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2章 最強冒険者

憧憬

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「へぇ…………アレンにもそんな過去があったのね」

 それからのことはアレンは話さなかった。
 だが、これだけの地位や名声を得ているのだ。どれだけ血反吐の出る努力をしたのかなど聞くのは野暮な質問になる。

 アレンは嬉しそうな、それも懐かしそうな笑みを浮かべて言った。

「はい。これが私…………いや、俺とエリス様の過去です」
「そうね…………へ? 私の過去?」

 ここで先ほどからの違和感がやっと私の喉につっかえる。

 アレンは初めに私を見て懐かし気な表情をしたのだ。
 その表情が今のアレンとどこか重なっていた。

 破壊者デストロイヤー。アレンの過去にその名が出てきたときには違和感は薄れていた。
 私の他にもフライパンを使う人間がいるんだなと言うレベルで考えていたのだ。

 シャウラが我慢できないと言いたげに聞いてくる。

「やっぱり…………エリス様、破壊者デストロイヤーの正体って知ってますか?」
「正体不明の最強冒険者? だったかしら? 貴族社会でも少し噂になる程度で私も知らないわ」

 私が首を横に振ってこたえると二人は手のひら上に向けて差し出してきた。 
 まるで貴女ですよとでも言いたげな表情をして。

「…………え? 私がどうかしたの?」
「「…………はぁ」」

 それでも違和感に気づかない私に二人を大きなため息を吐く。
 二人はやれやれと言った様子で表情を見合わせた。

「…………え? ちょっと話についていけていないのだけれど」

 私はそんな状況に戸惑いを隠せない。
 そんな私を見て二人は苦笑いを見せる。
 そして、二人はまるで最初から話す言葉を決めていたかのように息っピッタリに口を開いた。

「「破壊者デストロイヤー。それは貴方ですよ。エリス様」」
「…………ん? んんんんんんんんんんんん!?」

 私は今日で何度目か分からない声にならない絶叫あげたのだった。
 







「落ち着きました? エリス様」
「私が落ち着いているとでも思う?」
 
 私はお茶を手渡してくるシャウラに皮肉交じりの言葉を口にする。
 今日で何度私は叫んだだろうか。情報処理機能が追い付いていない。

 アレンは申し訳なさそうに私の正面に座っている。

「本当に申し訳ございません。ちょっと焦り過ぎましたね」
「タメでお願い。私だけアレンにタメ語使っているのはちょっと納得いかないわ」
「…………分かった。しかし、エリス様は貴族だろう? いいのか?」
「ってか何で私の名前だけしか知らなかったのに貴族って分かったの?」

 これは最初から疑問に思っていたことだ。
 平民の中で唯一私が貴族だと知っているのはシャウラだけ。
 私はシャウラなら安心できると思って話したのだ。買収のことは今は忘れようね。

「それはエリスと言う名の人間を片っ端から調べたからな。まさか貴族だとは思っていなかった」 
「…………そ、そうなのね」

 私は再び両手で顔を隠して指と指の隙間からアレンを見る。
 そんな私にアレンは首を傾げた。

「どうしたんだ? エリス様」
「い、いや、別に何でもないわ」

 そんな私たちのやり取りを見てシャウラはため息を漏らす。

「エリス様はですね。アレン様のことを好いて――」
「シャウラああああああああぁぁぁぁぁぁ!」

 私は脊髄反射のように立って話を聞いていたシャウラに飛びかかる。
 そして、余計なことを話す口を手で押さえた。

「…………な、なんでもないわ。今のシャウラの発言は忘れてちょうだい」
「は、はぁ…………」
「そ、そういえば私がもし破壊者デストロイヤーだと仮定するとして、一億パルも寄付した覚えがないのだけれど?」

 私は朝の男たちの会話の内容を思い出す。
 
 一億パルともなれば家を何軒建てられることか。平民の一生分の賃金にも及ぶ大金だ。
 公爵令嬢の私でも流石にそれほどの大金を見たことはない。私の一年に一度のお小遣いなどそれの百分の一程度だ。
 結論から言うと私がそんな大金持っているわけがないのだ。

「エリス様…………あの魔石のことを覚えてますか?」
「覚えているわ。65層で回収した牛みたいなモンスターの魔石でしょう?」
「それです。ちなみに先に言っておきますが今の最前線は60層です。どうやって深層に潜っているのか知りませんが、まだ誰も行っていない未到達階層にポンポンと進まられては困ります」
「…………え? ご、ごめんなさい」

 シャウラの頭から角でも生えそうな圧力に私はたじろいでしまう。
 うん。次から怒らさないようにしよう。私は心の中でこっそり誓った。
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