たとえ一人きりになっても

こうしき

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 前に付き合っていた彼は夢を追う人だった。その前に付き合っていた彼もそうだった。二人ともそんな素振りなんて全く見せなかったのに。身体を重ねて愛を交わした後、ベッドの淵に腰掛けて遠くを見ながら、決まってあなたも──あなたも夢を口にした。


『夢があるんだ』


 そう言って子供のように目を輝かせながら難しい話をするあなた達は、隣で横たわる私にはとても遠く思えて。

 寂しかった──行為の後で、私もあなたも何も身に纏っていない姿なのに。夢を語り出すあなた達は、私のことなんて見てくれなくて。




「どしたの?」
「……ひいらぎ

 柊に再会したのは、中学の同窓会だった。正月明け──卒業から十年経った、節目の二十五歳。十年ぶりの再会だった。


 ──『美夜川みやかわ?』


 あの頃とは全く別人のようで、三年間同じクラスだったというのに私は柊に気が付かなかった。 
 柊は背の低い、細身の男の子だった。中学時代の私とそう変わらない高さで、その上色白で。肌が綺麗だったのは、バスケ部だったから仕方がないのかもしれない。陸上部だった私はそれが羨ましかった。


「映画、ちゃんと観てた?」
「んー……」
「なに考え事してたのさ」
「ちょっと、昔のこと思い出しちゃって」

 当時とても仲が良かったのかと言えば嘘になる。時々ゲームの話をしたり、漫画の話をしたり、そんなものだった。

 十年ぶりの再会。背がかなり伸びて、大人らしい顔つきになっていた柊。痩せっぽっちだった体も、ちゃんと男らしくなっていて。

 その場の流れで、グループで二度食事に行った。その時から私はすでに、柊のことを目で追っていた。連絡先を交換してその後五度、二人で食事に行った。そして今日、彼は私の部屋に来ている。


「昔のことって?」
「大したことじゃないわよ」
「なんだよそれ、気になるなあ」

 不満げに頬を膨らませる彼を尻目に、くすりと笑って私は立ち上がる。

「コーヒー飲む?」
「ありがと、ブラックで」
「はあい」

 シンプルな木目調のダイニングテーブルの真ん中、真っ白な陶磁の花瓶にフリージアが生けてある。私の好きな白色のフリージアの花。白いフリージアの花言葉は「あどけなさ」。この歳になってあどけなさも何もないだろう──なんてつまらないことを考えながら、フリージアの香りに私は酔う。

「……いい香り」

 花が好きだと私が言ったのを覚えてくれていたようで、柊はフリージアのブーケを買ってきてくれた。男の人が花屋に入るのはきっと恥ずかしかっただろうに。それを想像するだけでも、とても幸せな気持ちになった。

「美夜川が花好きだなんて、意外だったよ」

 花に見惚れた私の背後で、柊が言う。

「意外ってなによ」
「だってさ、ゲームとか漫画の話しかしたことがなかったからさ、当時は」
「花が好きになったのは、成人してからだよ。花が好きな友達がいて、その影響」
「そうなんだ」

 ──沈黙。

「ねえ、コーヒーは?」
「ごめんまだ……今から淹れるよ」
「美夜川」

 後ろから抱き締められる。初めてのことだった。

「コーヒー、淹れられないよ」
「なあ、美夜川」

 柊の腕に力が籠る。私の胸の下で重ねている彼の手のひらに触れた。ごつごつしていて力強く、大きな手。
 
「……なに?」
「すき」
「コーヒーが?」
「違う」

 否定して柊は、私の肩に顎を乗せた。そのまま彼は私の耳を舌先で舐めた。

「……んッ……なに……」
「美夜川が、すき」

 柊の顔を見ようと、私は少し首を捻る。すると伸びてきた柊の左手が、私の顎先を捕まえた。

「……ひ、いらッぎ…………?」

 そのまま唇を塞がれる。優しく触れるだけだった口づけは、首の痛さに耐えかねた私が体を捻って彼の抱擁に応えたのを境に、激しいものになった。
 柊の舌が、閉じていた私の歯を抉じ開ける。ざらりとした舌と舌が絡まって、唇の端から雫が溢れた。

「ちょっと、柊……」

 柊の体を無理矢理引き剥がす。彼は驚いて眉を持ち上げ、悲しそうな顔をした。 

「ごめん……」
「ねえ、柊。私たち、付き合ってるの?」

 私はまだ、彼から直接そういう言葉を告げられていない。付き合ってもいない男と、こういうことをするつもりは私にはない。

「え?」
「え? じゃなくてさ」
「俺のキスに応えてくれたのに、そういうこと言うんだ」
「ちゃんと言葉にしてくれないと、嫌なの」

 私は一歩、二歩と後退して柊と距離を取った。するとすぐに柊の腕が伸びてきて、私の肩を掴み、背を壁に追いやった。

「好きだよ……大好き」
「うん……」
「俺のこと、好き?」
「好き……大好きだよ、柊」
「彼女になってくれる?」
「……うん」

 目を伏せて、彼の手に触れた。握り返され、抱き締められる。壁と柊との間に挟まれた私は、困惑して彼の顔を見上げた。

「あ……んッ…………!」

 すぐにそこへ彼の唇が下りてきた。優しい口づけだ。漏れ出した私の声に欲情したのか、柊の手は私の短い髪や腰、太腿なんかを撫で回している。いつまで経っても肝心な所には触れないでいる──大胆なのか、臆病者なのか分からない人だ。

「──柊」
「ん」
「ベッド……いこ」
「……いいの?」
「うん」

 柊は私の体を横抱きに持ち抱えた。その瞬間、ふわりと鼻を掠めるのは、フリージアの香り。

「電気、消して」
「映画は?」
「音だけ、消して」

 二人揃ってベッドに腰掛ける。まだ夕方なので、電気を消しても部屋は明るい。カーテンを引くと少しだけ室内が暗くなった。
 私はカーテンを引き終え、ベッドのヘッドボードに背を預ける。四つん這いの柊は私との距離を詰めると、膝を立てている私の足の間に体を捩じ込んだ。

「や……だ……」
「どうして?」

 ビスケット色のニットワンピース姿の私は、恥ずかしいくらい開脚しているのだ。その間で胡座をかいた柊は、乱暴に唇を重ねてながらタイツ越しに私の秘部に触れた。

「んんッ……あ、ぅ………ハァ……んッ……」
「みや……かわっ……」
「ん……ぁ…………ぁぁ……ッ!」

 タイツとショーツを剥ぎ取られた直後、柊は自分の上半身の服を脱いだ。髪がさらりと揺れ、筋肉質な上半身が露になった。

「すごいね、溢れてくる」

 言いながら柊は、膣口をくりくりと撫で回していた指を、ずぶッ──となかに挿入した。

「ゃああッ!」

 顔は天を仰ぎ、胸の下で組んでいた手は弛緩して垂れ、シーツを握りしめる。

「あッ……やぁッ…………あッ、あッぁッ……ぁ……ん……ッ!」

 体に力が入らない。彼を求めるように、私の足はどんどん開いていった。二本の腕で体を支えることが出来なくなり、ずるずると崩れるように肘をついた。

「あ……つい」
「脱ぐ?」
「……うん」

 ニットワンピースが剥ぎ取られる。柊は器用に片手で私の服に手をかけながら、片手で秘部を弄くり回している。

「外すよ?」
「うん……」

 アイスブルーのブラジャーが取り払われた。胸がこぼれ落ち、その先端へ柊の舌が伸びる。

「やっ……あッ……」
「思ってたより、すごく……おっきい」

 喜びに満ちた顔になった柊は、優しく胸の先端に触れてたかと思いきや乳房を撫で回し、揉み始める。

「待って、俺も脱ぐから」

 自分のベルトに手をかけ、柊は全てを取り払った。開脚したままの私の体に飛び込み、思い切り抱き締めてくれる。

「美夜川……」
「柊ッ……苦しい」
「ごめん」
「ねえ、柊」
「なに? …………ッ、み、みや……かわ、」

 私は露出した柊の陰茎に触れた。根元から先端へゆっくりと──そして激しく指を這わせ、そして──。

「んッ」
「あ…………」

 つるり、と口に含む。柊の耳にも届くよう唾液をたくさん含んだ口で、じゅるッ──じゅるッ──と敏感な箇所を苛める。

「う゛……おれ、も」
「んッ…………ぁ、や、あッ!」

 仰向けに倒れた柊は、私の体を抱えあげ上に乗せた。私は視線の先に、柊の爪先が見える。

「あッ……あッ……あッ……ひぃ、ら……ぎッ……んッ……ぁッ……やぁ、ん……」

 ちろちろと蛇のように、柊は私の秘部を舐める。時折指を挿し込んで、ぐちょぐちょに犯される。

「だめ、ぇ……も……はずか、しぃ……」
「やめるかい?」
「いやぁ……ッ」
「じゃあ、もっと」
「やぁぁぁんッ!」
「すごい、まだ出るよ」

 ずぶッ、ずぶッ、と柊の指は激しく私の中を犯す。生暖かい愛液が止めどなく太腿を伝ってくる。

「ゃあッ、あッ、あッ!」

「美夜川、俺のも」

「んッ……あッ、んッ……んッ……はぁッ、あぁッ!」

「ほら、ちゃんと舐めて」

「も……むりッ、むり……だめぇ……イッちゃ、う……」

「イキそうなの?」

「ん……あぁ……ッ……や、ぁ……あッ…………ッ!!」

「……美夜川?」

 びくびくと痙攣したように、私の体は動かなくなる。頭の中も真っ白になって、もう何がなんだか分からない。

「美夜川?」
「……ッ」

 柊は私の体を下ろし、仰向けに寝かせた。眉はきつく寄り、顔だってきっと真っ赤だ──こんな恍惚な顔を見られるのは恥ずかしいが、顔を背ける力がまだ湧いてこない。

「今からが本番だよ?」
「わかっ……てる」
「ちょっと休むかい?」

 言いながらも柊は、私の両胸を揉み始めた。先端を時々弄くりながら、いやらしく口許を歪ませる。

「休む気、ないでしょ」
「どうかな」

 左胸の先端に激しく食らいつく。右胸は左手で揉みながら、右手は愛液で溢れたそこに、またしても伸びていた。

「欲しくないの?」
「いじ、わるッ」
「じゃあ、やめようかな」
「や、だめ……」
「どうしたい?」

 柊は手を止めて身を起こし、仰向けで膝を立てている私の足を閉じ、そこに自分の肘を乗せた。まるでわたしの膝が肘掛けのようだ。

「美夜川は、どうしたい?」
「ッ……それ、は」
「ねえ」

 意地の悪いことを言っているのに、低く落ち着きのある声のせいだろうか──嫌な感じは全くなく、私は導かれるように声を発していた。

「……あなたと、ひとつになりたい」

 柊は何も言わなかった。私の足を抉じ開けると、そのまま私のなかに勢いをつけて入ってきた。

「あ……ああ……ぁぁぁッ!」

 指よりも太く固いそれは、私の中を──奥まで激しく犯す。

「ゃ……あッ……ひぃら、ぎ、」

「なに?」

「あ……あつぃ、ひぃらぎの、あ……ッ……ぁあ……ん……ッ、あつぃ、あつぃッよぅ……ねぇ、ねえ……」

「ん?」

「もっとぉ……」

「もっと?」

「もっと、突い、て………………ぁ、ああぁんッ!」

 さ迷っていた私の手を掴み、柊はいっそう強く激しく──腰を打ち付け、私の中で暴れまわる。

「もっと?」

「も……っと、ん、もっと……あッ、あぁッ、もッとぉ……ぁあ゛ッ! や、ァ゛ッ、ひぃらぎ……ひぃらぎッ」

「なに?」

「すき、だい……すきッ……」

「俺も、好きだよ」

 唇を重ね、吸い、重ね──舌を絡ませる。柊は一度私の中から出て、腕を引いた。

「後ろ」
「変え、るの?」
「うん」

 言われるがまま、私は柊に背を向け四つん這いになる。枕をぎゅっと抱き締めた瞬間──。

「あ……ああああッ! あッ! ぁんッ! やッ! あ……すごぃ……あぁッ!」

 先程よりも更に激しいものが、私のなかに突き上げる。あまりの快感に、早々に頭がくらくらし始めた。

「あッ! ぁんッ! ああッ…………んッんッ……ゃッ……あ…………きもちいぃッ……!」

「奥まで、あたる?」

「あた……るッ……んッ……ゃああッ! ぁぁッ……」

 腰を両手で掴まれている──最奥の、最奥まで柊の身体満たされてゆく。突かれれば突かれるほど、私の膣から生暖かいものが溢れ出す。

「すごい、見えるよ」
「な、にが……?」
「俺が……美夜川のなかを、ッ……犯してるとこ」
「や……ぁッ……はずかし、い……」
「ッ……ぅ! だ……めだ、待って」

 動きを止め、柊はまたしても私の外に出る。私の体をゆっくりと横たわらせ、仰向けにした。

「どうしたの?」
「イキそう、だったから」
「出したら、いいじゃん」
「前向きじゃないと、嫌なんだ……顔が、見えないだろう?」

 そう言って再び身体を重ねる。何度も、何度も犯された私は、早々に絶頂に達してしまった。何度も、何度も達して──何も分からなくなっていたところへ、彼の最後の激しい突きが──。

「…………ッ! はぁ……はぁ……うッ……ごめんっ……」

 どろりとした白いものが、私の太腿を伝う。伝って垂れたそれは、白いシーツをべったりと濡らした。












「美夜川は、やりたい事とかないの?」

 ベッドの淵に腰掛けた柊は下半身にだけ衣服を纏い、顔を正面に向けて映画のエンドロールをぼうっと眺めている。うつ伏せに横たわった私は、暖房の温度を少しだけ上げた。

「やりたいこと?」
「ずっと、会社勤めのままでいいの?」
「……そういうこと」

 そうか。この人も────なんで私はいつもいつも、夢追い人にばかり心を奪われるのか。

 みんな私を置いていくのに。置いていくとわかっているのに。

「俺はさ、バスケで飯が食えるようになりたいんだよね」

 嬉しそうな顔。夢を語る少年のように眩しい柊の横顔に、私は目が眩んで吐き気がした。

「アメリカのチームに来ないかって、声もかけられてるんだ」
「そう、なんだ……」

 萎むような私の声に、柊が顔を向けた。私の頭を撫で、短い髪を耳にかけると、その手を頬に添えた。

「明日試合で、その結果次第なんだ」
「そう……頑張って、ね」

 中身のない空っぽの言葉。頑張って欲しくない。頑張ってしまったら、あなたは私を置いて、遠くに行ってしまうんでしょう?

「頑張れるよ。こうして今日、君とひとつになれたんだから」
「なに格好つけてるんだか」
「こいつぅッ!」
「やッ……もう、どこ触っ……やぁッ!」


 そのまましばらくじゃれ合って、そのあと一緒に夕食を食べた。味は……しなかった。



「本当にいいの?」
「ああ。試合って朝早いし、泊まって寝坊したら大変だからさ」

 十九時と三十分を少し過ぎたところだった。キャラメル色のPコートを来た柊は、ブーツを履き終えて私の方に向き直った。

夕実ゆみ
「なに?」
「試合が終わって落ち着いたら、また会おう」
「うん」

 どうして今になって名前を呼ぶの。行為の最中に呼んでくれればいいのに──。それを言うと柊は、

「また、次に夕実を抱くときの……楽しみにしておきたいんだ」
「また格好つけて、バカじゃないの」
「はは……じゃあ」
「うん。ごめんね、試合行けなくて」
「いいんだ」
「気を付けてね」
「ああ」

 パタンとドアが閉まる。施錠するのも忘れ、私はその場に崩れ込んで、泣いた。



 

 彼がアメリカに行くまでの間、何度か身体を重ねたけれど、行為の最中もそれ以外の時も──彼の名前を最後まで呼べなかった。忘れられなくなるのが、分かっていたから。私より夢をとって──置いていってしまうことは、分かっていたから。





「…………奏太そうた




 夕食の香りが仄かに残る部屋の中で、真っ白なフリージアが私を慰めるように花弁をこちらに向けている。奏太が贈ってくれたものとは違う、自分で購入した真っ白なフリージア。

 白いフリージアの花言葉は「あどけなさ」。

 フリージア全てに共通する花言葉は「期待」。


「期待なんて、していないつもりだったんだけどな」

 

 私は花が好きだ。

 いつだって、ただ黙って、美しく咲き誇りながら、甘い香りを放って──私を癒して、時には慰めてくれる。

 枯れてしまえば、また新しい花を買いに行く。そうすればいつだって、私に寄り添ってくれる。去っていく男達とは違う。

「大丈夫、大丈夫」

 自分にそう言い聞かせて、私は玄関の鍵を閉めた。


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