中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子

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 音もなく駆け出していった紫釉は、出入り口付近に居た数人の男たちに襲いかかる。状況の把握できていなかった男たちは、為す術もなくその場に沈んだ。

「行くよ!」

 紫釉からの合図で朱兎は外へ駆け出す。深夜ではあるが、どこかで荷下ろしなどが行われているのか、明かりは付いている。そのおかげで前を走る紫釉を見失わずにすんでいた。

「くっそ、結構居るな」
「よくわかるな……俺にはさっぱりだ」
「朱兎もこういうコトいっぱい体験してたらわかるよ! 気配とか殺気ってやつが」
「わからなくていいわ」

 コンテナの間に入り込み、追っ手をやり過ごす。気配など朱兎にはわからないが、紫釉の言う通り追っ手は多いと感じた。たった2人を相手にどれだけの人数が動員されているのか、この追っ手を放っている相手はどれだけ用心深いヤツなのだと、朱兎は思わず溜息を吐き出した。

「疲れた? 少し休んだ方が良い?」
「いや、行ける」
「さっすがアヤト。じゃあ、向こうまで突破するよ」
「了解」

 グッと鉄パイプを握り直しながら、飛び出して周りを蹴散らしながら先導する紫釉の合図を待つ。
 撃たれているのにどうしてあんなに動き回って平気な顔をしていられるのか、不思議でならない。そんなことを考えながら様子を伺っていれば、地に伏せていたはずの男が1人起き上がり、紫釉に銃口を向けていた。

「紫釉!」

 咄嗟に声を上げて飛び出し、男目掛けて鉄パイプで横殴りにする。しかし、引き金が引かれて飛び出した銃弾は、紫釉に当たりこそしなかったが朱兎の頬を掠めて真新しい赤い線を引いた。

「無事か!」

 振り返れば、ポカンとした顔をした紫釉が立っていた。駆け寄れば、次第に肩を震わせながら笑い出す。

「ふはは! ほんと……アヤトって凄いや。男前がすぎるよ」
「笑い事じゃねぇよ! ほら、無事なら行くぞ」
「はいはい。これは鼬瓏じゃなくても惚れちゃいそうだな~」

 軽口を叩きながらも、対岸のコンテナの隙間へと移動する。走りながら、これ以上厄介な男に惚れられるのは御免被りたいところだと、朱兎は脳内で1人ごちった。

「さっきはありがとね、おかげで助かったよ」
「どういたしまして。っていうか、俺の方が助かってるけどな! ありがとうな!」
「こちらこそどういたしまして」

 先程は割と無茶をしたなと、今更になって心臓の鼓動がはやる。一歩間違えば朱兎の身体に風穴が開くところだった。それでもかすり傷で済んだのは運が良かったのだと、バクバクと早鐘を打つ心臓をどうにか落ち着かせる。

「それにしても、さすが港湾……広い」
「そうだねぇ……さすがの俺も少し疲れたかな」

 コンテナに寄りかかりながら紫釉が溜息を吐いた。その顔には汗が噴き出しており、朱兎はそれにギョッとした。

「紫釉、あんたさっきからやせ我慢してないか?」
「コレのこと? あぁ、それなら本当に大丈夫。痛みは驚くほど感じてないから」

 痛みは感じていないといっても、出血の量は危ない。昔なにかの番組で得た知識から推測すると、出血の際に冷や汗が出るのは、大量出血によるショック状態の手前という可能性が高い。

「はやいとこ病院行かないと……」
「え~。俺病院嫌いなんだよねぇ」
「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ! 死んじまうぞ」

 これ以上紫釉を暴れさせるわけにはいかない。冗談抜きで失血死してしまう。それに、これ以上時間を掛ければ、敵の増援がありそうでならない。割と本気で窮地だ。

「紫釉、あんた携帯持ってないのかよ……暗器みたいに出てこない?」
「残念ながら。取られちゃってるよ」

 かくいう朱兎も同じで、ズボンに入れていたはずの携帯はいつの間にかなくなっていた。あれがあれば、この際マフィア云々関係なしに警察を呼んでやったのにと歯痒い気持ちでいっぱいだった。

「找到了!」

 前方からライトで照らされ、その眩しさに眉をひそめながら腕で顔を覆う。後方からも人影が見えたので、追い詰められてしまっている。

「アヤト……」
「嫌な予感しかしねぇ」
「強行突破」
「……りょーかい」

 嫌な予感というのは本当によく当たる。ニヤリと笑う紫釉の顔は、今日一番良い顔していた。
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