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第08話 リリア視点
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――光に包まれた、完璧な舞台。
貴族たちの社交の中心にある【王立バレロン舞踏会場】は今宵、貴婦人と青年たちの優美な集いに染まっていた。
高い天井に吊るされたクリスタルのシャンデリアは、まばゆい光を無数に散らし、磨き込まれた床に映る影すらも華やか。赤と金の絨毯を踏みしめながら、ドレスの裾が揺れるたび誰もが優雅な微笑みを浮かべていた。
――その中央でリリア・セントマリアはひと際、目を引いていた。
白に薄紅を差したドレス。髪は緩やかに巻かれ、真珠の髪飾りが揺れるたび周囲の視線が集まる。誰よりも丁寧に、誰よりも優雅に。笑顔の奥で、彼女は内心、満足げに息を吐いた。
(……完璧、予定通りよ)
この夜は、乙女ゲーム《月下の誓い》において、いわば【恋愛ルート】の開幕を告げる最初の山場――ヒロインの社交界デビュー。
ここで出会う攻略対象たちと会話を交わせば、関係は次のステージに進んでいく。カナコとして記憶していたすべてのシナリオが、正確に、忠実に進行していた。
最初に近づいてきたのは、王国直属の魔法騎士団副団長、カミル・ド・セリーヌ。整った顔立ちに気品を宿し、鮮やかな緋の軍服に身を包む青年は、優しく微笑んでリリアに手を差し出した。
「リリア嬢、初めまして。お噂はかねがね……まさにその通り、花のようなお方だ」
「……お優しいのですね。セリーヌ様」
ほんのりと頬を染めたフリをして見上げれば、カミルの瞳に驚いたような色が浮かぶ。それすらもリリアにとっては既視感のある選択肢の正解に過ぎない。
続いて現れたのは一人の王子だ。攻略対象の中でも最も条件が厳しく、恋愛に進むには多くの選択肢をクリアしなければならなかった高難度ルートの人物。しかしリリアは気にする事なく、涼やかな顔で彼に一礼する。
「殿下にお目にかかれる日が来るとは、光栄です」
「君の名は、以前から聞いていた……噂以上に、魅力的だ」
(――やっぱり。間違いないわ)
どのルートも、全て正しく始まっている。ゲームの通りに、世界が彼女を中心に回っている。
アレンも、別室で控えており、彼とはすでに学園で面識を得ているが、舞踏会という舞台での【再会】は、また特別なフラグだ。案内役としての振る舞いも優しい所作も、全てがシナリオの通り。
「お会いできて嬉しいです、アレン様」
「私も同じ気持ちです、リリア嬢……どうか、楽しい夜を」
(本当に、全部完璧に進んでる……)
けれど――その確信と裏腹に、リリアの胸にはじわじわと染みる【違和感】があった。
――ハイデン・ヴァルメルシュタインが、出てこない。
社交界の中でも一際異彩を放つ存在。
【悪役令息】として、彼が舞台に登場するタイミングは本来ならこの舞踏会だった。
冷たく、誰とも交わらず、それでいて目を離せない存在。彼が現れ、ヒロインに初めて敵意を見せることで、物語は転がり始めるのだ。
だというのに――
(……おかしいわ)
リリアは微笑みを浮かべたまま、グラスを傾ける。
(なぜ、出てこないの……?)
(あなたがいてこそ、私の物語は完成するのに)
彼女にとってハイデンは、乗り越えるべき【障壁】である存在。ルートの選択に応じて、何度でも立ちふさがってくる、強大で危険なラスボスなのだ。
その存在が登場しないまま物語が進むなど、あってはならないはずだった。
にもかかわらず、舞踏会のどこを見回しても、彼の姿はない。王族の誰も、彼の名前を口にしない。
(……まさか、隠れてる?)
(それとも、逃げてる?)
だとすれば――その【異常】を正さなければならない。
(私の物語なのに、勝手なことしないで)
グラスを置き、リリアは静かに席を立った。夜会の余韻に包まれた会場に、彼女の足音だけが乾いた音を響かせる。
「――探しに行かないと」
その声は小さく、誰の耳にも届かなかった。けれど確かにその瞬間、リリア・セントマリアの中で【執着】と言う歯車が回り始めた。
(舞台に戻ってきてハイデン。あなたは……私の物語に必要なの)
歪な運命の歯車は、音もなく回転を始める。
そして、その始まりがどれほど多くのものを変えていくのか、この時のリリアはまだ、知る由もなかった――。
貴族たちの社交の中心にある【王立バレロン舞踏会場】は今宵、貴婦人と青年たちの優美な集いに染まっていた。
高い天井に吊るされたクリスタルのシャンデリアは、まばゆい光を無数に散らし、磨き込まれた床に映る影すらも華やか。赤と金の絨毯を踏みしめながら、ドレスの裾が揺れるたび誰もが優雅な微笑みを浮かべていた。
――その中央でリリア・セントマリアはひと際、目を引いていた。
白に薄紅を差したドレス。髪は緩やかに巻かれ、真珠の髪飾りが揺れるたび周囲の視線が集まる。誰よりも丁寧に、誰よりも優雅に。笑顔の奥で、彼女は内心、満足げに息を吐いた。
(……完璧、予定通りよ)
この夜は、乙女ゲーム《月下の誓い》において、いわば【恋愛ルート】の開幕を告げる最初の山場――ヒロインの社交界デビュー。
ここで出会う攻略対象たちと会話を交わせば、関係は次のステージに進んでいく。カナコとして記憶していたすべてのシナリオが、正確に、忠実に進行していた。
最初に近づいてきたのは、王国直属の魔法騎士団副団長、カミル・ド・セリーヌ。整った顔立ちに気品を宿し、鮮やかな緋の軍服に身を包む青年は、優しく微笑んでリリアに手を差し出した。
「リリア嬢、初めまして。お噂はかねがね……まさにその通り、花のようなお方だ」
「……お優しいのですね。セリーヌ様」
ほんのりと頬を染めたフリをして見上げれば、カミルの瞳に驚いたような色が浮かぶ。それすらもリリアにとっては既視感のある選択肢の正解に過ぎない。
続いて現れたのは一人の王子だ。攻略対象の中でも最も条件が厳しく、恋愛に進むには多くの選択肢をクリアしなければならなかった高難度ルートの人物。しかしリリアは気にする事なく、涼やかな顔で彼に一礼する。
「殿下にお目にかかれる日が来るとは、光栄です」
「君の名は、以前から聞いていた……噂以上に、魅力的だ」
(――やっぱり。間違いないわ)
どのルートも、全て正しく始まっている。ゲームの通りに、世界が彼女を中心に回っている。
アレンも、別室で控えており、彼とはすでに学園で面識を得ているが、舞踏会という舞台での【再会】は、また特別なフラグだ。案内役としての振る舞いも優しい所作も、全てがシナリオの通り。
「お会いできて嬉しいです、アレン様」
「私も同じ気持ちです、リリア嬢……どうか、楽しい夜を」
(本当に、全部完璧に進んでる……)
けれど――その確信と裏腹に、リリアの胸にはじわじわと染みる【違和感】があった。
――ハイデン・ヴァルメルシュタインが、出てこない。
社交界の中でも一際異彩を放つ存在。
【悪役令息】として、彼が舞台に登場するタイミングは本来ならこの舞踏会だった。
冷たく、誰とも交わらず、それでいて目を離せない存在。彼が現れ、ヒロインに初めて敵意を見せることで、物語は転がり始めるのだ。
だというのに――
(……おかしいわ)
リリアは微笑みを浮かべたまま、グラスを傾ける。
(なぜ、出てこないの……?)
(あなたがいてこそ、私の物語は完成するのに)
彼女にとってハイデンは、乗り越えるべき【障壁】である存在。ルートの選択に応じて、何度でも立ちふさがってくる、強大で危険なラスボスなのだ。
その存在が登場しないまま物語が進むなど、あってはならないはずだった。
にもかかわらず、舞踏会のどこを見回しても、彼の姿はない。王族の誰も、彼の名前を口にしない。
(……まさか、隠れてる?)
(それとも、逃げてる?)
だとすれば――その【異常】を正さなければならない。
(私の物語なのに、勝手なことしないで)
グラスを置き、リリアは静かに席を立った。夜会の余韻に包まれた会場に、彼女の足音だけが乾いた音を響かせる。
「――探しに行かないと」
その声は小さく、誰の耳にも届かなかった。けれど確かにその瞬間、リリア・セントマリアの中で【執着】と言う歯車が回り始めた。
(舞台に戻ってきてハイデン。あなたは……私の物語に必要なの)
歪な運命の歯車は、音もなく回転を始める。
そして、その始まりがどれほど多くのものを変えていくのか、この時のリリアはまだ、知る由もなかった――。
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