、その言葉に、ユリウスは小さくしかしはっきりとした声で返した。

「……違う」

 カインの動きが止まる。
 その一言で、まるですべての音が消えたようだった。

「俺はもう、誰の『所有物』でもないぞ?」

 ユリウスの声は震えていなかった。
 まっすぐに、カインの胸を押し返すように続ける。

「お前が誰から守ってくれたって、それでも――俺は、お前に持たれるだけの存在じゃない」

 静かに、瞳がぶつかり合う。
 ユリウスは逃げずに、カインの真っ直ぐな視線を受け止めている。

「俺は、お前の隣に立ちたい。守られるんじゃなくて……一緒に戦える相手として」

 その言葉に、カインの表情がわずかに崩れる。

 一瞬だけ瞳を閉じ、息を吐いた後――ふっと、唇の端が緩んだ。
 まるで安堵するように。
 傷だらけの心が、ようやく救われたように。

「……そうだな」

 優しく、けれどしっかりと頷く。
 その声には、今までとは違う、柔らかな力が宿っていた。

「なら……隣にいさせてくれ」

 それは、所有ではなく、選択を委ねる言葉だった。
 ユリウスの胸に、熱いものが込み上げる。
 言葉にならない感情が、喉の奥で震えた。

「……面倒な奴だな、本当に」

 小さく呟いて、ユリウスは頷く。
 だがその頬には、うっすらと赤みが差していた。
 そして、もう一度だけ、カインがそっと手を伸ばす。
 今度は、力ずくではなく――そっと、そっと、ユリウスの頬に触れたその手は温かく優しい。
 その温もりに、ユリウスは目を閉じる。
 まつげがわずかに震え、彼の呼吸が浅くなる。

 カインの顔が近づき、唇が重なった。
 柔らかく触れるだけの口づけが、静かに始まり――だがすぐに、唇の動きがゆるやかに深くなっていく。
 カインの指が、ユリウスの首筋をそっとなぞり、後頭部を支える。
 逃さぬように、でも壊さぬように、慎重に。

「んっ、ふ……」

 息をしようとしても、うまく出来ない。
 それでも、ユリウスはそれに委ねる。
 ユリウスとカインは重ねた唇は何度も触れ合い、やがて、唇がわずかに開いた。
 吐息が混ざり、熱が移り合う。
 衣擦れの音が静寂に溶け、ユリウスの背に回された腕に、思わず体が傾いた。

「……カイン」

 細く漏れた声が、空気の中に溶けていく。
 それ以上は、何も言葉にできなかった。
 ただ、心が重なっていると、そう確かに感じていた。

「……ありがとう」

 短く、それだけ。
 けれど、ユリウスの心は満たされていた。

 初めて、互いの想いが、対等な形で重なり――ユリウスは少しだけ恥ずかしいのか、顔を背けてしまった。
 それを見たカインは静かに笑みを零す。

 夜のランプの灯りが、ふたりの間の距離を柔らかく照らしていた。
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