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再会
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「はぁ……」
月曜日の夕方、通勤の車で渋滞気味の道を運転しながら、俺は何度目かのため息をついた。
「ったく、何であんな痴漢野郎のことばっかり考えてるんだよ……」
金曜日の深夜バスで起こったことは、警察に被害届を出した場合の手続きのわずらわしさや証言する時の恥ずかしさを考えると訴える気にもならないし、なかったことにして忘れようと決めたはずだった。
それなのに、あれから3日経った今でも、あの異常な出来事の一つ一つと、最後にあの男が見せた泣きそうな顔が忘れられない。
「探そうと思えば、探せないことはないんだろうけどな」
俺が住んでいるのは、郊外によくある山を切り開いて作られた新興住宅地だ。
話は少しそれるが、今の家には俺が中学生の頃に家族で引っ越して来たのだが、兄が結婚と同時に東京に転勤になって出て行き、定年退職した父が外国人観光客向けのビジネスを始めた友人を手伝うために母と一緒に京都に行ってしまったため、今は一戸建てに俺1人が住んでいる状態だ。
で、話を戻すと、俺とあの痴漢男が利用しているバス停はその住宅地の中にあるため、あの男もほぼ間違いなくこの住宅地の住民のはずなのだ。
そしてあいつを見かけるようになったのは1年以上前からだから、おそらくは大学か専門学校の2年生。
確か同じ住宅地の中高の同級生の弟が同じ年だったと思うから、その子に聞けば名前や住んでいる家も調べられないことはないだろう。
「けど、調べてどうするんだって話なんだよ」
あいつを探し出して会って、それでいったいどうすると言うのか。
あいつのことは気にはなるが、だからと言って実際に会ってどうしたいのかは、俺自身にもよくわからない。
そうやって悩んでいるうちに、自宅に着いた。
車2台分のスペースがあるカーポートの真ん中に車を止め、カバンから鍵を出しながら玄関に向かって歩いていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「……中村さん」
若い男の声で呼びかけられて振り返ると、そこに立っていたのは俺の頭を悩ませている、あの痴漢野郎だった。
「お前……!」
その姿を目にした俺は、驚きと共に背筋がぞくっとするのを感じる。
俺があいつのことを調べることができるということは、当然あいつもその気になれば俺のことを調べられるということだ。
ひょっとしたらあの日隠れてバス停から家まで歩く俺の後を付けていたのかもしれないし、そうしたら苗字だって表札ですぐにわかっただろう。
さっきまで自分もこいつのことを調べて会うことを考えていたのに、向こうがこちらの家や名前を知っているという状況を目の当たりにすると、少し怖いと思ってしまう。
「……何しに来た」
それでも痴漢相手に弱みは見せたくなくて、ちょっと凄みを利かせながら問いかけてみると、相手は小さくなりながらも答えた。
「すみません。
僕、中村さんにこの前のこと謝りたくて」
「謝るって、お前、人にあんなことしておいて今さらどんなツラして……」
俺が文句を言いかけたその時、痴漢の後ろを車が通り過ぎた。
「ここじゃ、まずいか」
夕方の今は車や人の行き来が多いので、家の前でこんな言い合いをしていれば誰かに聞かれるかもしれないし、ご近所さんに見られたら不審に思われるだろう。
痴漢野郎を家の中に入れるのは正直嫌だが、ここで話を続けるわけにもいかないから仕方がない。
「ちょっとそこで待ってろ」
俺は痴漢野郎を置いて家の中に入り、きっちりと鍵をかけてから、玄関の下駄箱の工具箱や殺虫剤などを入れているあたりから布ガムテープを取り出す。
ついでに武器になりそうな丈夫な傘を手の届く場所に用意してから、外の様子に注意しながらドアを開けると、俺の言いつけ通りにさっきと同じ場所で待っていた男を中に招き入れた。
「本当は家に上げたくないけど、外で話すわけにもいかないからうちには入れてやる。
けど、お前のことは信用出来ないから、家に上げる前に手を拘束させてもらう」
「わかりました」
男は俺の言葉に逆らうこともなく、肩にかけていたカバンを玄関の床に置くと両手首を揃えて俺に差し出した。
男の手首を布ガムテープでぐるぐる巻きにして、俺はようやく緊張から解放される。
「よし、じゃあ上がれ」
「はい、おじゃまします」
俺は手が使えない男が靴を脱ぐのを助けてやってから、男のと自分のカバンを持って男を連れてリビングに入った。
月曜日の夕方、通勤の車で渋滞気味の道を運転しながら、俺は何度目かのため息をついた。
「ったく、何であんな痴漢野郎のことばっかり考えてるんだよ……」
金曜日の深夜バスで起こったことは、警察に被害届を出した場合の手続きのわずらわしさや証言する時の恥ずかしさを考えると訴える気にもならないし、なかったことにして忘れようと決めたはずだった。
それなのに、あれから3日経った今でも、あの異常な出来事の一つ一つと、最後にあの男が見せた泣きそうな顔が忘れられない。
「探そうと思えば、探せないことはないんだろうけどな」
俺が住んでいるのは、郊外によくある山を切り開いて作られた新興住宅地だ。
話は少しそれるが、今の家には俺が中学生の頃に家族で引っ越して来たのだが、兄が結婚と同時に東京に転勤になって出て行き、定年退職した父が外国人観光客向けのビジネスを始めた友人を手伝うために母と一緒に京都に行ってしまったため、今は一戸建てに俺1人が住んでいる状態だ。
で、話を戻すと、俺とあの痴漢男が利用しているバス停はその住宅地の中にあるため、あの男もほぼ間違いなくこの住宅地の住民のはずなのだ。
そしてあいつを見かけるようになったのは1年以上前からだから、おそらくは大学か専門学校の2年生。
確か同じ住宅地の中高の同級生の弟が同じ年だったと思うから、その子に聞けば名前や住んでいる家も調べられないことはないだろう。
「けど、調べてどうするんだって話なんだよ」
あいつを探し出して会って、それでいったいどうすると言うのか。
あいつのことは気にはなるが、だからと言って実際に会ってどうしたいのかは、俺自身にもよくわからない。
そうやって悩んでいるうちに、自宅に着いた。
車2台分のスペースがあるカーポートの真ん中に車を止め、カバンから鍵を出しながら玄関に向かって歩いていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「……中村さん」
若い男の声で呼びかけられて振り返ると、そこに立っていたのは俺の頭を悩ませている、あの痴漢野郎だった。
「お前……!」
その姿を目にした俺は、驚きと共に背筋がぞくっとするのを感じる。
俺があいつのことを調べることができるということは、当然あいつもその気になれば俺のことを調べられるということだ。
ひょっとしたらあの日隠れてバス停から家まで歩く俺の後を付けていたのかもしれないし、そうしたら苗字だって表札ですぐにわかっただろう。
さっきまで自分もこいつのことを調べて会うことを考えていたのに、向こうがこちらの家や名前を知っているという状況を目の当たりにすると、少し怖いと思ってしまう。
「……何しに来た」
それでも痴漢相手に弱みは見せたくなくて、ちょっと凄みを利かせながら問いかけてみると、相手は小さくなりながらも答えた。
「すみません。
僕、中村さんにこの前のこと謝りたくて」
「謝るって、お前、人にあんなことしておいて今さらどんなツラして……」
俺が文句を言いかけたその時、痴漢の後ろを車が通り過ぎた。
「ここじゃ、まずいか」
夕方の今は車や人の行き来が多いので、家の前でこんな言い合いをしていれば誰かに聞かれるかもしれないし、ご近所さんに見られたら不審に思われるだろう。
痴漢野郎を家の中に入れるのは正直嫌だが、ここで話を続けるわけにもいかないから仕方がない。
「ちょっとそこで待ってろ」
俺は痴漢野郎を置いて家の中に入り、きっちりと鍵をかけてから、玄関の下駄箱の工具箱や殺虫剤などを入れているあたりから布ガムテープを取り出す。
ついでに武器になりそうな丈夫な傘を手の届く場所に用意してから、外の様子に注意しながらドアを開けると、俺の言いつけ通りにさっきと同じ場所で待っていた男を中に招き入れた。
「本当は家に上げたくないけど、外で話すわけにもいかないからうちには入れてやる。
けど、お前のことは信用出来ないから、家に上げる前に手を拘束させてもらう」
「わかりました」
男は俺の言葉に逆らうこともなく、肩にかけていたカバンを玄関の床に置くと両手首を揃えて俺に差し出した。
男の手首を布ガムテープでぐるぐる巻きにして、俺はようやく緊張から解放される。
「よし、じゃあ上がれ」
「はい、おじゃまします」
俺は手が使えない男が靴を脱ぐのを助けてやってから、男のと自分のカバンを持って男を連れてリビングに入った。
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