中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子

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「多分……いや、鼬瓏なら絶対に朱兎を助けにここへ来るだろうね。大人しく待つのが安全な策ではあると思うよ」
「でも、それじゃ鼬瓏が危ないんじゃ」
「それはない。あの人馬鹿みたいに強いからね~、その点の心配はいらない」

 そうか、やっぱり強いのか。あの身体の筋肉量ならそれも納得してしまう。ただ、それは鼬瓏が動ける状態にあればの話だ。昨夜から鼬瓏は帰ってきていない。そう考えると、助けを待っているだけでは状況は好転しそうにない。

「2だと……」
「殺るか殺られるかの命のやり取りってやつだよね!」
「デスゲームがすぎる」

 バチコーンと音がしそうなウインクをキメる紫釉に、朱兎はガクリと肩を落とす。しかもこちらは手負いが2人、そのうち1人はマフィアに片足突っ込んでしまっているとはいえ民間人の朱兎だ。荒事など無縁すぎて、ましてや命のやり取りなど経験したこともない。完全に戦力外だ。

「でも、あれだよな。鼬瓏がすぐにここに来られるわけじゃないし……なによりこの理不尽に段々腹が立ってきてるんだよな」

 それなのに、こんなことに巻き込まれてしまい、朱兎の中にはふつふつと怒りが沸いてきていた。頭では安全で確実な方法を選択したいのに、心が理不尽さに一発殴りたいとざわついている。どちらかといえば、今は殴りたい方に天秤は傾いている。

「やっぱりアヤト、コッチ側に向いてるよ」
「そりゃどーも」

 できることならば平穏無事な人生を送りたい朱兎は、マフィアに向いていると言われてもちっとも嬉しくはない。
 こんな状況に陥らなければ知り得なかった、自分自身の物騒な一面を持て余しながら、改めて紫釉に問われる。答えはもう決まった。平穏な人生は諦めるしかない。

「それじゃ、自力で逃げるでオッケー?」
「オッケーだよ。くそっ、これで死んだら毎日鼬瓏のところに化けて出てやる」
「いいねそれ、楽しそうだから俺も混ぜて」

 朱兎の返答を聞いた紫釉は、楽しげにジャラリと音を立てて色々な暗器を取り出している。まるで奇術師のようだ。それを見た朱兎は、口元をヒクつかせた。早々に選んだ選択肢を間違えたかもしれないと後悔しそうだった。

「……どこからそんなに出てきた、どこに仕舞ってたその武器を」
「身体検査が甘いんだよね。やるなら徹底的に調べないと、喉元食いちぎられちゃうよってね~」

 暗器を楽しそうにくるくると回す紫釉は、未だかつて見たことのないほどの眩しい笑顔だ。しかし、心なしかこめかみに青筋を立てているように見える。

(あ、これめっちゃくちゃ怒ってるやつ)

 それが“喜”や“楽”の表情ではないと気付いた朱兎は、紫釉を怒らせるのは絶対にやめておこうと誓うのだった。普段怒らない人を怒らせてはいけない。紫釉は恐らくこのタイプだ。

「アヤトもその理不尽、ぶつけちゃっていいんだよ」
「紫釉は武器があるけど、俺丸腰だぜ? まあ、武器があったところでそんなに戦力にはならないけどさ」
「武器? ないなら作ればいいだけだよ」

 そう言うと、紫釉は何食わぬ顔をしながら壁に設置されている鉄のパイプをぐにゃりとへし折った。それを更に折り曲げ引き千切り、程よい長さになったものを朱兎に手渡す。

「はいどーぞ」
「……ドウモ」
「これでアヤトも戦力として数えられるね」

 これは突っ込むべきなのか、触れてはならないところなのか、朱兎には判断ができなかった。触れたらこの鉄パイプのように自身もへし折られる可能性がある。そんな困ったときにはスルーするのが得策だと、過去の経験上学んでいる。

「さて、この物音で悪い奴らがここに来るけど……準備はオッケー?」
「モーマンタイだよ」
「上等」

 もうどうにでもなれだ。朱兎は半ば自棄になりながら鉄パイプを握り締めた。
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