【完結済】こんなに好きになるつもりなんて、なかったのに~彼とわたしの愛欲にまみれた日々~

水鏡こうしき

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49/堕ちてゆく(6)★

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 わたしはなんと愚かな女なのだろう。クズで最低で本当に救いようがない馬鹿だ。とおやは優しいから、嫌だと抵抗すればきっと止めてくれるだろうと期待していた。そうでもしないと自分で止まれる自信がなかった。目の前にあんなものを突き付けられて、退ける筈などない。わたしだって……──セックスもフェラも好きなのだから、あんなに大きくなった艶やかなモノを差し出されて退けるほど、出来た女ではなかったということだ。

「駄目だよ……こんな関係、絶対に駄目……」

 口に出してはみたものの、身体にほんのりと残る彼の香りに体温、それに快楽の余韻。心の底から彼を憎まない限り、今後も拒絶できる自信がなかった。嫌い嫌いと言いながら、本当はわたしはまだ──。

「やっぱり……こんなことがあってもまだわたし……とおやのことが好きなの……? 馬鹿じゃないの……」

 自分の気持ちがわからなかった。けれど彼を受け入れたということはそういうことであって。だからといって今までと同じように好きだ、愛していると堂々と口にすることは憚られた。他の女性と関係をもった男を、堂々と恋人だなんて言えっこない。そこだけは絶対に許せなかった。


(だから……なんとしてもこの関係を断たなきゃ駄目。こんなの、まるでセフレだもの)


 シャワーと着替えを済ませ、散らかった部屋を片付ける。大晦日で天気もいいので、ついでにカーテンも洗っておいた。カーテンレールに吊るしておけば自然に乾くので、その間に窓を拭きベランダの掃除もしてしまった。とおやのことだから、帰宅したところで年末の大掃除なんてしないだろうし。

「何やってるんだろわたし……」

 別れた男の部屋の大掃除をするなんてどうかしている。気が付けば部屋はピカピカで、時計は十五時を回った所だった。そういえば朝から何も食べていない。とおやも何も食べずに出掛けて行ったけれど、大丈夫だろうか。


(またとおやのこと考えてる、わたし……)


 溜め息を吐いてソファに腰を下ろす。コンビニで何か買って帰ろうかなとぼんやりと考え始めた時だった。玄関の鍵が開き、ドタドタと早足で帰宅したとおやがリビングに姿を現した。

「あ……おかえり」
「まだいるとは思わなかった」
「大丈夫、もう帰るところだから」

 鞄を持つと同時にわたしの腹の虫が派手に鳴いた。大笑いしたとおやを睨み付けると、彼は何やら茶色い紙袋を差し出した。よく知ったスタンプの押された袋からは焼きたてのパンの香りがふわりと鼻を掠める。

「これ、お前が好きなサンドイッチの店の」
「どうしたの?」
「昼飯と、余ったのは明日の朝食おうと思って。気が付いたら足が向いてた。一緒に食おうぜ」
「でも……」
「腹減ってるならとりあえず食ってからどうするか考えろ」
「うん……」
「コーヒー? 紅茶?」
「紅茶。淹れるよ? 着替えてきたら?」
「いいから座ってろよ」

 去り際に軽いキスを落とされ、驚いてソファに尻餅をついてしまった。これじゃあまるで仲睦まじいカップルだ。ソファに並んで遅い昼食をとりながらテレビをつけると、恋愛ものの古い洋画が流れていた。

「……ねえ、とおや」
「何?」

 寄ってきた尻の距離が詰り、わたしの腰にとおやの腕が回される。ぴったりと身を寄せる光景は本当に良い雰囲気の恋人たちのようで。

「ちゃんと別れよう? こんな関係イヤ……駄目だよ……」
「こんな関係って?」
「好きでもないのに、身体だけ重ねる関係」
「俺はお前が好きだし」
「わたしは……! 好きじゃない!」

 腰に回された腕を解こうにも、力が強くて敵わない。捲ったセーターの袖から覗く筋肉が浮き上がった腕に目を奪われてしまう。少し見ない間にこんな──……。


(駄目、とおやの中に男を見ては駄目……!)


 この腕に抱き寄せられたいと、その先に繋がった長い指に触れられたいと──考えた刹那、身体がじんじんと熱を帯び始める。


(そうだ……わたしはこの、長い指に犯されるのが大好きだった)


 無意識だった。吸い寄せられるようにその指に触れていた。ハッとして手を引っ込めた時には時既に遅く、手首と顎を掴まれ身動きがとれなくなっていた。

「本当に好きじゃない?」
「……」
「なあ、ほたる」
「あんたのことなんか……もっともっと嫌いになりたいのにっ!」

 目頭が熱い。涙を堪えるのに必死だというのに、柔らかい顔のとおやは啄むようにわたしに唇を落とす。こういうのは本当に駄目、反則だ。いつものぶっきらぼうな口調ではなく、わたしに寄り添うような優しい口調。一体何処でこんなテクニックを身に付けたのだろうか。

「お願い……もう、わたしに優しくしないで」
「別に、いつも通りだけど?」
「……お願い、嫌いになりたいの、お願い……」
「どうやったら嫌いになるんだろうな」
「んっ……!」

 ソファに組み敷かれ、乱暴に唇を塞がれる。センターテーブルに足がぶつかり、衝撃で食器が派手な音を上げた。

「お前が嫌がることすれば、嫌いになるんじゃね?」
「それは……」
「試してみようぜ。お前、俺とヤりたくねえんだろ?」
「そう……だけど……」
「それとも……俺の身体に依存して、逆に離れられなくなるかも?」

 そんなことない、と否定する間もなく唇は塞がれ、上から順々に衣服が剥ぎ取られてゆく。わたしもそれ倣って負けじと彼の衣服を奪い取る。夕刻のまだ明るい空からの光に照らされる、とおやの露になった肉体に自然と頬が緩んだ。

「待って……さっきカーテン洗って、少しだけ窓開けてるから閉めないと」
「カーテン洗ってくれたのか?」
「うん……」
「ありがとな」
「あっ……ちょっと!」

 嫌いになりたいと言っているのに、どうして優しくするのだろう。結局窓を閉めることも叶わず革張りのひんやりとしたソファに押し倒され、胸に吸い付かれてしまう。

「あッ……や、やッ……ん……」
「は……あ、ほたる、ほたる……」
「んッ、んぁッ……ん……」

 愛撫の合間に脱いだのか、既に臨戦態勢のとおやの陰茎が口内に捩じ込まれる。仰向けのわたしの上に跨がり、性器だけを突き出したとおやの表情は見てとることができない。

「あ……あぅ、う、気持ち、ぃ……あ゛……!」

 とおやの先走りとわたしの唾液が混じりあって、口回りはベタベタだ。彼の可愛い声がもっともっと聴きたくて、髪が張り付くのも厭わず何度も──何度も絶頂に達する寸前で手を止め口を止め、限界まで苛め尽くした。

「ほたる……ほたるッ、い、挿れたい……挿れたい……!」
「……うん」

 泣き出す寸前のような掠れた声に頷くと、ふらりと立ち上がったとおやは避妊具を取りに寝室へと向かう。一人残されたわたしは、ぼんやりと己の愛液で濡れたソファに視線を落とした。


(何やってるんだろ、わたし)


 とおやの言う通り、セックスをすれば本当に彼のことを嫌いになれるのか。その問に胸を張ってイエスと言える筈なんてなかった。冗談めかして言った、とおやのあの台詞──。


「──俺の身体に依存して、逆に離れられなくなるかも?」


 依存。それはもっとも怖い言葉。彼無しでは──彼の身体無しでは駄目な女になってしまうだなんて、そんなことは嫌だった。

 人が懸命に考え事をしているというのに、そんなことなど露知らず。とおやはわたしの足を開きながら待ちきれないと言わんばかりに熱い身体を押込み、熱の籠った吐息を漏らす。

「あ……あッあ……きもちいい……あッ、熱い……い゛……とおやッ……おっきい……よぉ……」
「お前……案外チョロいよな」
「な……ぁに?」
「いや、なんでもねえ」
「んッ……」

 快感に頭が眩み、とおやの声が頭に入ってこなかった。悪口を言った後の意地の悪い顔をしていたというのに、一体何と言ったのだろう。

「ほら、もっと足開けよ……」
「やッ……奥ッ、おくだめッだからッ……ああ、ん、ああぁッ……!」

 仰け反る腰を、とおやのあの──筋肉質な腕が押さえつける。長い指が腹に食い込み、無理矢理犯されていることに興奮してしまう。

「うぁッ……お前、ちょっと濡れすぎ……何? 興奮してんの?」
「ち……ちが……!」
「ふーん?」
「ああぁッ! やッやッやッ……ちょっと! だめッだめッ突きすぎ……あああい゛イクイク、いッちゃ……う……はッ……あ……!!」

 びくん、と全身が跳ね、絶頂の余韻に足が痺れる。なんだろう、いつもと同じセックスな筈なのにこんなにも心地よく興奮してしまうのは何故──。

「ほんとすぐイクよなー」
「ちがッ……ちが、うッ……」
「何? イッてなかった? あんな顔しといてそれはねえだろ」


(だめ……嫌いに……なれない……)


「とおや……わたし……」
「なんだよ」
「どうしたらいいか……わからない……」
「気持ち良くてパニクったか? 足開いて、喘いでくれてりゃそれでいいけど」

 そういう意味じゃないと否定したいのに、喘ぎすぎて乾いた口から言葉を絞り出すことは難しくて。結局そのまま時間を忘れて混じり合い、昨夜の寝不足も手伝って誘われるままベッドで眠ってしまった。目覚めた時には元旦の朝で、一人反省会をする間もなく起き抜けのとおやに犯されてしまったのだった。

 その日のうちはもう考えることが面倒になって、結局何度も身体を重ねてしまった。気持ち良ければそれでいい──交わっている間はそうやって納得しているというのに、熱が覚め冷静になると、何を馬鹿なことをしているのかと自分に呆れてしまうのだ。

 そんなことをもう一日繰り返したというのに、とおやを嫌いになったかと聞かれれば──答えはノーだった。

 
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