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グレン、アニエスを抱きしめる
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アニエスの父熊が娘に手を振る。
後ろから魔物に襲われそうになったのを
アイザックが一瞬で切り捨てた。
良い太刀捌きだ。
感心して見ていると空から
重力波が飛んできた。
まずい巻き込まれる!
防衛結界を張ろうとしたが、俺より先に
誰かが結界を張った。
重力波を完全に防いでいる。
俺より数段上のプリシラよりも
強い結界。
黒竜か?
いや、この魔力は。
後ろにいるアニエスを見てギョッとする。
髪が黒い。瞳の色も新緑から金へと
変わっている。
でた!魔物アニエス。
アニエスが魔物顔になっている。
父親の窮地に魔物へと変化したな。
この魔物顔は女神像の庭の四阿で一度見た。
「アニエス?」
声をかけるが返事はない。
空をじっと睨んでいる。
アニエスがゆっくり口を開く。
何だ?口から光が溢れる。
空に向けて一直線の光が放たれる。
ブレスだ!
前回の魔物の氾濫の時に
ブレスを吐いたと言っていたが。
本当に吐いたぞ。コイツ。
竜体にならずに人の姿のままブレスを吐く。
なんて器用な。
唖然とする。
一瞬で空から魔物がごっそり消え失せる。
これ、なんのブレスだ?
触れた魔物が光の粒子となって消えていく。
光りのブレス。
空へ陸へと次々にブレスを吐くアニエス。
味方に被害が出たらまずい。
正気に返った時に絶対に泣く。
そろそろ止めた方がいいか?
そもそも俺の言葉は通じるか?
「アニエス、もういい。戻れ!」
肩を掴んで揺さぶる。
黒髪のアニエスは見慣れなくてイヤだ。
いつもの旨そうなキャラメル色の髪がいい。
俺の顔を認識したのかニッコリ笑う。
だが、正気じゃない。
物凄い力で引き寄せられて口付けられた。
ブレスを吐いた口に口付けられる。
滅多にできない体験だ。
普段のアニエスでは考えられない
エロいキス。
絡みつく舌にいいように弄ばれる。
流し込まれる魔力に酔いそうだ。
ヤバい。目茶苦茶気持ちいい。
前回の時と同様に魔物のアニエスに
翻弄される。
俺と口付けながら髪の色が黒から金へと
徐々に変わっていく。
竜化するのか?
魔物アニエスが俺を解放する。
俺は大きく息を吐いた。
魔物アニエスは妖艶に笑い満足そうに
舌舐りをするとふいに歌いだした。
神々しい歌声が辺りに響き渡る。
魔物達が動きを止めた。
状態異常を示す赤いオーラが消えている。
じっと動かない魔物達に
戦っていた兵士達が戸惑っている。
静かだ。
聞こえるのはアニエスの歌だけ。
他の音が一切しない。
俺も動けずアニエスの歌に聞き惚れる。
音調が変わった。
帰れ。帰還を促す歌声だ。
魔物達がぞろぞろと動き始める。
黒い森へと帰って行く。
兵士達が呆然と長い列をなして帰って行く
魔物達を呆然と見送る。
まずいな。目立ち過ぎだ。
面倒な事にならないように後で
アルフォンスに皆の記憶を消してもらおう。
魔物が全て砦を離れるとアニエスの豆花が
どこからかペタペタと物凄い数の集団で
集まってきた。ピイピイと途端にうるさい。
歌い続けるアニエスに蔓を伸ばす。
何のつもりか俺にも蔓が絡みついてきた。
よせ、お前らまさか俺達を喰う気じゃ
ないだろうな?
思わず凍らせようかと魔力を込めると
目の前が真っ赤になった。
──何だここは。
急に景色が変わった。
赤く光る洞窟のような空間。
豆花にどこかに飛ばされたのか?
あいつら絶対に凍らせる!
どこだここは?
一見、洞窟のようだがゴツゴツは
しているが感触がグニャリと柔らかい。
温かい。
なんだか変に居心地がいい。
多幸感がある。なんだこれ気持ちいい。
温かい魔力にスッポリくるまれて幸せだ。
この魔力はアニエス。
アニエスの魔力に溢れる空間。
どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえる。
声を頼りに進んで行くとアニエスがいた。
……魔物アニエスだ。
二人いる?
黒い髪のアニエスに金の髪のアニエスが
赤ん坊をあやしている。
「アニエス?」
声をかけると黒のアニエスも
金のアニエスも俺を見て
ニッコリと笑う。
「ほら、お迎えがきたわよ」
金のアニエスが腕に抱いた赤ん坊を
俺に差し出す。
ぐすぐすとぐずる赤ん坊。
俺を見ると笑って小さな手を伸ばしてくる。
そっと赤ん坊の手を触れると
親指をギュっと握られた。
キャラメル色のふわふわな髪。
新緑色の瞳。
泣き過ぎて赤い顔。
「アニエス?」
名前を呼ぶとポンと一気に幼児に成長した。
うわ可愛い。なんだ?この可愛い生き物は。
俺とアニエスの間に子供ができたら
こんな感じだろうか。
ぎゅうぎゅうと俺にしがみついている。
子供のアニエスを抱きながら
金のアニエスと黒のアニエスを見た。
「その子が嫌がるから私達はここにいるわ」
「私達は嫌われているのよ。ふふ。私達は
その子が可愛いくて仕方がないんだけどね」
クスクス笑う金のアニエスに黒のアニエス。
「番のあなたがいるから私達の出る幕は
ないわね。きっと私達はずっとここに
いる事になるわね。
でもその方がいいのかもしれないわ」
金のアニエスが寂しそうに言う。
黒のアニエスが金のアニエスを抱きしめる。
アニエスがアニエスを慰める。
何だか頭が混乱してきた。
抱いているチビアニエスが足をバタバタ
させている。
金のアニエスがチビアニエスの頭を撫でる。
黒のアニエスも頭を撫でる。
「ねえ。あなたの中にも金竜の核があるの。
あなたは使えるでしょう?
この子はとても嫌がるから、
あなたが代わりに何とかしなさいな。
あなたは私達の番で血の契約者でもあるの」
黒のアニエスに言われて気づく。
成る程。これを伝えるために呼ばれたのか。
豆花達はアニエスの魔力から生まれた。
金のアニエスにも黒のアニエスにも
繋がっているわけだ。
「愛し子に愛しい番のあなた。何かあったら
絶対に助けてあげるからね?」
頼もしく宣言した金のアニエスに
引き寄せられて口付けられる。
終わると今度は黒のアニエスにも口付け
られた。
どっちのキスもエロい。
チビアニエスがプンスカ怒りながら
俺の腹を蹴る
「違う。浮気じゃないぞ?」
なんだかよく分からないが謝る。
怒る姿も可愛い。
ふと気づくと左手の掌に金色の刻印がある。
何の印だ?
「金竜になるにはその刻印を使いなさい。
その子をよろしくね」
黒のアニエスが手を振る。
金のアニエスも手を振る。
グニャリと床に穴が開く。
チビアニエスを抱いたまま緩かに落下する。
落ちながら見たアニエス達はまだ手を
振っていた。
二人の顔はまるで聖母のように
慈愛に満ちていた。
「グレン!おい!グレン」
名前を呼ばれて覚醒する。
目を開けるとロイシュタールが心配そうに
俺をのぞき込んでいる。
「……アニエスは?」
「開口一番それか」
苦笑しながら顎で方向を指す。
視線を向けると父熊がアニエスを
抱き抱えて泣いている。
髪はいつものキャラメル色だ。
「大丈夫。眠っているだけだよ。
魔力の枯渇もない。
まったくとんでもないな。お前の婚約者は。
まさかこんな形で
魔物の氾濫が終息するとはね」
起き上がり周りを見ると魔物の姿は
もうない。アニエスの豆花達もいない。
負傷者がそこかしこで治療を受けている。
「よう。やっとお目覚めか小僧」
黒竜だ。他の竜を引き連れやって来た。
他の竜達が泣いている。
……なんだか面倒な事になりそうだな。
やれやれ。
「結局、今回の氾濫もチビすけが終わらせ
たんだな。前回の時もそうだった。
まあ、被害が少なくて良かったな」
「前回も歌ったらしいな?」
「金竜の歌だよ。魔物はあれには逆らえない
懐かしい歌だ。
金竜様がよく歌っていたものと同じ。
竜化はしないのになぁ。
あれはできるんだから不思議だよ。
本当に何で竜にならないんだろう?」
「……アニエスが拒んでいるからだよ」
「拒む?」
「あいつは赤ん坊で自分の意思とは関係なく
竜の血を飲み竜の魔力に目覚めた。
あいつ自身がその魔力を拒んで受け入れて
いないんだ。自分は人だ。竜じゃない。
深層意識下での拒絶だ。
俺は今、アニエスの深層意識の中に
飛ばされていたようだ。
会ってきたんだ。金のアニエスと
黒のアニエスに。
アニエスの中には黒竜の魔力と
金竜の魔力があって完全に分離して
それぞれが意思を持っていた。
本来ならあれは一つになって
金竜になるのだと思う。
それが本体のアニエスに拒絶され、
あいつらもそれを受け入れていた」
「そうか……そうなのか。確かにあいつの
意思ではなかったなよな。
赤ん坊が死ぬほど苦しむ毒の血を飲む。
生き残るまでの三ヶ月、本当に
苦しんだんだろう。それが恐怖として
こびりついているのかもな。
死への恐怖。拒絶は本能だ。
さらにアオとアカの婚姻鱗の魔力が
入ってきて受け入れ切れず魔力が暴走。
金竜になったがまた死にかけた。
二度目の死の恐怖。
これで決定的に拒まれたわけだな」
黒竜が寂しそうに言う。
青竜と赤竜が後悔に顔を俯かせる。
「ほら、お前ら。やっぱりあいつは
竜王にはならないぞ。諦めろ」
黒竜がふっ切れたような顔で言う。
内心アニエスには金竜になって欲しかった
だろうに。黒竜はアニエスの事を一番に
考える。だからあんたは信用できるんだ。
俺は改めて黒竜を再評価する。
「なぜだ!金竜様は我らの王だ。
王は我らと共にあるべきだ。
どうあっても
我々と共に北大陸へきていただくぞ!」
黒竜の言葉に支配された竜達が反発する。
あ~やっぱり面倒な事になったか。
「チビすけが望まない事は俺が許さない。
勝手な事をするなよ?」
黒竜が怒る。
アニエスが金竜だと竜達に知られた。
まあ、こいつらは支配下にあるから
大丈夫だろうが、問題は……。
「なあ黒竜、北大陸にはどれぐらいの竜が
いるんだ?」
「小僧……物騒な事を考えるなよ?
それでなくとも人と交配しなくなった
影響で数を減らしているんだ。
……よせよ?やめろよ?頼むぞおい」
何で皆殺しにしようと思った事がバレて
いるんだ。チッ。
「まあまあ。黒竜と俺達が余計な事を
しないようにちゃんと説得するからさ」
青竜が仲裁に入る。
「とりあえず今いるお前らの口を塞げば
北大陸の奴らには伝わらないよな?」
「あ~!よせ!な?」
「お前が言うとシャレにならん!」
「うるさいな。分かった殺さん。
そこの四人に命ずる。
アニエスが金竜だという事を記憶から消せ」
よし。とりあえず支配下にある奴らは
これでいい。
竜殺しの剣が刺さったままなら記憶が
戻る事はない。
今はこれでいいだろう。
北大陸の奴らが過度に接触してくるよう
ならもう一度考えればいい。
滅ぼすかどうかを。
「なあ、黒竜。黒のアニエスに言われ
たんだが、俺の中にも金竜の核がある
らしいな?
あの金竜から渡された金の鱗がそうか?」
「ああ、確かに金竜様からお前に……。
あ?まさか……そう言う事か。
お前はチビすけの血の契約者だ。
あいつの力を使える。しかも金竜の核を
持っているなら……嫌がるあいつの代わりに
お前が金竜になれるのか」
「そう言う事だ」
俺はニヤリと笑うと左手の掌にある
金の刻印を見せた。
黒竜が目を見はる。
「チビすけがお前の事を魔王、魔王と呼んで
いたが……とうとう本物の魔王に
なっちまったなぁ。小僧」
「魔王?」
「金竜は魔物の王だよ。だから魔王!
まあ。本物はチビすけだけどな。
お前達は真実の番だ。寿命も同じ。
成る程……だから金竜様はお前に核を半分
渡して食わせたんだ。
お前はあいつが金竜にならなくても
いいようにずっと守っていくんだな。
互いの命が尽きるその時まで。
……いいのか?それでお前は」
「本望だ。アニエスが笑って暮らせるなら
それでいい。
ただ、寿命の長さだけは人並みは無理だ。
それでも俺がずっと側にいる。
あんたもいてくれるだろう?」
「……いるよ。俺もあいつが笑っていられる
ならそれでいい。
長い付き合いになりそうだな。
小僧……いや、グレン」
黒竜が俺に手を伸ばす。
俺はその手をとり、しっかりと握手をした。
「グレン様!」
アニエスに名を呼ばれた。
振り返るとアニエスが俺の側に歩いてくる。
目が覚めたのか。
抱きしめようと両手を広げる。
アニエスがニッコリ笑う。
ぐえ!──いきなり腹を蹴られた。
それはそれはいい蹴りだった……なぜ?
うずくまる俺。
その場にいた全員が驚きのあまり固まる。
「よく分からないんですけど。
なぜか無性にグレン様に腹が立つのは
なんででしょう?」
そう言いながら可愛く首を傾げるアニエス。
アニエス……人の腹を蹴っておいて
首を傾げるな。
覚えいないクセに金と黒のアニエスとした
口付けをまだ怒っている。
嫉妬か。うれしい。
口元がにやける。
アニエスを抱き寄せる。
「俺にはお前だけだ。浮気はしない。
愛しているよ。アニエス」
ぎゅうぎゅうと抱きしめて
真っ赤に染まる頬に口付ける。
「うれしい。私も……愛してます」
凄い。真っ赤だ。ゆでダコだ。
はは!
アニエスを抱き上げくるくると回る。
これをするとアニエスは必ず笑う。
ほら、満面の笑顔。
ずっと大切な女性を泣かせてきた。
今、俺の腕の中で最愛が花のように笑う。
周囲が俺達のバカップルぶりに
どん引きする中、俺は幸せだった。
後ろから魔物に襲われそうになったのを
アイザックが一瞬で切り捨てた。
良い太刀捌きだ。
感心して見ていると空から
重力波が飛んできた。
まずい巻き込まれる!
防衛結界を張ろうとしたが、俺より先に
誰かが結界を張った。
重力波を完全に防いでいる。
俺より数段上のプリシラよりも
強い結界。
黒竜か?
いや、この魔力は。
後ろにいるアニエスを見てギョッとする。
髪が黒い。瞳の色も新緑から金へと
変わっている。
でた!魔物アニエス。
アニエスが魔物顔になっている。
父親の窮地に魔物へと変化したな。
この魔物顔は女神像の庭の四阿で一度見た。
「アニエス?」
声をかけるが返事はない。
空をじっと睨んでいる。
アニエスがゆっくり口を開く。
何だ?口から光が溢れる。
空に向けて一直線の光が放たれる。
ブレスだ!
前回の魔物の氾濫の時に
ブレスを吐いたと言っていたが。
本当に吐いたぞ。コイツ。
竜体にならずに人の姿のままブレスを吐く。
なんて器用な。
唖然とする。
一瞬で空から魔物がごっそり消え失せる。
これ、なんのブレスだ?
触れた魔物が光の粒子となって消えていく。
光りのブレス。
空へ陸へと次々にブレスを吐くアニエス。
味方に被害が出たらまずい。
正気に返った時に絶対に泣く。
そろそろ止めた方がいいか?
そもそも俺の言葉は通じるか?
「アニエス、もういい。戻れ!」
肩を掴んで揺さぶる。
黒髪のアニエスは見慣れなくてイヤだ。
いつもの旨そうなキャラメル色の髪がいい。
俺の顔を認識したのかニッコリ笑う。
だが、正気じゃない。
物凄い力で引き寄せられて口付けられた。
ブレスを吐いた口に口付けられる。
滅多にできない体験だ。
普段のアニエスでは考えられない
エロいキス。
絡みつく舌にいいように弄ばれる。
流し込まれる魔力に酔いそうだ。
ヤバい。目茶苦茶気持ちいい。
前回の時と同様に魔物のアニエスに
翻弄される。
俺と口付けながら髪の色が黒から金へと
徐々に変わっていく。
竜化するのか?
魔物アニエスが俺を解放する。
俺は大きく息を吐いた。
魔物アニエスは妖艶に笑い満足そうに
舌舐りをするとふいに歌いだした。
神々しい歌声が辺りに響き渡る。
魔物達が動きを止めた。
状態異常を示す赤いオーラが消えている。
じっと動かない魔物達に
戦っていた兵士達が戸惑っている。
静かだ。
聞こえるのはアニエスの歌だけ。
他の音が一切しない。
俺も動けずアニエスの歌に聞き惚れる。
音調が変わった。
帰れ。帰還を促す歌声だ。
魔物達がぞろぞろと動き始める。
黒い森へと帰って行く。
兵士達が呆然と長い列をなして帰って行く
魔物達を呆然と見送る。
まずいな。目立ち過ぎだ。
面倒な事にならないように後で
アルフォンスに皆の記憶を消してもらおう。
魔物が全て砦を離れるとアニエスの豆花が
どこからかペタペタと物凄い数の集団で
集まってきた。ピイピイと途端にうるさい。
歌い続けるアニエスに蔓を伸ばす。
何のつもりか俺にも蔓が絡みついてきた。
よせ、お前らまさか俺達を喰う気じゃ
ないだろうな?
思わず凍らせようかと魔力を込めると
目の前が真っ赤になった。
──何だここは。
急に景色が変わった。
赤く光る洞窟のような空間。
豆花にどこかに飛ばされたのか?
あいつら絶対に凍らせる!
どこだここは?
一見、洞窟のようだがゴツゴツは
しているが感触がグニャリと柔らかい。
温かい。
なんだか変に居心地がいい。
多幸感がある。なんだこれ気持ちいい。
温かい魔力にスッポリくるまれて幸せだ。
この魔力はアニエス。
アニエスの魔力に溢れる空間。
どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえる。
声を頼りに進んで行くとアニエスがいた。
……魔物アニエスだ。
二人いる?
黒い髪のアニエスに金の髪のアニエスが
赤ん坊をあやしている。
「アニエス?」
声をかけると黒のアニエスも
金のアニエスも俺を見て
ニッコリと笑う。
「ほら、お迎えがきたわよ」
金のアニエスが腕に抱いた赤ん坊を
俺に差し出す。
ぐすぐすとぐずる赤ん坊。
俺を見ると笑って小さな手を伸ばしてくる。
そっと赤ん坊の手を触れると
親指をギュっと握られた。
キャラメル色のふわふわな髪。
新緑色の瞳。
泣き過ぎて赤い顔。
「アニエス?」
名前を呼ぶとポンと一気に幼児に成長した。
うわ可愛い。なんだ?この可愛い生き物は。
俺とアニエスの間に子供ができたら
こんな感じだろうか。
ぎゅうぎゅうと俺にしがみついている。
子供のアニエスを抱きながら
金のアニエスと黒のアニエスを見た。
「その子が嫌がるから私達はここにいるわ」
「私達は嫌われているのよ。ふふ。私達は
その子が可愛いくて仕方がないんだけどね」
クスクス笑う金のアニエスに黒のアニエス。
「番のあなたがいるから私達の出る幕は
ないわね。きっと私達はずっとここに
いる事になるわね。
でもその方がいいのかもしれないわ」
金のアニエスが寂しそうに言う。
黒のアニエスが金のアニエスを抱きしめる。
アニエスがアニエスを慰める。
何だか頭が混乱してきた。
抱いているチビアニエスが足をバタバタ
させている。
金のアニエスがチビアニエスの頭を撫でる。
黒のアニエスも頭を撫でる。
「ねえ。あなたの中にも金竜の核があるの。
あなたは使えるでしょう?
この子はとても嫌がるから、
あなたが代わりに何とかしなさいな。
あなたは私達の番で血の契約者でもあるの」
黒のアニエスに言われて気づく。
成る程。これを伝えるために呼ばれたのか。
豆花達はアニエスの魔力から生まれた。
金のアニエスにも黒のアニエスにも
繋がっているわけだ。
「愛し子に愛しい番のあなた。何かあったら
絶対に助けてあげるからね?」
頼もしく宣言した金のアニエスに
引き寄せられて口付けられる。
終わると今度は黒のアニエスにも口付け
られた。
どっちのキスもエロい。
チビアニエスがプンスカ怒りながら
俺の腹を蹴る
「違う。浮気じゃないぞ?」
なんだかよく分からないが謝る。
怒る姿も可愛い。
ふと気づくと左手の掌に金色の刻印がある。
何の印だ?
「金竜になるにはその刻印を使いなさい。
その子をよろしくね」
黒のアニエスが手を振る。
金のアニエスも手を振る。
グニャリと床に穴が開く。
チビアニエスを抱いたまま緩かに落下する。
落ちながら見たアニエス達はまだ手を
振っていた。
二人の顔はまるで聖母のように
慈愛に満ちていた。
「グレン!おい!グレン」
名前を呼ばれて覚醒する。
目を開けるとロイシュタールが心配そうに
俺をのぞき込んでいる。
「……アニエスは?」
「開口一番それか」
苦笑しながら顎で方向を指す。
視線を向けると父熊がアニエスを
抱き抱えて泣いている。
髪はいつものキャラメル色だ。
「大丈夫。眠っているだけだよ。
魔力の枯渇もない。
まったくとんでもないな。お前の婚約者は。
まさかこんな形で
魔物の氾濫が終息するとはね」
起き上がり周りを見ると魔物の姿は
もうない。アニエスの豆花達もいない。
負傷者がそこかしこで治療を受けている。
「よう。やっとお目覚めか小僧」
黒竜だ。他の竜を引き連れやって来た。
他の竜達が泣いている。
……なんだか面倒な事になりそうだな。
やれやれ。
「結局、今回の氾濫もチビすけが終わらせ
たんだな。前回の時もそうだった。
まあ、被害が少なくて良かったな」
「前回も歌ったらしいな?」
「金竜の歌だよ。魔物はあれには逆らえない
懐かしい歌だ。
金竜様がよく歌っていたものと同じ。
竜化はしないのになぁ。
あれはできるんだから不思議だよ。
本当に何で竜にならないんだろう?」
「……アニエスが拒んでいるからだよ」
「拒む?」
「あいつは赤ん坊で自分の意思とは関係なく
竜の血を飲み竜の魔力に目覚めた。
あいつ自身がその魔力を拒んで受け入れて
いないんだ。自分は人だ。竜じゃない。
深層意識下での拒絶だ。
俺は今、アニエスの深層意識の中に
飛ばされていたようだ。
会ってきたんだ。金のアニエスと
黒のアニエスに。
アニエスの中には黒竜の魔力と
金竜の魔力があって完全に分離して
それぞれが意思を持っていた。
本来ならあれは一つになって
金竜になるのだと思う。
それが本体のアニエスに拒絶され、
あいつらもそれを受け入れていた」
「そうか……そうなのか。確かにあいつの
意思ではなかったなよな。
赤ん坊が死ぬほど苦しむ毒の血を飲む。
生き残るまでの三ヶ月、本当に
苦しんだんだろう。それが恐怖として
こびりついているのかもな。
死への恐怖。拒絶は本能だ。
さらにアオとアカの婚姻鱗の魔力が
入ってきて受け入れ切れず魔力が暴走。
金竜になったがまた死にかけた。
二度目の死の恐怖。
これで決定的に拒まれたわけだな」
黒竜が寂しそうに言う。
青竜と赤竜が後悔に顔を俯かせる。
「ほら、お前ら。やっぱりあいつは
竜王にはならないぞ。諦めろ」
黒竜がふっ切れたような顔で言う。
内心アニエスには金竜になって欲しかった
だろうに。黒竜はアニエスの事を一番に
考える。だからあんたは信用できるんだ。
俺は改めて黒竜を再評価する。
「なぜだ!金竜様は我らの王だ。
王は我らと共にあるべきだ。
どうあっても
我々と共に北大陸へきていただくぞ!」
黒竜の言葉に支配された竜達が反発する。
あ~やっぱり面倒な事になったか。
「チビすけが望まない事は俺が許さない。
勝手な事をするなよ?」
黒竜が怒る。
アニエスが金竜だと竜達に知られた。
まあ、こいつらは支配下にあるから
大丈夫だろうが、問題は……。
「なあ黒竜、北大陸にはどれぐらいの竜が
いるんだ?」
「小僧……物騒な事を考えるなよ?
それでなくとも人と交配しなくなった
影響で数を減らしているんだ。
……よせよ?やめろよ?頼むぞおい」
何で皆殺しにしようと思った事がバレて
いるんだ。チッ。
「まあまあ。黒竜と俺達が余計な事を
しないようにちゃんと説得するからさ」
青竜が仲裁に入る。
「とりあえず今いるお前らの口を塞げば
北大陸の奴らには伝わらないよな?」
「あ~!よせ!な?」
「お前が言うとシャレにならん!」
「うるさいな。分かった殺さん。
そこの四人に命ずる。
アニエスが金竜だという事を記憶から消せ」
よし。とりあえず支配下にある奴らは
これでいい。
竜殺しの剣が刺さったままなら記憶が
戻る事はない。
今はこれでいいだろう。
北大陸の奴らが過度に接触してくるよう
ならもう一度考えればいい。
滅ぼすかどうかを。
「なあ、黒竜。黒のアニエスに言われ
たんだが、俺の中にも金竜の核がある
らしいな?
あの金竜から渡された金の鱗がそうか?」
「ああ、確かに金竜様からお前に……。
あ?まさか……そう言う事か。
お前はチビすけの血の契約者だ。
あいつの力を使える。しかも金竜の核を
持っているなら……嫌がるあいつの代わりに
お前が金竜になれるのか」
「そう言う事だ」
俺はニヤリと笑うと左手の掌にある
金の刻印を見せた。
黒竜が目を見はる。
「チビすけがお前の事を魔王、魔王と呼んで
いたが……とうとう本物の魔王に
なっちまったなぁ。小僧」
「魔王?」
「金竜は魔物の王だよ。だから魔王!
まあ。本物はチビすけだけどな。
お前達は真実の番だ。寿命も同じ。
成る程……だから金竜様はお前に核を半分
渡して食わせたんだ。
お前はあいつが金竜にならなくても
いいようにずっと守っていくんだな。
互いの命が尽きるその時まで。
……いいのか?それでお前は」
「本望だ。アニエスが笑って暮らせるなら
それでいい。
ただ、寿命の長さだけは人並みは無理だ。
それでも俺がずっと側にいる。
あんたもいてくれるだろう?」
「……いるよ。俺もあいつが笑っていられる
ならそれでいい。
長い付き合いになりそうだな。
小僧……いや、グレン」
黒竜が俺に手を伸ばす。
俺はその手をとり、しっかりと握手をした。
「グレン様!」
アニエスに名を呼ばれた。
振り返るとアニエスが俺の側に歩いてくる。
目が覚めたのか。
抱きしめようと両手を広げる。
アニエスがニッコリ笑う。
ぐえ!──いきなり腹を蹴られた。
それはそれはいい蹴りだった……なぜ?
うずくまる俺。
その場にいた全員が驚きのあまり固まる。
「よく分からないんですけど。
なぜか無性にグレン様に腹が立つのは
なんででしょう?」
そう言いながら可愛く首を傾げるアニエス。
アニエス……人の腹を蹴っておいて
首を傾げるな。
覚えいないクセに金と黒のアニエスとした
口付けをまだ怒っている。
嫉妬か。うれしい。
口元がにやける。
アニエスを抱き寄せる。
「俺にはお前だけだ。浮気はしない。
愛しているよ。アニエス」
ぎゅうぎゅうと抱きしめて
真っ赤に染まる頬に口付ける。
「うれしい。私も……愛してます」
凄い。真っ赤だ。ゆでダコだ。
はは!
アニエスを抱き上げくるくると回る。
これをするとアニエスは必ず笑う。
ほら、満面の笑顔。
ずっと大切な女性を泣かせてきた。
今、俺の腕の中で最愛が花のように笑う。
周囲が俺達のバカップルぶりに
どん引きする中、俺は幸せだった。
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