嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま

中洲める

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3話 運はいい方

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 露店の青年に教えてもらった路地へ入る。
 表通りほどの喧騒はないけれど、寂れた感じはまるでない。
 むしろ、並んだ店の軒や飾り気の少ない木の看板が、職人通りみたいな空気を醸している。

 突き当たりに、小さな蔦が窓枠に絡んだ店があった。
 薬瓶の看板。
 間違いようもない薬屋。

「こんにちはー」
 扉を開くと、外見よりずっと広い店内が現れた。
 整然と並ぶ棚。瓶の中身は透き通っていて、遠目からでも一級品だとわかる。
 薬は品質がいいほど透明度が高いのだ。
 
 ひと目で、ここが本物の職人の店だとわかる。
 カウンターの奥には、ぶっきらぼうな老人がいた。
 よれたローブには薬草の匂いがしみ込んでいて、いかにも熟練の錬金術師という風情だ。
 第一印象は典型的な偏屈な職人。


「よう、ボウズ。なんだ、お使いか?」
「薬の買取りをお願いしたいです」
「ん、見せてみろ」
 指でカウンターを軽く叩かれ、僕はトランクを開ける。
 使い込まれた薬箱を取り出し、瓶をカウンターに並べた。
「傷薬、解毒剤、麻痺解除、栄養剤です」

 老人は無言で手に取り、光にかざし、蓋を開け、匂いを確かめる。
 この沈黙の時間が、地味に一番緊張する。
 自信はある。でも、初見の相手がどう判断するかは毎回別だ。

 老人の眉がぴくりと上がった。
 そっと緑色の液体が入った傷薬の瓶を掴み凝視する。

「……これは、ボウズが作ったのか?」
「はい!」
 胸を張って答える。
 すると、さっきまで仏頂面だった老人が、ふっと笑った。
「品質も最高だ。いいものを作ったな。買い取ろう」
「本当ですか!?」
「傷薬十本で銀貨十枚、解毒が二本で……全部で銀貨二十二枚だ」
 標準的な宿屋二泊で銀貨一枚。この量の薬だけで一カ月は宿屋暮らしが出来る。
「え!? そんなに!?」
「品質も最高だ。クロイツ産の宮廷御用達と遜色ねぇよ」

 老人の評価に胸の奥が熱くなる。
 僕の薬は、あの領地で最高品質として扱われていた。
 王宮に納品されていたのも事実だ。

 ……だから、正当に評価されたことがなんだか嬉しい。

「その年でこれだけ作れる奴、そうはいないぞ」
「へへ……錬金術が大好きなんです」
「見りゃわかる。初めて見る顔だが引っ越してきたのか?」
「今日来たばっかりで宿屋もまだ決まってないです。あ、でもいずれは工房持ちたいと思っていて……」
「……ふーむ。つまり住むところが決まってねぇと」
 店主は顎を触りながら僕を見つめる。
「はい。手持ちもないので」
「で、その薬を売りに来たってわけだ」
「はい」
 老人は腕を組んで、うん、と唸った。

「よし、ボウズ。今日からここに住め」
「……へ?」
「部屋が空いてる。一人じゃ広すぎてな。それに俺も年だから、薬づくりがしんどくてよ。そろそろ店を閉めようかと思ってたところだった。よけりゃ、住んで薬つくってくれ」
「えっ、えっ……ほんとに!? 初対面の相手ですよ?」
 突然降って湧いた幸運に動揺してしまう。
「ふん。そのトランクの中見りゃわかる。悪人はそんな風に道具を使わねぇよ」

 言われて、足元を見る。
 トランクを開いたままの中には、両親から受け継いで大切に使い続けた大事な錬金道具がぎっしり詰まっている。

 ……そりゃ、錬金術師なら見ればわかるか。

「どうだ?」
 さっきまで仏頂面だった老人が、皺くちゃの目尻を下げて柔らかく笑った。
 その笑顔を見て肩の力が抜けた僕は大きく頷く。
「ぜひ!!」
「そうこなくちゃな。俺はトムだ。お前は?」
「アッシュです!」
「よしアッシュ。今日からお前はこの店の従業員だ」
「はい!!」


 自由になって最初の一日で、こんな幸運に出会えるなんて。


 やっぱりグラフィカって最高だ。


 外の灯りがともる頃、僕はふかふかの布団に入り目を閉じた。
 最悪野宿も覚悟していたというのに、自分の部屋と広い工房のある薬屋に住めることになったのは幸せすぎる巡り合わせだ。

 開けた窓から外の風が入ってきた。
 クロイツとは違う草の香りが漂う空気を吸い込みながら目を閉じた。


 ここで、僕は錬金術師として生きていくんだ。

 そう決意した僕はグラフィカで暮らし始めた。








 楽しい暮らしは、気づけば半年が過ぎていた。

「トムさーん、おはようございます。起きてくださーい」
「んー、なんだもう朝か」
「昨日調子に乗って飲むから……。ランダさんが送ってきてくれたんだよ?」
 ランダさんは隣の鍛冶屋の親父さんだ。
「そうか。いやー昨日の酒はうまかった」
「年なんだからほどほどにしてよ」
「いい後継者が出来てうかれちまってな、すまん」
 不意打ちで褒められて思わず怯む。
 顔が熱くなるのを止められない。
「ぐ……、朝ごはんできてるから、起きて」
「おう」
 

 外に出ればたくさんの素材を売っていて、家に帰れば好きなだけ錬金術が使える。

 店の品を揃えながら、新しい薬の開発に勤しむ。
 トムさんの知識は豊富で、特に薬草についての見識は持っていた薬草図鑑なんかよりも詳しくて学ぶところが多い。

 空いた時間に薬草の畑や加工を見学させてもらって毎日忙しいけれど楽しい。
 トムさんと向かい合って朝食を食べていると、店のドアを叩く音がした。

「なんだろ? 開店前に」
「急患かもしれねぇ。出てやれ」
「はーい」
 店のカーテンを開けてドアのカギを開くと、外にいた青年がホッとしたように表情を緩めた。
「悪い。傷薬をくれ! 弟がそこで転んで足をざっくりやっちまったんだ!」
「わかりました!」
 手当をしたのか、男性の服の袖や裾に血痕がついていた。

「患部はどこですか? 深さは? 僕も一緒に行きます」
 僕は言いながら薬や布を鞄に詰めていく。
「右外ふくらはぎをざっくりやっちまってる」
「わかりました。清潔な布も持っていきますね」
「助かる」
「トムさーん! 出てきます!」
「おうよ、気を付けて行ってこい」
 遠くから返事が聞こえて僕は男性と一緒に走り出す。
「こっちだ」
 通りを曲がると広い広場があり、花壇の脇にうずくまる少年の姿が見えた。
「おい、リアム。薬を持ってきてもらったぞ」
「兄さん……」
 リアムと呼ばれた少年は、青ざめた顔で帰って来たダリルを見上げる。
「もう大丈夫だぞ、リアム」
 力強くダリルが頷くと、リアムはほんの少し表情を緩めた。
 ハーフパンツから覗くざっくりと切れたふくらはぎ。
 流血が激しく切り裂かれた傷口が痛々しい。
 傍らには、昨日の強風で折れた木の枝がむき出しになっていた。
 これに足を引っかけてしまったんだ。
 深い傷と擦り傷がふくらはぎに刻まれている。
「少し痛いですよ」
「……」
 リアムは小さく頷き、ダリルの腕にしがみついた。
 傷薬を取り出し患部にかける。
「……うっ」
 しゅわしゅわと細かい泡が立ち上り、リアムが呻いた。
「熱い……うっ」
「リアム、耐えろ。」
 三十秒……二十秒……泡が静まり、薬の反応が落ち着いた。
「ふぅ……これで大丈夫です」
 僕は布で、患部の血をぬぐった。
 そこには怪我をしていた痕跡などまるでなく、するりとしたきれいなふくらはぎが朝日に照らされている。
「え、傷跡もない!?」
「すごい……」
 呆然と二人は傷口を見下ろす。

「立てますか?」
 僕の言葉にリアムはおそるおそる足を動かした。
「痛くない!」
「……傷なんて、最初からなかったみたいだ」
 破れたハーフパンツの裾と地面に残った血痕さえなければ、彼が怪我をした事実などどこにもなかったように思えた。

「ふふん、うちの薬は一級品ですからね」
 品質には自信がある。
 けれど一級品と聞いてリアムとダリルはびくりと肩をすくませた。
「あの、おいくらでしょうか? 分割払いは可能ですか?」
「銀貨一枚です」
「……へ?」
「このすごい薬が?」
「はい! 領地の薬草あってこその品質ですので」
 王都で売ったらこの十倍はするけど、うちの店ではこの値段だ。
 グラフィカでは薬草そのものの質が高く、これまでは「生薬だけでなんとかなる」土地だったから、薬屋は少なかった。
 トムさんから話を聞いたのか、この土地の錬金術師に乞われて作り方講習まで開いた結果。今では、この領地の薬屋はどこも質がいい。
 薬頼みだったクロイツ領とは正反対だ。
「あの、朝早くありがとうございました」
「後でまた別の薬を買いに行っていいですか?」
 ダリルが頭を下げると、リアムも慌てて頭を下げてくれる。
「ぜひ!」
 銀貨一枚をもらって僕は店へ帰る。


「トムさーん、ただいまー!」
「おう、どうだった?」
「ばっちり治った! あとで別の薬も買いに来てくれるって」
「さすがアッシュだな」
「へへ」


 作った薬が人の役に立つ。これこそが錬金術師の誉れだ。
 外ではまだ朝の光が街を照らしていた。
 棚に置こうとした瓶の中で光がゆらめく。
 この薬で、また誰かを救えるんだ。
 そう思うと、胸が幸せで満たされた。
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