跪いて愛を乞い願う

橋本しら子

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 早朝の空気はひんやりと肌に心地よく、それを大きく吸い込みながらリュージは見慣れた城内を歩いていく。休みと言っても特に予定は決まっていない。数日、数週間まとまった休みでも取れるのであれば、少し遠出をして雪国の温泉にでも行きたいところではあるが、いかんせん難しい話だ。

「これは閣下、このような早朝からお会いできるとは」
「イザベラか、おはよう。珍しいところで会うもんだな」
「おはようございます閣下。えぇ、ここのところ討伐遠征ばかりなので……なかなか閣下にお会いすることも叶わないのが寂しいところです」

 赤みの強い緩やかなウェーブがかかった長い髪を揺らし微笑むのは、将軍の1人であり唯一女性のイザベラ・エルランジェ。いつも目にするのは勇ましい鎧姿だが、今はラフな軽装に身を包んでいた。

「いつもすまんなぁ。だが、お前さんのお陰で助かってるよ」
「もったいないお言葉です」

 年齢こそリュージよりは少し年下ではあるが、それを感じさせず最前線で戦う女傑のイザベラは、剣技や魔法においても他の将軍たちに引けを取らない。むしろ、そのスキルは将軍の中で1番ではないかとさえ感じてしまう。実際1番年の若いルシードなどは、イザベラと手合わせした際に技術力の差で押し負けていた。

「そういえば……今日はルシードと一緒ではないのですね」
「そんな四六時中一緒にはおらんよ」
「そうですか? 私が閣下をお見かけする際は、セドリック殿より多くルシードが側にいるお姿を拝見しておりますが」

 くすくすとからかうような口ぶりで言われてしまい、はてそうだったかと直近の行動を思い返す。

「んん……そんなに、一緒にいたか?」
「それはもう、親鳥から離れない雛鳥のように」

 その姿を想像したのか、イザベラが楽しそうにニコリと微笑んだ。
 第三者の視点から見るとそう映っていたのかと、それを知ったリュージは困ったように頭をかいた。

「あの男は閣下にゾッコンですからね。それで、あの健気な男の気持ちにいつ応えてやるんです?」
「イザベラ……お前さん、俺をからかって遊んでないか?」
「ふふ、久しぶりにお会いできて嬉しいがゆえ、ですよ」
「お前さんには本当に適わんよ」

 そこそこに長い付き合いではあるので、イザベラはこの程度でリュージが怒ることはないと把握しての軽口だった。もちろん、リュージもそれをわかった上で受け流している。

「で、正直なところ……応えてやらんのですか?」
「その質問は冗談じゃなかったのか」
「そうですね。私の中ではマナが枯渇して魔物が増え始めた世界情勢の話題よりも熱いですよ」
「まじかぁ……」

 そこは世界情勢を気にして欲しいところだとリュージはうなだれた。どこの世界も女性は恋愛ごとの話題が好きなのだろうかと、思わず職場にいた婦警たちの会話を思い出してしまった。彼女たちの話のネタは、大体恋愛話か上司の愚痴だった気がした。自分の愚痴もどこかでささやかれているのかと一瞬考えたが、今は目の前のイザベラをどうやったら納得させられるかを考える方が先決だ。

「……こんなおっさん相手にしても仕方ねぇと思うんだがなぁ」

 ルシードとの年齢の差は親子ほどにある。それに、こちらは異世界人だ。まだ年若い将来有望な男の未来に、隣に立つのはもっと相応しい相手がいるはずだ。

「閣下が懸念されていることは、恐らくあの男は全く気にしておりませんよ」
「どうしてそう思う?」
「そうですね……私とルシードはたまに酒を飲みに行く仲なので、ね」

 そこで色々と話をしているのだろうと想像はついた。話す、というよりは洗いざらい吐かされていると言った方が正しい可能性もあるが。

「たまには閣下が飲みに誘ってやってはいかがです? ルシードも喜びますよ」

 まるで姉のような表情を浮かべたイザベラに、リュージは降参だと両手を上げる。

「閣下の元いた世界がどうだったかは存じませんが、この世界……種族や性別、年齢の縛りなどなにもありませんよ」

 だからさっさと受け入れてしまえと副音声で聞こえた気がした。
 向けられる好意と言うものはとてもありがたい。しかしだ、それが年の離れた同性相手からとなると、どうしたものかと悩んでしまう。イザベラの言う通り、この世界では些細なことなのかもしれない。20年この世界で暮らしている中で、そういった同僚を何人も見て祝福もしてきた。
 同性愛に偏見はない。が、それがまさか自分に向けられるとは思っていなかったリュージは、ただ困惑するしかなかった。未だにどうして良いのかわからずにルシードの好意に応えられずにいるのは、彼がそれを許してくれていることに甘えている自覚はある。

「引く手あまたの色男なので、早めにモノにしなければ後悔しますよ?」
「そういうお前さんも、いい加減メイナードの求婚に応えてやらんのか」

 最後の切り札としてリュージが出したのは、将軍メイナード・カルヴェスの話だった。

「メイナードですか……アレは閣下とよく飲みに行かれているのは存じていますよ?」
「俺としては、お前さんとメイナードの方が気になるんだがな」

 この女傑イザベラに惚れ込んでいるメイナードは、遠征から戻るたびにイザベラへ求婚を申し込んでいる。もはや名物の光景として周りからは微笑ましく見守られているが、今のところメイナードの全敗だった。

「嫌いではありませんよ? むしろ好ましい男です。だが、酒に弱い」
「そうさな。お前さんみたいにザルじゃねぇな」

 イザベラはザルを通り越して枠だ。それに付き合えるルシードも相当なものだろう。
 メイナードもザルまでは行かないが、それなりに強い方だという認識でいた。それでも、イザベラからしてみると酒に弱いとのことなので……リュージはこの世界の酒飲みの基準がよくわからなくなった。

「そうですね……しかし、今日は閣下と話せて機嫌が良いので、アレを誘って飲みに行くのも悪くはないですね」
「お前さんも、大概だと思うぞ俺は」
「閣下ほどではないですよ」

 メイナードからの求婚を毎回ご丁寧に受けてやっているのは、イザベラも満更ではないのだろう。他人の世話を焼く前に、自分たちのことをどうにかしてくれとリュージは苦笑する。

「では閣下、長らく引き止めてしまい申し訳ございません」
「いや、俺も久しぶりに話せて楽しかったよ」
「ありがとうございます。それでは、よい1日を」
「あぁ」

 嵐のように去っていったイザベラを見送りながら、リュージは頭をわしゃわしゃと掻いた。そして、小さく深呼吸をしたあと、とある場所へ向かって歩き出した。
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