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1章 少年編
7話 国王
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「パパ。フィル君を連れてきたよ」
「リリア、人前では敬語を使えと何度も言っているだろう」
王の間に入ると、最初はそんな親子の会話から始まった。
王の間は広々とした空間で、縦に長く、最奥の階段の上には豪奢な椅子が一つある。
そこには当然という様に一人の男性が腰をかけていた。
豪勢な衣服に身を包み、ほんの少し額にしわが刻まれている。
この国に住めば、銅像だったり、肖像画だったりと誰もが知っている顔。
そう、彼こそがヴィルヘルムの現国王だ。
彼の隣に立っているのは王妃だろうか。リリアに似た美人な女性が備えている。
国王だが、リリアとの会話だけでは普通の父親にも見えるかもしれない。
しかし彼から発せられる覇気は尋常ではなかった。
一目見ただけで、彼がこの国を統べる者だと脳が理解してしまうような、そんな異常なオーラを醸し出している。
まともに視線すら合わすことすらままならない。
「貴様が娘を助けてくれた少年で間違いないな?」
「は、はい!」
国王の質問に僕は首を急いで縦に振る。
「リリア、これから私たちはこの少年と三人で話をする。一度席を外しなさい」
「フィル君に意地悪しないでね。したらパパのこと嫌いになるから」
「っ!! わ、分かったから早く出ていきなさい。それと人前では私に敬語を――」
「はいはーい。すぐに出ていきまーす」
国王の説教を軽くあしらいながら、リリアは王の間を後にした。
そして王の間には僕と国王、王妃の三人だけとなる。
護衛や召使などがいるものと思っていたのだが、辺りを見渡したところで見つからなかった。
少し不用心にも思えるが、何か三人でしか出来ない話があるのかもしれない。
「まずは自己紹介をしよう。私はニ十五代国王『グレイ・ジン・グランデール』だ」
「妻のルシカ・ジン・グランデール』よ」
「僕は…………フィルです」
自己紹介をしてくれる二人を前に僕も、少し慌てながら自己紹介をする。
しかし、自分の姓についてはわざと名乗らなかった。
僕の情報など王族の情報網ならすぐに調べがついているだろう。
それでも僕は一族から勘当されている身。もうニルヴァーナ家とは何の関係もないのだ。
最期だからと置き土産にのように一族に迷惑をかけるわけにもいかない。
「「…………」」
そんな僕の対応に二人は神妙な顔つきで応える。
何を考えているのか読み取るのが難しいその表情。
軽い静寂が訪れた後、国王の方から口が開かれた。
「まずは礼を言おう。勇敢な初年よ」
「えぇ、貴方のおかげでリリアが今も生きているわ。本当にありがとう」
「……ッ!?」
二人は僕に対して深々と頭を下げた。
一瞬、あまりの事態に脳の思考が停止してしまう。
「や、止めてください! 貴族なんかにお二人が頭を下げるなんて」
「娘の恩人の前に身分など関係あるまい。君は娘の命を救ってくれた、それだけだ」
国王は強固な信念をもって言い切る。
それに同意するように王妃も頷いていた。
まるで先ほどのリリアの対応を見ているかのようだった。
やはり子は親に似るものなのだろうか。
なら、ここで僕が言うべき発現は決まっている。
「気にしないでください。ヴィルヘルムの国民としてするべきことをしたまでです」
「そうか、そう言ってもらえるとこちらとしても助かる」
気障ったらしい気がしないこともないが、これがこの場での最適解の選択だろう。
国王は一瞬、目を丸くしたが、その後ほんの少し口角をつり上げた。
「さて、早速だが本題に入ろう。君をこの場に呼んだのか分かるか?」
「リリア様をテイムしたことですよね……」
「その通りだ。君はリリアをテイムしたそうだが、リリア以外の人間に対して【契約】を行使したことはあるのか?」
「いえ! リリア様が初めてです!」
その言い方もどうかと思うが、僕は正直に答える。
「一度【契約】をしても解除は出来るのだろう?」
「はい、魔力の流れを断ち切るだけでいいので、リリア様がいればすぐにでも!」
【契約】とはいわば魔力の繋がりを持つこと。
術者と契約者がそれぞれの一部を共有する関係のことだ。
そのため繋がった線を断ち切れば簡単に契約は取り消すことが出来る。
もっとも、人間のテイムは前代未聞であるため、実際にやってみなければ分からないが。
「しかし困ったことに、当の本人のリリアがあることを言い出してな」
「あること?」
「『このままフィル君にテイムされていたい』だそうだ。どうやら君をかなり気に入ってしまったらしくてな」
「はい?」
どこか複雑そうな面持ちで国王は続ける。
「そうなれば私から無理やり娘の【契約】を解除させるわけにもいかなくなる」
当然、どこの馬の骨かも分からない奴に娘がテイムされているなど、国王は許したくないはずだ。
それでも許さなければ娘には嫌われる。
父親としてかなり葛藤しているのだろう。
「で、では私は処刑されないのですか?」
「処刑? あっはっは、命の恩人を処刑する馬鹿がどこにいる? それこそ君を殺せばリリアに嫌われる」
国王は苦笑を漏らす。
「君は人間に【契約】を行使したことによって、罰せられるのではないかと恐れているようだが、それに関しては安心してほしい。罰せられることはないだろう」
「へ?」
「リリアによれば人間をテイムするためには双方の合意がいるそうだ。相手方の了承があるのであれば何の法も犯していない」
「は、はぁ……」
処刑まで覚悟していたため、何の罰もないと聞いて気のない返事をしてしまった。
僕は安堵するようにホッと胸をなでおろす。そんな時だった。
「しかし父親としては貴様をすぐにでも斬ってやりたいがな」
「……っ!?」
先ほどまで穏やかだった国王の表情が、一瞬にして鬼の形相のように変わる。
僕は突き刺すような鋭い眼差しに自ずと後ろに下がってしまいそうになる。
国王の言動には冗談も含まれているようだが、大半は本心のように感じた。国王という顔ではなく、一人の娘の父親としての顔なのだろう。
そんな中、王妃が委縮している僕に助け舟を出してくれる。
「まぁまぁ、貴方。子供相手にみっともないわよ」
「ルシカ、しかしだな……」
「貴方は何をそんなに焦っているの? 別にリリアがフィル君と契約していようと、それは相棒のようなものでしょう?」
「だ、だが! そんなに近しい関係なら、いつか恋に発展するかもしれないじゃないか!」
「別に良いのではないかしら? リリアの人生はリリアが決めることよ」
それに、と王妃は付け加えて言った。
「貴方だって昔は私と結婚するために、同じようなことを言ってお義父さんに許可を取ったじゃない?」
「うぐっ……」
これがとどめの一撃になったようで、国王はしぶしぶ了承の意を示した。
どうやら家庭内のヒエラルキーは国王より王妃の方が上らしい。
黙り込んだ国王の代わりに今度は王妃が口を開く。
「ごめんねフィル君。グレイさんはリリアをとられそうで嫉妬してるのよ」
「なっ! ルシカ! 君はいつもそうやって恥ずかしいことを……」
「でも、私も夫もリリアの命を助けてくれた貴方にはとても感謝しているし、貴方のためなら何の協力も惜しまないつもりよ」
そんな言葉を耳にしはキュッと心が締め付けられそうになる。
僕は誰かに言ってほしかった。
お前が必要な存在だと、価値のある人間だと。
それをあの国王と王妃に言ってもらえたのだ。これ以上に幸せなことはない。
溢れそうになる涙を拭い、再び国王に視線を戻した。
「話がそれたな。そろそろ話を戻そう」
おっほんとわざとらしい咳払いをしてから、国王は話を切り替える。
「リリアに関してだが、これからも色々な場面で命を狙われることだろう」
今までリリアは王城内で安全を確保していた。
しかし今年で彼女も十六。
このまま外の世界を知らない状態では危険だと思い、買い物であったり観光であったりと。少しずつその世界に慣れさせていたらしい。
そんな時に他国の暗殺者に襲撃に会い、そこをたまたま居合わせた僕が助けた。
これがこの事件の大まかな流れだ。
「そこで話し合った結果リリアを魔術学院に通わせることにした」
「国立魔術学院ですか?」
「あぁ、国立魔術学院なら警備も最高峰な上に、私の知る限り最強の魔術師がいる。これ以上に安全な場所はないだろう」
僕も現在通っている国立魔術学院は唯一国が経営している魔術学院だ。
将来、活躍するであろう英雄の卵のための育成所と謳われるほど立派な機関である。
教育水準が高いのはもちろんのこと、国王が言ったように警備も厳重で、施設もかなり豪勢だ。
リリアが見聞を広めるには最も適した場所だろう。
「それに君もいる」
「え?」
「リリアはほぼ外の世界を知らないと言っただろう? だから友達といえる友達もいないのだ。そう言った面では事情を知る君がいると親としては心強い」
悔しそうな表情をしている国王だが、ほんの少し頬を緩ませて笑う。
彼の表情からは信頼と嫉妬の感情が垣間見える。
「ちなみに君が借りている部屋は私が解約しておいた」
「か、解約!? じゃあ今日から僕はどこに住めばいいんですか?」
しんみりとした状況で急にぶち込まれた意味不明な事実。
思わずツッコみそうになったが、国王相手に出来るわけもなく押し黙る。
「今日から君にはここに住んでもらう」
「良かったぁ、住むところがなくなるかと…………って、ここ?」
聞き間違えだろうか。
僕がこれから王城に住むなどと聞こえた気がしたのだが、
「だから今日から王城が君の家だ」
はい、聞き間違いじゃなかったみたいです。
当たり前かのように意味不明な事実を告げた国王。
その隣で微笑みを向ける王妃。
そして僕はというと、
「は、はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
この十六年間の人生で過去一番の絶叫を上げた。
意味が分からなからない。分かるはずがない。
僕が王城に住む? あの王族が住む神聖な場所に?
疑問が絶え間なく浮かんでくる。
「リリアから聞いてなかったのか? 君が二日間休んでいた部屋がこれから君の部屋になる」
あんな大きな部屋が自分の部屋になる?
先ほどまで僕が寝ていた部屋は軽く目を通しただけだが、風呂もあり、キッチンもあり、トイレもあった。
いわば家一つを埋め込んだような部屋だったのだ。
来賓用だと思っていたのだが、誰が自分の部屋になるなど想像できるだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってください! どうして僕が王城に住まわせてもらうことに!?」
「リリアの契約者が安い宿屋に住んでいるなどありえないからな。それに学院に通うときに君に護衛してもらえると何かと助かる」
別にリリアの護衛なら喜んで受け入れる。
第一王女を護衛できることなど光栄以外の何でもない。
しかし、僕が王城に住むのとこれでは話が変わってくる。
「で、でもリリア様が困るのでは……?」
「これを言い出したのはリリア自身だ。言っただろう、娘は君のことを気に入っていると」
「私たちもフィル君のことは気に入っているのよ。反対する者なんて誰もいないわ」
「すでに君の荷物は部屋に運ばせてある。また詳しい話は今晩するとしよう。長引かせてしまうとリリアが拗ねかねないからな」
用件は以上だ、そう言って国王は話を終わらせた。
見たところ王妃も何か話しだしそうな雰囲気はない。
まだまだ僕には尋ねたいことや言いたいことはたくさんあるが、今はその感情をどうにか押し込む。
国王の指示通り、僕は出入口の大きな扉を押し開け、二人に一礼してから王の間を去った。
「これからどうなるんだろ……」
自分の部屋までの帰り道。
廊下を一人歩きながらボソッと小言を口にする。
王族の二人と話せただけでこれ以上ない幸運なのに、今後はそのような方々と同じ屋根の下で暮らすことになるのだ。
今もなお脳の処理が追い付かない、整理できるはずもない。
正直、先の見えない状況に怖いという感情もある。
けれど何より、
「これからが楽しみだな」
今まで灰色に塗りつぶされた世界に色が取り戻されたような、そんな感覚に包まれていた。
「リリア、人前では敬語を使えと何度も言っているだろう」
王の間に入ると、最初はそんな親子の会話から始まった。
王の間は広々とした空間で、縦に長く、最奥の階段の上には豪奢な椅子が一つある。
そこには当然という様に一人の男性が腰をかけていた。
豪勢な衣服に身を包み、ほんの少し額にしわが刻まれている。
この国に住めば、銅像だったり、肖像画だったりと誰もが知っている顔。
そう、彼こそがヴィルヘルムの現国王だ。
彼の隣に立っているのは王妃だろうか。リリアに似た美人な女性が備えている。
国王だが、リリアとの会話だけでは普通の父親にも見えるかもしれない。
しかし彼から発せられる覇気は尋常ではなかった。
一目見ただけで、彼がこの国を統べる者だと脳が理解してしまうような、そんな異常なオーラを醸し出している。
まともに視線すら合わすことすらままならない。
「貴様が娘を助けてくれた少年で間違いないな?」
「は、はい!」
国王の質問に僕は首を急いで縦に振る。
「リリア、これから私たちはこの少年と三人で話をする。一度席を外しなさい」
「フィル君に意地悪しないでね。したらパパのこと嫌いになるから」
「っ!! わ、分かったから早く出ていきなさい。それと人前では私に敬語を――」
「はいはーい。すぐに出ていきまーす」
国王の説教を軽くあしらいながら、リリアは王の間を後にした。
そして王の間には僕と国王、王妃の三人だけとなる。
護衛や召使などがいるものと思っていたのだが、辺りを見渡したところで見つからなかった。
少し不用心にも思えるが、何か三人でしか出来ない話があるのかもしれない。
「まずは自己紹介をしよう。私はニ十五代国王『グレイ・ジン・グランデール』だ」
「妻のルシカ・ジン・グランデール』よ」
「僕は…………フィルです」
自己紹介をしてくれる二人を前に僕も、少し慌てながら自己紹介をする。
しかし、自分の姓についてはわざと名乗らなかった。
僕の情報など王族の情報網ならすぐに調べがついているだろう。
それでも僕は一族から勘当されている身。もうニルヴァーナ家とは何の関係もないのだ。
最期だからと置き土産にのように一族に迷惑をかけるわけにもいかない。
「「…………」」
そんな僕の対応に二人は神妙な顔つきで応える。
何を考えているのか読み取るのが難しいその表情。
軽い静寂が訪れた後、国王の方から口が開かれた。
「まずは礼を言おう。勇敢な初年よ」
「えぇ、貴方のおかげでリリアが今も生きているわ。本当にありがとう」
「……ッ!?」
二人は僕に対して深々と頭を下げた。
一瞬、あまりの事態に脳の思考が停止してしまう。
「や、止めてください! 貴族なんかにお二人が頭を下げるなんて」
「娘の恩人の前に身分など関係あるまい。君は娘の命を救ってくれた、それだけだ」
国王は強固な信念をもって言い切る。
それに同意するように王妃も頷いていた。
まるで先ほどのリリアの対応を見ているかのようだった。
やはり子は親に似るものなのだろうか。
なら、ここで僕が言うべき発現は決まっている。
「気にしないでください。ヴィルヘルムの国民としてするべきことをしたまでです」
「そうか、そう言ってもらえるとこちらとしても助かる」
気障ったらしい気がしないこともないが、これがこの場での最適解の選択だろう。
国王は一瞬、目を丸くしたが、その後ほんの少し口角をつり上げた。
「さて、早速だが本題に入ろう。君をこの場に呼んだのか分かるか?」
「リリア様をテイムしたことですよね……」
「その通りだ。君はリリアをテイムしたそうだが、リリア以外の人間に対して【契約】を行使したことはあるのか?」
「いえ! リリア様が初めてです!」
その言い方もどうかと思うが、僕は正直に答える。
「一度【契約】をしても解除は出来るのだろう?」
「はい、魔力の流れを断ち切るだけでいいので、リリア様がいればすぐにでも!」
【契約】とはいわば魔力の繋がりを持つこと。
術者と契約者がそれぞれの一部を共有する関係のことだ。
そのため繋がった線を断ち切れば簡単に契約は取り消すことが出来る。
もっとも、人間のテイムは前代未聞であるため、実際にやってみなければ分からないが。
「しかし困ったことに、当の本人のリリアがあることを言い出してな」
「あること?」
「『このままフィル君にテイムされていたい』だそうだ。どうやら君をかなり気に入ってしまったらしくてな」
「はい?」
どこか複雑そうな面持ちで国王は続ける。
「そうなれば私から無理やり娘の【契約】を解除させるわけにもいかなくなる」
当然、どこの馬の骨かも分からない奴に娘がテイムされているなど、国王は許したくないはずだ。
それでも許さなければ娘には嫌われる。
父親としてかなり葛藤しているのだろう。
「で、では私は処刑されないのですか?」
「処刑? あっはっは、命の恩人を処刑する馬鹿がどこにいる? それこそ君を殺せばリリアに嫌われる」
国王は苦笑を漏らす。
「君は人間に【契約】を行使したことによって、罰せられるのではないかと恐れているようだが、それに関しては安心してほしい。罰せられることはないだろう」
「へ?」
「リリアによれば人間をテイムするためには双方の合意がいるそうだ。相手方の了承があるのであれば何の法も犯していない」
「は、はぁ……」
処刑まで覚悟していたため、何の罰もないと聞いて気のない返事をしてしまった。
僕は安堵するようにホッと胸をなでおろす。そんな時だった。
「しかし父親としては貴様をすぐにでも斬ってやりたいがな」
「……っ!?」
先ほどまで穏やかだった国王の表情が、一瞬にして鬼の形相のように変わる。
僕は突き刺すような鋭い眼差しに自ずと後ろに下がってしまいそうになる。
国王の言動には冗談も含まれているようだが、大半は本心のように感じた。国王という顔ではなく、一人の娘の父親としての顔なのだろう。
そんな中、王妃が委縮している僕に助け舟を出してくれる。
「まぁまぁ、貴方。子供相手にみっともないわよ」
「ルシカ、しかしだな……」
「貴方は何をそんなに焦っているの? 別にリリアがフィル君と契約していようと、それは相棒のようなものでしょう?」
「だ、だが! そんなに近しい関係なら、いつか恋に発展するかもしれないじゃないか!」
「別に良いのではないかしら? リリアの人生はリリアが決めることよ」
それに、と王妃は付け加えて言った。
「貴方だって昔は私と結婚するために、同じようなことを言ってお義父さんに許可を取ったじゃない?」
「うぐっ……」
これがとどめの一撃になったようで、国王はしぶしぶ了承の意を示した。
どうやら家庭内のヒエラルキーは国王より王妃の方が上らしい。
黙り込んだ国王の代わりに今度は王妃が口を開く。
「ごめんねフィル君。グレイさんはリリアをとられそうで嫉妬してるのよ」
「なっ! ルシカ! 君はいつもそうやって恥ずかしいことを……」
「でも、私も夫もリリアの命を助けてくれた貴方にはとても感謝しているし、貴方のためなら何の協力も惜しまないつもりよ」
そんな言葉を耳にしはキュッと心が締め付けられそうになる。
僕は誰かに言ってほしかった。
お前が必要な存在だと、価値のある人間だと。
それをあの国王と王妃に言ってもらえたのだ。これ以上に幸せなことはない。
溢れそうになる涙を拭い、再び国王に視線を戻した。
「話がそれたな。そろそろ話を戻そう」
おっほんとわざとらしい咳払いをしてから、国王は話を切り替える。
「リリアに関してだが、これからも色々な場面で命を狙われることだろう」
今までリリアは王城内で安全を確保していた。
しかし今年で彼女も十六。
このまま外の世界を知らない状態では危険だと思い、買い物であったり観光であったりと。少しずつその世界に慣れさせていたらしい。
そんな時に他国の暗殺者に襲撃に会い、そこをたまたま居合わせた僕が助けた。
これがこの事件の大まかな流れだ。
「そこで話し合った結果リリアを魔術学院に通わせることにした」
「国立魔術学院ですか?」
「あぁ、国立魔術学院なら警備も最高峰な上に、私の知る限り最強の魔術師がいる。これ以上に安全な場所はないだろう」
僕も現在通っている国立魔術学院は唯一国が経営している魔術学院だ。
将来、活躍するであろう英雄の卵のための育成所と謳われるほど立派な機関である。
教育水準が高いのはもちろんのこと、国王が言ったように警備も厳重で、施設もかなり豪勢だ。
リリアが見聞を広めるには最も適した場所だろう。
「それに君もいる」
「え?」
「リリアはほぼ外の世界を知らないと言っただろう? だから友達といえる友達もいないのだ。そう言った面では事情を知る君がいると親としては心強い」
悔しそうな表情をしている国王だが、ほんの少し頬を緩ませて笑う。
彼の表情からは信頼と嫉妬の感情が垣間見える。
「ちなみに君が借りている部屋は私が解約しておいた」
「か、解約!? じゃあ今日から僕はどこに住めばいいんですか?」
しんみりとした状況で急にぶち込まれた意味不明な事実。
思わずツッコみそうになったが、国王相手に出来るわけもなく押し黙る。
「今日から君にはここに住んでもらう」
「良かったぁ、住むところがなくなるかと…………って、ここ?」
聞き間違えだろうか。
僕がこれから王城に住むなどと聞こえた気がしたのだが、
「だから今日から王城が君の家だ」
はい、聞き間違いじゃなかったみたいです。
当たり前かのように意味不明な事実を告げた国王。
その隣で微笑みを向ける王妃。
そして僕はというと、
「は、はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
この十六年間の人生で過去一番の絶叫を上げた。
意味が分からなからない。分かるはずがない。
僕が王城に住む? あの王族が住む神聖な場所に?
疑問が絶え間なく浮かんでくる。
「リリアから聞いてなかったのか? 君が二日間休んでいた部屋がこれから君の部屋になる」
あんな大きな部屋が自分の部屋になる?
先ほどまで僕が寝ていた部屋は軽く目を通しただけだが、風呂もあり、キッチンもあり、トイレもあった。
いわば家一つを埋め込んだような部屋だったのだ。
来賓用だと思っていたのだが、誰が自分の部屋になるなど想像できるだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってください! どうして僕が王城に住まわせてもらうことに!?」
「リリアの契約者が安い宿屋に住んでいるなどありえないからな。それに学院に通うときに君に護衛してもらえると何かと助かる」
別にリリアの護衛なら喜んで受け入れる。
第一王女を護衛できることなど光栄以外の何でもない。
しかし、僕が王城に住むのとこれでは話が変わってくる。
「で、でもリリア様が困るのでは……?」
「これを言い出したのはリリア自身だ。言っただろう、娘は君のことを気に入っていると」
「私たちもフィル君のことは気に入っているのよ。反対する者なんて誰もいないわ」
「すでに君の荷物は部屋に運ばせてある。また詳しい話は今晩するとしよう。長引かせてしまうとリリアが拗ねかねないからな」
用件は以上だ、そう言って国王は話を終わらせた。
見たところ王妃も何か話しだしそうな雰囲気はない。
まだまだ僕には尋ねたいことや言いたいことはたくさんあるが、今はその感情をどうにか押し込む。
国王の指示通り、僕は出入口の大きな扉を押し開け、二人に一礼してから王の間を去った。
「これからどうなるんだろ……」
自分の部屋までの帰り道。
廊下を一人歩きながらボソッと小言を口にする。
王族の二人と話せただけでこれ以上ない幸運なのに、今後はそのような方々と同じ屋根の下で暮らすことになるのだ。
今もなお脳の処理が追い付かない、整理できるはずもない。
正直、先の見えない状況に怖いという感情もある。
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