中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子

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 紫釉の言ったとおり、ガチャガチャと何かを外すような金属音がしたあと、懐中電灯を照らしながら複数人がこの場所へ入ってきた。身を屈め物陰に隠れながら様子を伺っていると、隣にいた紫釉が動いた。それはもう、本当に一瞬の出来事だった。

(嘘だろ、瞬きしてる間に全てが終わってる)

 床に落ちた懐中電灯が照らすのは、倒れ込んだ男たちの姿。皆ピクリとも動かない。うめき声すらあげる間もなく、倒れる音がした。

「アヤト、行くよ」
「お、おう!」

 あまりの早業に呆然としゃがみこんでいるところで、紫釉に名前を呼ばれて我に返る。立ち上がった際に痛む脚を叱咤しながら、朱兎は出入り口に向かって駆けていく。

「アヤトのことは俺が守るけど、殴りたくなったら奴らのこと殴っちゃっていいからね~」
「傷害罪で捕まるじゃねぇか」
「大丈夫だよ~。多分鼬瓏がもみ消してくれるって!」

 なんなら正当防衛だよと軽口を叩きながらも、その手はこの事務所の入口にあるドアノブをガッチガチに鎖を巻いて固めている。三人の中では比較的常識人だと思っていた紫釉だったが、やはり根はマフィアのようだ。

「よし、こんなもんでしょ」
「俺、紫釉が味方で本当に良かったって思ってる」
「もうアヤトったら~。褒めても暗器しか出てこないよ」

 あまりに容赦のなさすぎる手際の良さに、いっそ感動すら覚えてしまう。

「そういやさっきの連中……まさか殺して」
「まさか~。ちょっと寝てもらっただけだよ。当分目は覚まさないだろうけど」

 この数分の出来事で、紫釉が実は相当な馬鹿力の持ち主だということは理解している。当分目を覚まさないレベルで殴られた相手には、思わず同情の念を送ってしまった。

「さ、次が来る前にこんなところ脱出だよ」
「了解」

 気持ちを切り替え、現状を把握する。ここはどうやら倉庫内のようで、閉じ込められていた事務所は中2階に位置していた。紫釉は一瞬真顔で倉庫内を見下ろした後、朱兎の手を取りその階段を駆け下りる。敵に遭遇するのを避けるように、倉庫内の積み荷に隠れて移動しながら出口を目指した。そのとき、どこからかふわりと嗅ぎ覚えのある香りが鼻を擽る。

「……海の匂いがする」
「へ~、アヤトは鼻も良く利くんだ? ここは港湾倉庫ってやつだよ」

 移動の際に感じたのは、磯の香り。どうやら連れてこられた場所は港らしい。

「なんで港なんかに……」
「どこかの悪いマフィアが危ないもの船に積み込んでるのかもね」

 カーチェイスに銃撃戦、港でマフィアというフレーズに、昔見た刑事ドラマが朱兎の脳裏を過る。ドラマは最終的に、刑事たちがマフィアを捕まえて事件を丸く収めて無事に終わっていたが、ここにはドラマのように大団円に導いてくれる刑事はいない。なんなら敵も味方もマフィアしかいない泥沼の状況だ。

「ははっ……これ無事に帰れるのか?」
「アヤト、それフラグだから。それ以上言ったらダメだよ」

 そのフラグは絶対に回収したくない。とりあえず無事に帰れたらうにを吸いたい。口には出していないから、これはフラグではない。だからセーフだと心の中で言い張る。

「とりあえず、アドレナリンがどばどば出て元気なうちにガンガン行っとこう」
「それな」

 幸か不幸か、動き回っていても撃たれた傷の痛みは少ない。紫釉の言うとおりアドレナリンが出ているおかげなのだろうが、それも時間の問題だ。動けるうちに安全な場所まで移動しなければ見つかってしまう。命を奪われる危険性が極めて高いので、それは御免被りたい。

「アヤト、ちょっとストップ」

 紫釉に静止され、口元に人差し指を当てながらそのままジェスチャーでしゃがむよう促された。

「俺が合図したらそのまま走って……って、走れる?」

 小声でそう問われ、朱兎は何度か頷いて行けるとアピールする。

「オッケー。じゃあ、ここから気合入れていくよ」
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