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第02話 甘き愛人の囁き 【王太子視点】
静かに包まれた私室で、グラスの中の酒を揺らした。
淡い琥珀色の液体が、光を受けて揺れ――なぜだろう。胸の奥が酷くざわついている。
(……また、セレスティアの顔が浮かぶ)
いや、違う。
浮かんだのは、今日の会議で見せた、あの困惑と悲しみを押し隠した表情だ。
私は舌打ちをした。
あの女は、いつも正しい顔をしている。まるで、私よりも国を知っているかのように。
それが、酷く癪に障る。
どうしてなのかわからないが、今セレスティアの顔を見れば厭味ったらしい言葉がいくつか出てきてしまいそうだ。
「――殿下、お一人ですか?」
静かな私室で甘く、柔らかな声が背後からかかる。
振り返るまでもなく、誰かはわかっていた。
「ああ、エリスか……入れ」
扉が静かに開き、軽やかな足音と共に彼女が入ってくる。
栗色の髪を肩に垂らし、控えめな微笑みを浮かべたその姿はまるで私の心を解きほぐすために用意されたかのようだった。
「今日もお疲れでしょう? お顔が、とてもお疲れに見えます」
「……当然だ。国の舵を取るのは容易なことではない」
私はグラスを傾け、酒を喉に流し込む。
エリスは私の向かいに腰を下ろし、そして柔らかな視線を向けてきた。
「でも……殿下は強すぎますわ。お一人で、何もかも背負いすぎていらっしゃる」
その言葉は、やけに心に染みた。
セレスティアは、決してそんなことを言わない。彼女は常に冷静で、理知的で、私に【正解】を示してくる。
だが、私は慰めを求めているわけではない。
それでも――。
「今日の会議の件……例の税制改革案のことですか?」
エリスが、そっと言った。
「……なぜ知っている?」
「王宮の噂は、すぐに広まりますもの。皆さま、『侯爵令嬢が、また殿下に難しい提案をされた』と話しておりましたわ」
それを聞いて私は鼻で笑った。
「難しい提案? 違うな。あの女は……自分の正しさを押し付けたいだけだ」
言いながら、胸の奥がちくりと痛む。
だが、今さら認めるわけにはいかない。
エリスは、少し困ったように首を傾げた。
「でも……セレスティア様は、殿下のためを思っているのでは?」
「――違う」
即座に言い切ってしまった自分に、わずかな驚きを覚えた。
「彼女は、【婚約者】として、未来の【王太子妃】として振る舞っているだけだ。私の気持ちなど最初から考えていない」
私の言葉に対し、エリスは目を伏せ、悲しげに微笑んだ。
「……殿下のお気持ちを、本当に大切にできる方は……きっと、別にいらっしゃると思いますわ」
その視線が、ゆっくりと私を射抜いた。
わかっている。
これは、甘い毒だ。
だが――。
「殿下はいつも正しさに縛られていらっしゃる。でも、時には……心のままに選んでも、よろしいのではありませんか?」
その囁きが、私の理性を削っていく。
セレスティアと共に歩めば、国は安定するだろう。それは理解している。
だが、彼女はいつも正しく、いつも揺るがず、そして……私を必要としていないように見える。
一方で、エリスは違う。私を見つめ、私を肯定し、私を必要としている。
「殿下は……あの方に、縛られる必要はありません」
エリスは、私の手にそっと触れた。
「あなた様には、もっと自由があるべきです。……そして、あなたを心から理解できる【伴侶】も」
その言葉を聞いた私は心臓が、大きく跳ねた。
――本当に、私は正しい選択をしているのだろうか?
セレスティアとの婚約は、政略だ。
国のため、家のため、王族のため。感情は、二の次。
だが、エリスといると、私は【王太子】ではなく、一人の男でいられる気がする。
「そうだな……しばらく、あの女には距離を置く」
気づけば、そう口にしていた。
エリスは僅かに目を見開き、そして満足そうに微笑んだ。
「殿下のご決断……誇りに思いますわ」
その笑みの裏に、どんな思惑があるのか――この時の私は、考えようともしなかった。
ただ一つ確かなのは。
私はすでに引き返せない一歩を踏み出してしまっていたという事だ。
それをまだ、私は知らなかった。
淡い琥珀色の液体が、光を受けて揺れ――なぜだろう。胸の奥が酷くざわついている。
(……また、セレスティアの顔が浮かぶ)
いや、違う。
浮かんだのは、今日の会議で見せた、あの困惑と悲しみを押し隠した表情だ。
私は舌打ちをした。
あの女は、いつも正しい顔をしている。まるで、私よりも国を知っているかのように。
それが、酷く癪に障る。
どうしてなのかわからないが、今セレスティアの顔を見れば厭味ったらしい言葉がいくつか出てきてしまいそうだ。
「――殿下、お一人ですか?」
静かな私室で甘く、柔らかな声が背後からかかる。
振り返るまでもなく、誰かはわかっていた。
「ああ、エリスか……入れ」
扉が静かに開き、軽やかな足音と共に彼女が入ってくる。
栗色の髪を肩に垂らし、控えめな微笑みを浮かべたその姿はまるで私の心を解きほぐすために用意されたかのようだった。
「今日もお疲れでしょう? お顔が、とてもお疲れに見えます」
「……当然だ。国の舵を取るのは容易なことではない」
私はグラスを傾け、酒を喉に流し込む。
エリスは私の向かいに腰を下ろし、そして柔らかな視線を向けてきた。
「でも……殿下は強すぎますわ。お一人で、何もかも背負いすぎていらっしゃる」
その言葉は、やけに心に染みた。
セレスティアは、決してそんなことを言わない。彼女は常に冷静で、理知的で、私に【正解】を示してくる。
だが、私は慰めを求めているわけではない。
それでも――。
「今日の会議の件……例の税制改革案のことですか?」
エリスが、そっと言った。
「……なぜ知っている?」
「王宮の噂は、すぐに広まりますもの。皆さま、『侯爵令嬢が、また殿下に難しい提案をされた』と話しておりましたわ」
それを聞いて私は鼻で笑った。
「難しい提案? 違うな。あの女は……自分の正しさを押し付けたいだけだ」
言いながら、胸の奥がちくりと痛む。
だが、今さら認めるわけにはいかない。
エリスは、少し困ったように首を傾げた。
「でも……セレスティア様は、殿下のためを思っているのでは?」
「――違う」
即座に言い切ってしまった自分に、わずかな驚きを覚えた。
「彼女は、【婚約者】として、未来の【王太子妃】として振る舞っているだけだ。私の気持ちなど最初から考えていない」
私の言葉に対し、エリスは目を伏せ、悲しげに微笑んだ。
「……殿下のお気持ちを、本当に大切にできる方は……きっと、別にいらっしゃると思いますわ」
その視線が、ゆっくりと私を射抜いた。
わかっている。
これは、甘い毒だ。
だが――。
「殿下はいつも正しさに縛られていらっしゃる。でも、時には……心のままに選んでも、よろしいのではありませんか?」
その囁きが、私の理性を削っていく。
セレスティアと共に歩めば、国は安定するだろう。それは理解している。
だが、彼女はいつも正しく、いつも揺るがず、そして……私を必要としていないように見える。
一方で、エリスは違う。私を見つめ、私を肯定し、私を必要としている。
「殿下は……あの方に、縛られる必要はありません」
エリスは、私の手にそっと触れた。
「あなた様には、もっと自由があるべきです。……そして、あなたを心から理解できる【伴侶】も」
その言葉を聞いた私は心臓が、大きく跳ねた。
――本当に、私は正しい選択をしているのだろうか?
セレスティアとの婚約は、政略だ。
国のため、家のため、王族のため。感情は、二の次。
だが、エリスといると、私は【王太子】ではなく、一人の男でいられる気がする。
「そうだな……しばらく、あの女には距離を置く」
気づけば、そう口にしていた。
エリスは僅かに目を見開き、そして満足そうに微笑んだ。
「殿下のご決断……誇りに思いますわ」
その笑みの裏に、どんな思惑があるのか――この時の私は、考えようともしなかった。
ただ一つ確かなのは。
私はすでに引き返せない一歩を踏み出してしまっていたという事だ。
それをまだ、私は知らなかった。
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