中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子

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「失礼する。鼬瓏……」

 場の空気にも大分慣れてきた頃、VIPルームに麗が訪れた。いつもクールなイメージだが、今日はどことなく落ち着かない様子だ。鼬瓏の側に寄り、彼になにやら耳打ちをしている。

「……好吧」

 麗からの言葉に鼬瓏は今まで楽しそうだった表情から、一瞬朱兎の知らない冷ややかな顔に変わる。

「朱兎、俺の隣にオイデ」
「お、おう」

 今まで女性を挟んで座っていたが、突然横に来るように言われ朱兎は大人しくそれに従う。先程一瞬見えた冷ややかな顔はそこにはなく、いつも通りの笑みを浮かべている鼬瓏がいる。それにホッとしたのも束の間、そのまま肩を抱かれて鼬瓏にくっ付く態勢になってしまう。

「時期头目トォゥ ムゥーが遊びほうけているとは、随分と良い身分だな……香主シャン ジュゥ

 肩を抱かれたことに対して文句を言う前に、鼬瓏と同じく長袍を纏った男が数人VIPルームへ入ってきた。
 まるでそういったドラマや映画でも見ているような強面の出で立ちの男たちは、朱兎が一目見ても一般人ではないと判断できる。中心にいるオールバックで眼鏡をかけたインテリ風の男は、レンズの奥から見える切れ長な冷ややかな瞳で鼬瓏と朱兎を交互に見ている。まるで蛇にでも睨まれているような感覚で、朱兎は身動き1つ取れなかった。鼬瓏の後ろで控えている麗は警戒心でピリピリとしているのがわかる。

「そちらこそ、随分と無粋だネ。本国大好きな哥哥が出向いてくるなんて、観光でもしに来たの? ようこそ紅龍楼こうりゅうろうへ」

 重々しい雰囲気を気にすることもなく、いつもの調子で鼬瓏は男達にそう挑発をするように問いかける。

「父亲の招集に応じないのはどこの誰だ」
「それで態々迎えに? 随分と優しいネ、ウェイ

 にこやかに会話を進める鼬瓏とは対照的に、伟と呼ばれた男は眉1つ動かさない。伟の後ろに控えている男たちも同様だ。

「我不知道你还喜欢孩子。 坏品味」
「没你多」

 吐き捨てるように言われた言葉にも、鼬瓏は変わらずにこやかに返す。なにを喋っているのか朱兎には理解ができないが、良くないことを言われているのだということは容易に想像がついた。

「それで、本国へはいつお戻りで?」
「3日後……お前も連れ帰るように言われている」
「幹部も大変だネェ。滞在するなら泊まっていく? 生憎とスイートは予約で埋まってるケド」
「必要ない。你永远不知道他们会给你上什么菜」

 それだけ言うと、伟とその部下の男たちは部屋を去っていく。

「それをやるのはあなたのほうデショ」

 伟の姿が見えなくなってから、鼬瓏はそう呟いてクツクツと笑う。
 ようやく重々しい雰囲気から開放された朱兎は、反射的に鼬瓏の服をギュッと掴んでしまった。

「ごめんネ~、朱兎。怖かったデショ? もう大丈夫ダヨ」
「ちょっ、そんなことしなくても平気だから!」

 両腕に閉じ込められるように抱きしめられながら頬ずりをされる。まだ周りには女性たちもいるというのに、とんだ羞恥プレイだ。暴れてもビクともしない鼬瓏だが、流石に恥ずかしさが勝つため朱兎は必死に抵抗する。

「ラブラブネ」
「オーナー、麗サン後ろで凄い顔シテルヨ」

 女性が言う通り、鼬瓏を見ている麗は眉間に皺を寄せながら溜息を吐いていた。

「大丈夫、それ多分紫釉に会いたいだけだカラ」
「紫釉サン、今ドコニ?」
「多分伟の相手をしてくれてるんだろうネ」

 伟……会話から察するに、鼬瓏に近しい相手なのだろう。ただ、初対面ではあるが朱兎はどうにもあの目が苦手だった。

「なあ、グァグァってどういう意味?」
「朱兎は俺の母国語にも興味を持ってくれたの? イイヨ、教えてアゲル」

 相変わらず離してくれないが頬ずりは収まったので、抜け出そうと試みながらも気になっていたことを鼬瓏に訪ねてみた。

「哥哥はお兄チャンって意味ダヨ」
「へぇ……は? 兄貴? あれが?」
「そ。伟は俺のお兄チャン」

 その答えはまさかの血縁者。どうみても仲が良さそうな雰囲気ではなかったが、家柄のこともあるのだろうか。

「まぁ、俺あの人キライなんだけどネ~」
「ワタシも伟サン苦手ヨ」
「オーナーのほうが色男ネ」

 確かに、似てもにつかない容姿ではあった。きっと色々と触れてはいけないところなのだろう。

「せっかく楽しんでたのにあの人のせいで台無しだヨ……朱兎、あとで美味しいご飯食べにいこうネ」
「はいはい、わかったから早く離してくれ」
「もうチョット……朱兎抱いてると癒されるんだよネ」
「……少しだけだからな」

 先程のやり取りで流石の鼬瓏も疲れたのかと思い、しばらく好きにさせてやるかと許したのがいけなかった。この後30分、抱きしめられたまま離されなかった朱兎は、鼬瓏を甘やかすのはやめようと心に誓った。
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