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9、情報収集です
食事の部屋から出たものの、ワゴンを押したまま、博美はキョロキョロと周りを見渡していた。
あまりにも広い屋敷と、同じような廊下に方向が分からなくなってしまった。
青い服のメイドと黒い服のメイドが歩いているが、青い服のメイドは、黒い服のメイドとすれ違う時には道を譲っていたので、たぶん、メイドの中でも格があるのだろう。
「あの、ちょっと、ごめんなさい。地下の部屋は、どこから行けばいいかしら」
「はい?」
青い服のメイドは足を止めたが、質問の意味が分からないというような顔をする。
いくつも地下の部屋があるのかもしれないと思い、博美は聞き方を変えた。
「魔獣さんの部屋の行き方を教えて欲しいのだけど」
メイドは驚いたように目を見開くが、ワゴンを見て、納得したような顔になった。
「ああ、エサですね」
エサって……。
「魔獣さんに食事を届けたいから」
「あんな化け物を、魔獣さんだって。しかも食事だなんて、生ごみで十分なのに」
メイドは博美の言葉の揚げ足を取るように言うと、クスクス笑う。
「魔獣さんに今から食事を届けるの。だから、魔獣さんの部屋に行く道を尋ねているのだけど」
博美が少し強めに言うと、メイドは怒られた子供のように口を尖らせる。
「お客様はご存じないかもしれませんが、魔獣は、そういう扱いですから」
「そういう扱いねぇ……。でも、それって恐くない?」
メイドは意味が分からないというような顔をする。
「だって、あれほど身体が大きいし、怒らせたら何をされるかわからないでしょ。鎖で繋がれているわけでもないのし、魔法だって使えるのでしょ」
地下の部屋で見たとき、魔獣は鎖に繋がれていなかった。ある程度、自由なのかと思えば、王子は、まるで動物のように地下で飼っているなどと言うし、それについて言及しようとしたとき、宰相が咳ばらいをして王子の話を止めていた。
なにか特別な理由があるように思えた。
そのため、博美はこのメイドにカマをかけてみることにした。
「日ごろから、あなたたちがそういう扱いをしているってことは、当然、彼も不愉快に感じているわけでしょ。言葉も通じるのだから、彼がキレて、地下から上がってくるかもしれないでしょ。魔法で攻撃なんてしてくるかもしれないじゃない。それなのに、よく彼に対してそういう態度や悪口を言えるなって、不思議に思ったから」
博美の言葉に、メイドは驚いたような顔をしている。
そして目を伏せた。
「周りがしているから……」
言い訳のようにメイドが言った。
周りがしているから自分もいい、そんな感じなのだろう。集団心理のイジメと同じ構図だ。そして、まさか自分が恨みを買うなんて、微塵も思っていないのだ。
わたしなんて、真面目に仕事をしていただけなのに、交差点で突き飛ばされるほど恨まれていたのだと、口から出かかったが、博美は言うのをやめた。
メイドが先に口を開いたからだ。
「魔獣は……、王子の許可なく、地下から上には来られませんから大丈夫です。私たちに刃向かえませんし、危害を加えるような魔法も使えないので安全です」
しかし、その言葉とは裏腹に、メイドはソワソワして落ち着きがない。博美の言葉によって動揺しているのは明らかだった。
「刃向かえないって、なぜ?」
博美は突っ込んで聞いてみた。
「そのように、躾けられています。なので、私たちが残飯を持って行くときも、安全です。そのように躾けられていますから」
躾けねぇ……。
まだ聞きたいこともあったが、メイドは博美との会話を切り上げるように突如、案内を始めた。
「お客様、突き当りの廊下を右に行かれると地下へ向かう階段がございます。その階段を下りられて、真っすぐに進んだ一番奥の部屋になります」
さきほどから、チラチラと他のメイドたちがこちらに視線を向けているのに博美も気づいていた。屋敷の内情をペラペラ話すな、そんな視線のように感じる。そして、このメイドからは、これ以上の情報も引き出せそうにない。
「ありがとう」
礼を言った博美はワゴンを押しながら、教えられた方向へ歩き始める。なんとなく方向が分かり始めたとき、地下へ降りていく階段が見えた。
「そうそう、あの階段」
博美は階段を確認すると、ワゴンからお肉とパン、デザートなどを両手持ちのシルバートレイに移し替えて地下へ降りていく。
コンクリートの冷たい階段は、地下へ降りていくほど暗くなっていく。
「ヒールでこの階段は、ちょっと危ないかも。明日は、靴を借りようっと」
無事に降りると、一息ついた。
「ふう」
長い廊下の突き当りに向かって歩き始めた。
歩きながら、魔獣のことを考える。
彼は魔術師として才能があるらしいが、屋敷ではひどい扱いをされているようだ。
それを躾けとメイドは言っていたけれど……。
それに王子は奴隷商から買ったと言っていた。
なんだかゾワリと寒気を覚える。
この世界では奴隷商がいて、人身売買が許されているってことだ。
もしかして自分もそうなる可能性があるかもしれない。これから先、どこで誰に騙されるか分からないのだから。
やはり、もっとこの世界の情報が必要だ。王子や宰相からは、聞き出せないだろうし……。そうなれば、やはり魔獣からこの世界の情報を聞き出すしかない。
敵の敵は味方……、になってくれればいいけれど。
けれど、魔獣も博美のことを警戒するだろう。
うん、あの手を使ってみようか。
そうして、長い廊下を歩き終え、開いたままになっている扉を博美はノックした。
コンコン――。
「はい」
魔獣と目が合った。
「おじゃましてもいいですか」
「ええっ!? あっ……、はい」
机の前で座っている魔獣が驚いたような顔で返事をして、バタンと読んでいた分厚い本を閉じた。
「これ、もしよかったら」
博美が持ってきたトレーを見せると、魔獣が軽く笑った。
「残り物のエサ、ですね」
エサねぇ……。
「まぁ、あなたがエサって言うなら、エサですね。ハイ、どうぞ、エサ召し上がれ」
博美は机の上にトレーごと置いた。
魔獣が戸惑ったような表情になったが、構わず話を進めた。
「ねえ、魔獣さん。ちょっといいかしら」
「?」
「あのね、聞きたいことがあるの」
博美は壁際にある丸椅子を持って来て、魔獣の前に座る。
そんな博美に、魔獣は、おっかなびっくりというような表情で、
「は、はい……」
と大きな身体を縮こめ、博美のことを怖がっているようだった。
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