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二章

時には非情

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 僕達は『影泳ぎ』でゆっくりと進み、ポーバーグ城の敷地の中へと侵入した。移動中にもノワールの索敵によって、既にマルセル・ポー伯爵の寝室と本人の所在も把握している。
 城の中心の館は四階層あり、その上にさらに伯爵の寝室が建てられている。これが実質の五階層。正八角形をしたそ寝室部分の中身は、下からの階段を登り切るとすぐ廊下になっており、これが八角形の外周をなぞるように続く。
 その廊下の突き当りまで進むと漸く寝室への扉があるという造りになっている。衛兵は二人、階段の登り口にいるようだ。つまり、寝室がある五階には伯爵しかいない。
 夫人や妾がいる可能性はあったけど、今夜は伯爵一人しかいないみたいだ。
 影の中を泳いでいけば、衛兵に会う事なく伯爵とご対面できるし、場合によっては完全犯罪も容易い。まったく、闇属性魔法ってやつは、『影泳ぎ』ひとつとっても恐ろしいと思うよ。

「恐れ入ります」

 ノワールがタレ耳をピコピコ動かしながら頬を染めてそう言う。

「昔の闇の大精霊って、もっとこう……恐ろし気な感じだったんだがなぁ」
「ご主人様の愛が私を変えたのです。あなたもご主人様に愛を注いでもらえば可愛くなりますよ」
「そ、そうか?」

 はいはい、アーテルもそこでポッてならない。もうここは伯爵寝室だからね?

(あなたのせいでご主人様に叱られました!)
(いやいや、我のせいにするな!)

 そんな事をコソコソと言いながら肘でどつき合っている。微笑ましいよね。仲の良い姉妹みたいだ。

「さて、じゃれてないでそろそろやるよ?」
「はい」
「承知した」

 僕の一言で二人は表情を引き締める。僕達は伯爵が寝息を立てている寝台の側に音もなく現れた。なるほど、高級な寝具の中身は分からないけど、顔はだらしなくたるんでおり、普段は立派にしているだろうカイゼル髭もしおれている。

「起きて下さい」

 僕が乱暴に伯爵の枕を引っこ抜くと、寝ぼけ眼で伯爵が目を覚ました。

「ん? もう朝――なんじゃ、まだ暗いではない――!?」

 一度は身体を起こすも、室内の暗さに再び寝入ろうとする伯爵。だが、ノワールの短剣がそれを許さなかった。切っ先は伯爵の喉元に突きつけられている。

「おっと、大声を出さないで下さいね?」

 伯爵が無言でコクコクと頷く。

「いいですか? これから行うのは尋問と命令です。逆らえば、人知れず寂しく死んでいただく事になります」

 伯爵は刃に視線を下ろし、ゴクリと生唾を飲み込む。額には玉のような汗だ。

「まず、先程暗殺者たちに襲われたのですが、あなたの命令ですか?」
「……」

 答えられないのかな? って事は、この人の命令か。

「質問を変えましょう。王家のお抱え商人のブンドルから金を握らされて、僕達を始末するよう頼まれた」

 ――コクコク!

 これには素直に頷いた。

「分かりました。つまりあなたは汚い金で、罪もない僕等を殺そうとしたんですね?」
「……」

 頷けない時は自分に都合の悪い事実の時、か。分かりやすいよね。

「実は僕達、ブンドルと結託して不正を働いているという貴族を炙り出すよう密命を受けているんですよ」

 もちろんこれはブラフだ。それでも、グリペン侯爵の封蝋が付いた書状を見せればそれなりに効果はあるだろう。この書状の中身はプラチナランク昇格試験への推薦状なんだけどね。
 目を大きく見開いて驚いている伯爵にさらに続ける。

「今回の件は僕が生き証人としてしかるべき所に報告しますね。それともブンドルの悪行を国王陛下に陳情でもして下さいますか?」

 伯爵は脂汗を流しながらガクガクと震えるばかりだ。

「クソッ!」

 そしてそう短く叫ぶと、枕の下に隠してあった短剣を手に取った。もっとも、ノワールもそうする事が出来るように、わざとスキを作っていたんだけどね。
 アーテルが、伯爵が鞘から抜いた短剣を振りかざしたところで手首を掴んで止める。怪力の彼女に掴まれた伯爵の腕はビクとも動かない。
 さらにアーテルは空いた左手で伯爵の口を押さえ、掴んだ伯爵の手首ごと短剣を心臓に突き刺した。苦悶の表情を浮かべた伯爵は、間もなく事切れた。
 死体が硬直する前に、胸に突き刺さった剣に、伯爵の手を逆手に握り直させるのも忘れない。次いで、少しだけ返り血を浴びたアーテルに浄化の魔法を掛ける。

「さあ、帰ろうか」

 僕達は誰の目に触れる事もなく、宿屋の自室へと影泳ぎで戻った。それからデライラの部屋に行きノックする。

「僕だ。ショーンだよ」

 デライラが扉を開いて迎えてくれた。

「お疲れ様。どうだった?」
「ああ、伯爵は始末したよ。真っ黒だったからね」
「そう……ゆっくり休みなさいな」
「うん、悪いけど、起きるまで起こさないように頼むよ。流石に疲れた」

 そう苦笑する僕に、デライラはニッコリ笑って頷いてくれた。
 僕は自室に戻ってベッドに寝転んだ。実は、伯爵を尋問している最中に、彼の思念が僕に流れ込んできたんだ。

『こいつらさえ来なければ!』
『陛下に報告されたら間違いなく調査の手が入る! 私が陛下にブンドルを告発しても結果は同じだ! ここでこいつらを殺さなければ破滅しかない!』

 こんな感じでね。恐らくノワールの仕業だと思うけど、おかげでアーテルがヤツを殺す時も何も思う事は無かったなぁ。
 襲撃者達が口を割らなかった時にはこんな事はなかったんだけど、あとでノワールに聞いてみよう。

 って、ノワール!? なんで僕のベッドに!?

「ウサギの姿で毛布の中に隠れてました☆」

 人型で同衾はダメ―!
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