【完結済】こんなに好きになるつもりなんて、なかったのに~彼とわたしの愛欲にまみれた日々~

水鏡こうしき

文字の大きさ
50 / 61

50/嫌な女

しおりを挟む
 去年の年始は正月休みの五日間、ずっととおやの部屋でだらだらと身体を重ねて過ごしていた。このままいくと今年も同じになりそうだなとぼんやりと考えていた一月二日の夜。

「しつこいな……ったく、誰だよ」

 行為の間中、何度も着信音が鳴っていたとおやのスマートフォン。全てが終わりキスを交わしている最中、渋々立ち上がったとおやは画面を見て小さく唸った。

「どうしたの? 仕事?」
「いや……」
「こっちは気にしないで? 出ないの?」

 ひょい、と画面を覗き込み、ぎょっとして一瞬身構えた。画面にはカタカナで「ノア」と表示されている。ノア──榎木 ノア。わたしの会社の後輩で、とおやと関係を持った、わたしの苦手なタイプの女の子だ。

「……最低」
「な……誤解だって!」

 なんだかどうしようもなく馬鹿馬鹿しくなってきて、ベッドの回りに散らばった服をかき集め身に纏ってゆく。このままここで過ごしてもいいかなと考えていたのが本当に愚かに思えてくる。

「何が誤解よ。わたしとは別れてるんだから好きにすればいいじゃない!」
「何怒ってんだよ!」
「怒ってないわよっ!」
「待てよ!」
「実家に顔出すんでしょ? ……悪いけど今年は無理だよ。おじ様とおば様によろしく伝えておいて」

 全裸のとおやを取り残し、早足で部屋を去る。恋人ではなくなった女を追ってくる気は、流石にもうなかったらしい。
 自分の愚かさに吐き気がし、なんとか堪えながら車のハンドルを握る。帰ったら大掃除の仕上げをしなければならない。別れた男の部屋の掃除は済ませたというのに、年が明けて自室の大掃除だなんて、呆れてしまう。





 正月休みも明け、重い気持ちを引きずりながら出社。年明けの挨拶回りを済ませ、席についた所で榎木さんの姿が目に止まった。あの日──榎木 ノアから着信があった後、結局とおやからの連絡はなかった。彼女からの電話を無視したのかもしれないし、会ったのかもしれない。わたしの代わりにひょっとして──だなんて、考えるだけ野暮だ。

「あっ、真戸乃さん! あけましておめでとうございます~」
「……おめでとう」
「元気ないですね?」

 あなたのせいよ、なんて言える筈もなく、ただ黙って首を横に振るしかない。聞いてもいないのに榎木さんは年末年始をどう過ごしていたのか、ペラペラと喋り始める。

「それで、年明けなんですけど、彼が……」
「榎木、そろそろ仕事に戻りなさいよ」
「あっ……はーい……」

 瑞河さんに叱責され、謝罪することもなく席に戻る榎木さん。叱られたことが効いたのか、仕事中はわたしに話しかけることなく一日が終わった。


「真戸乃さ~ん!」

 待ってましたと言わんばかりに退勤支度を整え、わたしのデスクに駆け寄ってくる榎木さん。瑞河さんが助け船を出してくれる間もなく強引に腕を掴まれ、廊下へと引きずられて行く。

「ちょっとそこに座って話しましょう? ね、見てくださいよこれ~!」

 彼女が指差したのは廊下の端にある休憩スペースだ。一人掛けのソファが四つ設置され、側には赤と白の自販機が一台ずつ。見てくださいよ、と突き付けられたスマートフォンの画面にはよく見知った男の──とおやの寝顔の写真が表示されていた。

「っ……な……に……これ……」
「何って、桃哉君の寝顔ですっ。彼。イッても少し寝たらすぐ回復するのか、何回でもエッチ出来ちゃう」

 ──

 わたしに同意を求めるようなこの言い方。こんな言い方をするということはつまり、彼女はわたしととおやの関係を知ってしまったということ。その上でとおやの寝顔の写真を見せて、こんな話をするのか。嫌がらせなのか天然なのかわからず、困惑してしまう。

「一昨日会ったんですよ、彼と~。お喋りするのも楽しいですけど、エッチするのはもっと楽しいですし。あっ、真戸乃さんもですよね? この前は処女だなんて言っちゃってごめんなさい。あんなにイケメンな彼氏がいるだなんて知らなくって。彼、上手ですよね? どの体位が好きですか? 私は断然正常位! どれも上手ですけど、あの必死な顔が堪らない……キャー!」

 ソファに腰掛け、相槌すら打つ間もなく榎木さんはペラペラと一人で喋り続ける。この子は一体何がしたいのだろう。やはりわたしに対する嫌がらせ……というよりも彼女の性格からして、単純に同調を求めているだけのようにも思える。

「それで彼、年明けから大きな仕事を任されるって。仕事が忙しくなるみたいなんです。あっ、知ってました? 少し出世するみたいで。男の一人暮らしですし料理も殆どしないから色々心配だな~って。だからここは彼女として、桃哉君のことをしっかり支えなきゃって思って!」


(……彼女として?)


 言葉にしたつもりが、口が乾いて音にならなかったらしい。榎木さんはとおやの彼女──たったの数日で恋人同士になっていただなんて。動揺して未だ顔を上げることすら出来ず、乾いて開いたままの口を無理矢理閉めるので精一杯だった。

「だから仕事辞めようと思って! それなら彼のために尽くせますしね。出世するならお給料も上がるんでしょうし、私が仕事しなくても大丈夫! 子供ができて落ち着いたら働いたらいいですし! すぐに作りたいんですけど~、二人でもっと楽しみたいですし~。でも生で中出しってどっちも気持ちいいんですよね? 経験あります?」

 話がどんどん飛躍してゆく。この子は一体何を──。

「聞いてます? 桃哉君に生で中出し、されたことあります?」
「…………流石にないかな」
「あはっ、やっぱりないんだあ~! あっ、なら口は? 口内射精ってヤバそう!」

 何度か経験のある光景が脳裏に浮かび上がる。とおやの必死な顔──快感に歪む顔──泣き出しそうな顔──征服欲に満ちた満足げな顔──。

「なになに? 何の話? 射精って聞こえた! 楽しそうだな~俺も混ぜてくれる?」

 突如乱入してきた男の声に、二人揃って振り返る。スポーツ刈りの背の高い男が、コートを脇に抱えニタニタと笑みを湛えていた。

「さ……核村さねむら!?」
「ま ど の~! 久しぶりじゃね?」

 わたしと蟹澤くんの同期──営業一課の核村 徹平。どうやらわたしに気があるようだから気を付けろ、と蟹澤くんが教えてくれていた──行動力のある危険な男。十紋字じゅうもんじ課長に説教をされたという噂が流れた後からめっきり大人しくなっていた彼。姿を見るのも数ヶ月ぶりだった。

「可愛い後輩出来たんだなー。ちょっと付き合ってくんね?」
「は?」

 心がボロ雑巾のようにズタズタだったわたしの足に力が入る筈もなく。榎木さんの呼び止めも空しく、わたしは核村に颯爽と拉致されてしまったのだった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました

唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」 不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。 どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。 私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。 「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。 身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

処理中です...