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第三章
愛の裏では、屠所之羊の声がする。
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体調は治らぬままだったが学校には行き、朝ご飯はしっかりと食べてきた。登校中は少しふらついてしまったが、それ以外は変わりもないように過ごしていく。
朝、校門前で何の変哲もなく岩崎に声をかけられて朦朧としている脳内が目覚める。しかしやはり全ての質問や話題に生返事であり、以前授業中先生に怒られてしまった時のように岩崎は呆れて下駄箱からは離れて自分の教室へと向かった。
僕の心とは反対に、昨日のように風が心地よく春の訪れを快く願う。しかし僕に春が訪れそうもなく、ここで精神不安定に彷徨っている。初めてここに訪れた時、全てを恨んでいた。あちらの方が何かと便利であったから、どうしようもない町としか思っていたのだ。それは佐城さんによって塗り替えられた。僕の平穏な日常が乱されてしまったのと同時に、誰か一人を一途に愛するという喜びを知れた。それは人生の中で誇るべき感情だろう。この廊下も階段も、薄汚れていて掃除のやりがいがある。最初は慣れなかったが今ではそうもない。むしろ好きになりつつある。
そしてこの醜い僕の存在は、何も変わらず過ごしていくのか?いや、そうはできない。佐城さんが主犯かもしれないと知ってしまった以上、僕はそれを何とかしなければいけない。今まで一番大切にしていた家族を裏切ってまでも彼女を守りたい!彼女の罪を認めない為にも僕が守りぬかなければいけない。それは僕……それが僕なのだ!
僕が革命を起こすまであと僅か。五時間目、僕の得意な理科の授業でさえ休んで屋上に向かっていた。怒られるだろうか?怒られてももうどうでもいいんだが。僕が佐城さんに革命を起こせば誰もが僕等を見直してくれるはずなんだ!
少し肌寒いけれど思えば思う程心は太陽の如く熱く燃え上がり、屋上のフェンスにもたれかかると鉄が少し熱を持っている。空の青さに圧倒されて時間を刻一刻と待っている。放課後になったらここを飛び出よう。父達が佐城さんだと気付いてしまう前に、何処か遠くへ……遠くへ行かせておくれ。
そして、神に見放された僕等にアガペー[agapē]と称された愛だけでもくれやしないか?
まだ僕は彼女からの愛を受けっとていない。自意識過剰を拗らせて一人先走っているかもしれない。しかしこの世を二人で渡っていければどれほど美しい世界だろう!緑は絶えることなく色鮮やかに芽吹いた花達の賛歌、水のせせらぎに反射するぎらぎらとした灼熱の太陽!移りゆく四季の気候に耐えて、いつか亡くなり貴女が好きな骨と化して。そのエンドロールを迎える為に僕は屋上にいる。この閉鎖された学校なんぞ飛び出して。
宮野や岩崎はどうしているだろうか。授業に出なかったことを呆れて後で物を言うのだろうか。そんな二人の情景を思い浮かべながら僕は最後の言葉を選んでいた。別れには何の言葉が適切だろうか。格好つけて何も言わずに去って行こうか。
考えれば考えるほど不安になってくる。今までこんなに家族の為に頑張ってきた僕がそれを水に流すのは勿体ない気もする。晴れやかだった心は戸惑いを見せて握り締められた僕の拳はゆっくりと力が抜けていく。
元々佐城さんは悪くないじゃないか。ただ男に使われただけ。それを何必死になっているのだ……ああ、自分が何を考えて、何を行動しようとしているのかすら曖昧になってきた。大好きな理科の授業をさぼり、自ら評判を下げていく。後戻りはしようとも思わないがただ心残りがある。最後の決断として、佐城さんはただ使われただけと父に申し出ようか?やはりそれがいいのかもしれない。しかし、父に既に店に行かれていたのならば僕はそこから彼女を連れ出すことを誓う。
不確かな未来は父にかかっているのかもしれない。どうか、平和な選択をしてくれ。
そう思っているばかりに時間が過ぎていき、チャイムが鳴った。掃除の時間だ。僕は真面目な顔をしてそっと屋上を離れ、宮野達に腹が痛かったと嘘をついた。宮野は「せっかく勉強も出来るし容姿端麗なんだ、内申点下げてどうする」と額を何度か叩かれた。しかしそれは弱く気を遣っているようで、こういうところに彼の優しさがあるのだと知った。そのあと見せた無邪気な笑顔は、何も穢されることのなかった新鮮な笑顔だ。それもそれとて愛おしい。これがもしかしたらあと少しで見れなくなってしまうのだと考えたら悲しくなってくる。もう少し彼達といてもいいだろうか。
ほうきではかれた枯葉を軽く踏み、音を鳴らして遊ぶ。それが掃除の楽しみであった。中庭にある枯れ木のように拙い人生を送っている。むしろ枯れ木の方が素晴らしい長所を持っているんだろう。
踏んで粉々になった枯れ葉の屑をちりとりで集め、自分のできる限りの掃除を行った。ほんの少しの間をここで過ごしたこと、もう悪く思わない。
帰りに挨拶をし、放課後を迎えた瞬間僕は鞄に荷物を押し込み背負い教室を飛び出した。背後から宮野の声が聞こえたような気もしたが考えないようにした。今はそれどころではないから。
学校を出た時、町内会でお世話になった輪島さん及び木村さんや岩本さんの姿を見かける。そして僕と宮野と岩崎が思い切り走った道路を突き抜ける。思い出が走るのと同時にフラッシュバックで流れていく。僕は佐城さんを愛したことを間違いだとは思っていないがここにいると僕も彼女も傷つくことになる。
風が冷たく霜を踏む。住宅街の中にある僕の家を横目に流す。以前の街の友に見立てた木々が僕を迎え、引っ越し初日の夜に涙ぐんだ山が見えてくる。僕の脚はもう限界であった。みっともない怪我の仕方をしてしまったからだ。それもこれも運命(さだめ)だと知って、あの骨董屋を目の前に迎えよう!
途端、佐城さんの店で目に入ってきたのは警察官の姿であった。そこに当然のようにいる父の姿も。僕は佐城さんはどうしたものかと近くに寄る。店の前にいる警察官を手でかき分け、中に入っていくと佐城さんと父がいた。その瞬間終わりを悟った。
僕は「父さん、どうしたの?」とよくこの状況ですっとぼけたことが言えたなと自分で思うのであった。当然父は「秋真、何故ここにきた?制服も乱れて息も荒い」といつもと違った冷たい視線を僕にやった。僕は佐城さんと父を交互に見「僕は、ここの客なんだ。前から通って佐城さんとも親しくしてもらっている。父さんの方こそ何しているの?」と今までにない威圧的な態度を見せ、困惑する警察官を睨みつける。父は驚きの姿も見せずにただ寒そうに手を擦り合わせて「見ての通りだ、仕事でここに立ち寄らなければいけなかったんだ。秋真、今日はここで退いてくれ。ここからは大人の事情だ」とドア周辺を囲んでいた警察官が一気に退け、僕の帰りのルートが作られていた。しかし僕はその恩も知らずと「大人の事情だ、仕事の事情だと言って、ここの町に越してきた理由の一つも言わずに全て父さんの勝手で僕は今まで過ごしていたんだ!何が大人の事情だ!僕はもう成長したんだよ、母さんが死んだ時の僕じゃないんだよ、いい加減母さんじゃなくて僕を見ておくれよ」と怒っているのに零す言葉は弱々しく佐城さんの前では恥ずかしかった。
しんと静まり返った店と外。父さんも中々口を開こうとしない。ただ店内のシトラスの香り、少し雑音を残した彼女のラジオ、そして僕等を見つめる多くの骨が懐かしく愛おしく、更には憎く見えてくる。僕の視線が下に落ち、木でできた店内の床が歪んで見え僕の瞳から自然と涙が溢れ落ちた時、佐城さんが口を開いた。
「それで、私の話はまだ終わっていませんよね、神酒刑事さん」と、この場に及んで笑顔を見せた。父は、僕の言葉が心に届いているようで俯きながらも彼女に目をやって「ああ、そうだった。取り乱して申し訳ない。単刀直入に言うが、容疑者の男と関わりは持っていたんだろう?」と言うと彼女は軽く頷く。
僕は何もできずに立ち尽くしていた。彼女を連れ去る計画も実行できないまま。ただ僕は自分が咄嗟に出した言葉から、自分は父の為に行ってきたことが何の役にも立たず、父は母と似ていた僕を母に重ねて見ていただけ。僕のことなんて初めから見てはいなかったと気付いてしまい、それが恐ろしいほど虚しかった。
父と佐城さんの話もよく入らず仕舞いであり、目からぽろぽろと涙が溢れていく。途中周りにいた警察官の内一人がハンカチーフを差し出してくれ、それで情けもなく目元を擦っていた。
すると、外の方から息覚えのある声がした、約三名ほどの声が。同時に「神酒!」と呼ぶ声と「お兄ちゃん!」と呼ぶ声が店内にまで響いた。ドア周辺をもう一度開けた警察官達の奥からは、宮野と岩崎、ついには穂乃果までもが来ていることに気がついた。皆その三人に注目を寄せ、僕が呼ばれている為に僕の元へ彼らは来た。父は「穂乃果まで……随分とパーティのようだな」と薄ら笑いと隠しきれていない驚きの声を発する。僕は「三人揃って何の用だい?」と言うと宮野が「そっちこそ、今日はとにかく思い詰めた表情だったじゃないか!理科はさぼって放課後すぐに学校を飛び出してしまうものだから岩崎と家に寄ったんだ。でも穂乃果ちゃんしかいないから三人で心当たりのある場所を回っていたんだよ、君のために」と僕の肩に手をやり、目を鋭くしている。皆僕に怒っている。どうしよう、どうしよう!何でこうなってしまったんだ?僕は佐城さんに革命を起こすつもりだったんだ。二人で愛を築こうとしていたんだ!それが自意識過剰にせよ僕は……僕は。
途端、思い詰めた先に思い当たったのは佐城さんと逃げ出す。それだけであった。僕は彼女の手を思い切り引っ張り、ドアの方へと走って向かう。暖かくもない、冷たく寒い外へと一歩踏み出した瞬間。佐城さんが僕の手を振り払い、店内の方を向いて一言述べた。
「私が主犯です、私が殺すよう指示しました。」
そう確かに聞こえた。何だって!?僕は咄嗟に「佐城さんははめられていたんじゃないのか!?」と声を張ると、落ち着いた声で彼女は「本当に死を愛していたんです。お客様をいいように使って殺すよう命じました。容疑者である彼は、私に好意を抱いていました。人の感情をいいように使って私は指示したのです」と言う。父は「やはり」と静かに言い、宮野と岩崎はただ唖然と彼女を見つめ、穂乃果は訳もよく分からずに岩崎の足にしがみついている。
僕はどうしたかったんだろう。彼女を罪から助けようとしていた、父に認められたかった、穂乃果と宮野と岩崎とただ仲良く平穏な日常を過ごしたかった。宮野たちの優しさに浸って、頼っていたかった。そして、佐城さんと同じくらいに自分を愛していたかった。募る言葉と感情が僕の脳を目まぐるしく回っている。今ここで僕の名誉は挽回できない。これでは本当に神に見放されたではないか、たった一人で。望んでいたこと全てに裏切られ、僕自身も裏切ろうとした。
もうこの世では生きていけない。どうしようもない、どうすればいい!
途端目についたのは警察官の方が持っていた先の尖った万年筆。
これを僕は何度も首に刺した。どうしようもなかった。全ての信頼を裏切った僕には此処にいれる自信はない。減滅させただろうか。それでも構わない。
そして外で血を吹き出す僕に皆から注目を浴びている。あの父ですら僕を見ている。
雪が少し積もっている。引っ越し初日の小春日和とは正反対だ。
何度も何度も刺す。そして遂に僕は倒れた。それでも刺した。首から少し僕の肉片らしきものが飛び散っていて、僕の様子を見た佐城さんはどう思っている?血をあまり快く思っていない彼女にこんな姿を見せてもいいだろうか。しかし、死人であれば彼女に愛してもらえるのだ。皆唖然している。僕を見ている!
やがて僕は意識も命も朦朧とする。こんな時に、今日の夕飯はどうしようかなどと下らない事を考えている。
そして、僕は息を殆ど吸うこともできず刺していた手の止まった。
真っ白な雪に僕の血が染み込み始めた頃、佐城さんがしゃがみこみ僕の耳元で「素敵よ」と言い、あの唇が僕の頰に重なった。
それが接吻だということは言うまでもないであろう……
<終>
朝、校門前で何の変哲もなく岩崎に声をかけられて朦朧としている脳内が目覚める。しかしやはり全ての質問や話題に生返事であり、以前授業中先生に怒られてしまった時のように岩崎は呆れて下駄箱からは離れて自分の教室へと向かった。
僕の心とは反対に、昨日のように風が心地よく春の訪れを快く願う。しかし僕に春が訪れそうもなく、ここで精神不安定に彷徨っている。初めてここに訪れた時、全てを恨んでいた。あちらの方が何かと便利であったから、どうしようもない町としか思っていたのだ。それは佐城さんによって塗り替えられた。僕の平穏な日常が乱されてしまったのと同時に、誰か一人を一途に愛するという喜びを知れた。それは人生の中で誇るべき感情だろう。この廊下も階段も、薄汚れていて掃除のやりがいがある。最初は慣れなかったが今ではそうもない。むしろ好きになりつつある。
そしてこの醜い僕の存在は、何も変わらず過ごしていくのか?いや、そうはできない。佐城さんが主犯かもしれないと知ってしまった以上、僕はそれを何とかしなければいけない。今まで一番大切にしていた家族を裏切ってまでも彼女を守りたい!彼女の罪を認めない為にも僕が守りぬかなければいけない。それは僕……それが僕なのだ!
僕が革命を起こすまであと僅か。五時間目、僕の得意な理科の授業でさえ休んで屋上に向かっていた。怒られるだろうか?怒られてももうどうでもいいんだが。僕が佐城さんに革命を起こせば誰もが僕等を見直してくれるはずなんだ!
少し肌寒いけれど思えば思う程心は太陽の如く熱く燃え上がり、屋上のフェンスにもたれかかると鉄が少し熱を持っている。空の青さに圧倒されて時間を刻一刻と待っている。放課後になったらここを飛び出よう。父達が佐城さんだと気付いてしまう前に、何処か遠くへ……遠くへ行かせておくれ。
そして、神に見放された僕等にアガペー[agapē]と称された愛だけでもくれやしないか?
まだ僕は彼女からの愛を受けっとていない。自意識過剰を拗らせて一人先走っているかもしれない。しかしこの世を二人で渡っていければどれほど美しい世界だろう!緑は絶えることなく色鮮やかに芽吹いた花達の賛歌、水のせせらぎに反射するぎらぎらとした灼熱の太陽!移りゆく四季の気候に耐えて、いつか亡くなり貴女が好きな骨と化して。そのエンドロールを迎える為に僕は屋上にいる。この閉鎖された学校なんぞ飛び出して。
宮野や岩崎はどうしているだろうか。授業に出なかったことを呆れて後で物を言うのだろうか。そんな二人の情景を思い浮かべながら僕は最後の言葉を選んでいた。別れには何の言葉が適切だろうか。格好つけて何も言わずに去って行こうか。
考えれば考えるほど不安になってくる。今までこんなに家族の為に頑張ってきた僕がそれを水に流すのは勿体ない気もする。晴れやかだった心は戸惑いを見せて握り締められた僕の拳はゆっくりと力が抜けていく。
元々佐城さんは悪くないじゃないか。ただ男に使われただけ。それを何必死になっているのだ……ああ、自分が何を考えて、何を行動しようとしているのかすら曖昧になってきた。大好きな理科の授業をさぼり、自ら評判を下げていく。後戻りはしようとも思わないがただ心残りがある。最後の決断として、佐城さんはただ使われただけと父に申し出ようか?やはりそれがいいのかもしれない。しかし、父に既に店に行かれていたのならば僕はそこから彼女を連れ出すことを誓う。
不確かな未来は父にかかっているのかもしれない。どうか、平和な選択をしてくれ。
そう思っているばかりに時間が過ぎていき、チャイムが鳴った。掃除の時間だ。僕は真面目な顔をしてそっと屋上を離れ、宮野達に腹が痛かったと嘘をついた。宮野は「せっかく勉強も出来るし容姿端麗なんだ、内申点下げてどうする」と額を何度か叩かれた。しかしそれは弱く気を遣っているようで、こういうところに彼の優しさがあるのだと知った。そのあと見せた無邪気な笑顔は、何も穢されることのなかった新鮮な笑顔だ。それもそれとて愛おしい。これがもしかしたらあと少しで見れなくなってしまうのだと考えたら悲しくなってくる。もう少し彼達といてもいいだろうか。
ほうきではかれた枯葉を軽く踏み、音を鳴らして遊ぶ。それが掃除の楽しみであった。中庭にある枯れ木のように拙い人生を送っている。むしろ枯れ木の方が素晴らしい長所を持っているんだろう。
踏んで粉々になった枯れ葉の屑をちりとりで集め、自分のできる限りの掃除を行った。ほんの少しの間をここで過ごしたこと、もう悪く思わない。
帰りに挨拶をし、放課後を迎えた瞬間僕は鞄に荷物を押し込み背負い教室を飛び出した。背後から宮野の声が聞こえたような気もしたが考えないようにした。今はそれどころではないから。
学校を出た時、町内会でお世話になった輪島さん及び木村さんや岩本さんの姿を見かける。そして僕と宮野と岩崎が思い切り走った道路を突き抜ける。思い出が走るのと同時にフラッシュバックで流れていく。僕は佐城さんを愛したことを間違いだとは思っていないがここにいると僕も彼女も傷つくことになる。
風が冷たく霜を踏む。住宅街の中にある僕の家を横目に流す。以前の街の友に見立てた木々が僕を迎え、引っ越し初日の夜に涙ぐんだ山が見えてくる。僕の脚はもう限界であった。みっともない怪我の仕方をしてしまったからだ。それもこれも運命(さだめ)だと知って、あの骨董屋を目の前に迎えよう!
途端、佐城さんの店で目に入ってきたのは警察官の姿であった。そこに当然のようにいる父の姿も。僕は佐城さんはどうしたものかと近くに寄る。店の前にいる警察官を手でかき分け、中に入っていくと佐城さんと父がいた。その瞬間終わりを悟った。
僕は「父さん、どうしたの?」とよくこの状況ですっとぼけたことが言えたなと自分で思うのであった。当然父は「秋真、何故ここにきた?制服も乱れて息も荒い」といつもと違った冷たい視線を僕にやった。僕は佐城さんと父を交互に見「僕は、ここの客なんだ。前から通って佐城さんとも親しくしてもらっている。父さんの方こそ何しているの?」と今までにない威圧的な態度を見せ、困惑する警察官を睨みつける。父は驚きの姿も見せずにただ寒そうに手を擦り合わせて「見ての通りだ、仕事でここに立ち寄らなければいけなかったんだ。秋真、今日はここで退いてくれ。ここからは大人の事情だ」とドア周辺を囲んでいた警察官が一気に退け、僕の帰りのルートが作られていた。しかし僕はその恩も知らずと「大人の事情だ、仕事の事情だと言って、ここの町に越してきた理由の一つも言わずに全て父さんの勝手で僕は今まで過ごしていたんだ!何が大人の事情だ!僕はもう成長したんだよ、母さんが死んだ時の僕じゃないんだよ、いい加減母さんじゃなくて僕を見ておくれよ」と怒っているのに零す言葉は弱々しく佐城さんの前では恥ずかしかった。
しんと静まり返った店と外。父さんも中々口を開こうとしない。ただ店内のシトラスの香り、少し雑音を残した彼女のラジオ、そして僕等を見つめる多くの骨が懐かしく愛おしく、更には憎く見えてくる。僕の視線が下に落ち、木でできた店内の床が歪んで見え僕の瞳から自然と涙が溢れ落ちた時、佐城さんが口を開いた。
「それで、私の話はまだ終わっていませんよね、神酒刑事さん」と、この場に及んで笑顔を見せた。父は、僕の言葉が心に届いているようで俯きながらも彼女に目をやって「ああ、そうだった。取り乱して申し訳ない。単刀直入に言うが、容疑者の男と関わりは持っていたんだろう?」と言うと彼女は軽く頷く。
僕は何もできずに立ち尽くしていた。彼女を連れ去る計画も実行できないまま。ただ僕は自分が咄嗟に出した言葉から、自分は父の為に行ってきたことが何の役にも立たず、父は母と似ていた僕を母に重ねて見ていただけ。僕のことなんて初めから見てはいなかったと気付いてしまい、それが恐ろしいほど虚しかった。
父と佐城さんの話もよく入らず仕舞いであり、目からぽろぽろと涙が溢れていく。途中周りにいた警察官の内一人がハンカチーフを差し出してくれ、それで情けもなく目元を擦っていた。
すると、外の方から息覚えのある声がした、約三名ほどの声が。同時に「神酒!」と呼ぶ声と「お兄ちゃん!」と呼ぶ声が店内にまで響いた。ドア周辺をもう一度開けた警察官達の奥からは、宮野と岩崎、ついには穂乃果までもが来ていることに気がついた。皆その三人に注目を寄せ、僕が呼ばれている為に僕の元へ彼らは来た。父は「穂乃果まで……随分とパーティのようだな」と薄ら笑いと隠しきれていない驚きの声を発する。僕は「三人揃って何の用だい?」と言うと宮野が「そっちこそ、今日はとにかく思い詰めた表情だったじゃないか!理科はさぼって放課後すぐに学校を飛び出してしまうものだから岩崎と家に寄ったんだ。でも穂乃果ちゃんしかいないから三人で心当たりのある場所を回っていたんだよ、君のために」と僕の肩に手をやり、目を鋭くしている。皆僕に怒っている。どうしよう、どうしよう!何でこうなってしまったんだ?僕は佐城さんに革命を起こすつもりだったんだ。二人で愛を築こうとしていたんだ!それが自意識過剰にせよ僕は……僕は。
途端、思い詰めた先に思い当たったのは佐城さんと逃げ出す。それだけであった。僕は彼女の手を思い切り引っ張り、ドアの方へと走って向かう。暖かくもない、冷たく寒い外へと一歩踏み出した瞬間。佐城さんが僕の手を振り払い、店内の方を向いて一言述べた。
「私が主犯です、私が殺すよう指示しました。」
そう確かに聞こえた。何だって!?僕は咄嗟に「佐城さんははめられていたんじゃないのか!?」と声を張ると、落ち着いた声で彼女は「本当に死を愛していたんです。お客様をいいように使って殺すよう命じました。容疑者である彼は、私に好意を抱いていました。人の感情をいいように使って私は指示したのです」と言う。父は「やはり」と静かに言い、宮野と岩崎はただ唖然と彼女を見つめ、穂乃果は訳もよく分からずに岩崎の足にしがみついている。
僕はどうしたかったんだろう。彼女を罪から助けようとしていた、父に認められたかった、穂乃果と宮野と岩崎とただ仲良く平穏な日常を過ごしたかった。宮野たちの優しさに浸って、頼っていたかった。そして、佐城さんと同じくらいに自分を愛していたかった。募る言葉と感情が僕の脳を目まぐるしく回っている。今ここで僕の名誉は挽回できない。これでは本当に神に見放されたではないか、たった一人で。望んでいたこと全てに裏切られ、僕自身も裏切ろうとした。
もうこの世では生きていけない。どうしようもない、どうすればいい!
途端目についたのは警察官の方が持っていた先の尖った万年筆。
これを僕は何度も首に刺した。どうしようもなかった。全ての信頼を裏切った僕には此処にいれる自信はない。減滅させただろうか。それでも構わない。
そして外で血を吹き出す僕に皆から注目を浴びている。あの父ですら僕を見ている。
雪が少し積もっている。引っ越し初日の小春日和とは正反対だ。
何度も何度も刺す。そして遂に僕は倒れた。それでも刺した。首から少し僕の肉片らしきものが飛び散っていて、僕の様子を見た佐城さんはどう思っている?血をあまり快く思っていない彼女にこんな姿を見せてもいいだろうか。しかし、死人であれば彼女に愛してもらえるのだ。皆唖然している。僕を見ている!
やがて僕は意識も命も朦朧とする。こんな時に、今日の夕飯はどうしようかなどと下らない事を考えている。
そして、僕は息を殆ど吸うこともできず刺していた手の止まった。
真っ白な雪に僕の血が染み込み始めた頃、佐城さんがしゃがみこみ僕の耳元で「素敵よ」と言い、あの唇が僕の頰に重なった。
それが接吻だということは言うまでもないであろう……
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