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「閣下、ルシード・ハイス……ただいま戻りました」
控えめなノックのあとに聞こえたのは、低く耳当たりの良い声。声の主は先ほどまでセドリックとの会話に上がっていた将軍その人だった。
「鍵は開いているのでどうぞ、ハイス将軍」
「失礼いたします」
セドリックが促せば、扉が静かに開く。現れた将軍ルシードは、討伐遠征の疲れなど微塵も感じさせない涼やかな表情を浮かべながら、リュージの前で跪いた。
「閣下に於かれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます」
「相変わらず、堅苦しいなぁ……お前さんは」
「前回お会いしてから3日ぶりですので」
「たったの3日だろう」
3日など仕事をしていたらあっという間に過ぎていく日々だ。リュージはそう感じるのだが、ルシードはどうやら違うようだった。
「お慕い申し上げている閣下に会えない日々は、なかなかに堪えるものがあるのですよ」
「本当に、相変わらずだなぁ……とりあえず、膝が汚れるからそこ座れ」
その美丈夫は少し寂しそうな表情を浮かべながら微笑んだ。
リュージの横で控えているセドリックも、いつものことかと変わらず笑みを浮かべながら気にも留めずにいる。
放っておけばいつまでも跪いていそうなルシードを、備え付けられたソファーへ座るよう促せば、セドリックが用意していた紅茶の入ったティーカップをリュージの座っているデスクへと置く。同じようにルシードの前にもそれを置いた。
「ではハイス将軍、報告をお願いします」
「は。今回報告に上がっていたとおり、ウルフやベア系統の獣型魔物たちによるもので間違いありません。人的被害は出ておらず、最小限に留めております」
近隣の村からの報告によれば、街道近くに魔物が集団で群れを成しており、行商人などが数人被害に遭っているとのことだった。規模がわからず、また別途近隣で大型の魔物も目撃されていることから、将軍率いる部隊が派遣されることになったのがこれまでの経緯だ。
「大型のユニークも混ざっておりましたが、こちらの部隊に負傷者はおりません」
「流石ですね」
現在このクラトリア帝国軍には将軍が4人いる。他の将軍もセレニア帝国領内の各地に魔物の討伐へ派遣されており、この国は日々魔物に生活を脅かされていた。
ユニークというのも、魔物が突然変異したものや危険な進化を遂げたなかなかに厄介な相手だ。
「ただ気になる点が……杞憂ならばよいのですが」
「お前さんが気になるなら全部話してみろ」
些細なことでも、なにか解決の糸口へと繋がっているのは過去の経験上知っている。だからこそ、リュージはルシードにすべてを話すよう促した。
「普段ウルフは群れで行動しておりますが、そこに別の魔物が加わるというのはずいぶんと珍しい状況であると思いまして」
「ユニークのなんらかの統率スキルでしょうか」
「その可能性もあります。ただ、それにしては違和感が……」
縄張り意識の高いウルフは群れで行動する。これはリュージがいた元の世界にいる動物に習性がよく似ている。本来ならば、そこに別の生物が加われば争いが起きそうなものだ。
もしそのユニークに、そういった魔物たちをまとめ上げる統率スキルでも持ち合わせているのなら、話は別になる。
「統率、というよりは何かに操られていたように感じられました」
「根拠は?」
「魔物は本能で弱い者を狙います。しかし、奴らは一番に私を狙いに来た」
頭を潰せばいいと判断したのだろうか。ただの獣型の魔物に果たしてそんな知性があるかと問えば、よほど知性が高い魔物なのか、ルシードの推測通り何者かに操られていたのかの2択になる。
「操術スキルねぇ……思い当たるのがいるな」
「あの女、ですか」
「しかいねぇだろうな」
ルシードの話の中で、そのようなスキルを持っているのは1人しか思い当たらず、リュージは深い溜息を吐き出しながら頭をかいた。
「妖魔インウィディア、ですか」
「恐らく、な」
妖魔……魔物の上位にあたる種族、魔族の中の1種で知性がとても高い。こと美しい容貌をしており、歪んだ心を持ち合わせているとても危険な種族だ。
インウィディアという女妖魔は、リュージがこの世界に転移する前から帝都に住み着いている妖魔だった。先代の総帥も相当手を焼いていたと話には聞いているし、直接ではないがリュージ自身も何度か対峙していた。その際に気に入られてしまい、度々ちょっかいを掛けてくるようになったのは頭が痛い問題の1つだった。
「閣下への挑発でしょうか」
「まったく、相変わらず嫌な女だよアイツは」
妖魔は歪んだ心を持っているが故か、歪んだ心を持つ相手に惹かれるとどこかの書物で見聞きした記憶があった。自分は歪んでいるのかと、そう考えると否定できないところもある。そんなところがあの妖魔のお眼鏡にかなってしまったのだろう。
「ハイス将軍、詳細は報告書にまとめて後ほど提出をお願いします」
「承知致しました、セドリック様。本日中にお持ちいたします」
「いーや、お前さん疲れてるだろう? 明日でいい」
そう言いながらリュージはルシードの元へ歩み寄り、自身とは毛質の違うその柔らかな薄紫の髪を撫でる。
「報告ご苦労さん。それと、遅くなったが……よく無事で戻った」
「閣下……もったいないお言葉です」
年の差もあり、ルシードを随分と子供扱いしてしまったと感じたが……当の本人はその整った顔をぱぁっと輝かせ嬉しそうにしていたのでまぁいいかと、リュージはさらにグリグリとルシードの頭を撫でてやった。
「罪なお人ですね……閣下」
セドリックが呆れながらそんなことを呟いていたのが、遠くから聞こえた気がした。
控えめなノックのあとに聞こえたのは、低く耳当たりの良い声。声の主は先ほどまでセドリックとの会話に上がっていた将軍その人だった。
「鍵は開いているのでどうぞ、ハイス将軍」
「失礼いたします」
セドリックが促せば、扉が静かに開く。現れた将軍ルシードは、討伐遠征の疲れなど微塵も感じさせない涼やかな表情を浮かべながら、リュージの前で跪いた。
「閣下に於かれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます」
「相変わらず、堅苦しいなぁ……お前さんは」
「前回お会いしてから3日ぶりですので」
「たったの3日だろう」
3日など仕事をしていたらあっという間に過ぎていく日々だ。リュージはそう感じるのだが、ルシードはどうやら違うようだった。
「お慕い申し上げている閣下に会えない日々は、なかなかに堪えるものがあるのですよ」
「本当に、相変わらずだなぁ……とりあえず、膝が汚れるからそこ座れ」
その美丈夫は少し寂しそうな表情を浮かべながら微笑んだ。
リュージの横で控えているセドリックも、いつものことかと変わらず笑みを浮かべながら気にも留めずにいる。
放っておけばいつまでも跪いていそうなルシードを、備え付けられたソファーへ座るよう促せば、セドリックが用意していた紅茶の入ったティーカップをリュージの座っているデスクへと置く。同じようにルシードの前にもそれを置いた。
「ではハイス将軍、報告をお願いします」
「は。今回報告に上がっていたとおり、ウルフやベア系統の獣型魔物たちによるもので間違いありません。人的被害は出ておらず、最小限に留めております」
近隣の村からの報告によれば、街道近くに魔物が集団で群れを成しており、行商人などが数人被害に遭っているとのことだった。規模がわからず、また別途近隣で大型の魔物も目撃されていることから、将軍率いる部隊が派遣されることになったのがこれまでの経緯だ。
「大型のユニークも混ざっておりましたが、こちらの部隊に負傷者はおりません」
「流石ですね」
現在このクラトリア帝国軍には将軍が4人いる。他の将軍もセレニア帝国領内の各地に魔物の討伐へ派遣されており、この国は日々魔物に生活を脅かされていた。
ユニークというのも、魔物が突然変異したものや危険な進化を遂げたなかなかに厄介な相手だ。
「ただ気になる点が……杞憂ならばよいのですが」
「お前さんが気になるなら全部話してみろ」
些細なことでも、なにか解決の糸口へと繋がっているのは過去の経験上知っている。だからこそ、リュージはルシードにすべてを話すよう促した。
「普段ウルフは群れで行動しておりますが、そこに別の魔物が加わるというのはずいぶんと珍しい状況であると思いまして」
「ユニークのなんらかの統率スキルでしょうか」
「その可能性もあります。ただ、それにしては違和感が……」
縄張り意識の高いウルフは群れで行動する。これはリュージがいた元の世界にいる動物に習性がよく似ている。本来ならば、そこに別の生物が加われば争いが起きそうなものだ。
もしそのユニークに、そういった魔物たちをまとめ上げる統率スキルでも持ち合わせているのなら、話は別になる。
「統率、というよりは何かに操られていたように感じられました」
「根拠は?」
「魔物は本能で弱い者を狙います。しかし、奴らは一番に私を狙いに来た」
頭を潰せばいいと判断したのだろうか。ただの獣型の魔物に果たしてそんな知性があるかと問えば、よほど知性が高い魔物なのか、ルシードの推測通り何者かに操られていたのかの2択になる。
「操術スキルねぇ……思い当たるのがいるな」
「あの女、ですか」
「しかいねぇだろうな」
ルシードの話の中で、そのようなスキルを持っているのは1人しか思い当たらず、リュージは深い溜息を吐き出しながら頭をかいた。
「妖魔インウィディア、ですか」
「恐らく、な」
妖魔……魔物の上位にあたる種族、魔族の中の1種で知性がとても高い。こと美しい容貌をしており、歪んだ心を持ち合わせているとても危険な種族だ。
インウィディアという女妖魔は、リュージがこの世界に転移する前から帝都に住み着いている妖魔だった。先代の総帥も相当手を焼いていたと話には聞いているし、直接ではないがリュージ自身も何度か対峙していた。その際に気に入られてしまい、度々ちょっかいを掛けてくるようになったのは頭が痛い問題の1つだった。
「閣下への挑発でしょうか」
「まったく、相変わらず嫌な女だよアイツは」
妖魔は歪んだ心を持っているが故か、歪んだ心を持つ相手に惹かれるとどこかの書物で見聞きした記憶があった。自分は歪んでいるのかと、そう考えると否定できないところもある。そんなところがあの妖魔のお眼鏡にかなってしまったのだろう。
「ハイス将軍、詳細は報告書にまとめて後ほど提出をお願いします」
「承知致しました、セドリック様。本日中にお持ちいたします」
「いーや、お前さん疲れてるだろう? 明日でいい」
そう言いながらリュージはルシードの元へ歩み寄り、自身とは毛質の違うその柔らかな薄紫の髪を撫でる。
「報告ご苦労さん。それと、遅くなったが……よく無事で戻った」
「閣下……もったいないお言葉です」
年の差もあり、ルシードを随分と子供扱いしてしまったと感じたが……当の本人はその整った顔をぱぁっと輝かせ嬉しそうにしていたのでまぁいいかと、リュージはさらにグリグリとルシードの頭を撫でてやった。
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