3 / 55
第03話 王妃の意志 【王妃視点】
――この王宮は、昔からずっと、私の庭だ。
玉座は私のものではないが、玉座に座る者の隣に立つことができる――それが、王妃という立場の強み。
政に関与する女は疎まれる事もあるが、私は違う。
私がこの王家を守ってきた――貴族院を動かし、諸侯を押さえ、民の信頼を得るための策略を練ってきたのは、すべて私だ。
……そう。セレスティア・アルセインのような、若く、生真面目で、己の正義を振りかざす娘など不要なのだ。
あの子は【良識】という仮面をかぶっているが、実のところはただの理想主義者。
正しければ人は動くとでも思っている。甘い、幼い、そして愚かしい。
「……目障りな娘ですわね」
独り言のように呟いた私に、隣に控えていた女が、くすりと笑う。
「ええ、王妃様。あの娘がいる限りレオン様の御心も、政も、落ち着くことはないでしょうね」
声の主は、エリス・レイフォードーー私が育てた、忠実な駒のような存在。
彼女はもとは地方の下級貴族の娘にすぎなかったが、美貌と機転に優れていた。少しずつ王宮に引き入れ、教育し、王太子――レオンハルトの寵愛を得るよう仕向けた。
あの子は本当に従順だ。
目が利き、空気を読み、そして自分の立場を弁えており、セレスティアのように私の前で意見など言わない。
必要なのは、そういう扱いやすい女なのだ。
「――セレスティアには、少々舞台から降りてもらいましょう。できるだけ、穏便に」
「もしかして……濡れ衣を?」
エリスの問いに、私はゆるく首を振った。
「いいえ。【真実】をね。誰もが信じたがるようなもっともらしい真実を作るのです」
王宮という場所は、事実よりも空気がものを言う。噂は剣より鋭く、事実はいつでも作り直せる。
セレスティアが敵国と内通していたという証拠、王宮の機密に不審な出入りがあったという証言、忠義に篤い侍女を買収し、作り話を吹き込ませる。
そう言った『誤解の積み重ね』が、誰かを断罪するには十分だ。
「うまくいけば、追放ですみますわ。首を落とすより民の受けも良いでしょう」
エリスがほほ笑みながら言う。
やはり、この子は優秀だ。
少し野心が過ぎるところが難点だが……それもまた、利用できる。
そこへ、老貴族のひとり――アーヴィン卿が私室を訪れた。
彼は貴族派の重鎮であり、私の政敵でもあるが、今は一時的に利害が一致している。
「王妃様。例の件、我々の側も動いております。貴族院の証人、三名確保済みです。皆、アルセイン家の発言力を恐れておりましてな……お互いに都合が良いというわけです」
「ご苦労でした、アーヴィン卿。協力に感謝します」
彼が礼を取ると、私はそっと手を差し出した。
握手などしない。ただ、触れさせてやるだけでいい。この関係は、取引であり、忠誠ではない。
「セレスティアが去れば、アルセイン家は落ちます。次の王太子妃には、従順な者を――ええ、レオンももう気づいているはずです。あの娘よりも、自分を甘やかしてくれる女を、望んでいることに」
私は椅子に背を預け、ゆっくりと目を閉じた。
――理想を振りかざす娘より、私の王国には、従順で、口をつぐみ、望まれた笑顔を浮かべる女の方がふさわしい。
この国の未来は、私が決める。
たとえ誰が泣こうと、叫ぼうと――私の意志が、正義となるのだから。
静かに私は、笑いを零した。
玉座は私のものではないが、玉座に座る者の隣に立つことができる――それが、王妃という立場の強み。
政に関与する女は疎まれる事もあるが、私は違う。
私がこの王家を守ってきた――貴族院を動かし、諸侯を押さえ、民の信頼を得るための策略を練ってきたのは、すべて私だ。
……そう。セレスティア・アルセインのような、若く、生真面目で、己の正義を振りかざす娘など不要なのだ。
あの子は【良識】という仮面をかぶっているが、実のところはただの理想主義者。
正しければ人は動くとでも思っている。甘い、幼い、そして愚かしい。
「……目障りな娘ですわね」
独り言のように呟いた私に、隣に控えていた女が、くすりと笑う。
「ええ、王妃様。あの娘がいる限りレオン様の御心も、政も、落ち着くことはないでしょうね」
声の主は、エリス・レイフォードーー私が育てた、忠実な駒のような存在。
彼女はもとは地方の下級貴族の娘にすぎなかったが、美貌と機転に優れていた。少しずつ王宮に引き入れ、教育し、王太子――レオンハルトの寵愛を得るよう仕向けた。
あの子は本当に従順だ。
目が利き、空気を読み、そして自分の立場を弁えており、セレスティアのように私の前で意見など言わない。
必要なのは、そういう扱いやすい女なのだ。
「――セレスティアには、少々舞台から降りてもらいましょう。できるだけ、穏便に」
「もしかして……濡れ衣を?」
エリスの問いに、私はゆるく首を振った。
「いいえ。【真実】をね。誰もが信じたがるようなもっともらしい真実を作るのです」
王宮という場所は、事実よりも空気がものを言う。噂は剣より鋭く、事実はいつでも作り直せる。
セレスティアが敵国と内通していたという証拠、王宮の機密に不審な出入りがあったという証言、忠義に篤い侍女を買収し、作り話を吹き込ませる。
そう言った『誤解の積み重ね』が、誰かを断罪するには十分だ。
「うまくいけば、追放ですみますわ。首を落とすより民の受けも良いでしょう」
エリスがほほ笑みながら言う。
やはり、この子は優秀だ。
少し野心が過ぎるところが難点だが……それもまた、利用できる。
そこへ、老貴族のひとり――アーヴィン卿が私室を訪れた。
彼は貴族派の重鎮であり、私の政敵でもあるが、今は一時的に利害が一致している。
「王妃様。例の件、我々の側も動いております。貴族院の証人、三名確保済みです。皆、アルセイン家の発言力を恐れておりましてな……お互いに都合が良いというわけです」
「ご苦労でした、アーヴィン卿。協力に感謝します」
彼が礼を取ると、私はそっと手を差し出した。
握手などしない。ただ、触れさせてやるだけでいい。この関係は、取引であり、忠誠ではない。
「セレスティアが去れば、アルセイン家は落ちます。次の王太子妃には、従順な者を――ええ、レオンももう気づいているはずです。あの娘よりも、自分を甘やかしてくれる女を、望んでいることに」
私は椅子に背を預け、ゆっくりと目を閉じた。
――理想を振りかざす娘より、私の王国には、従順で、口をつぐみ、望まれた笑顔を浮かべる女の方がふさわしい。
この国の未来は、私が決める。
たとえ誰が泣こうと、叫ぼうと――私の意志が、正義となるのだから。
静かに私は、笑いを零した。
あなたにおすすめの小説
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。
ムラサメ
恋愛
「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」
婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。
泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。
「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」
汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。
「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。
一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。
自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。
ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。
「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」
圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!
【完結】「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう
ムラサメ
恋愛
漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。
死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。
しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。
向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。
一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?
「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?
にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。
「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。
否定はしない。
けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。
婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。
「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」
──存じません。私はもう、ただの無職ですので。
「君はカビ臭い」と婚約破棄されましたが、辺境伯様いわく、私の知識が辺境を救うのだそうです
水上
恋愛
【全11話完結】
「カビ臭い女だ」と婚約破棄されたレティシア。
だが王都は知らなかった。
彼女こそが国の産業を裏で支える重要人物だったことを!
そして、追放先の地で待っていたのは、周囲から恐れられる強面の辺境伯。
しかし彼は、レティシアの知識を称え、美味しい料理と共に不器用に溺愛してくれて……?
ペニシリンから絶品ワインまで。
菌の力で辺境を大改革!
一方、レティシアがいなくなったことで、王都では様々な問題が起き始め……。
【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです
唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。
すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。
「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて――
一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。
今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!
もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。
ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。
王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。
ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。
それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。
誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから!
アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。
※AI学習禁止・無断転載禁止・無断翻訳禁止・無断朗読禁止