王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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帝国の影

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あの日、腰が抜けて歩けない私をグレン様が
抱いたまま王宮に帰ってきてから、
色々な方から生暖かい視線を感じるのは
何故でしょう?

「ア~ニエスぅ。ふふふ。今日は髪を下ろ
しましょうね。可愛いリボンがあるのよ。
サイドに編み込んで素敵にしてあげる」

アルマさんがとてもニヤついたお顔で櫛
とリボンをもってやって来る。
えっ?下ろすんですか。髪、仕事中は邪魔
な気がするのですが。

「あら、髪を下ろして隠しちゃうの?
それより虫避けにチラチラ見えるように
スカーフで部分隠しの方がよくない?」

アイリスさんがスカーフを持ってやって
来る。いやスカーフも邪魔な気がしますが。
お仕着せの制服だと浮きませんか?

「虫避けね!さすがアイリスお姉さま。
ところで黒い虫以外にいるのかしら?」

「チャコールグレーのがいるらしいわ。
お茶に誘ったらしいのよ。シフォンケーキと
チョコレートソースを餌に。
命知らずね。黒い虫に殺されたいのかしら」

「まあ、今頃川に浮いてるかも……」

「……ちょっと本当に心配になってきたわ」

「……まさかね」

「あら、それより黒い虫がオーウェンに
火炙りにされる方が先じゃない?」

姫様、だんだん服装がラフになってます。
今日は、シャツのボタンを上から三つ外し
てますけど。色っぽい!

なんかこの間、カタリナさんの立派なお胸
を見てから、やたら人様の胸元が気になり
ます。そして、とりあえず自分と比べて
へこみます。

「オーウェン様ね。……生きているといい
ですね黒い虫。こんなに虫刺されを作った
ら殺されても文句は言えないのでは?」

アルマさん。さっきから虫の話題が多い
ですね。

「そうよね」

「本当に」

ああ、ほらきた生暖かい視線×三名分。
なんか居心地悪いのでお使いに行って来ま
すね。




※※※※※※※※※




「アニエス嬢、どちらまで?」

声をかけられたので振り向くとチャコール
グレーの髪の騎士様が立っている。
うん。マクドネル卿でした。

「こんにちはマクドネル卿。お茶にはいつ
行きますか?」

シフォンケーキ早く食べに行きたいです。
チョコレートソースが楽しみです。

「ははは……ああ、あれ。店の住所と地図を
グレン様に取ら…いや、お渡ししたので……
そうですね。落ち着いたら。是非、グレン様
とデートをしてきて下さい」

「落ち着いたら?それにグレン様とですか?
あの方がシフォンケーキを食べているところ
なんて、想像がつかないのですが、私と一緒
に行ってくれますかね?」

シフォンケーキに舌鼓を打つ魔王。
うん。想像がつかない。

「大丈夫ですよ。あなたとならホイホイ、
どこへでも喜んで付いて行きますとも。
ところで、素敵なスカーフですね。見せて
頂いてもよろしいですか?」

素敵?素敵って言った?
良かった。お仕着せに合わせても変じゃない
んだ。さすがアイリスさん。趣味がいい。

「アイリスさんが選んで巻いてくれたん
です。なんか虫刺されが首の後ろにあるみた
いで……マクドネル卿?」

ああ、またきた。生暖かい視線×一名分。

「……また本人の見えづらい所にだけ付ける
とは、あの人らしいなぁ。
仲直りできたようで何よりです」

ポリポリと額を掻きながら苦笑する。
マクドネル卿も虫刺されですか?

「ところでお急ぎですか?」

「それほど急ぎの用向きではありません。
何かご用がありますか?」

「実はアイリス様に急ぎの用がありまして。
取り次いで頂きたいのです。できたら今日
中に会いたいのです。
少し事情が変わりまして、どうしても会い
たいので力を貸してもらえませんか?」

「会うかどうかはアイリスさん次第ですが
聞くだけ聞いてみますね。私かアルマさんが
同席しますがよろしいですか?」

「はい。助かります。第三騎士団でお待ち
しています。もし、無理なら連絡だけでも
下さい。今日は一日、第三に詰めてます」

「第三ですか?第二じゃなくて」

マクドネル卿は、対魔物交戦部隊である
第二騎士団の副団長様だ。市中警護の第三
騎士団に一日詰めているのは珍しいな。
なんか不穏な感じ。

それにマクドネル卿から微かに血の臭いが
する。怪我をしてる?それとも……。
何だか皮膚がチリチリする。
こんな感じがする時はロクな事がない。
嫌な予感に急いで王女宮に戻った。



「チャコールグレーの虫が私に用?」

アイリスさんが怪訝な顔になる。
マクドネル卿、
虫扱いされてますけど。
アイリスさんは姫様の側からあまり離れ
たがらないので、嫌なのだろう。

明らかに気乗りしない様子だったが
姫様に説得される形で私と第三騎士団まで
行くことになった。


第三騎士団の受付に顔を出すと、話しが
通っていたようで、直ぐに団長執務室に
通された。

「お呼びだてして申し訳ありません」

執務室にはマクドネル卿の他にも、なんか
凄い人達がいる。

まず、アーサー殿下。
あとは私の義父で前第三騎士団長のオーウ
ェン様。今の第三騎士団長で義理の兄であ
るマルク義兄様。
そして、魔術師団長のアルフォンス様。
皆様、表情が固い。

勧められるまま着席するとすぐに
アーサー殿下から話しを切り出される。

「アイリス、しばらく侯爵家に戻ってもら
えないだろうか」

「何故です?以前そのお話しはお断りしま
した。私はカルヴァンの家を継ぐ気はあり
ません。後継は親戚筋からとる事になった
はずです」

いつも涼やかで優しいアイリスさんの
ひどく刺々しい声に驚く。
思わず、アイリスさんの左手に自分の手を
重ねる。大丈夫、一緒にいるよ?

アイリスさんはハッとして私の顔を見ると
体の力を抜いた。

「私は何があっても、絶対に姫様のお側を
離れません」

アイリスさんは毅然と言い切る。

「あなたの姉へのその忠誠心は称賛に値い
しますが、今度だけは信念を曲げて欲しい。
ゴドフリーが負傷した。危篤だ。
頼むから側に……付き添ってやってくれ」

「父が負傷して危篤?まさかあの父が?」

アイリスさんは信じられない様子で微笑み
さえ浮かべている。

「また、そんな見え透いた嘘を……」


「王都の新しくできた『穴』から帝国の
兵団とワイバーンが十体。転移してきて
交戦した。敵は殲滅したが、こちらも
かなりの被害が出た」

「「えっ?!」」

私とアイリスさんの声が重なる。
今、何て言ったの?
『穴』から帝国の兵とワイバーン?

「そんな、まさか!王都に魔物の侵入など。
しかも、帝国の兵団が転移して来た?一体、
どうなっているのです」


「宣戦布告なしの開戦。侵略だ」


アーサー殿下の言葉に私達は言葉を失った。


帝国との戦争はこうして始まった。













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