1 / 3
タイムリープの力
しおりを挟む
長滝水澄さんは、学校でも結構人気のある女子だった。
普通に可愛いし、普通に優しい。気づいたら誰とでも話しているし、普通に男子と仲が良く女子とも普通に仲が良い。女子、という観点では他に高嶺の花的な子がいるが、友人としての人気は男女ともに長滝さんが圧倒しているだろう。ただ、彼女に憧れ以上の感情を抱く者も多い。
そんな女の子に、告白をされてしまった。
俺は、ずいぶん前から彼女のことを好きだった。他の奴に負けないほど前から。ただ、告白しようにも彼女の前には人気という壁が聳えている。まさか、そんな彼女から告白されるなんて思ってもみなかった。
夢でも見ているのだろうか。我ながら気持ち悪い妄想である。
「あ、の……」
「あ……ごめん。えっ、と……」
「だ、から、その……吉岡君。もし良かったら、私と、付き合ってくれませんか」
夢じゃなかったらしい。
俺が呆然としていると、長滝さんは不安げに声を漏らした。彼女は頬を少し赤らめて俯き加減になり、詰まりつつも言葉を紡ぐ。彼女の黒い目も告白直後は俺に向いていたが、羞恥心からか窓のほうに反らされた。羞恥を耐えるように唇を軽く噛んでいて、その目はどこか潤んでいる。長滝さんのその姿に自然と脈が速くなっていた。
誰にでも愛嬌を振りまく彼女が、なぜ俺を選んだのか。思い当たる節は、色々ある。
元々、俺の家と長滝さんの家は隣り合っている。同じ幼稚園に通い、卒園後も小中高と同じ学校に行っていて全て同じクラスだった。いわゆる幼馴染みである。
小さな頃からよく二人で出掛けたり夏祭りに行ったりしていた。高校に入ってからは以前にも増して他の人たちが長滝さんの周りに付くようになり、あまり彼女に近づけなくなっていた。
「その……長滝さんが良いなら……」
「! ほんとにっ……? ありがとうっ」
俺が返答すると、長滝さんの不安げな顔が一気に明るくなった。嬉しそうに頬を緩ませ、口許を手で隠しつつにっこり笑う。彼女の笑顔に誘われ、気づいたら俺も笑っていた。
その後、告白からの交際という状況に俺も長滝さんも恥ずかしくなりお互い無言で一緒に教室に戻った。
教室の前まで来ると何やら中が騒がしくなっていた。長滝さんは後ろで不思議そうな顔をしている。教室の扉を開けると、中で男子が二人取っ組み合いの喧嘩をしていた。
「お前が先に殴ってきたんだろ!」
「突っかかってきたのはお前の方だろ。つか、手加減してやったのにあんなんで痛がるとか弱すぎだろ」
「あ? だったらあれと同じ強さで殴ってやるよ!」
喧嘩していた男子の一人が相手に殴りかかろうとする。他の男子が慌てて止めようとするが振り払われてしまい、拳が相手の顔へと勢いよく振り下ろされる。
「おい、止めとけ」
しかしそれが顔面を打つことはなく、誰かの手に掴まれて収まった。凛とした声が教室内に響き騒音を一気に沈める。
声の持ち主は、さっき男子の拳を受け止めた人、追萩香。同じクラスの女子で、目付きが悪く口調も荒いからかヤンキーだと思われている。
「……追萩さんってさ、強いよね」
「だねー。でも私はちょっと、怖いかなー」
「まあね」
追萩が二人の仲裁に入り事を収めているなか、周りで女子が何人かコソコソと話していた。
追萩は目付きの悪さや口の荒さ以外にも、常に無表情で周りの奴らに少し淡白だったり、筋肉が結構ついてて物理的力が男子顔負けだったりする。だから多くの人間が彼女に近づかない。
ただ、例外が一人いる。
「香ちゃんは怖くないよっ。香ちゃんピーマン苦手なんだよっ」
後ろで様子を見ていた長滝さんが教室に入っていき、女子の会話に物申しにいった。長滝さんが教室に足を踏み入れた瞬間、全員の目が彼女へ向いた。今まで張りつめていた空気が一気に緩和する。
「お前はアホか……それに嫌いだったのは去年までだし」
「今は食べれるのっ? おめでとー! 偉い偉いっ」
「殴って良いか」
追萩は長滝さんの声を聞いてすぐにそちらを向き、彼女の言葉にツッコミを入れた。呆れてため息をつきつつ彼女のもとに行く。
追萩に近づかない人間が多いなか、例外として一番すぐに出てくるのが彼女、長滝さん。二人の仲が良い理由は俺と同じで、二人が幼馴染みだからだ。
追萩は俺や長滝さんの家とわりと近いところにある。ただ追萩は小さい頃から目付きが悪く雰囲気が悪い、他人をあまり寄せ付けないタイプだった。俺や近所の子達は両親から、彼女に近づかない方が良いと教えられ、そして俺たち自身も全く彼女に近づこうとはしなかった。
しかし長滝さんは追萩と会ったその日からずっと、彼女に会いに行き続けていた。聞いたところによると、長滝さんの両親も追萩のことをさほど気にしていなかったとか。
追萩も小中高と俺や長滝さんと同じ学校に行っていた。しかもほとんど毎年同じクラスだった。高校に入り俺がなかなか長滝さんに近づけなくなってからも、二人はずっと一緒にいる。
――追萩香は長滝水澄の用心棒である。
こんな言葉がいつ生まれたのかは分からないが、真実か否かで言えば真実だろう。
長滝さんの人気は時に危険を伴う。彼女に熱を上げている奴らが過激な行動に出たとき、追萩はそいつを殺しにかかる。
彼女は長滝さんのことになると容赦しない。まず外見からして怖い上に、強いという評判もあって怖がられやすい。ある意味、長滝さんが危害を加えられる前に抑止力の効果も果たしている。
ただ、追萩は見た目ヤンキーのようで、中身はクソ真面目なことで有名である。成績も良いし、テストが通常より少しでも点が下がると長滝さんに分からなかった所を教えてもらっているらしい。
そして、見た目や態度に反してかなり優しい。男女関係なく困っていたら、不機嫌で仏頂面ながらも然り気無く助けてくれたりする。以前に他校の男子がカツアゲに遭っていたところ、カツアゲをしていた大学生の一人に飛び蹴りを食らわせたことがある。そこにいた仲間の大学生に殴りかかられたらしいが、一蹴したとか。
ただ、いつものごとく目付きの悪さが恐怖を与えたらしく、助けた男子は逃げていったらしい。こいつほど性格を容姿に邪魔されてる人間はいないと思う。
俺は追萩とそれほど仲が良いわけじゃない。彼女は俺と長滝さんが付き合ったと聞いたらどういう反応をするんだろうか。
「…………」
「っ……」
追萩へ目を向けていると、彼女がこっちを見てきた。まだ長滝さんも俺も、交際に関して何も口にしてないのに怒りの眼差しで凝視され、慌てて席に戻った。
放課後になると長滝さんはいつも追萩と一緒に下校している。しかし今日は長滝さんが追萩に一言断り、俺のところに来た。
「その……一緒に、帰らない……?」
「う、うん……良いよ」
学校から出て長滝さんの隣を歩き下校する。学校から出るまでも、出て以降もかなり周りの視線が痛い。羨望の眼差しを受けて、改めてこの状況が希少だということを実感した。
「えっと、じゃあまた明日ねっ」
「うん……また明日」
お互い緊張してあまり話せないまま家の前についてしまった。もったいないことをしたな。もっと話しておけばよかった。
けど隣に長滝さんがいるだけで、いつもの下校時間が楽しく思えた。長滝さんは笑顔で別れの挨拶を口にし、お互いぎこちなくなりながらも手を振って各自の家に入った。
それから頻繁に登下校を共にすることになり、俺と水澄ちゃんも慣れてきて最初よりはぎこちなさもなくなってきた。互いに下の名前で呼ぶようになったが、女子に正真と呼ばれるのは少し慣れない。
付き合い初めて一ヶ月くらい経ったが、やっぱり長滝さんの周りは彼女を見張っている人が多く、俺と交際していることはすぐにバレてしまった。
そのことは学校内に光の速さで広まっていった。男子に殴りかかられそうになるも、追萩がそれを阻止してくれた。彼女の反応が気になったが、特に何も言及せず、睨みもせずいつも通りにしている。
「うわー……」
「今日の夕方は降水確率0%だったのにね……」
八月のある日、放課後いつものように昇降口で靴を履きかえ帰ろうとしたが、外に出ると大雨が降っていた。あいにく俺も長滝さんも傘を持っていない。
「どうしよ……しばらく雨宿りでもしようか」
「そうだね……」
「やべ、すげー降っててんじゃん」
「走って帰ろうぜ」
「うわっ!?」
後ろから男子たちが走ってきて肩がぶつかった。押されて前にバランスを崩してしまう。
「正真君っ!」
「っ……!?」
前に転けて大きな水溜まりに落ちた。けど顔が地面にぶつかることはなく、俺の体は何故か水の中に飲み込まれていった。
目の前は真っ暗で何も見えず、冷たすぎない心地良い温度の水が肌を撫ぜる。けど、特に息が苦しいわけではない。しばらく暗闇で水に流される感覚が続き、目の前に光が現れた。それは俺が流されるにつれて輝きを増していく。
「っ……ここ、風呂……?」
光が強くなり眩しくなって目を瞑る。光の先に体が流され俺の体が水から上げられた。波を打つ大きな水音がして体に水が伝う。ただ,さっきまでの冷たさはなく、お湯が俺の周りを囲んでいた。
見慣れた景色に目を見開く。さっきまで学校にいたはずが、今は自分の家の風呂場にいた。
「瞬間移動……? って、そんなことより水澄ちゃん置いてきちゃったじゃん」
状況についていけず困惑しつつ目下の浴槽のお湯を見つめる。大雨のなか水澄ちゃんを一人残してしまったのを思い出し、慌てて風呂場から出る。びしょびしょに濡れた服を脱いで体を拭き着替えて玄関に向かった。
どういう訳かは分からないが、家に戻ってこれたなら傘を持っていけるからちょうど良い。玄関に行こうとしたが、途中キッチンに母親を見つけて足を止めた。今日は仕事が早帰りなのか?
「母さん……?」
「あ、正真。今日はずいぶん、早起きね。朝御飯食べていかないの?」
「え……? 朝御飯?」
母さんは少し驚いて問ってきた。その言葉に呆然とするが、母さんはそんな俺を不思議そうに見ていた。
「いや、いま夕方の五時だろ」
「なに言ってるの……? 朝の七時前だけど」
母さんは怪訝そうにしてリビングの時計を指した。母さんの言った通り、時計は確かに午前六時五十分を示していた。
「どういう……」
「夜更かしして頭働いてないんじゃないの? 昨日ちゃんと寝た? まあ、いつもより早いからゆっくり朝御飯食べていきなさい 」
「あ、うん……」
母さんに促されてリビングの椅子に座り朝御飯が出てくるのを待つ。
日時を改めて確認しようとスマホをつけてロック画面を見る。そこには、さっきまで俺が過ごした日付が示されていた。時間はもちろん朝。もしかしたらスマホがずれているだけなのかもと思いテレビに目を向けるが、結果は同じだった。
これはやっぱり、過去に戻ってしまったということだろうか……。
「お待たせ。ねえ、それなに? 何かのメモ?」
「え……」
母さんは朝食を机に出したあと、俺の右手を見て問った。何のことか分からず自分の右手を見る。右手の甲には『9』と数字が刻まれていた。俺が書いたんだろうか。あまり見覚えがないが。マジックで書かれているのかと思い、手洗い場で洗う。しかし全然落ちない。
「……もしかして」
手洗い場の排水口に栓をして水を溜める。今の日付と時間を確認し、息を吸って水の中に顔をつけた。するとさっきのように水は俺を飲み込んでいった。
暗闇が続き、しばらくしてまた光が前に現れる。流されるままに光の方へ行き、水から出る。
が、出た瞬間に俺の体は前転して壁に頭がぶつかる。
「いってっ! っ……と、トイレ……マジか」
頭を擦って目の前を確認すると、便器があった。洗面台の水からトイレの水に流されてきたのかよ……。何とも言えない不快感に見舞われるが、それよりもまずは日時の確認だ。
濡れた服を脱いで絞りトイレから出てリビングに行く。テレビをつけて確認すると、さっきと同じ日で、時間はさっきの十分前だった。
ここまでは良い。右手の甲を確認すると、前までは『9』だった数字が『8』に変わっていた。
「やっぱりか……」
「あ、正真。珍しいわね、こんな早くに起きるなんて。というか髪濡れてない? 朝風呂でもしたの?」
この手の数字はタイムリープできる回数なんだろう。いつの間についたのかは分からないが。
母さんがキッチンで朝食の用意をしつつ尋ねてきた。何でもない、といつものように返答する。朝食ができると食べて学校に向かった。もちろん傘も忘れずに。もう一度、授業を受けるのは少し億劫だが、水澄ちゃんと相合い傘をできるなら全然気にならない。
その日は水澄ちゃんと相合い傘をして、無事に雨のなか下校することができた。
それからというもの、何か不都合があれば、タイムリープに頼ることが多々あった。そして手の甲の数は気づいたら後二回になってしまった。
「ねえ正真君。その数字、前は6だったよね?」
「え、あ……うん」
「何かのカウントダウン?」
水澄ちゃんは俺の右手の甲を指して不思議そうに言った。さすがにずっといれば疑問に思うよな。けど、本当のことを言うわけにもいかない。仮に言ったとして信じてもらえないと思うが。
「ま、まあそんなところかな」
「そっかっ」
水澄ちゃんは俺の返答を聞いて、疑うこともなく微笑んだ。近くにいた追萩が疑わしげに俺を見ていたが無視して水澄ちゃんと他愛もない話を進めた。
* * *
普通に可愛いし、普通に優しい。気づいたら誰とでも話しているし、普通に男子と仲が良く女子とも普通に仲が良い。女子、という観点では他に高嶺の花的な子がいるが、友人としての人気は男女ともに長滝さんが圧倒しているだろう。ただ、彼女に憧れ以上の感情を抱く者も多い。
そんな女の子に、告白をされてしまった。
俺は、ずいぶん前から彼女のことを好きだった。他の奴に負けないほど前から。ただ、告白しようにも彼女の前には人気という壁が聳えている。まさか、そんな彼女から告白されるなんて思ってもみなかった。
夢でも見ているのだろうか。我ながら気持ち悪い妄想である。
「あ、の……」
「あ……ごめん。えっ、と……」
「だ、から、その……吉岡君。もし良かったら、私と、付き合ってくれませんか」
夢じゃなかったらしい。
俺が呆然としていると、長滝さんは不安げに声を漏らした。彼女は頬を少し赤らめて俯き加減になり、詰まりつつも言葉を紡ぐ。彼女の黒い目も告白直後は俺に向いていたが、羞恥心からか窓のほうに反らされた。羞恥を耐えるように唇を軽く噛んでいて、その目はどこか潤んでいる。長滝さんのその姿に自然と脈が速くなっていた。
誰にでも愛嬌を振りまく彼女が、なぜ俺を選んだのか。思い当たる節は、色々ある。
元々、俺の家と長滝さんの家は隣り合っている。同じ幼稚園に通い、卒園後も小中高と同じ学校に行っていて全て同じクラスだった。いわゆる幼馴染みである。
小さな頃からよく二人で出掛けたり夏祭りに行ったりしていた。高校に入ってからは以前にも増して他の人たちが長滝さんの周りに付くようになり、あまり彼女に近づけなくなっていた。
「その……長滝さんが良いなら……」
「! ほんとにっ……? ありがとうっ」
俺が返答すると、長滝さんの不安げな顔が一気に明るくなった。嬉しそうに頬を緩ませ、口許を手で隠しつつにっこり笑う。彼女の笑顔に誘われ、気づいたら俺も笑っていた。
その後、告白からの交際という状況に俺も長滝さんも恥ずかしくなりお互い無言で一緒に教室に戻った。
教室の前まで来ると何やら中が騒がしくなっていた。長滝さんは後ろで不思議そうな顔をしている。教室の扉を開けると、中で男子が二人取っ組み合いの喧嘩をしていた。
「お前が先に殴ってきたんだろ!」
「突っかかってきたのはお前の方だろ。つか、手加減してやったのにあんなんで痛がるとか弱すぎだろ」
「あ? だったらあれと同じ強さで殴ってやるよ!」
喧嘩していた男子の一人が相手に殴りかかろうとする。他の男子が慌てて止めようとするが振り払われてしまい、拳が相手の顔へと勢いよく振り下ろされる。
「おい、止めとけ」
しかしそれが顔面を打つことはなく、誰かの手に掴まれて収まった。凛とした声が教室内に響き騒音を一気に沈める。
声の持ち主は、さっき男子の拳を受け止めた人、追萩香。同じクラスの女子で、目付きが悪く口調も荒いからかヤンキーだと思われている。
「……追萩さんってさ、強いよね」
「だねー。でも私はちょっと、怖いかなー」
「まあね」
追萩が二人の仲裁に入り事を収めているなか、周りで女子が何人かコソコソと話していた。
追萩は目付きの悪さや口の荒さ以外にも、常に無表情で周りの奴らに少し淡白だったり、筋肉が結構ついてて物理的力が男子顔負けだったりする。だから多くの人間が彼女に近づかない。
ただ、例外が一人いる。
「香ちゃんは怖くないよっ。香ちゃんピーマン苦手なんだよっ」
後ろで様子を見ていた長滝さんが教室に入っていき、女子の会話に物申しにいった。長滝さんが教室に足を踏み入れた瞬間、全員の目が彼女へ向いた。今まで張りつめていた空気が一気に緩和する。
「お前はアホか……それに嫌いだったのは去年までだし」
「今は食べれるのっ? おめでとー! 偉い偉いっ」
「殴って良いか」
追萩は長滝さんの声を聞いてすぐにそちらを向き、彼女の言葉にツッコミを入れた。呆れてため息をつきつつ彼女のもとに行く。
追萩に近づかない人間が多いなか、例外として一番すぐに出てくるのが彼女、長滝さん。二人の仲が良い理由は俺と同じで、二人が幼馴染みだからだ。
追萩は俺や長滝さんの家とわりと近いところにある。ただ追萩は小さい頃から目付きが悪く雰囲気が悪い、他人をあまり寄せ付けないタイプだった。俺や近所の子達は両親から、彼女に近づかない方が良いと教えられ、そして俺たち自身も全く彼女に近づこうとはしなかった。
しかし長滝さんは追萩と会ったその日からずっと、彼女に会いに行き続けていた。聞いたところによると、長滝さんの両親も追萩のことをさほど気にしていなかったとか。
追萩も小中高と俺や長滝さんと同じ学校に行っていた。しかもほとんど毎年同じクラスだった。高校に入り俺がなかなか長滝さんに近づけなくなってからも、二人はずっと一緒にいる。
――追萩香は長滝水澄の用心棒である。
こんな言葉がいつ生まれたのかは分からないが、真実か否かで言えば真実だろう。
長滝さんの人気は時に危険を伴う。彼女に熱を上げている奴らが過激な行動に出たとき、追萩はそいつを殺しにかかる。
彼女は長滝さんのことになると容赦しない。まず外見からして怖い上に、強いという評判もあって怖がられやすい。ある意味、長滝さんが危害を加えられる前に抑止力の効果も果たしている。
ただ、追萩は見た目ヤンキーのようで、中身はクソ真面目なことで有名である。成績も良いし、テストが通常より少しでも点が下がると長滝さんに分からなかった所を教えてもらっているらしい。
そして、見た目や態度に反してかなり優しい。男女関係なく困っていたら、不機嫌で仏頂面ながらも然り気無く助けてくれたりする。以前に他校の男子がカツアゲに遭っていたところ、カツアゲをしていた大学生の一人に飛び蹴りを食らわせたことがある。そこにいた仲間の大学生に殴りかかられたらしいが、一蹴したとか。
ただ、いつものごとく目付きの悪さが恐怖を与えたらしく、助けた男子は逃げていったらしい。こいつほど性格を容姿に邪魔されてる人間はいないと思う。
俺は追萩とそれほど仲が良いわけじゃない。彼女は俺と長滝さんが付き合ったと聞いたらどういう反応をするんだろうか。
「…………」
「っ……」
追萩へ目を向けていると、彼女がこっちを見てきた。まだ長滝さんも俺も、交際に関して何も口にしてないのに怒りの眼差しで凝視され、慌てて席に戻った。
放課後になると長滝さんはいつも追萩と一緒に下校している。しかし今日は長滝さんが追萩に一言断り、俺のところに来た。
「その……一緒に、帰らない……?」
「う、うん……良いよ」
学校から出て長滝さんの隣を歩き下校する。学校から出るまでも、出て以降もかなり周りの視線が痛い。羨望の眼差しを受けて、改めてこの状況が希少だということを実感した。
「えっと、じゃあまた明日ねっ」
「うん……また明日」
お互い緊張してあまり話せないまま家の前についてしまった。もったいないことをしたな。もっと話しておけばよかった。
けど隣に長滝さんがいるだけで、いつもの下校時間が楽しく思えた。長滝さんは笑顔で別れの挨拶を口にし、お互いぎこちなくなりながらも手を振って各自の家に入った。
それから頻繁に登下校を共にすることになり、俺と水澄ちゃんも慣れてきて最初よりはぎこちなさもなくなってきた。互いに下の名前で呼ぶようになったが、女子に正真と呼ばれるのは少し慣れない。
付き合い初めて一ヶ月くらい経ったが、やっぱり長滝さんの周りは彼女を見張っている人が多く、俺と交際していることはすぐにバレてしまった。
そのことは学校内に光の速さで広まっていった。男子に殴りかかられそうになるも、追萩がそれを阻止してくれた。彼女の反応が気になったが、特に何も言及せず、睨みもせずいつも通りにしている。
「うわー……」
「今日の夕方は降水確率0%だったのにね……」
八月のある日、放課後いつものように昇降口で靴を履きかえ帰ろうとしたが、外に出ると大雨が降っていた。あいにく俺も長滝さんも傘を持っていない。
「どうしよ……しばらく雨宿りでもしようか」
「そうだね……」
「やべ、すげー降っててんじゃん」
「走って帰ろうぜ」
「うわっ!?」
後ろから男子たちが走ってきて肩がぶつかった。押されて前にバランスを崩してしまう。
「正真君っ!」
「っ……!?」
前に転けて大きな水溜まりに落ちた。けど顔が地面にぶつかることはなく、俺の体は何故か水の中に飲み込まれていった。
目の前は真っ暗で何も見えず、冷たすぎない心地良い温度の水が肌を撫ぜる。けど、特に息が苦しいわけではない。しばらく暗闇で水に流される感覚が続き、目の前に光が現れた。それは俺が流されるにつれて輝きを増していく。
「っ……ここ、風呂……?」
光が強くなり眩しくなって目を瞑る。光の先に体が流され俺の体が水から上げられた。波を打つ大きな水音がして体に水が伝う。ただ,さっきまでの冷たさはなく、お湯が俺の周りを囲んでいた。
見慣れた景色に目を見開く。さっきまで学校にいたはずが、今は自分の家の風呂場にいた。
「瞬間移動……? って、そんなことより水澄ちゃん置いてきちゃったじゃん」
状況についていけず困惑しつつ目下の浴槽のお湯を見つめる。大雨のなか水澄ちゃんを一人残してしまったのを思い出し、慌てて風呂場から出る。びしょびしょに濡れた服を脱いで体を拭き着替えて玄関に向かった。
どういう訳かは分からないが、家に戻ってこれたなら傘を持っていけるからちょうど良い。玄関に行こうとしたが、途中キッチンに母親を見つけて足を止めた。今日は仕事が早帰りなのか?
「母さん……?」
「あ、正真。今日はずいぶん、早起きね。朝御飯食べていかないの?」
「え……? 朝御飯?」
母さんは少し驚いて問ってきた。その言葉に呆然とするが、母さんはそんな俺を不思議そうに見ていた。
「いや、いま夕方の五時だろ」
「なに言ってるの……? 朝の七時前だけど」
母さんは怪訝そうにしてリビングの時計を指した。母さんの言った通り、時計は確かに午前六時五十分を示していた。
「どういう……」
「夜更かしして頭働いてないんじゃないの? 昨日ちゃんと寝た? まあ、いつもより早いからゆっくり朝御飯食べていきなさい 」
「あ、うん……」
母さんに促されてリビングの椅子に座り朝御飯が出てくるのを待つ。
日時を改めて確認しようとスマホをつけてロック画面を見る。そこには、さっきまで俺が過ごした日付が示されていた。時間はもちろん朝。もしかしたらスマホがずれているだけなのかもと思いテレビに目を向けるが、結果は同じだった。
これはやっぱり、過去に戻ってしまったということだろうか……。
「お待たせ。ねえ、それなに? 何かのメモ?」
「え……」
母さんは朝食を机に出したあと、俺の右手を見て問った。何のことか分からず自分の右手を見る。右手の甲には『9』と数字が刻まれていた。俺が書いたんだろうか。あまり見覚えがないが。マジックで書かれているのかと思い、手洗い場で洗う。しかし全然落ちない。
「……もしかして」
手洗い場の排水口に栓をして水を溜める。今の日付と時間を確認し、息を吸って水の中に顔をつけた。するとさっきのように水は俺を飲み込んでいった。
暗闇が続き、しばらくしてまた光が前に現れる。流されるままに光の方へ行き、水から出る。
が、出た瞬間に俺の体は前転して壁に頭がぶつかる。
「いってっ! っ……と、トイレ……マジか」
頭を擦って目の前を確認すると、便器があった。洗面台の水からトイレの水に流されてきたのかよ……。何とも言えない不快感に見舞われるが、それよりもまずは日時の確認だ。
濡れた服を脱いで絞りトイレから出てリビングに行く。テレビをつけて確認すると、さっきと同じ日で、時間はさっきの十分前だった。
ここまでは良い。右手の甲を確認すると、前までは『9』だった数字が『8』に変わっていた。
「やっぱりか……」
「あ、正真。珍しいわね、こんな早くに起きるなんて。というか髪濡れてない? 朝風呂でもしたの?」
この手の数字はタイムリープできる回数なんだろう。いつの間についたのかは分からないが。
母さんがキッチンで朝食の用意をしつつ尋ねてきた。何でもない、といつものように返答する。朝食ができると食べて学校に向かった。もちろん傘も忘れずに。もう一度、授業を受けるのは少し億劫だが、水澄ちゃんと相合い傘をできるなら全然気にならない。
その日は水澄ちゃんと相合い傘をして、無事に雨のなか下校することができた。
それからというもの、何か不都合があれば、タイムリープに頼ることが多々あった。そして手の甲の数は気づいたら後二回になってしまった。
「ねえ正真君。その数字、前は6だったよね?」
「え、あ……うん」
「何かのカウントダウン?」
水澄ちゃんは俺の右手の甲を指して不思議そうに言った。さすがにずっといれば疑問に思うよな。けど、本当のことを言うわけにもいかない。仮に言ったとして信じてもらえないと思うが。
「ま、まあそんなところかな」
「そっかっ」
水澄ちゃんは俺の返答を聞いて、疑うこともなく微笑んだ。近くにいた追萩が疑わしげに俺を見ていたが無視して水澄ちゃんと他愛もない話を進めた。
* * *
0
あなたにおすすめの小説
幼馴染の許嫁
山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる